「こころ」1-35 夏目漱石

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(上)先生と私
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1 どんぐり 6087 A++ 6.4 94.5% 246.9 1595 92 36 2024/10/18
2 mame 4993 B 5.3 93.8% 298.0 1592 104 36 2024/11/10

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問題文

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(せんせいはびょうきというびょうきをしたことのないひとであった。)

先生は病気という病気をした事のない人であった。

(せんせいのことばをきいたわたくしはわらいたくなった。)

先生の言葉を聞いた私は笑いたくなった。

(「わたくしはかぜぐらいならがまんしますが、それいじょうのびょうきはまっぴらです。)

「私は風邪ぐらいなら我慢しますが、それ以上の病気は真平です。

(せんせいだっておなじことでしょう。こころみにやってごらんになるとよくわかります」)

先生だって同じ事でしょう。試みにやってご覧になるとよく解ります」

(「そうかね。わたしはびょうきになるくらいなら、しびょうにかかりたいとおもっている」)

「そうかね。私は病気になるくらいなら、死病に罹りたいと思っている」

(わたくしはせんせいのいうことにかくべつちゅういをはらわなかった。)

私は先生のいう事に格別注意を払わなかった。

(すぐははのてがみのはなしをして、かねのむしんをもうしでた。)

すぐ母の手紙の話をして、金の無心を申し出た。

(「そりゃこまるでしょう。そのくらいならいまてもとにあるはずだから)

「そりゃ困るでしょう。そのくらいなら今手元にあるはずだから

(もっていきたまえ」)

持って行きたまえ」

(せんせいはおくさんをよんで、ひつようのきんがくをわたくしのまえにならべさせてくれた。)

先生は奥さんを呼んで、必要の金額を私の前に並べさせてくれた。

(それをおくのちゃだんすかなにかのひきだしからだしてきたおくさんは、)

それを奥の茶箪笥か何かの抽出から出して来た奥さんは、

(しろいはんしのうえへていねいにかさねて、)

白い半紙の上へ鄭寧に重ねて、

(「そりゃごしんぱいですね」といった。)

「そりゃご心配ですね」といった。

(「なんべんもそっとうしたんですか」とせんせいがきいた。)

「何遍も卒倒したんですか」と先生が聞いた。

(「てがみにはなんともかいてありませんが。ーーそんなになんども)

「手紙には何とも書いてありませんが。ーーそんなに何度も

(ひっくりかえるものですか」)

引ッ繰り返るものですか」

(「ええ」)

「ええ」

(せんせいのおくさんのははおやというひともわたくしのちちとおなじびょうきでなくなったのだということが)

先生の奥さんの母親という人も私の父と同じ病気で亡くなったのだという事が

(はじめてわたくしにわかった。)

始めて私に解った。

(「どうせむずかしいんでしょう」)

「どうせむずかしいんでしょう」

など

(とわたくしがいった。)

と私がいった。

(「そうさね。わたしがかわられればかわってあげてもいいが。ーーはきけはあるんですか」)

「そうさね。私が代られれば代ってあげても好いが。ーー嘔気はあるんですか」

(「どうですか、なんともかいてないから、おおかたないんでしょう」)

「どうですか、何とも書いてないから、大方ないんでしょう」

(「はきけさえこなければまだだいじょうぶですよ」)

「嘔気さえ来なければまだ大丈夫ですよ」

(とおくさんがいった。)

と奥さんがいった。

(わたくしはそのばんのきしゃでとうきょうをたった。)

私はその晩の汽車で東京を立った。

(ちちのびょうきはおもったほどわるくはなかった。)

父の病気は思ったほど悪くはなかった。

(それでもついたときは、とこのうえにあぐらをかいて、)

それでも着いた時は、床の上に胡坐をかいて、

(「みんながしんぱいするから、まあがまんしてこうじっとしている。)

「みんなが心配するから、まあ我慢してこう凝としている。

(なにもうおきてもいいのさ」といった。)

なにもう起きても好いのさ」といった。

(そかしそのよくじつからははがとめるのもきかずに、とうとうとこをあげさせて)

そかしその翌日から母が止めるのも聞かずに、とうとう床を上げさせて

(しまった。)

しまった。

(はははふしょうぶしょうにふとおりのふとんをたたみながら)

母は不承無承に太織りの蒲団を畳みながら

(「おとうさんはおまえがかえってきたので、きゅうにきがつよくおなりなんだよ」)

「お父さんはお前が帰って来たので、急に気が強くおなりなんだよ」

(といった。)

といった。

(わたくしにはちちのきょどうがさしてきょせいをはっているようにもおもえなかった。)

私には父の挙動がさして虚勢を張っているようにも思えなかった。

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