森鴎外 大塩平八郎その9

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(さてあとべはせた、こいずみのふたりをよばせた。)

さて跡部は瀬田、小泉の二人を呼ばせた。

(それをきいたとき、せたは「ざんじごゆうよを」といってべんじょにたった。)

それを聞いた時、瀬田は「暫時御猶予を」と云って便所に起った。

(こいずみはひとりいつものたたみろうかまできて、わきざしをぬいてしたにおこうとした。)

小泉は一人いつもの畳廊下まで来て、脇差を抜いて下に置こうとした。

(このたたみろうかのよこてにぶぎょうのきんじゅべやがある。)

この畳廊下の横手に奉行の近習部屋がある。

(こいずみがわきざしをしたにおくやいないなや、)

小泉が脇差を下に置くや否いなや、

(そのきんじゅべやからひとりのおとこがとびだして、わきざしにてをかけた。)

その近習部屋から一人の男が飛び出して、脇差に手を掛けた。

(「はっ」とおもったこいずみは、いったんてをはなしたわきざしをまたつかんだ。)

「はっ」と思った小泉は、一旦手を放した脇差を又掴んだ。

(ひきあうはずみにさやばしって、とうとう、こいずみのてにしらはがのこった。)

引き合うはずみに鞘走って、とうとう、小泉の手に白刃が残った。

(ようすをみていたあとべが、「それ、きりすてい」というと、)

様子を見ていた跡部が、「それ、切り棄てい」と云うと、

(ゆみのままでふみだしたこいずみのはいごから、)

弓の間まで踏み出した小泉の背後から、

(いちじょうがひゃくえのもとへにすんほどきりつけた。)

一条が百会の下へ二寸程切り附けた。

(つぎにみぎのかたさきをよんすんほどきりこんだ。)

次に右の肩先を四寸程切り込んだ。

(こいずみがよろめくところを、みぎのわきばらづきをいっぽんくわせた。)

小泉がよろめく所を、右の脇腹突きを一本食わせた。

(ひがしぐみはいかよりきこいずみえんじろうはじゅうはっさいをいっきとして、)

東組配下与力小泉淵次郎は十八歳を一期として、

(いんぼうだいいちのぎせいとしていのちをおとした。)

陰謀第一の犠牲として命を落とした。

(はなのようないいなずけのつまがあったそうである。)

花のような許嫁の妻があったそうである。

(べんじょにいたせたはすあしでにわへとびだして、)

便所にいた瀬田は素足で庭へ飛び出して、

(いっぽんのうめのきをあしばにして、ぶぎょうしょのきたがわのへいをのりこえた。)

一本の梅の木を足場にして、奉行所の北側の塀を乗り越えた。

(そしててんまばしをきたへわたって、)

そして天満橋を北へ渡って、

(いんぼうのしゅりょうおおしおへいはちろうのいえへはしった。)

陰謀の首領大塩平八郎の家へ走った。

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