紫式部 源氏物語 須磨 2 與謝野晶子訳

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1 おもち 7664 7.9 96.5% 353.7 2810 99 40 2024/12/21

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問題文

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(しゅっぱつまえに、さんにちまえのことである、げんじはそっとさだいじんけへいった。)

出発前二、三日のことである、源氏はそっと左大臣家へ行った。

(かんたんなあじろぐるまで、おんなののっているようにしておくのほうへよっていることなども、)

簡単な網代車で、女の乗っているようにして奥のほうへ寄っていることなども、

(きんじしゃにはかなしいゆめのようにばかりおもわれた。むかしつかっていたすまいのほうは)

近侍者には悲しい夢のようにばかり思われた。昔使っていた住居のほうは

(げんじのめにさびしくあれているようなきがした。わかぎみのめのとたちとか、)

源氏の目に寂しく荒れているような気がした。若君の乳母たちとか、

(むかしのふじんのじじょでいまものこっているひとたちとかが、げんじのきたのをめずらしがって)

昔の夫人の侍女で今も残っている人たちとかが、源氏の来たのを珍しがって

(あつまってきた。きょうのふこうなげんじをみて、じんせいのにんしきのまだじゅうぶんできていない)

集まって来た。今日の不幸な源氏を見て、人生の認識のまだ十分できていない

(わかいにょうぼうなどもみななく。かわいいかおをしたわかぎみがふざけながらはしってきた。)

若い女房なども皆泣く。かわいい顔をした若君がふざけながら走って来た。

(「ながくみないでいてもちちをわすれないのだね」 といって、)

「長く見ないでいても父を忘れないのだね」 と言って、

(ひざのうえへこをすわらせながらもげんじはかなしんでいた。さだいじんがこちらへきて)

膝の上へ子をすわらせながらも源氏は悲しんでいた。左大臣がこちらへ来て

(げんじにあった。 「おひまなあいだにうかがって、なんでもないむかしのはなしですが)

源氏に逢った。 「おひまな間に伺って、なんでもない昔の話ですが

(おめにかかってしたくてなりませんでしたものの、びょうきのために)

お目にかかってしたくてなりませんでしたものの、病気のために

(ごほうこうもしないで、かんちょうへでずにいて、しじんとしてはのんきにひとのこうさいもすると)

御奉公もしないで、官庁へ出ずにいて、私人としては暢気に人の交際もすると

(いわれるようでは、それももうどうでもいいのですが、いまのしゃかいは)

言われるようでは、それももうどうでもいいのですが、今の社会は

(そんなことででもなんらかのきがいがくわえられますからこわかったのでございます。)

そんなことででもなんらかの危害が加えられますから恐かったのでございます。

(あなたのごしっきゃくをはいけんして、わたくしはながいきをしているから、こんななさけない)

あなたの御失脚を拝見して、私は長生きをしているから、こんな情けない

(よのなかもみるのだとかなしいのでございます。まっせです。てんちをさかさまにしても)

世の中も見るのだと悲しいのでございます。末世です。天地をさかさまにしても

(ありうることでないげんしょうでございます。なにもかも)

ありうることでない現象でございます。何もかも

(わたくしはいやになってしまいました」 としおれながらいうだいじんであった。)

私はいやになってしまいました」 としおれながら言う大臣であった。

(「なにごともみなぜんしょうのむくいなのでしょうから、こんぽんてきにいえばじぶんのつみなのです。)

「何事も皆前生の報いなのでしょうから、根本的にいえば自分の罪なのです。

(わたくしのようにかんいをはくだつされるほどのことでなくても、ちょっかんのものはふつうじんと)

私のように官位を剥奪されるほどのことでなくても、勅勘の者は普通人と

など

(おなじようにせいかつしていることはよろしくないとされるのはこのくにばかりの)

同じように生活していることはよろしくないとされるのはこの国ばかりの

(ことでもありません。わたくしなどのはとおくへついほうするというじょうこうもあるのですから、)

ことでもありません。私などのは遠くへ追放するという条項もあるのですから、

(このままきょうにおりましてはなおなんらかのしょばつをうけることとおもわれます。)

このまま京におりましてはなおなんらかの処罰を受けることと思われます。

(えんざいであるというじしんをもってきょうにとどまっていますこともちょうていへすまないきが)

冤罪であるという自信を持って京に留まっていますことも朝廷へ済まない気が

(しますし、いまいじょうのげんばつにあわないさきに、じぶんからえんかくのちへうつったほうが)

しますし、今以上の厳罰にあわない先に、自分から遠隔の地へ移ったほうが

(いいとおもったのです」 などと、こまごまげんじはかたっていた。)

いいと思ったのです」 などと、こまごま源氏は語っていた。

(だいじんはむかしのはなしをして、いんがどれだけげんじをあいしておいでになったかと、)

大臣は昔の話をして、院がどれだけ源氏を愛しておいでになったかと、

(そのれいをひいて、なみだをおさえるのうしのそでをかおからはなすことができないのである。)

その例を引いて、涙をおさえる直衣の袖を顔から離すことができないのである。

(げんじもないていた。わかぎみがむしんにそふとちちのあいだをあるいて、ふたりにあまえることを)

源氏も泣いていた。若君が無心に祖父と父の間を歩いて、二人に甘えることを

(たのしんでいるのにこころがうたれるようである。 「なくなりましたむすめのことを、)

楽しんでいるのに心が打たれるようである。 「亡くなりました娘のことを、

(わたくしはすこしもわすれることができずにかなしんでおりましたが、こんどのことに)

私は少しも忘れることができずに悲しんでおりましたが、今度の事に

(よりまして、もしあれがいきておりましたなら、どんなになげくことであろうと、)

よりまして、もしあれが生きておりましたなら、どんなに歎くことであろうと、

(たんめいでしんで、このあくむをみずにすんだことではじめてなぐさめたのでございます。)

短命で死んで、この悪夢を見ずに済んだことではじめて慰めたのでございます。

(ちいさいかたがろうそふぼのなかにのこっておいでになって、りっぱなちちぎみに)

小さい方が老祖父母の中に残っておいでになって、りっぱな父君に

(せっきんされることのないつきひのながかろうとおもわれますことがわたくしにはなによりも)

接近されることのない月日の長かろうと思われますことが私には何よりも

(もっともかなしゅうございます。むかしのじだいにはしんじつつみをおかしたものも、これほどのあつかいは)

最も悲しゅうございます。昔の時代には真実罪を犯した者も、これほどの扱いは

(うけなかったものです。しゅくめいだとみるほかはありません。がいこくのちょうていにも)

受けなかったものです。宿命だと見るほかはありません。外国の朝廷にも

(ずいぶんありますようにえんざいにおあたりになったのでございます。しかし、)

ずいぶんありますように冤罪にお当たりになったのでございます。しかし、

(それにしてもなんとかいいだすものがあって、せけんがさわぎだして、)

それにしてもなんとか言い出す者があって、世間が騒ぎ出して、

(しょばつはそれからのものですが、どうもわけがわかりません」)

処罰はそれからのものですが、どうも訳がわかりません」

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