生きている腸3 海野十三

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生きている腸/海野十三 著
青空文庫より引用

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問題文

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(「りんげるしえきないのせいたい」)

【リンゲル氏液内の生態】

(いきているはらわたーーなんてものは、ぶんけんのうえでは、さまでちんきな)

生きている腸ーーなんてものは、文献の上では、さまで珍奇な

(ものではなかった。せいりがくのきょうかしょをみれば、りんげるしえきのなかでいきている)

ものではなかった。生理学の教科書を見れば、リンゲル氏液の中で生きている

(もるもっとのちょう、うさぎのちょう、いぬのちょう、それからにんげんのちょうなど、うるさいほど)

モルモットの腸、兎の腸、犬の腸、それから人間の腸など、うるさいほど

(たくさんにかきつらなっている。ひょうほんとしてもいきているちょうは、)

たくさんに書きつらなっている。標本としても生きている腸は、

(そうめずらしいものではない。いがくせいふきやが、ここにひそかにほこりとするものは、)

そう珍らしいものではない。医学生吹矢が、ここにひそかに誇りとするものは、

(このみごとなるはばひろのだいちょうが、すてっきよりももっとながい、ひゃくつぇーえむも)

この見事なる幅広の大腸が、ステッキよりももっと長い、百C・Mも

(りんげるしえきのはいったふといがらすかんのなかで、かっぱつなぜんどうをつづけているという)

リンゲル氏液の入った太いガラス管の中で、活潑な蠕動をつづけているという

(ことであった。こんなりっぱなやつはおそらくてんかにどこにもなかろう。)

ことであった。こんな立派なやつはおそらく天下にどこにもなかろう。

(まったくもってわがくまもとはかせはえらいところがあると、かれはがらすかんにむかって)

まったくもってわが熊本博士はえらいところがあると、彼はガラス管にむかって

(うやうやしくけいれいをささげたのだった。かれはいけるはらわたを、へやのちゅうおうにかざりつけた。)

恭々しく敬礼をささげたのだった。彼は生ける腸を、部屋の中央に飾りつけた。

(てんじょうからひもをぶらさげ、それにがらすかんのくちをしばりつけたものであった。)

天井から紐をぶら下げ、それにガラス管の口をしばりつけたものであった。

(したには、がらすかんのおしりをうけるだいをつくった。かびくさいいがくしょがやまのように)

下には、ガラス管のお尻をうける台をつくった。黴くさい医学書が山のように

(つみあげられ、そしてわけのわからぬさびついたしゅじゅつぐやいりょうきかいやが、)

積みあげられ、そしてわけのわからぬ錆ついた手術具や医療器械やが、

(ところもせまくもちこまれているいがくせいふきやのしつは、もともとききかいかいなるふうけいを)

所もせまくもちこまれている医学生吹矢の室は、もともと奇々怪々なる風景を

(ていしていたが、いまこのちんきゃく「いけるはらわた」をむかえて、いよいよかいきてきそうしょくは)

呈していたが、いまこの珍客「生ける腸」を迎えて、いよいよ怪奇的装飾は

(ととのった。ふきやはあしのたかいさんきゃくいすをてんじょうからぶらさげるがらすかんのまえに)

整った。吹矢は脚の高い三脚椅子を天井からぶら下げるガラス管の前に

(もっていった。かれはそのうえにちょこんとこしをかけ、さもかんにたえたというふうに)

もっていった。彼はその上にちょこんと腰をかけ、さも感にたえたというふうに

(うでぐみして、せいちょうなるえきたいのなかにうごめくこのきみょうなじんたいのいちぶをぎょうししている。)

腕組みして、清澄なる液体の中に蠢くこの奇妙な人体の一部を凝視している。

(ぐにゃ、ぐにゃ、ぐにゃ。ぶるっ、ぶるっ、ぶるっ。)

ぐにゃ、ぐにゃ、ぐにゃ。ぶるっ、ぶるっ、ぶるっ。

など

(みているとはらわたは、にんげんのかおなどではとうていあらわせないようなふくざつなひょうじょうでもって、)

見ていると腸は、人間の顔などでは到底表わせないような複雑な表情でもって、

(ぜんめんをまげうごかしている。「おかしなものだ。しかし、こいつはこうして)

全面を曲げ動かしている。「おかしなものだ。しかし、こいつはこうして

(みていると、にんげんよりもこうとうないきもののようなきがする」といがくせいふきやは、)

見ていると、人間よりも高等な生き物のような気がする」と医学生吹矢は、

(ふとろんりがくをちょうえつしたたくばつなるしょけんをもらした。それからのちのいがくせいふきやは、)

ふと論理学を超越した卓抜なる所見を洩らした。それからのちの医学生吹矢は、

(かれじしんがいけるはらわたになってしまうのではないかとおもわれるふうに、がらすかんの)

彼自身が生ける腸になってしまうのではないかとおもわれるふうに、ガラス管の

(まえにせきぞうのようにかたくなったままいつまでもいけるはらわたからめをはなそうとは)

前に石像のように固くなったままいつまでも生ける腸から目を放そうとは

(しなかった。しょくじも、びろうなはなしであるがはいせつもかれはきょくたんにきりつめているようで)

しなかった。食事も、尾籠な話であるが排泄も彼は極端に切りつめているようで

(あった。ほんのいち、にふんでも、かれはいきているはらわたのまえをはなれるのを)

あった。ほんの一、ニ分でも、彼は生きている腸の前をはなれるのを

(このまなかった。そういうじょうたいが、みっかもつづいた。)

好まなかった。そういう状態が、三日もつづいた。

(そのあげくのことであった。かれはれんじつのきんちょうせいかつにつかれきって、いつのまにか)

その揚句のことであった。彼は連日の緊張生活に疲れ切って、いつの間にか

(さんきゃくいすのうえにねむりこんでいたらしくじぶんのたかいびきにはっとめざめた。しつないは)

三脚椅子の上に眠りこんでいたらしく自分の高鼾にはっと目覚めた。室内は

(まっくらであった。かれはふきつなよかんにおそわれた。すぐとかれはいすから)

まっくらであった。彼は不吉な予感に襲われた。すぐと彼は椅子から

(とびおりて、でんとうのすいっちをひねった。たいせつな、いけるはらわたが、もしや)

とびおりて、電燈のスイッチをひねった。大切な、生ける腸が、もしや

(ぬすまれたのではないかとおもったからである。「ふーん、まあよかった」)

盗まれたのではないかと思ったからである。「ふーん、まあよかった」

(はらわたのはいったがらすかんは、あいかわらずてんじょうからぶらさがっていた。だがかれは、)

腸の入ったガラス管は、あいかわらず天井からぶらさがっていた。だが彼は、

(まもなくひめいににたさけびごえをあげた。「あっ、たいへんだ。)

間もなく悲鳴に似た叫び声をあげた。「あっ、たいへんだ。

(はらわたがうごいていない!」かれはどすんとゆかのうえにおおきなおとをたてて、しりもちをついた。)

腸が動いていない!」彼はどすんと床の上に大きな音を立てて、尻餅をついた。

(かれはきちがいのようにとうはつをかきむしった。まっくろいあらしのようなぜつぼう!)

彼は気違いのように頭髪をかきむしった。真黒い嵐のような絶望!

(「ま、まてよーー」かれはひとりでかおをあからめて、たちあがった。かれは)

「ま、待てよーー」彼はひとりで顔を赭らめて、立ちあがった。彼は

(ぴゅーれっとをてにもった。そしてさんきゃくいすのうえにのぼった。がらすかんの)

ピューレットを手にもった。そして三脚椅子の上にのぼった。ガラス管の

(なかから、せいちょうなるえきをぴゅーれっといっぱいにすいとった。そしてそれをはいすいこうに)

中から、清澄なる液をピューレット一杯に吸いとった。そしてそれを排水口に

(ながした。そのあとで、やくひんだなからいちまんばいのこりんえきとはりふだしてあるびんをおろし、)

流した。そのあとで、薬品棚から一万倍のコリン液と貼札してある壜を下ろし、

(からのぴゅーれっとをそのなかにさしこんだ。えきはしたからすいあがってきた。)

空のピューレットをその中にさしこんだ。液は下から吸いあがってきた。

(かれはびんしょうにまたさんきゃくいすのうえにとびあがった。そしてこりんえきをいだいている)

彼は敏捷にまた三脚椅子の上にとびあがった。そしてコリン液を抱いている

(ぴゅーれっとを、そっとがらすかんのなかにうつした。えきはしずかに、)

ピューレットを、そっとガラス管の中にうつした。液はしずかに、

(りんげるしえきのなかにとけていった。がらすかんのなかをじっとみつめているかれのめは)

リンゲル氏液の中にとけていった。ガラス管の中をじっと見つめている彼の眼は

(すごいものであった。が、しばらくしてかれのこうへんに、びしょうがうかんだ。)

すごいものであった。が、しばらくして彼の口辺に、微笑がうかんだ。

(「ーーうごきだした」はらわたは、ふたたび、ぐるっ、ぐるっ、ぐるっとぜんどうを)

「ーー動きだした」腸は、ふたたび、ぐるっ、ぐるっ、ぐるっと蠕動を

(はじめたのであった。「こりんをわすれていたなんて、おれもちっと)

はじめたのであった。「コリンを忘れていたなんて、俺もちっと

(どうかしている」とかれはしょうじょのようにはじらいつつ、おおきなためいきをついた。)

どうかしている」と彼は少女のように恥らいつつ、大きな溜息をついた。

(「はらわたはまだいきている。しかしさっそく、くんれんにとりかからないと、とちゅうで)

「腸はまだ生きている。しかし早速、訓練にとりかからないと、途中で

(しんでしまうかもしれない」かれはしゃつのうでをまくりあげ、)

死んでしまうかもしれない」彼はシャツの腕をまくりあげ、

(かべにかけてあったよごれたしゅじゅついにうでをとおした。)

壁にかけてあった汚れた手術衣に腕をとおした。

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