『自分で困った百姓』小川未明1【完】

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芋を独り占めにしたい甲と、他者へ分け与えた乙の話
※分かりやすくする為、表記等を一部改変しております

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問題文

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(あるいなかに、ふたりののうみんがすんでおりました。)

ある田舎に、二人の農民が住んでおりました。

(ふだんはまことになかがよくくらしていました。)

普段はまことに仲がよく暮らしていました。

(ふたりともべんきょうかで、よくはたらいていましたから、こくもつがまいとしたくさんとれて、)

二人とも勉強家で、よく働いていましたから、穀物が毎年たくさんとれて、

(ふたりともこまるようなことはありませんでした。)

二人とも困るようなことはありませんでした。

(あるとき、こうはおつにむかっていいました。)

あるとき、甲は乙に向かって言いました。

(「おたがいにけんこうではたらくことはできるし、それにきこうのぐあいもまいとしよくて、)

「お互いに健康で働くことはできるし、それに気候の具合も毎年よくて、

(はたけのものもたくさんとれて、こんなこうふくなことはない。)

畑のものもたくさんとれて、こんな幸福なことはない。

(いつまでもなかよくくらして、おたがいにたすけあわなければならん」と、)

いつまでも仲よく暮らして、お互いに助け合わなければならん」と、

(たばこにひをつけて、それをすいながらいいました。)

タバコに火をつけて、それを吸いながら言いました。

(「ほんとうでございます。ほかにたよりになるひともおたがいにいないのだから、)

「本当でございます。ほかに頼りになる人もお互いにいないのだから、

(たすけあわなければなりません」と、おつはこたえました。)

助け合わなければなりません」と、乙は答えました。

(たいようははれやかに、はなしをしているふたりをてらしていました。)

太陽は晴れやかに、話をしている二人を照らしていました。

(ふたりは、のんきに、いつまでもなかよくはなしをしていました。)

二人は、のんきに、いつまでも仲よく話をしていました。

(そして、ふたりはわかれて、おたがいにじぶんたちのはたけにいって、はたらきはじめました。)

そして、二人は別れて、お互いに自分たちの畑に行って、働き始めました。

(ふたりのはたけは、だいぶはなれていました。)

二人の畑は、だいぶ離れていました。

(けれど、こくもつはまいとしほとんどおなじように、よくできたのであります。)

けれど、穀物は毎年ほとんど同じように、よく出来たのであります。

(ふたりは、はたけでせいちょうするこくもつをみるのが、なによりのたのしみでした。)

二人は、畑で成長する穀物を見るのが、なによりの楽しみでした。

(こうはおつのはたけへいき、おつはときどきこうのはたけへきて、)

甲は乙の畑へ行き、乙はときどき甲の畑へ来て、

(たがいにやさいやこくもつがのびたのをながめあって、ほめあったのであります。)

互いに野菜や穀物が伸びたのをながめあって、ほめあったのであります。

(けれど、こうしたやさいやこくもつというものは、)

けれど、こうした野菜や穀物というものは、

など

(かならずしもきんべんやとちによるものではありません。)

必ずしも勤勉や土地によるものではありません。

(あるとし、どうしたことか、おつのまいたいものできが、たいそうわるかったのです。)

ある年、どうしたことか、乙のまいた芋の出来が、たいそう悪かったのです。

(おつはこうのところへやってきて、)

乙は甲の所へやって来て、

(「どういうものか、わたしのところのいもは、たいへんにふできだが、)

「どういうものか、私の所の芋は、たいへんに不出来だが、

(おまえさんのところのいもはどんなですかい」といいました。)

おまえさんの所の芋はどんなですかい」と言いました。

(こうは、このし、ごにち、ほかのようじがいそがしくて、いもばたけへいっておりませんでした。)

甲は、この四、五日、ほかの用事が忙しくて、芋畑へ行っておりませんでした。

(「さあ、どうなったか、あしたいってこよう」とこたえました。)

「さあ、どうなったか、明日行ってこよう」と答えました。

(そのよくじつ、こうはじぶんのはたけへいって、いものできをみました。)

その翌日、甲は自分の畑へ行って、芋の出来を見ました。

(すると、とてもげんきよく、いきいきとして、)

すると、とても元気よく、生き生きとして、

(はのいろはくろくひかりをはなっておりました。)

葉の色は黒く光りを放っておりました。

(「おつのところのいもは、ことしはすっかりだめだっていうが、)

「乙の所の芋は、今年はすっかりだめだって言うが、

(おれのところのいもは、こんなにもよくできた。きっとおつのやつがうらやましがって、)

俺の所の芋は、こんなにもよく出来た。きっと乙の奴がうらやましがって、

(わけてくれというにちがいない」と、こうはひとりごとをもらしました。)

分けてくれと言うに違いない」と、甲は独り言をもらしました。

(こうは、そのいもをすべてそうこのなかにいれて、かくしてしまいました。)

甲は、その芋をすべて倉庫の中に入れて、隠してしまいました。

(おつがみつけたら、きっとわけてくれというだろうとかんがえると、)

乙が見つけたら、きっと分けてくれと言うだろうと考えると、

(こうはもったいなくてたまらなかったのであります。)

甲はもったいなくてたまらなかったのであります。

(こはるびよりのあたたかいひのこと、おつは、またこうのところへやってきました。)

小春日和の暖かい日のこと、乙は、また甲の所へやって来ました。

(「こうさん、ことしのいものできは、どうでございましたか」とききました。)

「甲さん、今年の芋の出来は、どうでございましたか」と聞きました。

(するとこうは、きゅうによわったようすをして、)

すると甲は、急に弱った様子をして、

(「ぜんぜんだめでした。こんなふできなことはないものです」とこたえました。)

「全然だめでした。こんな不出来なことはないものです」と答えました。

(おつは、あたりをみまわして、)

乙は、あたりを見まわして、

(「それはそれは、わたしのところもわるいできでしたが、)

「それはそれは、私の所も悪い出来でしたが、

(あなたのところは、それいじょうにわるいのですね。ほんとうにおきのどくなことです。)

あなたの所は、それ以上に悪いのですね。本当にお気の毒なことです。

(さぞ、おこまりでございましょう」と、おつはいいました。)

さぞ、お困りでございましょう」と、乙は言いました。

(こうは「こまるもなにも、まるでだめです」とこたえて、)

甲は「困るもなにも、まるでだめです」と答えて、

(こころのなかではわらっておりました。)

心の中では笑っておりました。

(そのよくじつ、おつはざるのなかにいもをいっぱいいれて、こうのところへもっていきました。)

その翌日、乙はザルの中に芋をいっぱい入れて、甲の所へ持って行きました。

(「こうさん、これは、わたしのところでとれた、できのわるいいもです。)

「甲さん、これは、私の所でとれた、出来の悪い芋です。

(そのなかでもいちばんいいのをえらんでもってきました。)

その中でも一番いいのを選んで持って来ました。

(どうかたべてください」と、おつはいいました。)

どうか食べてください」と、乙は言いました。

(こうは、それをもらってから、さすがにはずかしいおもいがして、)

甲は、それをもらってから、さすがに恥ずかしい思いがして、

(そうこのなかにしまってあるいもを、いつまでもそとにだすことができませんでした。)

倉庫の中にしまってある芋を、いつまでも外に出すことができませんでした。

(そして、らいねんになって、やっとそれをだしてみますと、)

そして、来年になって、やっとそれを出してみますと、

(いもはすべてくさっておりました。)

芋はすべて腐っておりました。

(こうは、そのよるにこっそりと、それをみんなかわへすててしまったそうです。)

甲は、その夜にこっそりと、それをみんな川へ捨ててしまったそうです。

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