駆込み訴え5

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プレイ回数355難易度(3.5) 3741打 長文 かな

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問題文

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(わたしは、あのひとのことばをしんじません。)

私は、あの人の言葉を信じません。

(れいによっておおげさなおしばいであるとおもい、)

れいに依って大袈裟なお芝居であると思い、

(へいきでききながすことができましたが、)

平気で聞き流すことが出来ましたが、

(それよりも、そのとき、あのひとのこえに、また、あのひとのひとみのいろに、)

それよりも、その時、あの人の声に、また、あの人の瞳の色に、

(いままでかつてなかったほどのいようなものがかんじられ、)

いままで嘗(か)つて無かった程の異様なものが感じられ、

(わたしはしゅんじとまどいして、)

私は瞬時戸惑いして、

(さらにあのひとのかすかにあからんだほおと、)

更にあの人の幽(かす)かに赤らんだ頬と、

(うすくなみだにうるんでいるひとみとを、つくづくみなおし、)

うすく涙に潤んでいる瞳とを、つくづく見直し、

(はっとおもいあたることがありました。)

はッと思い当ることがありました。

(ああ、いまわしい、)

ああ、いまわしい、

(くちにだすさえむねんしごくのことであります。)

口に出すさえ無念至極のことであります。

(あのひとは、こんなまずしいひゃくしょうおんなにこい、ではないが、)

あの人は、こんな貧しい百姓女に恋、では無いが、

(まさか、そんなことはぜったいにないのですが、)

まさか、そんな事は絶対に無いのですが、

(でも、あぶない、)

でも、危い、

(それににたあやしいかんじょうをいだいたのではないか?)

それに似たあやしい感情を抱いたのではないか?

(あのひとともあろうものが。)

あの人ともあろうものが。

(あんなむちなひゃくしょうおんなふぜいに、)

あんな無智な百姓女ふぜいに、

(そよとでもとくしゅなあいをかんじたとあれば、)

そよとでも特殊な愛を感じたとあれば、

(それは、なんというしったい。)

それは、なんという失態。

(とりかえしのできぬだいしゅうぶん。)

取りかえしの出来ぬ大醜聞。

など

(わたしは、ひとのちじょくとなるようなかんじょうをかぎわけるのが、)

私は、ひとの恥辱となるような感情を嗅(か)ぎわけるのが、

(うまれつきたくみなおとこであります。)

生れつき巧みな男であります。

(じぶんでもそれをげひんなきゅうかくだとおもい、)

自分でもそれを下品な嗅覚だと思い、

(いやでありますが、ちらとひとめみただけで、)

いやでありますが、ちらと一目見ただけで、

(ひとのじゃくてんを、あやまたずみとどけてしまうえいびんのさいのうをもっております。)

人の弱点を、あやまたず見届けてしまう鋭敏の才能を持って居ります。

(あのひとが、たとえびじゃくにでも、)

あの人が、たとえ微弱にでも、

(あのむがくのひゃくしょうおんなに、とくべつのかんじょうをうごかしたということは、)

あの無学の百姓女に、特別の感情を動かしたということは、

(やっぱりまちがいありません。)

やっぱり間違いありません。

(わたしのめにはくるいがないはずだ。)

私の眼には狂いが無い筈だ。

(たしかにそうだ。)

たしかにそうだ。

(ああ、がまんならない。かんにんならない。)

ああ、我慢ならない。堪忍ならない。

(わたしは、あのひとも、こんなていたらくでは、)

私は、あの人も、こんな体(てい)たらくでは、

(もはやだめだとおもいました。)

もはや駄目だと思いました。

(しゅうたいのきわみだとおもいました。)

醜態の極だと思いました。

(あのひとはこれまで、どんなにおんなにすかれても、)

あの人はこれまで、どんなに女に好かれても、

(いつでもうつくしく、みずのようにしずかであった。)

いつでも美しく、水のように静かであった。

(いささかもとりみだすことがなかったのだ。)

いささかも取り乱すことが無かったのだ。

(やきがまわった。だらしがねえ。)

ヤキがまわった。だらしが無え。

(あのひとだってまだわかいのだし、)

あの人だってまだ若いのだし、

(それはむりもないといえるかもしれぬけれど、)

それは無理もないと言えるかも知れぬけれど、

(そんならわたしだっておなじとしだ。)

そんなら私だって同じ年だ。

(しかも、あのひとよりふたつきおそくうまれているのだ。)

しかも、あの人より二月おそく生れているのだ。

(わかさにかわりはないはずだ。)

若さに変りは無い筈だ。

(それでもわたしはこらえている。)

それでも私は堪えている。

(あのひとひとりにこころをささげ、)

あの人ひとりに心を捧げ、

(これまでどんなおんなにもこころをうごかしたことはないのだ。)

これ迄どんな女にも心を動かしたことは無いのだ。

(まるたのいもうとのまりやは、)

マルタの妹のマリヤは、

(あねのまるたがほねぐみがんじょうでうしのようにおおきく、)

姉のマルタが骨組頑丈で牛のように大きく、

(きしょうもあらく、どたばたたちはたらくのだけがとりえで、)

気象も荒く、どたばた立ち働くのだけが取柄で、

(なんのみどころもないひゃくしょうおんなでありますが、)

なんの見どころも無い百姓女でありますが、

(あれはちがってほねもほそく、ひふはすきとおるほどのあおじろさで、)

あれは違って骨も細く、皮膚は透きとおる程の青白さで、

(てあしもふっくらしてちいさく、)

手足もふっくらして小さく、

(こすいのようにふかくすんだおおきいめが、いつもゆめみるように、)

湖水のように深く澄んだ大きい眼が、いつも夢みるように、

(うっとりとおくをながめていて、)

うっとり遠くを眺めていて、

(あのむらではみな、ふしぎがっているほどのけだかいむすめでありました。)

あの村では皆、不思議がっているほどの気高い娘でありました。

(わたしだっておもっていたのだ。)

私だって思っていたのだ。

(まちへでたとき、)

町へ出たとき、

(なにかしらぎぬでも、こっそりかってきてやろうとおもっていたのだ。)

何か白絹でも、こっそり買って来てやろうと思っていたのだ。

(ああ、もう、わからなくなりました。)

ああ、もう、わからなくなりました。

(わたしはなにをいっているのだ。そうだ、わたしはくやしいのです。)

私は何を言っているのだ。そうだ、私は口惜しいのです。

(なんのわけだか、わからない。)

なんのわけだか、わからない。

(じだんだふむほどむねんなのです。)

地団駄踏むほど無念なのです。

(あのひとがわかいなら、わたしだってわかい。)

あの人が若いなら、私だって若い。

(わたしはさいのうある、いえもはたけもあるりっぱなせいねんです。)

私は才能ある、家も畠もある立派な青年です。

(それでもわたしは、あのひとのためにわたしのとっけんぜんぶをすててきたのです。)

それでも私は、あの人のために私の特権全部を捨てて来たのです。

(だまされた。)

だまされた。

(あのひとは、うそつきだ。)

あの人は、嘘つきだ。

(だんなさま。あのひとは、わたしのおんなをとったのだ。)

旦那さま。あの人は、私の女をとったのだ。

(いや、ちがった!)

いや、ちがった!

(あのおんなが、わたしからあのひとをうばったのだ。)

あの女が、私からあの人を奪ったのだ。

(ああ、それもちがう。)

ああ、それもちがう。

(わたしのいうことは、みんなでたらめだ。ひとこともしんじないでください。)

私の言うことは、みんな出鱈目だ。一言も信じないで下さい。

(わからなくなりました。ごめんくださいまし。)

わからなくなりました。ごめん下さいまし。

(ついついねもはもないことをもうしました。)

ついつい根も葉も無いことを申しました。

(そんなあさはかなじじつなぞ、みじんもないのです。)

そんな浅墓な事実なぞ、みじんも無いのです。

(みにくいことをくちばしりました。)

醜いことを口走りました。

(だけれども、わたしは、くやしいのです。)

だけれども、私は、口惜しいのです。

(むねをかきむしりたいほど、くやしかったのです。)

胸を掻きむしりたいほど、口惜しかったのです。

(なんのわけだか、わかりませぬ。)

なんのわけだか、わかりませぬ。

(ああ、じぇらしぃというのは、なんてやりきれないあくとくだ。)

ああ、ジェラシィというのは、なんてやりきれない悪徳だ。

(わたしがこんなに、いのちをすてるほどのおもいであのひとをしたい、)

私がこんなに、命を捨てるほどの思いであの人を慕い、

(きょうまでつきしたがってきたのに、)

きょうまでつき随(したが)って来たのに、

(わたしにはひとつのやさしいことばもくださらず、)

私には一つの優しい言葉も下さらず、

(かえってあんないやしいひゃくしょうおんなのみのうえを、)

かえってあんな賤しい百姓女の身の上を、

(おんほおをそめてまでかばっておやりなさった。)

御頬を染めて迄かばっておやりなさった。

(ああ、やっぱり、あのひとはだらしない。)

ああ、やっぱり、あの人はだらしない。

(やきがまわった。)

ヤキがまわった。

(もう、あのひとにはみこみがない。ぼんぷだ。ただのひとだ。)

もう、あの人には見込みがない。凡夫だ。ただの人だ。

(しんだっておしくはない。)

死んだって惜しくはない。

(そうおもったらわたしは、ふいとおそろしいことをかんがえるようになりました。)

そう思ったら私は、ふいと恐ろしいことを考えるようになりました。

(あくまにみこまれたのかもしれませぬ。)

悪魔に魅こまれたのかも知れませぬ。

(そのときいらい、あのひとを、いっそわたしのてでころしてあげようとおもいました。)

そのとき以来、あの人を、いっそ私の手で殺してあげようと思いました。

(いずれはころされるおかたにちがいない。)

いずれは殺されるお方にちがいない。

(またあのひとだって、)

またあの人だって、

(むりにじぶんをころさせるようにしむけているみたいなようすが、)

無理に自分を殺させるように仕向けているみたいな様子が、

(ちらちらみえる。)

ちらちら見える。

(わたしのてでころしてあげる。)

私の手で殺してあげる。

(たにんのてでころさせたくはない。あのひとをころしてわたしもしぬ。)

他人の手で殺させたくはない。あの人を殺して私も死ぬ。

(だんなさま、ないたりしておはずかしゅうおもいます。)

旦那さま、泣いたりしてお恥ずかしゅう思います。

(はい、もうなきませぬ。はい、はい。おちついてもうしあげます。)

はい、もう泣きませぬ。はい、はい。落ちついて申し上げます。

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