中島敦 光と風と夢 27
順位 | 名前 | スコア | 称号 | 打鍵/秒 | 正誤率 | 時間(秒) | 打鍵数 | ミス | 問題 | 日付 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | だだんどん | 5699 | A | 6.2 | 92.4% | 942.4 | 5849 | 478 | 95 | 2024/10/20 |
2 | すもさん | 5309 | B++ | 5.5 | 95.6% | 1100.6 | 6124 | 280 | 95 | 2024/09/29 |
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問題文
(はくじんはぐか、どじんさえまれなまるけさすのうらかいがんにじぶんでしょうしゃをつくり、)
白人は愚か、土人さえ稀なマルケサスの裏海岸に自分で小舎を作り、
(ゆいいつじん(うみとそらとやしじゅのあいだにまったくただひとり)いっさつのばあんずと)
唯一人(海と空と椰子樹[やしじゅ]の間に全く唯一人)一冊のバアンズと
(いっさつのしぇいくすぴあをともとしてすんでいる(そしてすこしのくいもなくそのちに)
一冊のシェイクスピアを友として住んでいる(そして少しの悔もなく其の地に
(ほねをうめようとしてる)あめりかじんもいた。かれはふなだいくだったのだが、)
骨を埋めようとしてる)亜米利加人もいた。彼は船大工だったのだが、
(わかいころなんようのことをかいたしょもつをよんでねったいのうみへのしょうけいにたえかね、)
若い頃南洋のことを書いた書物を読んで熱帯の海への憧憬に堪えかね、
(ついにこきょうをとびだしてそのしまにくると、そのまますみついてしまったのだ。)
竟に故郷を飛出して其の島に来ると、其の儘住みついて了ったのだ。
(わたしがそのかいがんによったとき、かれはしをつくっておくってくれた。)
私が其の海岸に寄った時、彼は詩を作って贈って呉れた。
(あるすこっとらんどじんは、たいへいようのしまじまのなかでもっともしんぴてきないーすたーとう)
或るスコットランド人は、太平洋の島々の中で最も神秘的なイースター島
((そこでは、いまはぜつめつしたせんじゅうみんぞくののこしたかいいきょだいなぐうぞうがむすうに、)
(其処では、今は絶滅した先住民族の残した怪異巨大な偶像が無数に、
(ぜんとうをおおうている。)にしばらくすんでしたいうんぱんにんをつとめたあと、ふたたび)
全島を蔽[おお]うている。)に暫く住んで死体運搬人を勤めた後、再び
(しまからしまへのほうろうをつづけた。あるあさ、せんじょうでひげをそっているとき、かれは)
島から島への放浪を続けた。或る朝、船上で髭を剃っているとき、彼は
(うしろからせんちょうによびかけられた。「おい!どうしたんだ?)
背後[うしろ]から船長に呼掛けられた。「おい!どうしたんだ?
(きみはみみをそりおとしちゃったじゃないか!」きがつくと、かれはじぶんのみみを)
君は耳を剃落としちゃったじゃないか!」気が付くと、彼は自分の耳を
(そりおとしており、しかも、それをしらなかったのだ。かれはただちにいをけっして、)
剃落としており、しかも、それを知らなかったのだ。彼は直ちに意を決して、
(しゃくびょうとうもろかいにうつりすみ、そこで、ふへいもなくくいもないよせいをおくった。)
癪病島モロカイに移り住み、其処で、不平もなく悔もない余生を送った。
(そののろわれたしまをわたしがたずねたとき、このおとこはきわめてかいかつなようすで、かこのじぶんの)
その呪われた島を私が訪ねた時、此の男は極めて快活な様子で、過去の自分の
(ぼうけんたんをきかせてくれた。)
冒険譚を聞かせて呉れた。
(あぺままのどくさいしゃてむびのくはいま、どうしているかとおもう。おうかんのかわりに)
アペママの独裁者テムビノクは今、どうしているかと思う。王冠の代りに
(へるめっとぼうをかぶり、すかあとのようなきるとをつけ、よーろっぱしきの)
ヘルメット帽をかぶり、スカアトの様な短袴[キルト]を着け、欧羅巴式の
(げーとるをまいた、このなんかいのぐすたーふ・あどるふはたいへんに)
脚絆[ゲートル]を巻いた、この南海のグスターフ・アドルフは大変に
(めずらしいものずきで、せきどうちょっかのかれのそうこにはすとーヴが)
珍しいもの好きで、赤道直下の彼の倉庫にはストーヴが
(しこたまかいこまれていた。かれははくじんをさんとおりにくべつしていた。「よをすこし)
しこたま買込まれていた。彼は白人を三通りに区別していた。「余を少し
(だましたもの」「よをそうとうにだましたもの」「よをあまりにもひどくだましたもの」。わたしのはんせんが)
欺した者」「余を相当に欺した者」「余を余りにも酷く欺した者」。私の帆船が
(かれのしまをたちさるとき、ごうきぼくちょくなこれのどくさいしゃは、ほとんどなみだをうかべて、)
彼の島を立去る時、豪毅[ごうき]朴直な此の独裁者は、殆ど涙を浮かべて、
(「かれをすこしもだまさなかった」わたしのために、けつべつのうたをうたった。かれはそのしまで)
「彼を少しも欺さなかった」私の為に、訣別の歌をうたった。彼は其の島で
(ゆいいつじんのぎんゆうしじんでもあったのだから。)
唯一人の吟遊詩人でもあったのだから。
(はわいのからかうあおうはどうしているか?そうめいで、しかしつねにものがなしげな)
ハワイのカラカウア王はどうしているか?聡明で、しかし常に物悲しげな
(からかうあ。たいへいようじんしゅのなかでわたしとたいとうにまっくす・みゅーらあをろんじえる)
カラカウア。太平洋人種の中で私と対等にマックス・ミューラアを論じ得る
(ゆいいつのじんぶつ。かつてはぽりねしあのだいごうどうをゆめみたかれも、いまはじこくのすいぼうを)
唯一の人物。嘗てはポリネシアの大合同を夢見た彼も、今は自国の衰亡を
(もくぜんに、しずかにていかんして、はあばあと・すぺんさーでも)
目前に、静かに諦観して、ハアバアト・スペンサーでも
(よみふけっているのであろう。)
読耽っているのであろう。
(はんや、ねむれぬままに、はるかのとうせいにみみをすましていると、)
半夜、眠れぬままに、遥かの濤声[とうせい]に耳をすましていると、
(しんあおなちょうりゅうと、さわやかなぼうえきふうとのあいだでじぶんのみてきたさまざまのにんげんの)
真蒼な潮流と、爽やかな貿易風との間で自分の見て来た様々の人間の
(すがたどもが、つぎからつぎへとかぎりなくうかんでくる。)
姿どもが、次から次へと限無く浮かんで来る。
(まことに、にんげんは、ゆめがそれからつくられるようなぶっしつであるにちがいない。)
まことに、人間は、夢がそれから作られるような物質であるに違いない。
(それにしても、そのゆめゆめの、なんとたように、またなんと、ものあわれにも)
それにしても、其の夢夢の、何と多様に、又何と、もの哀れにも
(おかしげなことぞ!)
おかしげなことぞ!
(じゅういちがつばつばつにち)
十一月日
(うぃあ・おヴ・はーみすとんだいはっしょうかきあげ。)
ウィア・オヴ・ハーミストン大八章書上。
(このしごともようやくきどうにのってきたことをかんずる。やっとたいしょうが)
この仕事も漸く軌道に乗って来たことを感ずる。やっと対象が
(はっきりつかめてきたというわけだ。かきながらじぶんでもなにかどっしりした、)
はっきり掴めて来たという訳だ。書きながら自分でも何かどっしりした、
(ぶあつなものをかんじている。「じぃきるとはいど」や「きっどなっぷと」)
分厚なものを感じている。「ジィキルとハイド」や「誘拐[キッドナップト]」
(のばあいもおそろしくはやくかけたが、かいているさいちゅうにたしかなじしんはなかった。)
の場合も恐ろしく速く書けたが、書いている最中に確かな自信はなかった。
(もしかしたらすばらしいものになっているかもしれないが、あるいはまた、)
もしかしたら素晴らしいものになっているかも知れないが、或いは又、
(てんでひとりよがりの・はずべきださくかもしれないというおそれがあった。)
てんで独りよがりの・恥ずべき駄作かも知れないという懼[おそれ]があった。
(ふでがじぶんいがいのものにみちびかれおいまわされているかっこうだったからだ。こんどはちがう。)
筆が自分以外のものに導かれ追廻されている恰好だったからだ。今度は違う。
(おなじく、らくに、はやくしんこうしてはいるが、こんどはあきらかにじぶんがすべてのさくちゅうじんぶつの)
同じく、楽に、速く進行してはいるが、今度は明かに自分が凡ての作中人物の
(たづなをしっかりおさえているのだ。できばえのていども、じぶんではっきり)
手綱をしっかり抑えているのだ。出来栄の程度も、自分ではっきり
(わかるようにおもう。こうふんしたうぬぼれによってでなく、おちついたけいりょうによって。)
判るように思う。昂奮した自惚れによってでなく、落着いた計量によって。
(これは、さいていのみつもりによっても、「かとりおーな」よりうえに)
之は、最低の見積もりによっても、「カトリオーナ」より上に
(くらいするものとなろう。まだかんけつはしていないが、これはたしかである。)
位するものとなろう。まだ完結はしていないが、これは確かである。
(しまのことわざにいう。「さめかかつおか、は、おをみただけでわかる」と。)
島の諺にいう。「鮫か鰹か、は、尾を見ただけで判る」と。
(じゅうにがつついたち)
十二月一日
(よるはまだあけない。)
夜はまだ明けない。
(わたしはおかにたっていた。)
私は丘に立っていた。
(やらいのあめはようやくあがったが、かぜはまだつよい。すぐあしもとからひろがるだいけいしゃのかなた、)
夜来の雨は漸くあがったが、風はまだ強い。直ぐ足元から広がる大傾斜の彼方、
(なまりいろのうみをかすめてにしへにげるくもあしのはやさ。くものきれめからときおり、)
鉛色の海を掠めて西へ逃げる雲脚の速さ。雲の断目[きれめ]から時折、
(あかつきちかいにぶいしろさが、うみとののうえにながれる。てんちはいまだしきさいをあたぬ。)
暁近い鈍い白さが、海と野の上に流れる。天地は未だ色彩を有たぬ。
(ほくおうのしょとうににた、ひえびえしたかんじだ。)
北欧の初冬に似た、冷々した感じだ。
(しっけをふくんだれっぷうが、まともにふきつける。だいおうやしのみきにみをささえ、かろうじて)
湿気を含んだ烈風が、まともに吹付ける。大王椰子の幹に身を支え、辛うじて
(わたしはたっていた。なにかしらあるふあんときたいのようなものがこころのすみに)
私は立っていた。何かしら或る不安と期待のようなものが心の隅に
(わいてくるのをかんじながら。)
湧いて来るのを感じながら。
(さくやもわたしはながいことヴぇらんだにでて、あらいかぜと、それにまじるあまつぶとに)
昨夜も私は長いことヴェランダに出て、荒い風と、それに交る雨粒とに
(みをさらしていた。けさもこうやってつよいかぜにさからってたっている。)
身をさらしていた。今朝も斯うやって強い風に逆らって立っている。
(なにかはげしいもの、きょうぼうなもの、あらしのようなものに、ぐっと)
何か烈しいもの、兇暴なもの、嵐のようなものに、ぐっと
(ぶっつかっていきたいのだ。そうすることによって、じぶんをひとつのせいげんのなかに)
ぶっつかって行きたいのだ。そうすることによって、自分を一つの制限の中に
(たてこめているからをたたきつぶしたいのだ。なんというこころよさだろう!しだいの)
閉込めている殻を叩きつぶしたいのだ。何という快さだろう!四大の
(しゅんれつないしにさからって、くもとみずとおかとのあいだにきつぜんとひとりめざめてあることは!)
峻烈な意志に逆らって、雲と水と丘との間に屹然と独り目覚めてあることは!
(わたしはしだいにひろいっくなきもちになっていった。)
私は次第にヒロイックな気持になって行った。
(‘o! moments big as years.’とか、)
‘O! Moments big as years.'とか、
(‘i die, i faint, i fail.’とか、とりとめない)
‘I die, I faint, I fail.'とか、とりとめない
(もんくをわたしはわめいた。こえはかぜにちぎられてとんでいった。あかるさがしだいに、)
文句を私は喚いた。声は風に千切られて飛んで行った。明るさが次第に、
(のにおかにうみにくわわっていく。なにかおこるにちがいない。せいかつのざんさや)
野に丘に海に加わって行く。何か起るに違いない。生活の残渣や
(きょうざつぶつをはきだしてくれるなにかがおこるにちがいないというよろこばしいよかんに、)
夾雑物を掃出して呉れる何かが起るに違いないという欣ばしい予感に、
(わたしのこころはふくれていた。)
私の心は膨れていた。
(いちじかんもそうしていたろうか。)
一時間もそうしていたろうか。
(やがてがんかのせかいがいっしゅんにしてそうぼうをへんじた。いろなきせかいがたちまちにして、)
やがて眼下の世界が一瞬にして相貌を変じた。色無き世界が忽ちにして、
(あふれるばかりのしきさいにかがやきだした。ここからはみえない、ひがしの)
溢れるばかりの色彩に輝き出した。此処からは見えない、東の
(いわはなのむこうからひがでたのだ。なんというまじゅつだろう!いままでの)
巌鼻[いわはな]の向うから陽が出たのだ。何という魔術だろう!今迄の
(はいいろのせかいは、いまや、ぬれひかるさふらんしょく、いおうしょく、ばらいろ、ちょうじいろ、)
灰色の世界は、今や、濡れ光るサフラン色、硫黄色、薔薇色、丁子色、
(しゅいろ、とるこだまいろ、おれんじいろ、ぐんじょう、すみれいろ、すべて、しゅすのこうたくをおびた・)
朱色、土耳古玉色、オレンジ色、群青、菫色、凡て、繻子の光沢を帯びた・
(それなどの・めもくらむしきさいにそめあげられた。きんのかふんをただよわせたあさのそら、もり、いわ、)
其等の・目も眩む色彩に染上げられた。金の花粉を漂わせた朝の空、森、岩、
(がけ、しばち、やしじゅのしたのむら、あかいここあからのやまなどのうつくしさ。)
崖、芝地、椰子樹の下の村、紅いココア殻の山等の美しさ。
(いっしゅんのきせきをがんかにみながら、わたしは、いまこそ、わたしのうちなるよるがとおく)
一瞬の奇蹟を眼下に見ながら、私は、今こそ、私の中なる夜が遠く
(とんとうしさるのをこころよくかんじていた。)
遁逃[とんとう]し去るのを快く感じていた。
(こうぜんとして、わたしはいえにもどった。)
昂然として、私は家に戻った。
(じゅうにがつみっかのあさ、すてぃヴんすんはいつものとおりさんじかんばかり、)
二十 十二月三日の朝、スティヴンスンは何時もの通り三時間ばかり、
(「うぃあ・おヴ・はーみすとん」をくじゅして、いそべるにひっきさせた。ごご、)
「ウィア・オヴ・ハーミストン」を口授して、イソベルに筆記させた。午後、
(しょしんをすうつうしたため、ゆうがたちかくだいどころにでてきて、ばんさんのしたくをしているつまのそばで)
書信を数通したため、夕方近く台所に出て来て、晩餐の支度をしている妻の傍で
(じょうだんぐちをききながら、さらだをかきまぜたりした。それから、)
冗談口をききながら、サラダを掻きまぜたりした。それから、
(ばーがんでぃをとりいだすとて、ちかへおりていった。びんをもって)
葡萄酒[バーガンディ]を取出すとて、地下へ下りて行った。瓶を持って
(つまのそばまでもどってきたとき、とつぜん、かれはびんをてからおとし、「あたまが!あたまが!」と)
妻の傍まで戻って来た時、突然、彼は瓶を手から落し、「頭が!頭が!」と
(いいながらそのばにこんとうした。)
言いながら其の場に昏倒した。
(すぐにしんしつにかつぎこまれ、さんにんのいしゃがよばれたが、かれはにどといしきを)
直ぐに寝室に担ぎ込まれ、三人の医者が呼ばれたが、彼は二度と意識を
(かいふくしなかった。「はいぞうまひをともなうのういっけつ」これがいしゃのしんだんであった。)
回復しなかった。「肺臓麻痺を伴う脳溢血」之が医者の診断であった。