紫式部 源氏物語 葵 15 與謝野晶子訳

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(げんじはこうしたこもりいをつづけていられないことをおもって、いんのごしょへ)

源氏はこうした籠居を続けていられないことを思って、院の御所へ

(きょうはむかうことにした。くるまのよういがされて、ぜんくのものがあつまってきたじぶんに、)

今日は向かうことにした。車の用意がされて、前駆の者が集まって来た時分に、

(このいえのひとびととげんじのわかれをどうじょうしてこぼすなみだのようなしぐれがふりそそいだ。)

この家の人々と源氏の別れを同情してこぼす涙のような時雨が降りそそいだ。

(このはをさっとちらすかぜもふいていた。げんじのいまにいたにょうぼうはひじょうにみな)

木の葉をさっと散らす風も吹いていた。源氏の居間にいた女房は非常に皆

(こころぼそくおもって、ふじんのしからひがたって、すこしわすれていたなみだをまたたきのように)

心細く思って、夫人の死から日がたって、少し忘れていた涙をまた滝のように

(ながしていた。こんやからにじょうのいんにげんじのとまることをよきして、かじゅうやさむらいは)

流していた。今夜から二条の院に源氏の泊まることを予期して、家従や侍は

(そちらでしゅじんをむかえようと、だれもみなしたくをととのえて)

そちらで主人を迎えようと、だれも皆仕度をととのえて

(かえろうとしているのである。きょうですべてのことがおわるのではないがひじょうに)

帰ろうとしているのである。今日ですべてのことが終わるのではないが非常に

(かなしいこうけいである。だいじんもみやもまたあたらしいかなしみをかんじておいでになった。)

悲しい光景である。大臣も宮もまた新しい悲しみを感じておいでになった。

(みやへげんじはてがみでごあいさつをした。 いんがひじょうにあいたくおぼしめすようですから、)

宮へ源氏は手紙で御挨拶をした。 院が非常に逢いたく思召すようですから、

(きょうはこれからそちらへうかがうつもりでございます。かりそめにもせよ)

今日はこれからそちらへ伺うつもりでございます。かりそめにもせよ

(わたくしがこうしてそとへでかけたりいたすようになってみますと、)

私がこうして外へ出かけたりいたすようになってみますと、

(あれほどのかなしみをしながらよくもいきていたというようなふしぎなきが)

あれほどの悲しみをしながらよくも生きていたというような不思議な気が

(いたします。おめにかかりましてはいっそうかなしみにとりみだしそうな)

いたします。お目にかかりましてはいっそう悲しみに取り乱しそうな

(ふあんがございますからあがりません。 というのである。)

不安がございますから上がりません。 というのである。

(みやさまのおこころにかなしみがつのってなみだでめもおみえにならない。おへんじはなかった。)

宮様のお心に悲しみがつのって涙で目もお見えにならない。お返事はなかった。

(しばらくしてげんじのいまへだいじんがでてきた。ひじょうにかなしんで、)

しばらくして源氏の居間へ大臣が出て来た。非常に悲しんで、

(そでをなみだのながれるかおにあてたままである。それをみるにょうぼうたちもかなしかった。)

袖を涙の流れる顔に当てたままである。それを見る女房たちも悲しかった。

(じんせいのひあいのなかにつつまれてなくげんじのすがたは、そんなときもえんであった。)

人生の悲哀の中に包まれて泣く源氏の姿は、そんな時も艶であった。

(だいじんはやっとものをいいだした。 「としをとりますと、なんでもないことにも)

大臣はやっとものを言い出した。 「年を取りますと、何でもないことにも

など

(よくなみだがでるものですが、ああしただげきがやってきたのでございますから、)

よく涙が出るものですが、ああした打撃がやって来たのでございますから、

(もうわたくしはなみだからかいほうされるじかんといってはございません。)

もう私は涙から解放される時間といってはございません。

(わたくしがこんなよわいにんげんであることをひとにみせたくないものですから、)

私がこんな弱い人間であることを人に見せたくないものですから、

(いんのごしょへもしこうしないのでございます。おはなしのついでにあなたからよろしく)

院の御所へも伺候しないのでございます。お話のついでにあなたからよろしく

(おとりなしになっておいてください。もうよめいいくばくもないときになって、)

お取りなしになっておいてください。もう余命いくばくもない時になって、

(こにすてられましたことがうらめしゅうございます」)

子に捨てられましたことが恨めしゅうございます」

(いっしょけんめいにかなしみをおさえながらいうことはこれであった。)

一所懸命に悲しみをおさえながら言うことはこれであった。

(げんじもいくどかなみだをのみながらいった。)

源氏も幾度か涙を飲みながら言った。

(「いつだれがしにとられるかしれないのがじんせいのそうであると)

「いつだれが死に取られるかしれないのが人生の相であると

(しょうちしておりましても、もくぜんにそれをたいけんしましたわれわれのかなしみは)

承知しておりましても、目前にそれを体験しましたわれわれの悲しみは

(りくつでせつめいもなにもできません。いんにもあなたのごようすをよくもうしあげます。)

理窟で説明も何もできません。院にもあなたの御様子をよく申し上げます。

(かならずごどうじょうをあそばすでしょう」 「それではもうおでかけなさいませ。)

必ず御同情をあそばすでしょう」 「それではもうお出かけなさいませ。

(しぐれがあとからあとからおっかけてくるようですから、)

時雨があとからあとから追っかけて来るようですから、

(せめてくれないうちにおいでになるがよい」 とだいじんはすすめた。)

せめて暮れないうちにおいでになるがよい」 と大臣は勧めた。

(げんじがざしきのなかをみまわすときちょうのうしろとか、からかみのむこうとか、)

源氏が座敷の中を見まわすと几帳の後ろとか、襖子の向こうとか、

(ずっとみえるところににょうぼうのさんじゅうにんほどがいくつものかたまりをつくっていた。)

ずっと見える所に女房の三十人ほどが幾つものかたまりを作っていた。

(こいもふくもうすにびいろもまじっているのである。みなこころぼそそうに)

濃い喪服も淡鈍色も混じっているのである。皆心細そうに

(めいったふうであるのをげんじはあわれにおもった。)

めいったふうであるのを源氏は哀れに思った。

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