貯水池-3-

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師匠シリーズ
マイタイピングに師匠シリーズが沢山あったと思ったのですが、なくなってしまっていたので、作成しました。
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 tetsumi 5486 B++ 5.6 97.1% 907.6 5129 149 96 2024/11/07
2 じゅん 4338 C+ 4.5 95.0% 1073.7 4912 254 96 2024/11/09

関連タイピング

問題文

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(かーすてれおからはいながわじゅんじのつばをのみこむようなこえがきこえてきた。)

カーステレオからは稲川淳二の唾を飲み込むような声が聞こえてきた。

(はなしをきいてなんかいなかったぼくにも、これからおとすためのためだ)

話を聞いてなんかいなかった僕にも、これから落とすための溜めだ

(ということがわかった。やはりぼくにはまだわらえない。なさけないとは)

ということが分かった。やはり僕にはまだ笑えない。情けないとは

(おもわなかった。こわいとおもうこころはぼうえいほんのうそのものなのだから。)

思わなかった。怖いと思う心は防衛本能そのものなのだから。

(けれどいっぽうで、そのきょうふしんにここちよさをおぼえるじぶんもいる。)

けれど一方で、その恐怖心に心地よさを覚える自分もいる。

(ししょうがちらっとこちらをみて、「おまえ、わらってるぞ」という。)

師匠がチラッとこちらを見て、「オマエ、笑ってるぞ」と言う。

(ぼくは「はい」とだけこたえた。そのよるはそれでかいさんした。)

僕は「はい」とだけ答えた。その夜はそれで解散した。

(「ついてきてはないようだ」というししょうのことばをしんじたし、)

「ついてきてはないようだ」という師匠の言葉を信じたし、

(ぼくでもそのくらいはわかった。さん,よっかたったあと、)

僕でもそのくらいは分かった。3,4日経ったあと、

(ししょうのよびだしをうけた。よるの10じすぎだ。)

師匠の呼び出しを受けた。夜の10時過ぎだ。

(じてんしゃでししょうのあぱーとへむかい、どあをのっくする。)

自転車で師匠のアパートへ向かい、ドアをノックする。

(「ひらいてる」というこえに、「しってます」といいながらどあをあける。)

「開いてる」という声に、「知ってます」と言いながらドアを開ける。

(ししょうはなぜかどあにかぎをかけない。)

師匠はなぜかドアに鍵を掛けない。

(「ぼうはんってことばがありますよね。しってますか」と)

「防犯って言葉がありますよね。知ってますか」と

(ためいきをつきながらへやにあがる。ししょうは「ぼうはん」といってかべにたてかけた)

溜息をつきながら部屋に上がる。師匠は「防犯」と言って壁に立てかけた

(きんぞくばっとをゆびさす。なんかいろいろまちがってるひとだが、)

金属バットを指さす。なんか色々間違ってる人だが、

(いまさらしてきするまでもない。「ここやちんいくらでしたっけ」ととうと、)

いまさら指摘するまでもない。「ここ家賃いくらでしたっけ」と問うと、

(「つきいちまんえん」というこたえがかえってくる。)

「月一万円」という答えが返ってくる。

(ただでさえやすいあぱーとで、このへやでへんししゃがでたという)

ただでさえ安いアパートで、この部屋で変死者が出たという

(いわくつきのぶっけんであるためにさらにねびきされているのだそうだ。)

曰くつきの物件であるためにさらに値引きされているのだそうだ。

など

(「あのちょすいち、やっぱりすいししゃがでてたよ」)

「あの貯水池、やっぱり水死者が出てたよ」

(ほんとうにししょうはこういうことをしらべさせたらこうしんじょなみだ。)

本当に師匠はこういうことを調べさせたら興信所並みだ。

(いうには、あのちょすいちですうねんまえにわかいははおやがうまれたばかりの)

言うには、あの貯水池で数年前に若い母親が生まれたばかりの

(じぶんのあかんぼうとにゅうすいじさつしたのだそうだ。)

自分の赤ん坊と入水自殺したのだそうだ。

(まずあかんぼうをみずにしずめてころしておいて、つぎにじぶんのちゃくいのなかに)

まず赤ん坊を水に沈めて殺しておいて、次に自分の着衣の中に

(そのあかんぼうといしをつめてうかびあがらないようにして、)

その赤ん坊と石を詰めて浮かび上がらないようにして、

(あしのつかないばしょまでいっておぼれじんだというはなしだ。)

足のつかない場所まで行って溺れ死んだという話だ。

(「じゃああれは、そのははおやのれいですか」)

「じゃああれは、その母親の霊ですか」

(「たぶんね」ではなぜまよいでてきたのだろう。)

「たぶんね」では何故迷い出てきたのだろう。

(「しにたくなかったからじゃないか」ししょうはいう。)

「死にたくなかったからじゃないか」師匠は言う。

(しにたくはないけれど、しななくてはならないとおもいつめていた。)

死にたくはないけれど、死ななくてはならないと思いつめていた。

(そのしにたくないというおもいをおさえこむためのおもしが、)

その死にたくないという思いを押さえ込むための重しが、

(ふくにつめたあかんぼうのしたいでありいしだった。)

服に詰めた赤ん坊の死体であり石だった。

(そしてそれはしんだのちも、このよにまどうあしかせとなっている・・・・・・)

そしてそれは死んだのちも、この世に惑う足枷となっている……

(「ふぇんすのうちかそとか、っていうのはそのあんヴぃヴぁれんとな)

「フェンスのウチかソトか、っていうのはそのアンヴィヴァレントな

(ふあんていさのせいだね。のせてくれというみぎてと、のってはいけないという)

不安定さのせいだね。乗せてくれという右手と、乗ってはいけないという

(ふぇんすのうちがわというたちいち」)

フェンスの内側という立ち位置」

(「くるまにのせてたらじょうぶつしてたわけですか」)

「車に乗せてたら成仏してたわけですか」

(「さあ」のせてみたらわかるんじゃないかな・・・・・・)

「さあ」乗せてみたらわかるんじゃないかな……

(ししょうのことばはどうしてこんなにこわくてきなのか。)

師匠の言葉はどうしてこんなに蠱惑的なのか。

(ぼくはもうこんやよびだされたもくてきをりかいしていた。)

僕はもう今夜呼び出された目的を理解していた。

(「じゃあいこうか」ししょうがくるまのきーときんぞくばっとをもってたちあがる。)

「じゃあ行こうか」師匠が車のキーと金属バットを持って立ち上がる。

(いくらなんでもそれは、しょくしつされたらまずいですよ、というぼくにししょうは)

いくらなんでもそれは、職質されたらまずいですよ、と言う僕に師匠は

(「やきゅうずきにみえないかな」とじょうだんめかし、「かがみをみていってください」)

「野球好きに見えないかな」と冗談めかし、「鏡を見て言ってください」

(とかえしたが、そもそもそういうもんだいなのかというきがして、)

と返したが、そもそもそういう問題なのかという気がして、

(「なんのやくにたつんですか」とかさねるも、「ぼうはん」というしんぷるなこたえ。)

「なんの役に立つんですか」と重ねるも、「防犯」というシンプルな答え。

(もういいや、なんでも。ぼくもかくごをきめてししょうのくるまにのりこんだ。)

もういいや、なんでも。僕も覚悟を決めて師匠の車に乗り込んだ。

(きょうはあめがふっていない。)

今日は雨が降っていない。

(「いながわじゅんじでもきこう」よるのどらいぶにはやはりこのbgmしかない。)

「稲川淳二でも聞こう」夜のドライブにはやはりこのBGMしかない。

(ぼくもすでにせんのうされつつあるらしい。)

僕もすでに洗脳されつつあるらしい。

(「あのてのひら。ふろんとがらすの。あれ、にしゅるいあったよね」)

「あの手の平。フロントガラスの。あれ、2種類あったよね」

(「え?」「いや、きづいてないならいい」)

「え?」「いや、気づいてないならいい」

(ししょうはあのいじょうなじょうきょうかでも、がらすにうかびあがったてのひらのかたちを)

師匠はあの異常な状況下でも、ガラスに浮かび上がった手の平の形を

(れいせいにはんべつしていたのだろうか。)

冷静に判別していたのだろうか。

(「それって、どういう・・・・・・」とといかけたぼくに、じゅんじとーくの)

「それって、どういう……」と問いかけた僕に、淳二トークの

(つぼにはいったししょうのわらいごえがかぶさり、そのままなおざりにされてしまった。)

ツボに入った師匠の笑い声がかぶさり、そのままなおざりにされてしまった。

(くるまはぜんかいとおなじみちをひたはしり、おなじるーとでちょすいちへあぷろーちをはじめた。)

車は前回と同じ道をひた走り、同じルートで貯水池へアプローチを始めた。

(こんやはしかいがよい。つきもでている。)

今夜は視界が良い。月も出ている。

(おなじばしょからげんそくをはじめ、ししょうは「きょうもでるかな」といいながら)

同じ場所から減速をはじめ、師匠は「今日も出るかな」と言いながら

(はんどるをそろそろとそうさする。)

ハンドルをソロソロと操作する。

(いた。くろいふーど。やいんになおくらい、このよのものではないはかなげなそんざいかん。)

いた。黒いフード。夜陰になお暗い、この世のものではない儚げな存在感。

(そのすがたはまたこんどもふぇんすのうちがわにあった。そしてみぎてをあげている。)

その姿はまた今度もフェンスの内側にあった。そして右手を挙げている。

(きんちょうがたかまってくる。くるまはそのもくぜんでとまり、)

緊張が高まってくる。車はその目前で停まり、

(えんじんをかけたままししょうがおりる。あわててぼくもしーとべるとをはずす。)

エンジンをかけたまま師匠が降りる。慌てて僕もシートベルトを外す。

(ししょうがふぇんすのこうしごしにくろいかげとむかいあっている。)

師匠がフェンスの格子越しに黒い影と向かい合っている。

(てにはきんぞくばっと。そらにはつき。)

手には金属バット。空には月。

(「のる?」あまりにちょくさいすぎて、まがぬけてきこえるが、)

「乗る?」あまりに直截すぎて、間が抜けて聞こえるが、

(ししょうはししょうなりにきんちょうしているのがこえのふるえでわかる。)

師匠は師匠なりに緊張しているのが声の震えで分かる。

(つちのうえに、なにかおもいものがおちるおとがした。)

土の上に、なにか重いものが落ちる音がした。

(ふーどのあしもとにしたたるみずにまじって、くろいいしがらっかしている。)

フードの足もとに滴る水に混じって、黒い石が落下している。

(みぎてはあげたままだ。)

右手は挙げたままだ。

(いちどはとんそうしたれいをあいてに、もういちどちかづくだけならまだしも)

一度は遁走した霊を相手に、もう一度近づくだけならまだしも

(くるまにのるようにかたりかけるなんて、しょうきのさたではない。)

車に乗るように語り掛けるなんて、正気の沙汰ではない。

(くろいかげからいしがおちるのがとまった。かぜがないだような)

黒い影から石が落ちるのが止まった。風が凪いだような

(くうはくのじかんがあった。しかしつぎのしゅんかん、ちょすいちのすいめんが)

空白の時間があった。しかし次の瞬間、貯水池の水面が

(さざめいたかとおもうと、なにかちいさいくろいものが)

さざめいたかと思うと、なにか小さい黒いものが

(みずのなかからしゃめんにはいあがり、あっというまもなく)

水の中から斜面に這い上がり、あっという間もなく

(くろいふーどのかげのはいごからそのあしもとにからみついた。)

黒いフードの影の背後からその足元に絡み付いた。

(いきをのむぼくのめのまえで、くろいかげがしゃめんをひきずられるようにして)

息をのむ僕の目の前で、黒い影が斜面を引きずられるようにして

(ちょすいちのほうにひっぱられていく。)

貯水池の方に引っ張られていく。

(あげていたみぎてがそのまま、まるでたすけをもとめるように)

挙げていた右手がそのまま、まるで助けを求めるように

(こちらにつきだされている。)

こちらに突き出されている。

(そしておともなくかげはくらいみずのなかにひきずりこまれていき、)

そして音もなく影は暗い水の中に引きずり込まれていき、

(きがついたときにはかすかなはもんがつきのひかりにあわくのこるだけだった。)

気がついた時には微かな波紋が月の光に淡く残るだけだった。

(せいじゃくがおとずれる。ぼくらはふぇんすにかきつくようにちかづく。)

静寂が訪れる。僕らはフェンスに掻きつくように近づく。

(しかし、めのまえにはなにごともないただのよるのちょすいちの)

しかし、目の前には何事もないただの夜の貯水池の

(しずかなじょうけいがつきあかりのしたにひろがっているだけだった。)

静かな情景が月明かりの下に広がっているだけだった。

(ぼくのはいはきゅうにちいさくなってしまったようだ。いきが、くるしい。)

僕の肺は急に小さくなってしまったようだ。息が、苦しい。

(やがてししょうがくちをひらいた。「ふろんとがらすのてのひらは、)

やがて師匠が口を開いた。「フロントガラスの手の平は、

(おおきいてとちいさいてとにとおりあった。たぶんちいさいほうが)

大きい手と小さい手と二通りあった。多分小さい方が

(しんじゅうでさきにころされたあかんぼうのものだろう」)

心中で先に殺された赤ん坊のものだろう」

(ははおやのたましいがこのせかいをはなれるのを、あのあかんぼうがとめているんだな。)

母親の魂がこの世界を離れるのを、あの赤ん坊が留めているんだな。

(しんだあとも、そのおもしとしてのやくわりをはたして。)

死んだ後も、その重石としての役割を果たして。

(ししょうのことばに、さっきみたちいさいくろいものがあかんぼうのすがたかたちを)

師匠の言葉に、さっき見た小さい黒いものが赤ん坊の姿かたちを

(していたようないめーじがのうりをよぎる。)

していたようなイメージが脳裏をよぎる。

(では、あのふたりはこのちょすいちにえいえんにしばられたままなのか。)

では、あの二人はこの貯水池に永遠に縛られたままなのか。

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