「悪魔の紋章」31 江戸川乱歩

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江戸川乱歩の小説「悪魔の紋章」のタイピングです。

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問題文

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(げんざいは、そのちほうのひゃくしょうのろうふうふがるすばんをしているのですが、そのひとたちも)

現在は、その地方の百姓の老夫婦が留守番をしているのですが、その人達も

(ぼくはよくしっていますから、ばいばいのことはいずれゆっくりとりきめるとして、)

僕はよく知っていますから、売買のことはいずれゆっくり取極めるとして、

(きょうからでもそこへおちつくことができます。かぐちょうどもそろっていますし、)

今日からでもそこへ落ちつくことが出来ます。家具調度も揃っていますし、

(まあ、やどにとまるようなつもりで、かばんひとつでいけばいいわけです。)

マア、宿に泊るようなつもりで、鞄一つで行けばいい訳です。

(じつはこういうことをおすすめするのも、そのしろのようないえがあり、)

実はこういうことをお勧めするのも、その城のような家があり、

(あなたのかえだまになるおとこをしっていたからおもいついたので、こんなおあつらえむきな)

あなたの替玉になる男を知っていたから思いついたので、こんなお誂え向きな

(はなしは、めったにあるものじゃないとおもうのです」 「ひとつ、かんがえてみましょう。)

話は、滅多にあるものじゃないと思うのです」 「一つ、考えて見ましょう。

(なんだかそれほどにしてにげかくれするのも、おとなげないようなきもしますからねえ」)

何だかそれ程にして逃げ隠れするのも、大人げないような気もしますからねえ」

(かわでしはまだのりきにはなれないようすであった。いちいちしるさなかったけれど、)

川手氏はまだ乗気にはなれない様子であった。一々記さなかったけれど、

(こちらのかいわはすべて、ようじんぶかく、おたがいのみみからみみへささやきかわされたのである。)

こちらの会話は凡て、用心深く、お互の耳から耳へ囁き交されたのである。

(かわでしがかんがえこんでいるところへ、わかいじょちゅうがにどめのおちゃをはこんできた。)

川手氏が考え込んでいる所へ、若い女中が二度目のお茶を運んで来た。

(しっきのふたのついたおおがたのせんちゃぢゃわんである。 むなかたはかせは、それをうけとって、)

漆器の蓋のついた大型の煎茶茶碗である。 宗像博士は、それを受取って、

(ふたをとろうとしたが、なにをおもったのか、ふとてをとめて、)

蓋を取ろうとしたが、何を思ったのか、ふと手を止めて、

(そのくろいしっきのひょうめんを、いようにみつめるのであった。それから、)

その黒い漆器の表面を、異様に見つめるのであった。それから、

(「ちょっと」 といって、かわでしのちゃわんにてをのばし、そのふたをとって、)

「ちょっと」 と云って、川手氏の茶碗に手をのばし、その蓋を取って、

(まどのこうせんにかざしながら、つくづくとながめたうえ、こんどはぽけっとから)

窓の光線にかざしながら、つくづくと眺めた上、今度はポケットから

(れいのかくだいきょうをとりだして、ふたつのふたのひょうめんをしさいにてんけんしはじめるのであった。)

例の拡大鏡を取出して、二つの蓋の表面を仔細に点検しはじめるのであった。

(「そのふたになにかあるのですか」 かわでしははやくもおそろしいよかんにおびえて、)

「その蓋に何かあるのですか」 川手氏は早くも恐ろしい予感に脅えて、

(さっとかおいろをかえながら、うわずったこえでたずねた。 「あのしもんです。)

サッと顔色を変えながら、上ずった声で訊ねた。 「あの指紋です。

(ごらんなさい」 おそろしいけれど、みぬわけにはいかぬ。かわでしはかおをよせて、)

ごらんなさい」 恐ろしいけれど、見ぬ訳には行かぬ。川手氏は顔をよせて、

など

(れんずをのぞきこんだ。ああ、おばけがわらっている。まぎれもないさんじゅうかじょうもんが、)

レンズを覗き込んだ。アア、お化けが笑っている。まぎれもない三重渦状紋が、

(ふたつのふたのひょうめんにひとつずつ、はっきりとうきあがっているではないか。)

二つの蓋の表面に一つずつ、はっきりと浮き上っているではないか。

(「わざわざおしたのです。そして、われわれをあざわらっているのです」)

「態々捺したのです。そして、我々を嘲笑っているのです」

(ふたりはあきれたようにかおをみあわせた。あ、なんというすばやいやつだ。たえこさんの)

二人はあきれた様に顔を見合せた。ア、何という素早い奴だ。妙子さんの

(そうぎがすむかすまぬに、もうだいさんのふくしゅうのよこくである。ぐずぐずしているわけには)

葬儀がすむか済まぬに、もう第三の復讐の予告である。ぐずぐずしている訳には

(いかぬ。あくまのしょくしゅは、すでにしてかわでしのしんぺんにせまっているのだ。)

行かぬ。悪魔の触手は、既にして川手氏の身辺に迫っているのだ。

(ただちにおちゃをはこんだじょちゅうが、とりしらべられたのはいうまでもない。むなかたはかせは)

直ちにお茶を運んだ女中が、取調べられたのは云うまでもない。宗像博士は

(じしんだいどころへでむいていって、そこにいるめしつかいたちにひとりひとりしつもんした。)

自身台所へ出向いて行って、そこにいる召使達に一人一人質問した。

(だが、いつのまに、だれがそんなしもんをつけたのか、まるでけんとうもつかなかった。)

だが、いつの間に、誰がそんな指紋をつけたのか、まるで見当もつかなかった。

(ねんのために、めしつかいたちのこらずのしもんをとってみたけれど、むろんさんじゅうのうずまきなどは)

念のために、召使達残らずの指紋を取って見たけれど、無論三重の渦巻などは

(ひとつもなかった。 もんだいのちゃわんは、さくやすっかりふききよめて)

一つもなかった。 問題の茶碗は、昨夜すっかり拭き清めて

(ちゃだんすにいれておいたのを、いまとりだしてそのままおうせつしつへはこんだと)

茶箪笥に入れて置いたのを、今取出してそのまま応接室へ運んだと

(いうのだから、ぞくはさくやのうちにだいどころへしのびこんで、ちゃだんすをあけ、しもんをおして)

いうのだから、賊は昨夜の内に台所へ忍び込んで、茶箪笥をあけ、指紋を捺して

(にげさったものとしかかんがえられなかった。しかしとじまりにはすこしもいじょうはなく、)

逃げ去ったものとしか考えられなかった。しかし戸締りには少しも異状はなく、

(どこからどうしてしのびこんだかということは、すこしもわからなかった。)

どこからどうして忍び込んだかということは、少しも分らなかった。

(おくがいにもぞくのあしあとらしいものはまったくはっけんされなかった。 「むなかたさん、)

屋外にも賊の足跡らしいものは全く発見されなかった。 「宗像さん、

(やはりおすすめにしたがって、いちじこのいえをさることにしましょう。)

やはりお勧めに従って、一時この家を去ることにしましょう。

(おくびょうのようですが、こんなものをみせつけられてはもういっこくもここにいるきが)

臆病のようですが、こんなものを見せつけられてはもう一刻もここにいる気が

(しません。それに、このいえにはなくなったむすめたちのおもいでがこもっていて、)

しません。それに、この家にはなくなった娘達の思い出がこもっていて、

(いつまでもかなしみをわすれることができないとおもいますから、かたがたあなたの)

いつまでも悲しみを忘れることが出来ないと思いますから、旁あなたの

(おっしゃるようにするけっしんをしました」 かわでしはついにがをおった。)

おっしゃるようにする決心をしました」 川手氏は遂に我を折った。

(さんじゅううずまきのおばけのきょうふは、せけんをしりつくしたごじゅうおとこを、まるでこどものように)

三重渦巻のお化けの恐怖は、世間を知りつくした五十男を、まるで子供のように

(おくびょうにしてしまったのである。 「じつをいいますと、むりにもこのけいかくを)

臆病にしてしまったのである。 「実を云いますと、無理にもこの計画を

(じっこうしていただくけっしんで、ちゃんとそのてはいをしておいたのですが、)

実行して頂く決心で、ちゃんとその手配をして置いたのですが、

(ごどういくださって、ぼくもあんどしました。あなたさえあんぜんなばしょへおかくまいすれば、)

御同意下さって、僕も安堵しました。あなたさえ安全な場所へお匿いすれば、

(ぼくはおもうぞんぶんあいつといっきうちができるというものです。あなたのかえだまに)

僕は思う存分あいつと一騎討が出来るというものです。あなたの替玉に

(なるおとこも、じつはよういをして、あるばしょにまたせてあるのです。)

なる男も、実は用意をして、ある場所に待たせてあるのです。

(でんわさえかければ、すぐにもやってくることになっています」)

電話さえかければ、すぐにもやって来ることになっています」

(はかせはひそひそとささやいて、へやのすみのたくじょうでんわにちかづくと、あるばんごうを)

博士はひそひそと囁いて、部屋の隅の卓上電話に近づくと、ある番号を

(よびだして、だいさんしゃにはすこしもそれとわからぬはなしかたで、かんたんにようけんをすませた。)

呼出して、第三者には少しもそれと分らぬ話し方で、簡単に用件を済ませた。

(それからにじゅっぷんほどもすると、しょせいのあんないで、そのおうせつまへ、いようなじんぶつが)

それから二十分程もすると、書生の案内で、その応接間へ、異様な人物が

(はいってきた。そふとをまぶかくかぶったまま、いんばねすをきたまま、)

入って来た。ソフトをまぶかく冠ったまま、インバネスを着たまま、

(しかもそのえりをたててかおをかくすようにしながら、つかつかとへやのなかへ)

しかもその襟を立てて顔を隠すようにしながら、ツカツカと部屋の中へ

(はいってきたのだ。 あらかじめげんかんばんのしょせいに、こういうひとがくるから、)

入って来たのだ。 予め玄関番の書生に、こういう人が来るから、

(あやしまないであんないするようにといいふくめてあったので、このいような)

怪しまないで案内するようにといいふくめてあったので、この異様な

(みなりのまま、ぶじにげんかんをつうかすることができたのである。)

身なりのまま、無事に玄関を通過することが出来たのである。

(しょせいがどあをしめてでていくと、むなかたはかせは、しゅじんからわたされていたかぎで、)

書生がドアを閉めて出て行くと、宗像博士は、主人から渡されていた鍵で、

(ゆいいつのいりぐちへしまりをした。それからまどというまどのぶらいんどをおろし、)

唯一の入口へ締りをした。それから窓という窓のブラインドをおろし、

(ごていねいにかーてんまでしめてしまった。そして、うすぐらくなったへやに)

御丁寧にカーテンまで閉めてしまった。そして、薄暗くなった部屋に

(でんとうをつけてから、いようなじんぶつになにかあいずをした。)

電燈をつけてから、異様な人物に何か合図をした。

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