紫式部 源氏物語 紅葉賀 9 與謝野晶子訳

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(じっとものおもいをしながらねていることはたえがたいきがして、れいのなぐさめばしょ)

じっと物思いをしながら寝ていることは堪えがたい気がして、例の慰め場所

(にしのたいへいってみた。すこしみだれたかみをそのままにしてへやぎのうちかけすがたで)

西の対へ行って見た。少し乱れた髪をそのままにして部屋着の袿姿で

(ふえをなつかしいねにふきながらざしきをのぞくと、むらさきのにょおうはさっきのなでしこが)

笛を懐かしい音に吹きながら座敷をのぞくと、紫の女王はさっきの撫子が

(つゆにぬれたようなかれんなふうでよこになっていた。ひじょうにうつくしい。こぼれるほどの)

露にぬれたような可憐なふうで横になっていた。非常に美しい。こぼれるほどの

(あいきょうのあるかおが、きていしたけはいがしてからすぐにもでてこなかったげんじを)

愛嬌のある顔が、帰邸した気配がしてからすぐにも出て来なかった源氏を

(うらめしいとおもうようにむこうにむけられていたのである。)

恨めしいと思うように向こうに向けられていたのである。

(ざしきのはしのほうにすわって、 「こちらへいらっしゃい」)

座敷の端のほうにすわって、 「こちらへいらっしゃい」

(といってもそしらぬかおをしている。「いりぬるいそのくさなれや」(みらくすくなく)

と言っても素知らぬ顔をしている。「入りぬる磯の草なれや」(みらく少なく

(こうらくのおおき)とくちずさんで、そでをくちもとにあてているようすに)

恋ふらくの多き)と口ずさんで、袖を口もとにあてている様子に

(かわいいりこうさがみえるのである。 「つまらないうたをうたっているのですね。)

かわいい怜悧さが見えるのである。 「つまらない歌を歌っているのですね。

(しじゅうみていなければならないとおもうのはよくないことですよ」)

始終見ていなければならないと思うのはよくないことですよ」

(げんじはことをにょうぼうにださせてむらさきのきみにひかせようとした。 「じゅうさんげんのことは)

源氏は琴を女房に出させて紫の君に弾かせようとした。 「十三絃の琴は

(ちゅうおうのいとのちょうしをたかくするのはどうもしっくりとしないものだから」)

中央の絃の調子を高くするのはどうもしっくりとしないものだから」

(といって、じをひょうじょうにさげてかきあわせだけをしてひめぎみにあたえると、)

と言って、柱を平調に下げて掻き合わせだけをして姫君に与えると、

(もうすねてもいずうつくしくひきだした。ちいさいひとがひだりてをのばしていとをおさえる)

もうすねてもいず美しく弾き出した。小さい人が左手を伸ばして絃をおさえる

(てつきをげんじはかわいくおもって、じしんはふえをふきながらおしえていた。なにごとにも)

手つきを源氏はかわいく思って、自身は笛を吹きながら教えていた。何ごとにも

(きじょらしいそしつのみえるのにげんじはまんぞくしていた。ほそろぐせりというのは)

貴女らしい素質の見えるのに源氏は満足していた。保曽呂倶世利というのは

(へんななのきょくであるが、それをおもしろくふえでげんじがふくのに、あわせることの)

変な名の曲であるが、それをおもしろく笛で源氏が吹くのに、合わせる琴の

(ひきてはちいさいひとであったがおとのまがたがわずにひけて、じょうずになるてすじと)

弾き手は小さい人であったが音の間が違わずに弾けて、上手になる手筋と

(みえるのである。ひをともさせてからえなどをいっしょにみていたが、)

見えるのである。灯を点させてから絵などをいっしょに見ていたが、

など

(さっきげんじはここへくるまえにでかけるよういをめいじてあったから、ともをする)

さっき源氏はここへ来る前に出かける用意を命じてあったから、供をする

(さむらいたちがうながすようにみすのそとから、 「あめがふりそうでございます」)

侍たちが促すように御簾の外から、 「雨が降りそうでございます」

(などというのをきくと、むらさきのきみはいつものようにこころぼそくなって)

などと言うのを聞くと、紫の君はいつものように心細くなって

(めいりこんでいった。えもみさしてうつむいているのがかわいくて、)

めいり込んでいった。絵も見さしてうつむいているのがかわいくて、

(こぼれかかっているうつくしいかみをなでてやりながら、)

こぼれかかっている美しい髪をなでてやりながら、

(「わたくしがよそへいっているとき、あなたはさびしいの」 というとにょおうはうなずいた。)

「私がよそへ行っている時、あなたは寂しいの」 と言うと女王はうなずいた。

(「わたくしだっていちにちあなたをみないでいるともうくるしくなる。けれどあなたは)

「私だって一日あなたを見ないでいるともう苦しくなる。けれどあなたは

(ちいさいからわたくしはあんしんしていてね、わたくしがいかないといろいろないじわるをいって)

小さいから私は安心していてね、私が行かないといろいろな意地悪を言って

(おこるひとがありますからね。いまのうちはそのほうへいきます。あなたが)

おこる人がありますからね。今のうちはそのほうへ行きます。あなたが

(おとなになればけっしてもうよそへはいかない。ひとからうらまれたくないと)

大人になれば決してもうよそへは行かない。人からうらまれたくないと

(おもうのも、ながくいきていて、あなたをこうふくにしたいとおもうからです」)

思うのも、長く生きていて、あなたを幸福にしたいと思うからです」

(などとこまごまはなしてきかせると、さすがにはじてへんじもしない。そのまま)

などとこまごま話して聞かせると、さすがに恥じて返辞もしない。そのまま

(ひざによりかかってねいってしまったのをみると、げんじはかわいそうになって、)

膝に寄りかかって寝入ってしまったのを見ると、源氏はかわいそうになって、

(「もうこんやはでかけないことにする」 とさむらいたちにいうと、)

「もう今夜は出かけないことにする」 と侍たちに言うと、

(そのひとらはあちらへたっていって。まもなくげんじのゆうはんがにしのたいへはこばれた。)

その人らはあちらへ立って行って。間もなく源氏の夕飯が西の対へ運ばれた。

(げんじはにょおうをおこして、 「もういかないことにしましたよ」)

源氏は女王を起こして、 「もう行かないことにしましたよ」

(というとなぐさんでおきた。そうしていっしょにしょくじをしたが、ひめぎみはまだ)

と言うと慰んで起きた。そうしていっしょに食事をしたが、姫君はまだ

(はかないようなふうでろくろくたべなかった。 「ではおやすみなさいな」)

はかないようなふうでろくろく食べなかった。 「ではお寝みなさいな」

(でないということはうそでないかとあぶながってこんなことをいうのである。)

出ないということは嘘でないかと危ながってこんなことを言うのである。

(こんなかれんなひとをおいていくことは、どんなにこいしいひとのところがあっても)

こんな可憐な人を置いて行くことは、どんなに恋しい人の所があっても

(できないことであるとげんじはおもった。)

できないことであると源氏は思った。

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