歪んだ窓 上

背景
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山川方夫の短編小説です。青空文庫から引用
底本:「山川方夫全集 第四巻」冬樹社
   1969(昭和44)年9月25日第1刷発行
初出:「龍生」
   1963(昭和38)年7月号
入力:かな とよみ
校正:The Creative CAT
2020年1月24日作成
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 miko 5900 A+ 6.0 97.3% 730.0 4428 121 99 2024/12/15
2 てんぷり 5361 B++ 5.6 95.8% 783.5 4391 190 99 2024/11/24
3 ゆずもも 5157 B+ 5.3 96.3% 828.5 4442 169 99 2024/11/22
4 もっちゃん先生 4689 C++ 4.9 94.5% 893.1 4445 257 99 2024/10/13
5 Par8 4125 C 4.1 98.5% 1047.5 4387 66 99 2024/11/13

関連タイピング

問題文

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(あさからのあめがまどをぬらしている。)

朝からの雨が窓を濡らしている。

(あぱーとのこぐらいへやのなかで、れーんこーとをだし)

アパートの小暗い部屋の中で、レーン・コートを出し

(てばやくがいしゅつのしたくにかかるあねを、)

手ばやく外出の仕度にかかる姉を、

(かのじょはすみっこからめをひからせてみていた。)

彼女は隅っこから目を光らせて見ていた。

(「いいわね?じゃ、ちゃんとおとなしくおるすばんをしててね。)

「いいわね?じゃ、ちゃんとおとなしくお留守番をしててね。

(すぐかえってくるから」)

すぐ帰ってくるから」

(あねはいった。かのじょはこたえない。)

姉はいった。彼女は答えない。

(が、あねはそんないもうとには、すっかりなれっこになってしまっていた。)

が、姉はそんな妹には、すっかり慣れっこになってしまっていた。

(そのままとびらにむかった。)

そのまま扉に向った。

(とつぜん、かのじょはひくいこえでいった。)

突然、彼女は低い声でいった。

(「・・・・・・もしもよ、もしさえきさんがけっこんしてくれっていったら、)

「……もしもよ、もし佐伯さんが結婚してくれっていったら、

(おねえさん、けっこんする?」)

お姉さん、結婚する?」

(「まあ、なにをかんがえているの?あんたったら・・・・・・」)

「まあ、なにを考えているの? あんたったら……」

(あねはおどろいたかおでいもうとのめをみた。)

姉はおどろいた顔で妹の目を見た。

(が、かのじょはそのあねのかおに、)

が、彼女はその姉の顔に、

(いっしゅん、うろたえたいろがはしったのをみのがさなかった。)

一瞬、うろたえた色がはしったのを見のがさなかった。

(・・・・・・やっぱりそうなんだわ。おねえさん、あのおとことけっこんするつもりなんだわ。)

……やっぱりそうなんだわ。お姉さん、あの男と結婚するつもりなんだわ。

(かくしたってだめよ、とかのじょはこころのなかでつぶやく。)

かくしたってダメよ、と彼女は心の中で呟く。

(あのおとこがたずねてくるようになって、もうみつきちかくになる。)

あの男が訪ねてくるようになって、もう三月近くになる。

(そのあいだのていきてきなほうもんぶり、おねえさんへのいいきなたよられているおとこのめつき、)

その間の定期的な訪問ぶり、お姉さんへのいい気な頼られている男の目つき、

など

(いもうとのわたしへのごきげんとりめいた、ひどくやさしげなたいど・・・・・・。)

妹の私へのご機嫌とりめいた、ひどくやさしげな態度……。

(あのおとこのしたごころはめいはくだし、ときどきいえによるぜんごにえきまえのきっさてんで、)

あの男の下心は明白だし、ときどき家に寄る前後に駅前の喫茶店で、

(ふたりでねっしんに、こそこそとしんけんにはなしあっているのだって、)

二人で熱心に、こそこそと真剣に話しあっているのだって、

(わたし、なんどかおねえさんのあとをつけてちゃんとしってるのよ。)

私、何度かお姉さんのあとをつけてちゃんと知ってるのよ。

(・・・・・・それに、わたしがかれのことをくちにするたびにみせるおねえさんの、)

……それに、私が彼のことを口にするたびに見せるお姉さんの、

(あのすまなさそうなくるしげなひょうじょう。)

あのすまなさそうな苦しげな表情。

(いままで、こんなことはいちどだってなかったことじゃないの。)

いままで、こんなことは一度だってなかったことじゃないの。

(「じゃ、いってくるわね。)

「じゃ、行ってくるわね。

(あ、そう、わたし、えきまえでゆうごはんのおかずかってくるわ。)

あ、そう、私、駅前で夕御飯のおかず買ってくるわ。

(なにかあなたのすきなものさがしてくる。ね?」)

なにかあなたの好きなものさがしてくる。ね?」

(「おねえさん・・・・・・」)

「お姉さん……」

(いいかけて、かのじょはくちをつぐんだ。)

いいかけて、彼女は口をつぐんだ。

(わらいかけたあねのかおが、また、あのくるしげな、すまなさそうなかおにかわっている。)

笑いかけた姉の顔が、また、あの苦しげな、すまなさそうな顔にかわっている。

(・・・・・・そうなのだ。あねはとてもきもちがやさしいのだ。)

……そうなのだ。姉はとても気持ちがやさしいのだ。

(いまのでんわだって、さえきからのよびだしにちがいない。)

いまの電話だって、佐伯からの呼び出しに違いない。

(でもあねはそれをいわない。)

でも姉はそれをいわない。

(じぶんとちがい、だれからもあいてにされないわたしのことをおもって、)

自分とちがい、誰からも相手にされない私のことを思って、

(きっときがとがめているのだ。)

きっと気がとがめているのだ。

(そしてあねは、おなじそのきのやさしさから、)

そして姉は、同じその気のやさしさから、

(いつものとおりあまりながいことわたしをひとりきりにしておくのがかわいそうで、)

いつものとおりあまり長いこと私を一人きりにしておくのが可哀そうで、

(しかもさえきともわかれたくなく、)

しかも佐伯とも別れたくなく、

(いちじかんもしたらきっとかれをつれて、)

一時間もしたらきっと彼をつれて、

(このへやにかえってくるのにきまっている。・・・・・・)

この部屋に帰ってくるのにきまっている。……

(まるで、ゆるして、ってたのんでいるみたいなかお。)

まるで、ゆるして、って頼んでいるみたいな顔。

(だめだ。やはりわたしはなにもいうまい。)

ダメだ。やはり私はなにもいうまい。

(このおねえさんのかおをみたら、わたしには、もうなにもいえない。)

このお姉さんの顔を見たら、私には、もうなにもいえない。

(「・・・・・・おねがいね、おるすばん、たのんだわよ」)

「……お願いね、お留守番、頼んだわよ」

(いうと、あねはおもいきったようにそそくさとへやをでていく。)

いうと、姉は思い切ったようにそそくさと部屋を出て行く。

(しろいれーんこーとのすそがひるがえって、とびらがおおきなおとをたててしまる。)

白いレーン・コートの裾がひるがえって、扉が大きな音をたてて閉まる。

(かのじょは、ちいさくなきはじめた。)

彼女は、小さく泣きはじめた。

(こぐらいへやのすみでうつぶしたそのほねばったかたがおののえ、)

小暗い部屋の隅でうつぶしたその骨ばった肩が慄え、

(かのじょはこえをたててなきつづけた。)

彼女は声をたてて泣きつづけた。

(あめはあいかわらずふりつづけている。)

雨はあいかわらず降りつづけている。

(うてきがたえまなくがらすのまどをながれ、)

雨滴が絶え間なくガラスの窓を流れ、

(とおくに、かすかにかみなりのおともきこえる。)

遠くに、かすかに雷の音も聞こえる。

(かみなりがなればつゆはあけるのだというのに、)

雷が鳴れば梅雨はあけるのだというのに、

(ことしのつゆは、いったい、いつまでつづくのだろう。)

今年の梅雨は、いったい、いつまでつづくのだろう。

(やがて、かのじょはたちあがりまどにかおをうつした。)

やがて、彼女は立ち上り窓に顔をうつした。

(なみだでくしゃくしゃによごれた、あおぐろくせいきのないいんきなかお。)

涙でくしゃくしゃに汚れた、青黒く生気のない陰気な顔。

(いろじろでおおがらなうつくしいあねとは、にてもにつかぬぶきりょうな、みにくいかお。)

色白で大柄な美しい姉とは、似ても似つかぬ不器量な、醜い顔。

(にじゅうさんにもなるのに、ぎすぎすしたはついくふぜんのちゅうがくせいみたいなかたくひらたいむね。)

二十三にもなるのに、ギスギスした発育不全の中学生みたいな固く平たい胸。

(きらい、おまえなんて、わたしはだいきらい。)

きらい、お前なんて、私は大きらい。

(おまえなんか、しんでしまえばいい。どうなっちゃってもいい。)

お前なんか、死んでしまえばいい。どうなっちゃってもいい。

(じぶんでじぶんにいい、かのじょはめをつぶった。またあたらしいなみだがこぼれた。)

自分で自分にいい、彼女は目をつぶった。また新しい涙がこぼれた。

(もしわたしが、おねえさんのようなびじんだったら。)

もし私が、お姉さんのような美人だったら。

(そしたらわたしだって、)

そしたら私だって、

(おねえさんみたいにほがらかでひとなつっこく、だれからもかわいいがられ、)

お姉さんみたいに朗らかで人なつっこく、誰からも可愛いがられ、

(いまのようにいえでぶらぶらしていることもなかったのに。)

いまのように家でブラブラしていることもなかったのに。

(びじんできがやさしく、しかもひょうばんのしっかりもののおねえさんを、)

美人で気がやさしく、しかも評判のしっかり者のお姉さんを、

(にじゅうろくのきょうまでどくしんのままいさせ、あわてさせて、)

二十六の今日まで独身のままいさせ、慌てさせて、

(さえきなんてあんなわるいおとこをちかづけさせることもなかったのに。)

佐伯なんてあんな悪い男を近づけさせることもなかったのに。

(おねえさんの、そんなふたんになることもなかったのに。)

お姉さんの、そんな負担になることもなかったのに。

(わたしは、それがくやしい。)

私は、それが口惜しい。

(「・・・・・・でもだめ。いけないわおねえさん」)

「……でもダメ。いけないわお姉さん」

(と、かのじょはこえにだしていった。)

と、彼女は声に出していった。

(「あのおとこはとんだくわせものよ。なにもわたし、やきもちをやいてるんじゃないわ。)

「あの男はとんだ食わせものよ。なにも私、ヤキモチをやいてるんじゃないわ。

(だめなの、あのおとこは」)

ダメなの、あの男は」

(あのおとこったら、はっときづいてめをあわすときは)

あの男ったら、はっと気づいて目を合わすときは

(やさしくにこにこわらっているんだけど、)

やさしくニコニコ笑っているんだけど、

(ちょっとぼんやりしてると、まるでべつじんのようなれいこくなこわいめで、)

ちょっとボンヤリしてると、まるで別人のような冷酷なこわい目で、

(じっとわたしをみつめてるの。まるでかんさつするみたいに。)

じっと私をみつめてるの。まるで観察するみたいに。

(・・・・・・きっと、にじゅうじんかくだわ。)

……きっと、二重人格だわ。

(ね?こんなにんげんなんて、しんようできるはずがないわ。)

ね? こんな人間なんて、信用できるはずがないわ。

(それにきのう、わたしがこのまどからみちをながめてたら、あのおとこがとおったの。)

それに昨日、私がこの窓から道を眺めてたら、あの男が通ったの。

(すごくにくらしい、あのおとこにそっくりなちいさなおとこのこのてをひいて、)

すごく憎らしい、あの男にそっくりな小さな男の子の手を引いて、

(おくさんらしいひとといっしょに。)

奥さんらしい人といっしょに。

(しってる?おねえさん、あのおとこにはおくさんもこどももいるのよ。)

知ってる? お姉さん、あの男には奥さんも子供もいるのよ。

(ほんのうわきごころで、おねえさんをだましているだけなの。)

ほんの浮気心で、お姉さんをダマしているだけなの。

(いっけん、にゅうわな、いかにもしんようできそうなやさしいしんしづらをつくって・・・・・・。)

一見、柔和な、いかにも信用できそうなやさしい紳士面をつくって……。

(わたし、あのおとこをゆるせないわ。)

私、あの男を許せないわ。

(ちゃんとさいしがあるくせに、おねえさんになんかせっきんして。)

ちゃんと妻子があるくせに、お姉さんになんか接近して。

(・・・・・・ほんとうよ、しんじて。やきもちなんかじゃない。)

……本当よ、信じて。ヤキモチなんかじゃない。

(はじめわたしは、しっかりもののおねえさんが、どうしてあんなおとこにきをゆるしたのか、)

はじめ私は、しっかり者のお姉さんが、どうしてあんな男に気をゆるしたのか、

(それがふしぎだったわ。)

それが不思議だったわ。

(でも、いまはわかっている。)

でも、いまはわかっている。

(わたしは、わたしというこぶが、)

私は、私というコブが、

(いつもおねえさんのえんだんのじゃまになっていたことをおもいだしたの。)

いつもお姉さんの縁談の邪魔になっていたことを思い出したの。

(あのおとこは、そんなおねえさんのよわみに、あせりにつけこんで、)

あの男は、そんなお姉さんの弱みに、焦りにつけこんで、

(うまくおねえさんにとりいってしまったんだわ。)

うまくお姉さんに取り入ってしまったんだわ。

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