半七捕物帳 勘平の死13

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岡本綺堂 半七捕物帳シリーズ 第三話

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問題文

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(「ねえ。いまもいうとおりのわけで、わたしはわかだんなをころした。)

「ねえ。今も云う通りのわけで、わたしは若旦那を殺した。

(それもみんなおまえがこいしいからだ。わたしはいちどもくちにだしたことは)

それもみんなお前が恋しいからだ。わたしは一度も口に出したことは

(なかったが、とうからおまえにほれていたんだ。どうしてもおまえと)

なかったが、とうからお前に惚れていたんだ。どうしてもお前と

(めおとになりたいとおもいつめていたんだ。そのうちにおまえはわかだんなと・・・・・・。)

夫婦になりたいと思い詰めていたんだ。そのうちにお前は若旦那と……。

(そうして、ちかいうちにおもてむきよめになると・・・・・・。わたしのこころもちはどんなだったろう。)

そうして、近いうちに表向き嫁になると……。私の心持はどんなだったろう。

(おふゆどん、さっしておくれ。それでもわたしはおまえをにくいとおもわない。)

お冬どん、察しておくれ。それでも私はおまえを憎いと思わない。

(いまでもにくいとはおもっていない。ただむやみにわかだんながにくくってならなかった。)

今でも憎いとは思っていない。唯むやみに若旦那が憎くってならなかった。

(いくらごしゅじんでももうかんにんができないようなきになって、わたしは)

いくら御主人でももう堪忍ができないような気になって、わたしは

(きがくるったのかもしれない・・・・・・こんどのとしわすれのしばいをちょうどさいわいに、)

気が狂ったのかも知れない……今度の年忘れの芝居をちょうど幸いに、

(ひかげちょうからできあいのかたなをかってきて、まくのあくまぎわにそっと)

日蔭町から出来合いの刀を買って来て、幕のあく間ぎわにそっと

(すりかえておくと、それがうまくいって・・・・・・。それでもわかだんながちだらけになって)

掏り替えておくと、それが巧く行って……。それでも若旦那が血だらけになって

(がくやへかつぎこまれたときには、わたしもそうみにみずをあびせられたように)

楽屋へかつぎ込まれた時には、わたしも総身に冷水を浴びせられたように

(ぞっとした。それからわかだんながいよいよいきをひきとるまでふつかふたばんのあいだ、)

悚然とした。それから若旦那がいよいよ息を引取るまで二日二晩の間、

(わたしはどんなにこわいおもいをしたろう。わかだんなのまくらもとへいくたびに、)

わたしはどんなに怖い思いをしたろう。若旦那の枕もとへ行くたびに、

(わたしはいつもぶるぶるふるえていた。それでもわかだんながいなくなれば、)

わたしはいつもぶるぶる震えていた。それでも若旦那がいなくなれば、

(おそかれはやかれおまえはわたしのものになると・・・・・・。それをおもうと、うれしいがはんぶん、)

遅かれ速かれおまえは私の物になると……。それを思うと、嬉しいが半分、

(くるしいがはんぶんで、きょうまでこうしていきてきたが・・・・・・。ああ、もういけない。)

苦しいが半分で、きょうまで斯うして生きて来たが……。ああ、もういけない。

(あのおかっぴきはさすがにしょうばいで、とうとうわたしにめをつけてしまったらしい」)

あの岡っ引きはさすがに商売で、とうとう私に眼をつけてしまったらしい」

(かれがしんだようなかおをしてみをおののかしているのが、しょうじのそとからも)

彼が死んだような顔をして身をおののかしているのが、障子の外からも

(そうぞうされた。わきちははなをつまらせながらまたかたりつづけた。)

想像された。和吉は鼻をつまらせながら又語りつづけた。

など

(「おかっぴきはみせへきて、よっぱらっているふりをして、しゅうごろしがこのみせにいると)

「岡っ引きは店へ来て、酔っ払っている振りをして、主殺しがこの店にいると

(どなった。そうして、あてつけらしくはりつけのこうしゃくまでしてきかせるので、)

呶鳴った。そうして、当てつけらしく磔刑の講釈までして聴かせるので、

(わたしはもうそこにいたたまれなくなったくらいだ。そういうわけだからわたしはもう)

私はもうそこに居たたまれなくなった位だ。そういう訳だから私はもう

(かくごをきめてしまった。ここのみせからなわつきになってでて、ろうへいれられて、)

覚悟を決めてしまった。ここの店から縄付きになって出て、牢へ入れられて、

(ひきまわしになって、それからはりつけになる。そんなおそろしいめに)

引き廻しになって、それから磔刑になる。そんな恐ろしい目に

(あわないうちに・・・・・・わたしはひとおもいにしんでしまうつもりだ。)

逢わないうちに……わたしは一と思いに死んでしまうつもりだ。

(くどくもいうとおり、わたしはけっしておまえをうらんじゃあいない。けれども)

くどくも云う通り、わたしは決してお前を怨んじゃあいない。けれども

(おまえというもののために、わたしがこうなったとおもったら・・・・・・)

お前という者のために、わたしが斯うなったと思ったら……

(もちろんおまえからいったら、わかだんなをころしたかたきだともおもうだろうけれど、)

勿論お前から云ったら、若旦那を殺した仇だとも思うだろうけれど、

(わたしのこころもちもすこしはさっして、どうぞかわいそうだとおもっておくれ。)

わたしの心持も少しは察して、どうぞ可哀そうだと思っておくれ。

(わかだんなをころしたのはわたしがわるい。わたしがあやまる。そのかわりにわたしが)

若旦那を殺したのはわたしが悪い。私があやまる。その代りに私が

(しんだあとでは、せめておせんこうのいっぽんもそなえておくれ。それがいっしょうのおねがいだ。)

死んだあとでは、せめて御線香の一本も供えておくれ。それが一生のお願いだ。

(ここにきゅうきんのためたのがにりょういちぶある。これはみんなおまえにあずけていくから」)

ここに給金の溜めたのが二両一分ある。これはみんなお前にあずけて行くから」

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