「心理試験」19 江戸川乱歩

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江戸川乱歩の小説「心理試験」です。
今はあまり使われていない漢字や、読み方、表現などがありますが、原文のままです。

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問題文

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(「なあに、ぐうぜんきづいたのですよ」べんごしをよそおったあけちがけんそんした。)

「なあに、偶然気附いたのですよ」弁護士を装った明智が謙遜した。

(「だが、きづいたといえばじつはもうひとつあるのですが、いや、いや、けっして)

「だが、気附いたと云えば実はもう一つあるのですが、イヤ、イヤ、決して

(ごしんぱいなさるようなことじゃありません。きのうのれんそうしけんのなかにはやっつの)

御心配なさる様なことじゃありません。昨日の聯想試験の中には八つの

(きけんなたんごがふくまれていたのですが、あなたはそれをじつにかんぜんに)

危険な単語が含まれていたのですが、あなたはそれを実に完全に

(ぱすしましたね。じっさいかんぜんすぎたほどですよ。すこしでもうしろぐらいところがあれば、)

パスしましたね。実際完全すぎた程ですよ。少しでも後暗い所があれば、

(こうはいきませんからね。そのやっつのたんごというのは、ここにまるがうってある)

こうは行きませんからね。その八つの単語というのは、ここに丸が打ってある

(でしょう。これですよ」といってあけちはきろくのしへんをしめした。)

でしょう。これですよ」といって明智は記録の紙片を示した。

(「ところが、あなたのこれらにたいするはんのうじかんは、ほかのむいみなことばよりも、)

「ところが、あなたのこれらに対する反応時間は、外の無意味な言葉よりも、

(みな、ほんのわずかずつではありますけれど、はやくなってますね。たとえば、)

皆、ほんの僅かずつではありますけれど、速くなってますね。例えば、

(「うえきばち」にたいして「まつ」とこたえるのに、たった0.6びょうしかかかってない。)

「植木鉢」に対して「松」と答えるのに、たった0.6秒しかかかってない。

(これはめずらしいむじゃきさですよ。このさんじゅっこのたんごのうちで、いちばん)

これは珍らしい無邪気さですよ。この三十箇の単語の内で、一番

(れんそうしやすいのはまず「みどり」にたいする「あお」などでしょうが、あなたはそれにさえ)

聯想し易いのは先ず「緑」に対する「青」などでしょうが、あなたはそれにさえ

(0.7びょうかかってますからね」ふきやはひじょうなふあんをかんじはじめた。このべんごしは、)

0.7秒かかってますからね」蕗谷は非常な不安を感じ始めた。この弁護士は、

(いったいなにのためにこんなじょうぜつをろうしているのだろう。こういでかそれともあくいでか。)

一体何の為にこんな饒舌を弄しているのだろう。行為でかそれとも悪意でか。

(なにかふかいしたごころがあるのじゃないかしら。かれはぜんりょくをかたむけて、そのいみを)

何か深い下心があるのじゃないかしら。彼は全力を傾けて、その意味を

(さとろうとした。「「うえきばち」にしろ「ゆし」にしろ「はんざい」にしろ、そのほか、)

悟ろうとした。「「植木鉢」にしろ「油脂」にしろ「犯罪」にしろ、その外、

(もんだいのやっつのたんごは、みな、けっして「あたま」だとか「みどり」だとかいうへいぼんな)

問題の八つの単語は、皆、決して「頭」だとか「緑」だとかいう平凡な

(ものよりもれんそうしやすいとはかんがえられません。それにもかかわらず、あなたは、)

ものよりも聯想し易いとは考えられません。それにも拘らず、あなたは、

(そのむずかしいれんそうのほうをかえってはやくこたえているのです。これはどういういみ)

その難しい聯想の方を却って早く答えているのです。これはどういう意味

(でしょう。ぼくがきづいたてんというのはここですよ。ひとつ、あなたのこころもちを)

でしょう。僕が気づいた点というのはここですよ。一つ、あなたの心持を

など

(あててみましょうか、え、どうです。なにもいっきょうですからね。しかしもしまちがって)

当てて見ましょうか、エ、どうです。何も一興ですからね。併し若し間違って

(いたらごめんくださいよ」ふきやはぶるっとみぶるいした。しかし、なにがそうさせたかは)

いたら御免くださいよ」蕗谷はブルッと身震いした。併し、何がそうさせたかは

(かれじしんにもわからなかった。「あなたは、しんりしけんのきけんなことをよく)

彼自身にも分らなかった。「あなたは、心理試験の危険なことをよく

(しっていて、あらかじめじゅんびしていたのでしょう。はんざいにかんけいのあることばについて、)

知っていて、予め準備していたのでしょう。犯罪に関係のある言葉について、

(ああいえばこうと、ちゃんとふくあんができていたんでしょう。いや、ぼくはけっして、)

ああ云えばこうと、ちゃんと腹案が出来ていたんでしょう。イヤ、僕は決して、

(あなたのやりかたをひなんするのではありませんよ。じっさい、しんりしけんというやつは、)

あなたのやり方を非難するのではありませんよ。実際、心理試験という奴は、

(ばあいによってはひじょうにきけんなものですからね。ゆうざいしゃをいっしてむこのものを)

場合によっては非常に危険なものですからね。有罪者を逸して無辜のものを

(つみにおとしいれることがないとはだんげんできないのですからね。ところが、じゅんびが)

罪に陥れることがないとは断言出来ないのですからね。ところが、準備が

(あまりいきとどきすぎていて、もちろん、べつにはやくこたえるつもりはなかったのでしょう)

あまり行届き過ぎていて、勿論、別に早く答える積りはなかったのでしょう

(けれど、そのことばだけがはやくなってしまったのです。これはたしかにたいへんな)

けれど、その言葉丈けが早くなって了ったのです。これは確かに大変な

(しっぱいでしたね。あなたは、ただもうおくれることばかりしんぱいして、それが)

失敗でしたね。あなたは、ただもう遅れることばかり心配して、それが

(はやすぎるのもおなじようにきけんだということをすこしもきづかなかったのです。)

早過ぎるのも同じ様に危険だということを少しも気づかなかったのです。

(もっとも、そのじかんのさはひじょうにわずかずつですから、よほどちゅういぶかいかんさつしゃで)

尤も、その時間の差は非常に僅かずつですから、余程注意深い観察者で

(ないとうっかりみのがしてしまいますがね。とにかく、こしらえごとというものは、どっかに)

ないとうっかり見逃して了いますがね。兎に角、拵え事というものは、どっかに

(はたんがあるものですよ」あけちのふきやをうたがったろんきょは、ただこのいってんに)

破綻があるものですよ」明智の蕗谷を疑った論拠は、ただこの一点に

(あったのだ。)

あったのだ。

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