有島武郎 或る女⑦

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1 ねね 3954 D++ 4.1 96.5% 1645.1 6747 242 97 2024/01/30

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問題文

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(あさのうちだけからっとやぶったようにはれわたっていたそらは、ごごからくもりはじめて、)

朝のうちだけからっと破ったように晴れ渡っていた空は、午後から曇り始めて、

(まっしろなくもがたいようのおもてをなでてとおるたびごとにしょきはうすれて、そらいちめんが)

まっ白な雲が太陽の面をなでて通るたびごとに暑気は薄れて、空いちめんが

(はいいろにかきくもるころには、はだざむくおもうほどにしょしゅうのきこうはげきへんしていた。)

灰色にかき曇るころには、膚寒く思うほどに初秋の気候は激変していた。

(しぐれらしくてったりふったりしていたあめのあしも、やがてじめじめとふりつづいて、)

時雨らしく照ったり振ったりしていた雨の脚も、やがてじめじめと降り続いて、

(にしめたようなきたないへやのなかにはことさらしとりがつよくくるように)

煮しめたようなきたない部屋の中にはことさら湿り(しとり)が強く来るように

(おもえた。ようこはきょりゅうちのほうにあるがいこくじんあいてのようふくややこまものやなどを)

思えた。葉子は居留地のほうにある外国人相手の洋服屋や小間物屋などを

(よびよせて、おもいきったぜいたくなかいものをした。かいものをしてみるとようこは)

呼び寄せて、思い切ったぜいたくな買い物をした。買い物をして見ると葉子は

(じぶんのさいふのすぐまずしくなっていくのをおそれないではいられなかった。ようこの)

自分の財布のすぐ貧しくなっていくのを怖れないではいられなかった。葉子の

(ちちはにほんばしではひとかどのもんこをはったいしで、しゅうにゅうもそうとうにはあった)

父は日本橋ではひとかどの門戸を張った医師で、収入も相当にはあった

(けれども、りざいのみちにまったくくらいのと、つまのおやさがふじんどうめいのじぎょうにばかりほんそう)

けれども、理財の道に全く暗いのと、妻の親佐が婦人同盟の事業にばかり奔走

(していて、そのなみなみならぬさいのうを、すこしもいえのことにもちいなかったため、)

していて、その並み並みならぬ才能を、少しも家の事に用いなかったため、

(そのしごにはしゃっきんこそのこれ、いさんといってはあわれなほどしかなかった。ようこは)

その死後には借金こそ残れ、遺産といってはあわれなほどしかなかった。葉子は

(ふたりのいもうとをかかえながらこのくるしいきょうぐうをきりぬけてきた。それはようこであれば)

二人の妹をかかえながらこの苦しい境遇を切り抜けて来た。それは葉子であれば

(こそしおおせてきたようなものだった。だれにもびんぼうらしいけしきはつゆほども)

こそし遂せて来たようなものだった。だれにも貧乏らしいけしきは露ほども

(みせないでいながら、ようこはしじゅうかへいいちまいいちまいのおもさをはかってしはらいするような)

見せないでいながら、葉子は始終貨幣一枚一枚の重さを計って支払いするような

(ちゅういをしていた。それだのにめのまえにいこくじょうちょうのゆたかなぜいたくひんをみると、かのじょの)

注意をしていた。それだのに目の前に異国情調の豊かな贅沢品を見ると、彼女の

(どんよくはあまいものをみたこどものようになって、ぜんごもわすれてかいちゅうにありったけの)

貪欲は甘いものを見た子供のようになって、前後も忘れて懐中にありったけの

(かいものをしてしまったのだ。つかいをやってしょうきんぎんこうでかえたきんかはいまいだされた)

買い物をしてしまったのだ。使いをやって正金銀行で換えた金貨は今鋳出された

(ようなひかりをはなってかいちゅうのそこにころがっていたが、それをどうすることもできな)

ような光を放って懐中の底にころがっていたが、それをどうする事もできな

(かった。ようこのこころはきゅうにくらくなった。こがいのてんきもそのこころもちにあいづちをうつ)

かった。葉子の心は急に暗くなった。戸外の天気もその心持ちに相槌を打つ

など

(ようにみえた。ことうはうまくながたからきっぷをもらうことができるだろうか。ようこ)

ように見えた。古藤はうまく永田から切符をもらう事ができるだろうか。葉子

(じしんがいきえないほどようこにたいしてはんかんをもっているながたが、あのたんじゅんな)

自身が行き得ないほど葉子に対して反感を持っている永田が、あの単純な

(たくとのないことうをどんなふうにあつかったろう。ながたのくちからことうはいろいろな)

タクトのない古藤をどんなふうに扱ったろう。永田の口から古藤はいろいろな

(ようこのかこをきかされはしなかったろうか。そんなことをおもうとようこはゆううつが)

葉子の過去を聞かされはしなかったろうか。そんなことを思うと葉子は悒鬱が

(うみだすはんこうてきなきぶんになって、ゆをわかさせてにゅうよくし、ねどこをしかせ、)

生み出す反抗的な気分になって、湯をわかさせて入浴し、寝床をしかせ、

(さいじょうとうのしゃんぺんをとりよせてしたたかそれをのむとぜんごもしらず)

最上等の三鞭酒(シャンペン)を取りよせてしたたかそれを飲むと前後も知らず

(ねむってしまった。よるになったらとまりきゃくがあるかもしれないとじょちゅうのいった)

眠ってしまった。夜になったら泊まり客があるかもしれないと女中のいった

(いつつのへやはやはりからのままで、ひがとっぷりとくれてしまった。じょちゅうが)

五つの部屋はやはり空のままで、日がとっぷりと暮れてしまった。女中が

(らんぷをもってきたものおとにようこはようやくめをさまして、あおむいたまま、)

ランプを持って来た物音に葉子はようやく目をさまして、仰向いたまま、

(すすけたてんじょうにえがかれたらんぷのまるいこうりんをぼんやりとながめていた。そのとき)

すすけた天井に描かれたランプの丸い光輪をぼんやりとながめていた。その時

(じたっじたっとぬれたあしではしごだんをのぼってくることうのあしおとがきこえた。ことうは)

じたッじたッとぬれた足で階子段をのぼって来る古藤の足音が聞こえた。古藤は

(なにかにはらをたてているらしいあしどりでずかずかとえんがわをつたってきたが、)

何かに腹を立てているらしい足どりでずかずかと縁側を伝って来たが、

(ふとたちどまるとおおきなこえでちょうばのほうにどなった。)

ふと立ち止まると大きな声で帳場のほうにどなった。

(「はやくあまどをしめないか・・・びょうにんがいるんじゃないか。・・・」)

「早く雨戸をしめないか・・・病人がいるんじゃないか。・・・」

(「このさむいのになんだってあなたもいいつけないんです」こんどはこうようこにいい)

「この寒いのになんだってあなたも言いつけないんです」今度はこう葉子にいい

(ながら、たてつけのわるいしょうじをあけていきなりなかにはいろうとしたが、)

ながら、建て付けの悪い障子をあけていきなり中にはいろうとしたが、

(そのしゅんかんにはっとおどろいたようなかおをしてたちすくんでしまった。こうすいや、)

その瞬間にはっと驚いたような顔をして立ちすくんでしまった。香水や、

(けしょうひんや、さけのかおりをごっちゃにしたあたたかいいきれがいきなりことうにせまった)

化粧品や、酒の香をごっちゃにした暖かいいきれがいきなり古藤に迫った

(らしかった。らんぷがほのぐらいので、へやのすみずみまではみえないが、ひかりの)

らしかった。ランプがほの暗いので、部屋のすみずみまでは見えないが、光の

(てりわたるかぎりは、ざったにおきならべられたなまめかしいおんなのふくじや、ぼうしや、)

照り渡る限りは、雑多に置きならべられたなまめかしい女の服地や、帽子や、

(ぞうかや、とりのはねや、こどうぐなどで、あしのふみたてばもないまでになっていた。)

造花や、鳥の羽根や、小道具などで、脚の踏みたて場もないまでになっていた。

(そのいっぽうにとこのまをせにして、ぐんないのふとんのうえにかいまきをわきのしたから)

その一方に床の間を背にして、郡内のふとんの上に掻巻をわきの下から

(はおった、いまおきかえったばかりのようこが、はでなながじゅばんひとつでひがしよーろっぱの)

羽織った、今起きかえったばかりの葉子が、派手な長襦袢一つで東ヨーロッパの

(ひんきゅうのひとのように、かたひじをついたままよこになっていた。そしてにゅうよくとさけとで)

嬪宮の人のように、方臂をついたまま横になっていた。そして入浴と酒とで

(ほんのりほてったかおをあおむけて、おおきなめをゆめのようにみひらいてじっとことうを)

ほんのりほてった顔を仰向けて、大きな目を夢のように見開いてじっと古藤を

(みた。そのまくらもとにはしゃんぺんのびんがほんしきにこおりのなかにつけてあって、のみさしの)

見た。その枕もとには三鞭酒のびんが本式に氷の中につけてあって、飲みさしの

(こっぷや、きゃしゃなかみいれや、かのおりーヴいろのつつみものを、しごきのあかがひの)

コップや、華奢な紙入れや、かのオリーヴ色の包み物を、しごきの赤が火の

(くちなわのようにとりまいてそのはしがゆびわのふたつはまっただいりせきのような)

蛇(くちなわ)のように取り巻いてその端が指輪の二つはまった大理石のような

(ようこのてにもてあそばれていた。「おおそうござんしたこと。おまたされなすったん)

葉子の手にもてあそばれていた。「お遅うござんした事。お待たされなすったん

(でしょう。・・・さ、おはいりなさいまし。そんなものあしででもどけて)

でしょう。・・・さ、おはいりなさいまし。そんなもの足ででもどけて

(ちょうだい、ちらかしちまって」このおんがくのようなすべすべしたちょうしのこえを)

ちょうだい、散らかしちまって」この音楽のようなすべすべした調子の声を

(きくと、ことうははじめてillusionからめざめたふうではいってきた。)

聞くと、古藤は始めてillusionから目ざめたふうではいって来た。

(ようこはひだりてをにのうでがのぞきでるまでずっとのばして、そこにあるものを)

葉子は左手を二の腕がのぞき出るまでずっと延ばして、そこにあるものを

(ひとはらいにはらいのけると、かだんのつちをほりおこしたようにきたないたたみがはんじょうばかり)

一払いに払いのけると、花壇の土を掘り起こしたようにきたない畳が半畳ばかり

(あらわれでた。ことうはじぶんのぼうしをへやのすみにぶちなげておいて、はらいのこされた)

現われ出た。古藤は自分の帽子を部屋のすみにぶちなげて置いて、払い残された

(ほそがたのきんぐさりをかたづけると、どっかとあぐらをかいてしょうめんからようこをみすえ)

細形の金鎖を片づけると、どっかとあぐらをかいて正面から葉子を見すえ

(ながら、「いってきました。ふねのきっぷもたしかにうけとってきました」と)

ながら、「行って来ました。船の切符もたしかに受け取って来ました」と

(いってふところのなかをさぐりにかかった。ようこはちょっとあらたまって、「ほんとに)

いってふところの中を探りにかかった。葉子はちょっと改まって、「ほんとに

(ありがとうございました」とあたまをさげたが、たちまちroughishな)

ありがとうございました」と頭を下げたが、たちまちroughishな

(めつきをして、「まあそんなことはいずれあとで、ね、・・・なにしろおさむかった)

目つきをして、「まあそんな事はいずれあとで、ね、・・・何しろお寒かった

(でしょう、さ」といいながらのみのこりのさけをぼんのうえにむぞうさにすてて、にさんど)

でしょう、さ」といいながら飲み残りの酒を盆の上に無造作に捨てて、二三度

(ひだりてをふってしずくをきってから、こっぷをことうにさしつけた。ことうの)

左手をふってしずくを切ってから、コップを古藤にさしつけた。古藤の

(めはなにかにげきこうしているようにかがやいていた。「ぼくはのみません」「おやなぜ」)

目は何かに激昂しているように輝いていた。「僕は飲みません」「おやなぜ」

(「のみたくないからのまないんです」このかどばったへんとうはおとこを)

「飲みたくないから飲まないんです」 この角(かど)ばった返答は男を

(てもなくあやしなれているようこにもいがいだった。それでそのあとのことばをどう)

手もなくあやし慣れている葉子にも意外だった。それでそのあとの言葉をどう

(つごうかと、ちょっとためらってことうのかおをみやっていると、ことうは)

継ごうかと、ちょっとためらって古藤の顔を見やっていると、古藤は

(たたみかけてくちをきった。「ながたってのはあれはあなたのちじんですか。)

たたみかけて口をきった。「永田ってのはあれはあなたの知人ですか。

(おもいきってそんだいなにんげんですね。きみのようなにんげんからかねをうけとるりゆうはないが、)

思いきって尊大な人間ですね。君のような人間から金を受け取る理由はないが、

(とにかくあずかっておいて、いずれちょくせつあなたにてがみでいってあげるから、)

とにかくあずかって置いて、いずれ直接あなたに手紙でいってあげるから、

(はやくかえれっていうんです、あたまから。しっけいなやつだ」ようこはこのことばにじょうじて)

早く帰れっていうんです、頭から。失敬なやつだ」葉子はこの言葉に乗じて

(きまずいこころもちをかえようとおもった。そしてまっしぐらになにかいいだそうと)

気まずい心持ちを変えようと思った。そしてまっしぐらに何かいい出そうと

(すると、ことうはおっかぶせるようにことばをつづけて、「あなたはいったいまだはらが)

すると、古藤はおっかぶせるように言葉を続けて、「あなたはいったいまだ腹が

(いたむんですか」ときっぱりいってかたくすわりなおした。しかしそのときにようこの)

痛むんですか」ときっぱりいって堅くすわり直した。しかしその時に葉子の

(じんだてはすでにできあがっていた。はじめのほほえみをそのままに、「ええ、)

陣立てはすでにでき上がっていた。初めのほほえみをそのままに、「ええ、

(すこしはよくなりましてよ」といった。ことうはたんぺいきゅうに、「それにしてもなかなか)

少しはよくなりましてよ」といった。古藤は短兵急に、「それにしてもなかなか

(げんきですね」とたたみかけた。「それはおくすりにこれをすこしいただいたからで)

元気ですね」とたたみかけた。「それはお薬にこれを少しいただいたからで

(しょうよ」としゃんぺんをゆびさした。しょうめんからはねかえされたことうはだまってしまった。)

しょうよ」と三鞭酒を指さした。正面からはね返された古藤は黙ってしまった。

(しかしようこもいきおいにのっておいせまるようなことはしなかった。やごろをはかってから)

しかし葉子も勢いに乗って追い迫るような事はしなかった。矢頃を計ってから

(ごきをかえてずっとしたでになって「みょうにおおもいになったでしょうね。)

語気をかえてずっと下手(したで)になって「妙にお思いになったでしょうね。

(わるうございましてね。こんなところにきていて、おさけなんかのむのはほんとうに)

わるうございましてね。こんな所に来ていて、お酒なんか飲むのはほんとうに

(わるいとおもったんですけれども、きぶんがふさいでくると、わたしにはこれより)

悪いと思ったんですけれども、気分がふさいで来ると、わたしにはこれより

(ほかにおくすりはないんですもの。さっきのようにくるしくなってくるとわたしはいつでも)

ほかにお薬はないんですもの。さっきのように苦しくなって来ると私はいつでも

(ゆをあつめにしてはいってから、おさけをのみすぎるくらいのんでねるんですの。)

湯を熱めにして浴ってから、お酒を飲み過ぎるくらい飲んで寝るんですの。

(そうすると」といって、ちょっといいよどんでみせて、「じゅっぷんかにじゅっぷんぐっすり)

そうすると」といって、ちょっといいよどんで見せて、「十分か二十分ぐっすり

(ねいるんですのよ・・・いたみもなにもわすれてしまっていいこころもちに・・・。)

寝入るんですのよ・・・痛みも何も忘れてしまっていい心持ちに・・・。

(それからきゅうにあたまがかっといたんできますの。そしてそれといっしょにきがめいり)

それから急に頭がかっと傷んで来ますの。そしてそれと一緒に気がめいり

(だして、もうもうどうしていいかわからなくなって、こどものようになき)

出して、もうもうどうしていいかわからなくなって、子供のように泣き

(つづけると、そのうちにまたねむたくなってひとねいりしますのよ。そうすると)

つづけると、そのうちにまた眠たくなって一寝入りしますのよ。そうすると

(そのあとはいくらかさっぱりするんです。・・・ちちやははがしんでしまってから、)

そのあとはいくらかさっぱりするんです。・・・父や母が死んでしまってから、

(たのみもしないのにしんるいたちからよけいなせわをやかれたり、)

頼みもしないのに親類たちからよけいな世話をやかれたり、

(ひとぢからなんぞをあてにせずにいもうとふたりをそだてていかなければ)

他人力(ひとぢから)なんぞをあてにせずに妹二人を育てて行かなければ

(ならないとおもったりすると、わたしのような、ひとさまとちがってふうがわりな、)

ならないと思ったりすると、わたしのような、他人様と違って風変わりな、

(・・・そら、ごほんのほねでしょう」とさびしくわらった。「それですものどうぞ)

・・・そら、五本の骨でしょう」とさびしく笑った。「それですものどうぞ

(かんにんしてちょうだい。おもいきりなきたいときでもしらんかおをしてわらってとおして)

堪忍してちょうだい。思いきり泣きたい時でも知らん顔をして笑って通して

(いると、こんなわたしみたいなきまぐれものになるんです。きまぐれでも)

いると、こんなわたしみたいな気まぐれ者になるんです。気まぐれでも

(しなければいきていけなくなるんです。おとこのかたにはこのこころもちはおわかりには)

しなければ生きて行けなくなるんです。男のかたにはこの心持ちはおわかりには

(ならないかもしれないけれども」)

ならないかもしれないけれども」

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