紫式部 源氏物語 澪標 4 與謝野晶子訳

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問題文
(がいしゅつしたついでにげんじはそっとわがこのあたらしいめのとのいえへよった。)
外出したついでに源氏はそっとわが子の新しい乳母の家へ寄った。
(かいだくをつたえてもらったのであるが、なおおんなはどうしようかとはんもんしていたところへ)
快諾を伝えてもらったのであるが、なお女はどうしようかと煩悶していた所へ
(げんじみずからがきてくれたので、それでたびにでるこころもなぐさんで、)
源氏みずからが来てくれたので、それで旅に出る心も慰んで、
(あきらめもついた。 「ぎょいのとおりにいたします」)
あきらめもついた。 「御意のとおりにいたします」
(といっていた。ちょうどきちじつでもあったのですぐにたたせることにげんじはした。)
と言っていた。ちょうど吉日でもあったのですぐに立たせることに源氏はした。
(「どうじょうがないようだけれど、わたくしはしょうらいにとくべつなかんがえもあるこなのだからね、)
「同情がないようだけれど、私は将来に特別な考えもある子なのだからね、
(それにわたくしもけいけんしてきたとちのせいかつだから、そうおもってまあはじめだけしばらく)
それに私も経験して来た土地の生活だから、そう思ってまあ初めだけしばらく
(がまんをすればなれてしまうよ」 とげんじはあかしのにゅうどうけのことをくわしく)
我慢をすれば馴れてしまうよ」 と源氏は明石の入道家のことをくわしく
(はなしてきかせた。ははといっしょにちちみかどのおそばにきていたこともあって、)
話して聞かせた。母といっしょに父帝のおそばに来ていたこともあって、
(ときどきはみたかおであったが、いぜんにくらべるとようぼうがおとろえていた。いえのようすなども)
時々は見た顔であったが、以前に比べると容貌が衰えていた。家の様子なども
(ずいぶんひどいあれかたになっている。さすがにひろいだけはひろいが)
ずいぶんひどい荒れ方になっている。さすがに広いだけは広いが
(きみわるくおもわれるほどきなどもしげりほうだいになっていて、こんないえにどうして)
気味悪く思われるほど木なども繁りほうだいになっていて、こんな家にどうして
(くらしてきたかとおもわれるほどである。わかやかでうつくしいたちのおんなであったから、)
暮らしてきたかと思われるほどである。若やかで美しいたちの女であったから、
(げんじがじょうだんをいったりするのにもおもしろいあいてであった。)
源氏が戯談を言ったりするのにもおもしろい相手であった。
(「わたくしはとりかえしたいきがする。とおくへなどおまえをやりたくない。どう」)
「私は取り返したい気がする。遠くへなどおまえをやりたくない。どう」
(といわれて、ちょくせつげんじのそばでつかわれるみになれたなら、かこのどんなふこうも)
と言われて、直接源氏のそばで使われる身になれたなら、過去のどんな不幸も
(わすれることができるであろうと、ものあわれなきもちにおんなはなった。 )
忘れることができるであろうと、物哀れな気持ちに女はなった。
(「かねてよりへだてぬなかとならわねどわかれはおしきものにぞありける )
「かねてより隔てぬ中とならはねど別れは惜しきものにぞありける
(いっしょにいこうかね」 とげんじがいうと、おんなはわらって、)
いっしょに行こうかね」 と源氏が言うと、女は笑って、
(うちつけのわかれをおしむかごとにておもわんかたにしたいやはせぬ )
うちつけの別れを惜しむかごとにて思はん方に慕ひやはせぬ
(とひやかしもした。 きょうのあいだだけはくるまでやった。したしいさむらいをひとりつけて、)
と冷やかしもした。 京の間だけは車でやった。親しい侍を一人つけて、
(あくまでもひみつのうちにめのとはおくられたのである。まもりがたなようのひめぎみのもの、)
あくまでも秘密のうちに乳母は送られたのである。守り刀ようの姫君の物、
(わかいははおやへのおおくのおくりものなどがめのとにたくされたのであった。めのとにもじゅうぶんの)
若い母親への多くの贈り物等が乳母に託されたのであった。乳母にも十分の
(きんぴんがしきゅうされてあった。げんじはにゅうどうがどんなにまごをだいじがって)
金品が支給されてあった。源氏は入道がどんなに孫を大事がって
(いることであろうと、いろいろなばあいをそうぞうすることでびしょうがされた。)
いることであろうと、いろいろな場合を想像することで微笑がされた。
(ははになったこいびともあわれにおもいやられた。このごろのげんじのこころはあかしのうらへ)
母になった恋人も哀れに思いやられた。このごろの源氏の心は明石の浦へ
(かたむきつくしていた。てがみにもひめぎみをそりゃくにせぬようにと)
傾き尽くしていた。手紙にも姫君を粗略にせぬようにと
(くりかえしくりかえしいましめてあった。 )
繰り返し繰り返し誡めてあった。
(いつしかもそでうちかけんおとめごがよをへてなでんいわのおいさき )
いつしかも袖うちかけんをとめ子が世をへて撫でん岩のおひさき
(こんなうたもおくったのである。せっつのくにざかいまではふねで、それからうまにのって)
こんな歌も送ったのである。摂津の国境までは船で、それから馬に乗って
(めのとはあかしへついた。にゅうどうはひじょうによろこんでこのいっこうをうけとった。)
乳母は明石へ着いた。入道は非常に喜んでこの一行を受け取った。
(かんげきしてきょうのほうをおがんだほどである。そしていよいよひめぎみは)
感激して京のほうを拝んだほどである。そしていよいよ姫君は
(とうといものにおもわれた。おそろしいほどたいせつなものにおもわれた。)
尊いものに思われた。おそろしいほどたいせつなものに思われた。
(めのとがちいさいひめぎみのうつくしいかおをみて、そうめいなげんじがしょうらいをおもって)
乳母が小さい姫君の美しい顔を見て、聡明な源氏が将来を思って
(だいじにするのであるといったことはもっともなことであるとおもった。)
大事にするのであると言ったことはもっともなことであると思った。
(くるとちゅうでこころぼそいように、おそろしいようにおもったたびのくつうなどもこれによって)
来る途中で心細いように、恐ろしいように思った旅の苦痛などもこれによって
(わすれてしまうことができた。ひじょうにかわいくおもってめのとはおさないひめぎみをあつかった。)
忘れてしまうことができた。非常にかわいく思って乳母は幼い姫君を扱った。
(わかいはははいくつきかのれんぞくしたものおもいのためにすいじゃくしたからだでしゅっさんをして、)
若い母は幾月かの連続した物思いのために衰弱したからだで出産をして、
(なおいのちがつづくものともおもっていなかったが、このときにみせられたげんじのしせいには)
なお命が続くものとも思っていなかったが、この時に見せられた源氏の至誠には
(おのずからなぐさめられて、ちからもついていくようであった。おくってきたさむらいにたいしても)
おのずから慰められて、力もついていくようであった。送って来た侍に対しても
(にゅうどうはこころをこめたかんたいをした。あまりていねいなたいぐうにさむらいはこまって、)
入道は心をこめた歓待をした。あまり丁寧な待遇に侍は困って、
(「こちらのごようすをきこうとおまちになっていらっしゃるでしょうから)
「こちらの御様子を聞こうとお待ちになっていらっしゃるでしょうから
(はやくききょういたしませんと」 ともいうのであった。)
早く帰京いたしませんと」 とも言うのであった。
(あかしのきみはかんそうをすこしかいて、 )
明石の君は感想を少し書いて、
(ひとりしてなづるはそでのほどなきにおおうばかりのかげをしぞまつ )
一人して撫づるは袖のほどなきに覆ふばかりの蔭をしぞ待つ
(とうたもそえてきた。あやしいほどげんじはあかしのこがこころにかかって、)
と歌も添えて来た。怪しいほど源氏は明石の子が心にかかって、
(みたくてならぬきがした。ふじんにはあかしのはなしをあまりしないのであるが、)
見たくてならぬ気がした。夫人には明石の話をあまりしないのであるが、
(ほかからきこえてきてふかいにさせてはとおもって、)
ほかから聞こえて来て不快にさせてはと思って、
(げんじはあかしのきみのしゅっさんのはなしをした。)
源氏は明石の君の出産の話をした。