中島敦 光と風と夢 23

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投稿者投稿者神楽@社長推しいいね0お気に入り登録
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中島敦の中編小説です
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1 すもさん 5989 A+ 6.2 96.6% 1079.4 6700 235 94 2024/09/23

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問題文

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(せんはっぴゃくきゅうじゅうよねんくがつばつにち)

十七 一八九四年九月日

(きのうりょうりばんのくろろが「ちちがほかのしゅうちょうたちといっしょに、あした、なにか)

昨日料理番のクロロが「義父[ちち]が他の酋長達と一緒に、明日、何か

(ごそうだんにあがるそうです。」といった。かれのちち、ろうぽえは、またーふぁがわの)

御相談に上るそうです。」と言った。彼の義父、老ポエは、マターファ側の

(せいじはん、われわれをごくちゅうのかヴぁのうたげにまねいてくれたしゅうちょうらのひとりだ。)

政治犯、我々を獄中のカヴァの宴に招いて呉れた酋長等の一人だ。

(かれらはせんげつのすえ、ようやくしゃくほうされたのである。ぽえのにゅうごくちゅうは、わたしもそうとう)

彼等は先月の末、漸く釈放されたのである。ポエの入獄中は、私も相当

(めんどうをみさせられた。いしゃをごくちゅうにむけてやったり、びょうきのためとて)

面倒を見させられた。医者を獄中に向けてやったり、病気のためとて

(かりしゅつごくのてつづきをしてやったり、さいにゅうごくのあとはまたほしゃくきんを)

仮出獄の手続をしてやったり、再入獄の後は又保釈金を

(はらってやったりしたのである。)

払ってやったりしたのである。

(けさ、ぽえがほかのはちにんのしゅうちょうとともにやってきた。かれらはきつえんしつにはいり、)

今朝、ポエが他の八人の酋長と共にやって来た。彼等は喫煙室に入り、

(さもあながれにくるまざになってしゃがんだ。かれらのだいひょうしゃがはなしはじめた。)

サモア流に車座になって蹲[しゃが]んだ。彼等の代表者が話し始めた。

(「われわれのざいごくちゅうつしたらはいっぽうならぬどうじょうをわれわれによせられた。いまやじぶんたちも、)

「我々の在獄中ツシタラは一方ならぬ同情を我々に寄せられた。今や自分達も、

(やっとむじょうけんでしゃくほうされたわけだが、なんとかしてつしたらのこうじょうへのしゃいを)

やっと無条件で釈放された訳だが、何とかしてツシタラの厚情への謝意を

(あらわしたいと、しゅつごくごすぐにみなでそうだんした。ところで、われわれよりさきにしゅつごくした)

表したいと、出獄後直ぐに皆で相談した。所で、我々より先に出獄した

(ほかのしゅうちょうらのなかには、そのしゃくほうされるときのじょうけんとしていまなお、せいふのどうろこうじに)

他の酋長等の中には、その釈放される時の条件として今尚、政府の道路工事に

(つかわれているものがずいぶんいる。それをみて、われわれもつしたらのいえのために)

使われている者が随分いる。それを見て、我々もツシタラの家の為に

(どうろをつくって、これをこころからのおくりものとしようとそうだんがいっけつしたのだが、ぜひとも)

道路を作って、之を心からの贈物としようと相談が一決したのだが、是非とも

(このおくりものをうけてもらいたい。」と。こうどうとわたしのいえとをつなぐどうろを)

此の贈物を受けて貰い度い。」と。公道と私の家とを繋ぐ道路を

(つくろうというのである。)

作ろうというのである。

(どじんをよくしっているものなら、だれしもかかるはなしをあまりあてにできないと)

土人を良く知っている者なら、誰しも斯かる話を余りあてに出来ないと

(おもうのだが、とにかく、わたしはこのもうしでにひじょうにかんげきした。だが、みをいうと、)

思うのだが、兎に角、私は此の申出に非常に感激した。だが、実をいうと、

など

(これは、わたしじしんが、どうぐやしょくじやきゅうきん(これは、せんぽうではいらないというだろうが、)

之は、私自身が、道具や食事や給金(之は、先方では要らないというだろうが、

(けっきょく、ろうじんやびょうじゃくしゃへのいもんのかたちで、やらねばなるまい)のために)

結局、老人や病弱者への慰問の形で、やらねばなるまい)のために

(すくなからぬかねをつかわねばならぬことになるのだ。)

少からぬ金を使わねばならぬことになるのだ。

(しかし、かれらはなおこのけいかくのせつめいをすすめた。かれらしゅうちょうたちは、これから)

併し、彼等はなお此の計画の説明を進めた。彼等酋長達は、これから

(じぶんのぶらくにたちかえり、いちぞくのなかからはたらくものをあつめてくる。せいねんのいちぶは)

自分の部.落に立帰り、一族の中から働く者を集めて来る。青年の一部は

(あぴあしにぼーとをもってきてすみ、かいがんどおりをとおって、はたらくれんちゅうに)

アピア市にボートを持って来て住み、海岸通を通って、働く連中に

(しょくりょうをきょうきゅうするやくをする。どうぐだけはヴぁいりまでつごうしてもらうが、けっして)

食料を供給する役をする。道具だけはヴァイリマで都合して貰うが、決して

(おくりものをしてもらわないこと・・・・・・・・・・・・など。これはおどろくべき)

贈物をして貰わないこと・・・・・・・・・・・・等。之は驚くべき

(ひさもあてききんろうだ。もしこれがじっさいにおこなわれるとすれば、おそらくこのしまでは)

非サモア的勤労だ。もし之が実際に行われるとすれば、恐らく此の島では

(ぜんだいみもんであろう。)

前代未聞であろう。

(わたしはかれらにあつくしゃじをのべた。わたしはかれらのだいひょうしゃ(このおとこをわたしはこじんてきに)

私は彼等に厚く謝辞を述べた。私は彼等の代表者(此の男を私は個人的に

(よくしらない)とめんをあわせてこしかけていた。かれのかおは、はじめのあいさつのときは)

良く知らない)と面を合せて腰掛けていた。彼の顔は、初めの挨拶の時は

(きわめてよそいきであったが、すすんで、つしたらがかれらのごくちゅうで)

極めて他処[よそ]行きであったが、進んで、ツシタラが彼等の獄中で

(ゆいいつのともであったことをかたるだんになると、きゅうに、もえるようなじゅんすいなかんじょうを)

唯一の友であったことを語る段になると、急に、燃える様な純粋な感情を

(あらわしたかにおもわれた。うぬぼれではないつもりだ。)

露[あらわ]したかに思われた。自惚[うぬぼれ]ではないつもりだ。

(ぽりねしあじんのかめんまったくこれははくじんにはついにとけない)

ポリネシア人の仮面全く之は白人には竟[つい]に解けない

(たいへいようのなぞだががかくもかんぜんにぬぎすてられたのを、わたしはみたことがない。)

太平洋の謎だがが斯くも完全に脱棄てられたのを、私は見たことがない。

(くがつばつにち)

九月日

(かいせい。あさはやくかれらがきた。たくましい、かおだちもじんじょうなせいねんばかりがそろっている。)

快晴。朝早く彼等が来た。逞しい、顔立も尋常な青年ばかりが揃っている。

(かれらはただちにわれがしんどうろのこうじにちゃくしゅした。ろうぽえはすこぶるじょうきげん。このけいかくで)

彼等は直ちに我が新道路の工事に着手した。老ポエは頗る上機嫌。この計画で

(わかがえったようにみえる。しきりにじょうだんをいい、ヴぁいりまのかぞくのともなることを)

若返ったように見える。頻りに冗談を言い、ヴァイリマの家族の友なることを

(せいねんらにこじするかのごとく、ほうぼうあるきまわっている。)

青年等に誇示するかの如く、方々歩き廻っている。

(かれらのしょうどうが、どうろかんせいまでながつづきするか、どうか、それはわたしにとって)

彼等の衝動が、道路完成迄永続きするか、どうか、それは私にとって

(ごうももんだいでない。かれらがそれをくわだてたということ。そして、さもあでは)

毫[ごう]も問題でない。彼等がそれを企てたということ。そして、サモアでは

(いまだかつてきいたこともないようなことをすすんでじっこうしはじめたこと。これだけで)

未だ曾て聞いたこともない様な事を進んで実行し始めたこと。之だけで

(じゅうぶんだ。こころみにおもえ。これはどうろこうじさもあじんのもっともいみきらうもの。)

充分だ。試みに思え。之は道路工事サモア人の最も忌み嫌うもの。

(このとちでは、ぜいのとりたてについではんらんのげんいんとなるもの。きんせんをもってしても)

此の土地では、税の取立に次いで叛乱の原因となるもの。金銭を以てしても

(けいばつをもってしてもよういにかれらをさそうことのできないどうろこうじなのだ。)

刑罰を以てしても容易に彼等を誘うことの出来ない道路工事なのだ。

(このいちじで、わたしは、じぶんがさもあですくなくともなにかあるひとつのことをなしたのだと、)

この一事で、私は、自分がサモアで少くとも何か或る一つの事を成したのだと、

(うぬぼれていいようにおもう。わたしはうれしい。じっさい、こどものようにうれしいのだ。)

自惚れていいように思う。私は嬉しい。実際、子供のように嬉しいのだ。

(じゅうがつにはいって、どうろはほぼかんせいした。さもあじんとしてはおどろくべききんべんと、)

十八 十月に入って、道路はほぼ完成した。サモア人としては驚くべき勤勉と、

(そくどとであった。こうしたばあいにありがちの、ぶらくかんのあらそいも)

速度とであった。斯うした場合にありがちの、部.落間の争いも

(ほとんどおこらなかった。)

殆ど起こらなかった。

(すてぃヴんすんはこうじかんせいきねんのうたげをはなやかにはりたいとおもった。かれは、)

スティヴンスンは工事完成記念の宴を華やかに張りたいと思った。彼は、

(はくじんとどじんとをとわず、しまのおもだったひとびとにはのこらずしょうたいじょうをおくった。)

白人と土人とを問わず、島の主だった人々には残らず招待状を送った。

(ところで、おどろいたことに、うたげのひがちかづくにつれ、はくじんおよびはくじんにしたしい)

所で、驚いたことに、宴の日が近づくにつれ、白人及び白人に親しい

(どじんたちのいちぶからかれがうけとったへんじは、ことごとくことわりじょうだった。こどものごとく)

土人達の一部から彼が受取った返辞は、悉く断り状だった。子供の如く

(むじゃきなすてぃヴんすんのよろこびのうたげをって、かれらはみな、せいじてきなきかいだと)

無邪気なスティヴンスンの喜びの宴を以て、彼等は皆、政治的な機会だと

(みなし、つまり、かれがはんとをきゅうごうし、せいふにたいするあたらしいてきいを)

見做し、つまり、彼が叛徒を糾合し、政府に対する新しい敵意を

(つくりあげようとしている、とかんがえたのである。かれともっともしたしいすうにんからも、)

作上げようとしている、と考えたのである。彼と最も親しい数人からも、

(りゆうはかかずに、しゅっせきできないむねをいってきた。うたげはほとんどどじんばかりが)

理由は書かずに、出席できない旨を言って来た。宴は殆ど土人ばかりが

(くることになった。それでも、れっせきしゃはおびただしいかずにのぼった。)

来ることになった。それでも、列席者は夥しい数に上った。

(とうじつすてぃヴんすんはさもあごでかんしゃのえんぜつをした。すうじつまえ、えいぶんのげんこうを)

当日スティヴンスンはサモア語で感謝の演説をした。数日前、英文の原稿を

(あるぼくしのところへやって、どごにほんやくしてもらったものである。)

或る牧師の所へやって、土語に翻訳して貰ったものである。

(かれはまずはちにんのしゅうちょうたちにあつくしゃじをのべ、ついでこうしゅうに、このうつくしいもうしでの)

彼は先ず八人の酋長達に厚く謝辞を述べ、次いで公衆に、此の美しい申出の

(なされたじじょうとけいかとをせつめいした。じぶんがはじめこのもうしでをことわろうかと)

為された事情と経過とを説明した。自分が初め此の申出を断ろうかと

(おもったこと。それは、このくにがまずしくきがにおどされており、また、げんざい、)

思ったこと。それは、此の国が貧しく飢餓に脅されており、又、現在、

(かれらしゅうちょうたちのいえやぶらくが、ながいあいだのしゅじんのふざいのために、せいりを)

彼等酋長達の家や部.落が、長い間の主人の不在のために、整理を

(ひつようとしていることを、じぶんがよくしっているからだ、ということ。しかしけっきょく)

必要としていることを、自分が良く知っているからだ、ということ。しかし結局

(これをうけたのは、このこうじのあたえるきょうくんがいっせんほんのぱんのきよりも)

之を受けたのは、此の工事の与える教訓が一千本のパンの木よりも

(ゆうこうだとおもったから、それに、かかるうつくしいこういをうけることが、)

有効だと思ったから、それに、かかる美しい好意を受けることが、

(なにものにもましてたまらなくうれしかったからだ、ということ。)

何ものにも増して堪らなく嬉しかったからだ、ということ。

(「しゅうちょうたちよ。しょくんがはたらいてくださるのをみていて、わたしのこころはあたたかくなるような)

「酋長達よ。諸君が働いて下さるのを見ていて、私の心は温かくなる様な

(きがしました。それはかんしゃのねんばかりでなく、あるきぼうからでもあります。)

気がしました。それは感謝の念ばかりでなく、或る希望からでもあります。

(わたしはそこにさもあのため、よきものをもたらすであろうやくそくをよんだのです。すなわち、)

私は其処にサモアの為、良きものを齎すであろう約束を呼んだのです。即ち、

(わたしのもうしあげたいのは、がいてきにたいするゆうかんなせんしとしてのしょくんのじだいは)

私の申上げたいのは、外敵に対する勇敢な戦士としての諸君の時代は

(すでにおわったということです。いまや、さもあをまもるみちはただひとつ。それは、)

既に終ったということです。今や、サモアを守る途はただ一つ。それは、

(どうろをつくり、かじゅえんをつくり、しょくりんし、それらのうりさばきをみずからのてでうまくやること。)

道路を作り、果樹園を作り、植林し、其等の売捌を自らの手で巧くやること。

(ひとくちにいえば、じぶんのこくどのふげんをじぶんのてでかいはつすることです。これを)

一口にいえば、自分の国土の富源を自分の手で開発することです。之を

(もししょくんがおこなわないならば、ひふのいろのちがったほかのにんげんどもが)

もし諸君が行わないならば、皮膚の色の違った他の人間共が

(やってしまうでしょう。)

やって了うでしょう。

(みずからのもてるものをもって、しょくんはなにをしているか?さヴぁいいで?うぽるで?)

自らの有てるものを以て、諸君は何をしているか?サヴァイイで?ウポルで?

(つついらで?しょくんは、それをぶたどものじゅうりんにまかせているではないか。ぶたどもは)

ツツイラで?諸君は、それを豚共の蹂躙に任せているではないか。豚共は

(いえをやき、かじゅをきり、かってほうだいをしているではないか。かれらは)

家を焼き、果樹を切り、勝手放題をしているではないか。彼等は

(まかざるにかり、まかざるにとりいれておるのだ。しかし、かみは)

蒔かざるに刈り、蒔かざるに収穫[とりい]れておるのだ。併し、神は

(きみたちのためにさもあのちにそれをまかれたのだ。ゆたかなとちと、うつくしきたいようと、)

君達の為にサモアの地にそれを蒔かれたのだ。豊かな土地と、美しき太陽と、

(みちたりたあめとを、きみたちにさずけたもうたのだ。くりかえしていうけれども、)

充ち足りた雨とを、君達に授け給うたのだ。繰返して言うけれども、

(しょくんがそれをたもち、それをかいはつしなければ、やがてほかのものに)

諸君がそれを保ち、それを開発しなければ、やがて他の者に

(うばわれてしまうのです。しょくんやしょくんのしそんは、みな、そとのくらやみにほうりだされ、)

奪われて了うのです。諸君や諸君の子孫は、皆、外の暗闇にほうり出され、

(ただなくよりほかはなくなるのです。わたしはいいかげんにいっているのではない。)

唯泣くよりほかはなくなるのです。私はいい加減に言っているのではない。

(わたしは、このめでそうしたじつれいをみてきたのです。」)

私は、此の眼でそうした実例を見て来たのです。」

(すてぃヴんすんは、じぶんのみたあいるらんどや、すこっとらんどこうちや、あるいは)

スティヴンスンは、自分の見たアイルランドや、スコットランド高地や、或いは

(はわいにおけるげんじゅうみんぞくのげんざいのみじめさについてかたった。そして、それらの)

ハワイに於ける原住民族の現在の惨めさに就いて語った。そして、其等の

(わだちをふまないために、いまこそわれわれはきんこんいちばんすべきであると。)

轍をふまないために、今こそ我々は緊褌一番すべきであると。

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