夜長姫と耳男3

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プレイ回数457難易度(4.3) 3437打 長文
坂口安吾の小説です。青空文庫から引用
底本:「坂口安吾全集 12」筑摩書房
   1999(平成11)年1月20日初版第1刷発行
底本の親本:「新潮 第四九巻第六号」
   1952(昭和27)年6月1日発行
初出:「新潮 第四九巻第六号」
   1952(昭和27)年6月1日発行
入力:砂場清隆
校正:田中敬三
2006年2月21日作成
青空文庫作成ファイル
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 sai 8099 8.3 96.5% 408.9 3434 122 70 2024/11/09
2 みき 5762 A+ 5.8 97.7% 582.0 3433 79 70 2024/12/18
3 Par8 4422 C+ 4.5 98.0% 755.6 3411 69 70 2024/11/06

関連タイピング

問題文

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(ちょうじゃのやしきへついたよくじつ、)

長者の邸へ着いた翌日、

(あなまろにみちびかれておくのにわで、ちょうじゃにあってあいさつした。)

アナマロにみちびかれて奥の庭で、長者に会って挨拶した。

(ちょうじゃはまるまるとふとり、ほおがたるんで、ふくのかみのようなかっこうのひとであった。)

長者はまるまるとふとり、頬がたるんで、福の神のような恰好の人であった。

(かたわらによながひめがいた。)

かたわらに夜長ヒメがいた。

(ちょうじゃのあたまにしらががはえそめたころにようやくうまれたひとつぶだねだから、)

長者の頭にシラガが生えそめたころにようやく生れた一粒種だから、

(いちやごとにふたにぎりのおうごんをひゃくやにかけてしぼらせ、)

一夜ごとに二握りの黄金を百夜にかけてしぼらせ、

(したたるつゆをあつめてうぶゆをつかわせたといわれていた。)

したたる露をあつめて産湯をつかわせたと云われていた。

(そのつゆがしみたために、ひめのからだはうまれながらにひかりかがやき、)

その露がしみたために、ヒメの身体は生れながらに光りかがやき、

(おうごんのかおりがするといわれていた。)

黄金の香りがすると云われていた。

(おれはいっしんふらんにひめをみつめなければならないとおもった。)

オレは一心不乱にヒメを見つめなければならないと思った。

(なぜなら、おやかたがつねにこういいきかせていたからだ。)

なぜなら、親方が常にこう言いきかせていたからだ。

(「めずらしいひとやものにであったときはめをはなすな。おれのししょうがそういっていた。)

「珍しい人や物に出会ったときは目を放すな。オレの師匠がそう云っていた。

(そして、ししょうはそのまたししょうにそういわれ、)

そして、師匠はそのまた師匠にそう云われ、

(そのまたししょうのそのまたししょうのまたまたむかしのおおむかしのだいおやのししょうのだいから)

そのまた師匠のそのまた師匠のまたまた昔の大昔の大親の師匠の代から

(じゅんくりにそういわれてきたのだぞ。だいじゃにあしをかまれても、めをはなすな」)

順くりにそう云われてきたのだぞ。大蛇に足をかまれても、目を放すな」

(だからおれはよながひめをみつめた。)

だからオレは夜長ヒメを見つめた。

(おれはしょうしんのせいか、かくごをきめてかからなければ)

オレは小心のせいか、覚悟をきめてかからなければ

(ひとのかおをみつめることができなかった。)

人の顔を見つめることができなかった。

(しかし、きおくれをじっとおさえて、みつめているうちに)

しかし、気おくれをジッと押えて、見つめているうちに

(しだいにへいせいにかえるまんぞくをかんじたとき、)

次第に平静にかえる満足を感じたとき、

など

(おれはおやかたのきょうくんのじゅうだいないみがわかったようなきがするのだった。)

オレは親方の教訓の重大な意味が分ったような気がするのだった。

(のしかかるようにみつめふせてはだめだ。)

のしかかるように見つめ伏せてはダメだ。

(そのひとやそのものとともに、)

その人やその物とともに、

(ひといろのみずのようにすきとおらなければならないのだ。)

ひと色の水のようにすきとおらなければならないのだ。

(おれはよながひめをみつめた。ひめはまだじゅうさんだった。)

オレは夜長ヒメを見つめた。ヒメはまだ十三だった。

(からだはのびのびとたかかったが、こどものこうがたちこめていた。)

身体はノビノビと高かったが、子供の香がたちこめていた。

(いげんはあったが、おそろしくはなかった。)

威厳はあったが、怖ろしくはなかった。

(おれはむしろはりつめたちからがゆるんだようなきがしたが、)

オレはむしろ張りつめた力がゆるんだような気がしたが、

(それはおれがまけたせいかもしれない。)

それはオレが負けたせいかも知れない。

(そして、おれはひめをみつめていたはずだが、)

そして、オレはヒメを見つめていた筈だが、

(ひめのうしろにひろびろとそびえているのりくらやまが)

ヒメのうしろに広々とそびえている乗鞍山が

(あとあとまでつよくしみてのこってしまった。)

後々まで強くしみて残ってしまった。

(あなまろはおれをちょうじゃにひきあわせて、)

アナマロはオレを長者にひき合せて、

(「これがみみおでございます。)

「これが耳男でございます。

(わかいながらもしのこっぽうをすべてえとくし、)

若いながらも師の骨法をすべて会得し、

(さらにどくじのくふうもあみだしたほどのししょうまさりで、)

さらに独自の工夫も編みだしたほどの師匠まさりで、

(あおがさやふるかまとわざをきそっておくれをとるとはおもわれぬと)

青ガサやフル釜と技を競ってオクレをとるとは思われぬと

(しがくちをきわめてほめたたえたほどのたくみであります」)

師が口をきわめてほめたたえたほどのタクミであります」

(いがいにもしゅしょうなことをいった。)

意外にも殊勝なことを言った。

(するとちょうじゃはうなずいたが、)

すると長者はうなずいたが、

(「なるほど、おおきなみみだ」)

「なるほど、大きな耳だ」

(おれのみみをいっしんにみつめた。そして、またいった。)

オレの耳を一心に見つめた。そして、また云った。

(「おおみみはしたへたれがちなものだが、)

「大耳は下へ垂れがちなものだが、

(このみみはうえへたち、あたまよりもたかくのびている。)

この耳は上へ立ち、頭よりも高くのびている。

(うさぎのみみのようだ。しかし、がんそうは、うまだな」)

兎の耳のようだ。しかし、顔相は、馬だな」

(おれのあたまにちがさかまいた。)

オレの頭に血がさかまいた。

(おれはひとびとにみみのことをいわれたときほどぎゃくじょうし、こんらんすることはない。)

オレは人々に耳のことを言われた時ほど逆上し、混乱することはない。

(いかなゆうきもけっしんも、このこんらんをふせぐことができないのだ。)

いかな勇気も決心も、この混乱をふせぐことができないのだ。

(すべてのちがじょうたいにあがり、たちまちあせがしたたった。)

すべての血が上体にあがり、たちまち汗がしたたった。

(それはいつものことではあるが、このひのあせはたぐいのないものだった。)

それはいつものことではあるが、この日の汗はたぐいのないものだった。

(ひたいも、みみのまわりも、くびすじも、いっときにたきのようにあせがあふれてながれた。)

ヒタイも、耳のまわりも、クビ筋も、一時に滝のように汗があふれて流れた。

(ちょうじゃはそれをふしぎそうにながめていた。すると、ひめがさけんだ。)

長者はそれをフシギそうに眺めていた。すると、ヒメが叫んだ。

(「ほんとうにうまにそっくりだわ。くろいかおがあかくなって、うまのいろにそっくり」)

「本当に馬にそッくりだわ。黒い顔が赤くなって、馬の色にそッくり」

(じじょたちがこえをたててわらった。おれはもうねっとうのかまそのもののようであった。)

侍女たちが声をたてて笑った。オレはもう熱湯の釜そのもののようであった。

(あふれたつゆげもみえたし、)

溢れたつ湯気も見えたし、

(かおもくびもむねもせも、ひふぜんたいがあせのふかいかわであった。)

顔もクビも胸も背も、皮膚全体が汗の深い河であった。

(けれどもおれはひめのかおだけはみつめなければいけないし、)

けれどもオレはヒメの顔だけは見つめなければいけないし、

(めをはなしてはいけないとおもった。)

目を放してはいけないと思った。

(いっしんふらんにそうおもい、それをおこなうためにちからをつくした。)

一心不乱にそう思い、それを行うために力をつくした。

(しかし、そのどりょくと、わきたちあふれるこんらんとはぶんりしてへいこうし、)

しかし、その努力と、湧き立ち溢れる混乱とは分離して並行し、

(おれはしょちにきゅうしてたちすくんだ。)

オレは処置に窮して立ちすくんだ。

(ながいじかんが、そして、どうすることもできないじかんがすぎた。)

長い時間が、そして、どうすることもできない時間がすぎた。

(おれはとつぜんふりむいてはしっていた。)

オレは突然ふりむいて走っていた。

(ほかにてきとうなこうどうやおちついたことばなどをはっすべきだとおもいつきながら、)

他に適当な行動や落附いた言葉などを発すべきだと思いつきながら、

(もっともほっしない、そしておもいがけないこうどうをおこしてしまったのである。)

もっとも欲しない、そして思いがけない行動を起してしまったのである。

(おれはおれのへやのまえまではしっていった。それから、もんのそとまではしってでた。)

オレはオレの部屋の前まで走っていった。それから、門の外まで走って出た。

(それからあるいたが、また、はしった。いたたまらなかったのだ。)

それから歩いたが、また、走った。居たたまらなかったのだ。

(おれはかわのながれにそうてやまのぞうきばやしにわけいり、)

オレは川の流れに沿うて山の雑木林にわけ入り、

(たきのしたでながいじかんいわにこしかけていた。おひるがすぎた。はらがへった。)

滝の下で長い時間岩に腰かけていた。午ひるがすぎた。腹がへった。

(しかし、ひがくれかかるまではちょうじゃのやしきへもどるちからがおこらなかった。)

しかし、日が暮れかかるまでは長者の邸へ戻る力が起らなかった。

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