夜長姫と耳男20(終)

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坂口安吾の小説です。青空文庫から引用
底本:「坂口安吾全集 12」筑摩書房
   1999(平成11)年1月20日初版第1刷発行
底本の親本:「新潮 第四九巻第六号」
   1952(昭和27)年6月1日発行
初出:「新潮 第四九巻第六号」
   1952(昭和27)年6月1日発行
入力:砂場清隆
校正:田中敬三
2006年2月21日作成
青空文庫作成ファイル
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問題文

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(にどめのふくろをせおってもどると、)

二度目の袋を背負って戻ると、

(ひめのほおもめもかがやきにもえておれをむかえた。)

ヒメの頬も目もかがやきに燃えてオレを迎えた。

(ひめはおれににっこりとわらいかけながらちいさくさけんだ。)

ヒメはオレにニッコリと笑いかけながら小さく叫んだ。

(「すばらしい!」)

「すばらしい!」

(ひめはさしていった。)

ヒメは指して云った。

(「ほら、あすこののらにひとりしんでいるでしょう。ついいましがたよ。)

「ほら、あすこの野良に一人死んでいるでしょう。つい今しがたよ。

(くわをそらたかくかざしたとおもうととりおとしてきりきりまいをはじめたのよ。)

クワを空高くかざしたと思うと取り落してキリキリ舞いをはじめたのよ。

(そしてあのひとがうごかなくなったとおもうと、ほら、)

そしてあの人が動かなくなったと思うと、ほら、

(あすこののらにもひとりたおれているでしょう。)

あすこの野良にも一人倒れているでしょう。

(あのひとがきりきりまいをはじめたのよ。)

あの人がキリキリ舞いをはじめたのよ。

(そして、いましがたまではってうごめいていたのに」)

そして、今しがたまで這ってうごめいていたのに」

(ひめのめはそこにじっとそそがれていた。)

ヒメの目はそこにジッとそそがれていた。

(まだうごめきやしないかときたいしているのかもしれなかった。)

まだうごめきやしないかと期待しているのかも知れなかった。

(おれはひめのことばをきいているうちにあせがじっとりうかんできた。)

オレはヒメの言葉をきいているうちに汗がジットリ浮んできた。

(おそれともかなしみともつかないおおきなものがこみあげて、)

怖れとも悲しみともつかない大きなものがこみあげて、

(おれはどうしてよいのかわからなくなってしまった。)

オレはどうしてよいのか分らなくなってしまった。

(おれのむねにかたまりがつかえて、ただはあはあとあえいだ。)

オレの胸にカタマリがつかえて、ただハアハアとあえいだ。

(そのときひめのさえわたるこえがおれによびかけた。)

そのときヒメの冴えわたる声がオレによびかけた。

(「みみおよ。ごらん!あすこに、ほら!)

「耳男よ。ごらん! あすこに、ほら!

(きりきりまいをしはじめたひとがいてよ。)

キリキリ舞いをしはじめた人がいてよ。

など

(ほら、きりきりとまっていてよ。)

ほら、キリキリと舞っていてよ。

(おひさまがまぶしいように。おひさまによったよう」)

お日さまがまぶしいように。お日さまに酔ったよう」

(おれはらんかんにかけよって、ひめのしめすほうをみた。)

オレはランカンに駈けよって、ヒメの示す方を見た。

(ちょうじゃのやしきのすぐしたのはたけに、ひとりののうふがりょうてをひろげて、)

長者の邸のすぐ下の畑に、一人の農夫が両手をひろげて、

(そらのしたをおよぐようにゆらゆらとよろめいていた。)

空の下を泳ぐようにユラユラとよろめいていた。

(かがしにあしがはえて、さゆうにくのじをふみながら)

カガシに足が生えて、左右にくの字をふみながら

(ゆらゆらとちいさなえんをふみまわっているようだ。)

ユラユラと小さな円を踏み廻っているようだ。

(ばったりたおれて、はいはじめた。)

バッタリ倒れて、這いはじめた。

(おれはめをとじて、しりぞいた。かおも、むねも、せなかも、あせでいっぱいだった。)

オレは目をとじて、退いた。顔も、胸も、背中も、汗でいっぱいだった。

(「ひめがむらのにんげんをみなごろしにしてしまう」)

「ヒメが村の人間をみな殺しにしてしまう」

(おれはそれをはっきりしんじた。)

オレはそれをハッキリ信じた。

(おれがこうろうのてんじょういっぱいにへびのしたいをつるしおえたとき、)

オレが高楼の天井いっぱいに蛇の死体を吊し終えた時、

(このむらのさいごのひとりがいきをひきとるにそういない。)

この村の最後の一人が息をひきとるに相違ない。

(おれがてんじょうをみあげると、かぜのふきわたるこうろうだから、)

オレが天井を見上げると、風の吹き渡る高楼だから、

(なんじゅっぽんものへびのしたいがちょうしをそろえてゆるやかにゆれ、)

何十本もの蛇の死体が調子をそろえてゆるやかにゆれ、

(すきまからきれいなあおぞらがみえた。)

隙間からキレイな青空が見えた。

(しめきったおれのこやでは、こんなことはみかけることができなかったが、)

閉めきったオレの小屋では、こんなことは見かけることができなかったが、

(ぶらさがったへびのしたいまでがこんなにうつくしいということは、)

ぶらさがった蛇の死体までがこんなに美しいということは、

(なんということだろうとおれはおもった。)

なんということだろうとオレは思った。

(こんなことはにんげんせかいのことではないとおれはおもった。)

こんなことは人間世界のことではないとオレは思った。

(おれがさかさづりにしたへびのしたいをおれのてがきりおとすか、)

オレが逆吊りにした蛇の死体をオレの手が斬り落すか、

(ここからおれがにげさるか、)

ここからオレが逃げ去るか、

(どっちかひとつをえらぶよりしかたがないとおれはおもった。)

どっちか一ツを選ぶより仕方がないとオレは思った。

(おれはのみをにぎりしめた。そして、いずれをえらぶべきかになおもまよった。)

オレはノミを握りしめた。そして、いずれを選ぶべきかに尚も迷った。

(そのとき、ひめのこえがきこえた。)

そのとき、ヒメの声がきこえた。

(「とうとううごかなくなったわ。なんてかわいいのでしょうね。)

「とうとう動かなくなったわ。なんて可愛いのでしょうね。

(おひさまが、うらやましい。にほんぢゅうののでもさとでもまちでも、)

お日さまが、うらやましい。日本中の野でも里でも町でも、

(こんなふうにしぬひとをみんなみていらっしゃるのね」)

こんな風に死ぬ人をみんな見ていらッしゃるのね」

(それをきいているうちにおれのこころがかわった。)

それをきいているうちにオレの心が変った。

(このひめをころさなければ、ちゃちなにんげんせかいはもたないのだとおれはおもった。)

このヒメを殺さなければ、チャチな人間世界はもたないのだとオレは思った。

(ひめはむしんにのらをみつめていた。)

ヒメは無心に野良を見つめていた。

(あたらしいきりきりまいをさがしているのかもしれなかった。)

新しいキリキリ舞いを探しているのかも知れなかった。

(なんてかれんなひめだろうとおれはおもった。)

なんて可憐なヒメだろうとオレは思った。

(そして、こころがきまると、おれはふしぎにためらわなかった。)

そして、心がきまると、オレはフシギにためらわなかった。

(むしろつよいちからがおれをおすようにおもわれた。)

むしろ強い力がオレを押すように思われた。

(おれはひめにあゆみよると、おれのひだりてをひめのひだりのかたにかけ、だきすくめて、)

オレはヒメに歩み寄ると、オレの左手をヒメの左の肩にかけ、だきすくめて、

(みぎてのきりをむねにうちこんだ。)

右手のキリを胸にうちこんだ。

(おれのかたははあはあとおおきななみをうっていたが、)

オレの肩はハアハアと大きな波をうっていたが、

(ひめはめをあけてにっこりわらった。)

ヒメは目をあけてニッコリ笑った。

(「さよならのあいさつをして、それからころしてくださるものよ。)

「サヨナラの挨拶をして、それから殺して下さるものよ。

(わたしもさよならのあいさつをして、むねをつきさしていただいたのに」)

私もサヨナラの挨拶をして、胸を突き刺していただいたのに」

(ひめのつぶらなひとみはおれにたえず、えみかけていた。)

ヒメのツブラな瞳はオレに絶えず、笑みかけていた。

(おれはひめのいうとおりだとおもった。)

オレはヒメの言う通りだと思った。

(おれもあいさつがしたかったし、せめておわびのひとこともさけんでから)

オレも挨拶がしたかったし、せめてお詫びの一言も叫んでから

(ひめをさすつもりであったが、)

ヒメを刺すつもりであったが、

(やっぱりのぼせて、なにもいうことができないうちにひめをさしてしまったのだ。)

やっぱりのぼせて、何も言うことができないうちにヒメを刺してしまったのだ。

(いまさらなにをいえよう。おれのめにふかくのなみだがあふれた。)

今さら何を言えよう。オレの目に不覚の涙があふれた。

(するとひめはおれのてをとり、にっこりとささやいた。)

するとヒメはオレの手をとり、ニッコリとささやいた。

(「すきなものはのろうかころすかあらそうかしなければならないのよ。)

「好きなものは咒うか殺すか争うかしなければならないのよ。

(おまえのみろくがだめなのもそのせいだし、)

お前のミロクがダメなのもそのせいだし、

(おまえのばけものがすばらしいのもそのためなのよ。)

お前のバケモノがすばらしいのもそのためなのよ。

(いつもてんじょうにへびをつるして、いまわたしをころしたようにりっぱなしごとをして・・・・・・」)

いつも天井に蛇を吊して、いま私を殺したように立派な仕事をして……」

(ひめのめがわらって、とじた。)

ヒメの目が笑って、とじた。

(おれはひめをだいたままきをうしなってたおれてしまった。)

オレはヒメを抱いたまま気を失って倒れてしまった。

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