有島武郎 或る女㊸
関連タイピング
-
プレイ回数10万歌詞200打
-
プレイ回数3.2万歌詞1030打
-
プレイ回数4309かな314打
-
プレイ回数75万長文300秒
-
プレイ回数1.3万長文かな822打
-
プレイ回数6.8万長文かな313打
-
プレイ回数2379歌詞かな1185打
-
プレイ回数8.3万長文744打
問題文
(「かみはあくまになにひとつあたえなかったがattractionだけはあたえたのだ。)
「神は悪魔に何一つ与えなかったがAttractionだけは与えたのだ。
(こんなこともおもう。・・・ようこさんのattractionはどこからくるん)
こんな事も思う。・・・葉子さんのAttractionはどこから来るん
(だろう。しっけいしっけい。ぼくはらんぼうをいいすぎてるようだ」「ときどきはにくむべきにんげんだと)
だろう。失敬失敬。僕は乱暴をいいすぎてるようだ」「時々は憎むべき人間だと
(おもうが、ときどきはなんだかかわいそうでたまらなくなるときがある。ようこさんが)
思うが、時々はなんだかかわいそうでたまらなくなる時がある。葉子さんが
(ここをよんだら、おそらくつばでもはきかけたくなるだろう。あのひとは)
ここを読んだら、おそらく唾でも吐きかけたくなるだろう。あの人は
(かわいそうなひとのくせに、かわいそうがられるのがきらいらしいから」「ぼくには)
かわいそうな人のくせに、かわいそうがられるのがきらいらしいから」「僕には
(けっきょくようこさんがなにがなんだかちっともわからない。ぼくはけいがかのじょを)
結局葉子さんが何がなんだかちっともわからない。僕は兄(けい)が彼女を
(えらんだじしんにおどろく。しかしこうなったいじょうは、けいはぜんりょくをつくしてかのじょをりかい)
選んだ自信に驚く。しかしこうなった以上は、兄は全力を尽くして彼女を理解
(してやらなければいけないとおもう。どうかけいらのせいかつがさいごのえいかんにいたらんことを)
してやらなければいけないと思う。どうか兄らの生活が最後の栄冠に至らん事を
(かみにいのる」こんなもんくがだんぺんてきにようこのこころにしみていった。ようこははげしいぶべつを)
神に祈る」こんな文句が断片的に葉子の心にしみて行った。葉子は激しい侮蔑を
(こばなにみせて、てがみをきむらにもどした。きむらのかおにはそのてがみをよみおえたようこの)
小鼻に見せて、手紙を木村に戻した。木村の顔にはその手紙を読み終えた葉子の
(こころのなかをみとおそうとあせるようなひょうじょうがあらわれていた。「こんなことをかかれて)
心の中を見とおそうとあせるような表情が現われていた。「こんな事を書かれて
(あなたどうおもいます」ようこはこともなげにせせらわらった。「どうもおもいは)
あなたどう思います」葉子は事もなげにせせら笑った。「どうも思いは
(しませんわ。でもことうさんもてがみのうえではいちまいがたおとこをあげていますわね」)
しませんわ。でも古藤さんも手紙の上では一枚がた男を上げていますわね」
(きむらのいきごみはしかしそんなことではごまかされそうにはなかったので、ようこは)
木村の意気込みはしかしそんな事ではごまかされそうにはなかったので、葉子は
(めんどうくさくなってすこしけわしいかおになった。「ことうさんのおっしゃることは)
めんどうくさくなって少し険しい顔になった。「古藤さんのおっしゃる事は
(ことうさんのおっしゃること。あなたはわたしとやくそくなさったときからわたしをしんじ)
古藤さんのおっしゃる事。あなたはわたしと約束なさった時からわたしを信じ
(わたしをりかいしてくださっていらっしゃるんでしょうね」きむらはおそろしいちからを)
わたしを理解してくださっていらっしゃるんでしょうね」木村は恐ろしい力を
(こめて、「それはそうですとも」とこたえた。「そんならそれでなにもいうことはない)
こめて、「それはそうですとも」と答えた。「そんならそれで何もいう事はない
(じゃありませんか。ことうさんなどのいうことーーことうさんなんぞにわかられたら)
じゃありませんか。古藤さんなどのいう事ーー古藤さんなんぞにわかられたら
(にんげんもすえですわーーでもあなたはやっぱりどこかわたしをうたがっていらっしゃる)
人間も末ですわーーでもあなたはやっぱりどこかわたしを疑っていらっしゃる
(のね」「そうじゃない・・・」「そうじゃないことがあるもんですか。わたしは)
のね」「そうじゃない・・・」「そうじゃない事があるもんですか。わたしは
(いったんこうときめたらどこまでもそれでとおすのがすき。それはいきてるにんげんです)
一たんこうと決めたらどこまでもそれで通すのが好き。それは生きてる人間です
(もの、こっちのすみあっちのすみとちいさなことをとらえてとがめだてをはじめたら)
もの、こっちのすみあっちのすみと小さな事を捕えてとがめだてを始めたら
(さいげんはありませんさ。そんなばかなことったらありませんわ。わたしみたいな)
際限はありませんさ。そんなばかな事ったらありませんわ。わたしみたいな
(きずいなわがままものはそんなふうにされたらきゅうくつできゅうくつでしんでしまうで)
気随なわがまま者はそんなふうにされたら窮屈で窮屈で死んでしまうで
(しょうよ。わたしがこんなになったのも、つまり、みんなでよってたかって)
しょうよ。わたしがこんなになったのも、つまり、みんなで寄ってたかって
(わたしをうたがいぬいたからです。あなただってやっぱりそのひとりかとおもうとこころぼそい)
わたしを疑い抜いたからです。あなただってやっぱりその一人かと思うと心細い
(もんですのね」きむらのめはかがやいた。「ようこさん、それはうたがいすぎというもん)
もんですのね」木村の目は輝いた。「葉子さん、それは疑い過ぎというもん
(です」そしてじぶんがべいこくにきてからなめつくしたふんとうせいかつもつまりはようこという)
です」そして自分が米国に来てからなめ尽くした奮闘生活もつまりは葉子という
(ものがあればこそできたので、もしようこがそれにどうじょうとこぶとをあたえてくれ)
ものがあればこそできたので、もし葉子がそれに同情と鼓舞とを与えてくれ
(なかったら、そのしゅんかんにせいもこんもかれはててしまうにちがいないということを)
なかったら、その瞬間に精も根も枯れ果ててしまうに違いないという事を
(くりかえしくりかえしねっしんにといた。ようこはよそよそしくきいていたが、「うまく)
繰り返し繰り返し熱心に説いた。葉子はよそよそしく聞いていたが、「うまく
(おっしゃるわ」ととどめをさしておいて、しばらくしてからおもいだした)
おっしゃるわ」と留(とど)めをさしておいて、しばらくしてから思い出した
(ように、「あなたたがわのおくさんにおあいなさって」とたずねた。きむらはまだ)
ように、「あなた田川の奥さんにおあいなさって」と尋ねた。木村はまだ
(あわなかったとこたえた。ようこはひにくなひょうじょうをして、「いまにきっとおあいに)
あわなかったと答えた。葉子は皮肉な表情をして、「いまにきっとおあいに
(なってよ。いっしょにこのふねでいらしったんですもの。そしていそがわのおばさんが)
なってよ。一緒にこの船でいらしったんですもの。そして五十川のおばさんが
(わたしのかんとくをおたのみになったんですもの。いちどおあいになったらあなたは)
わたしの監督をお頼みになったんですもの。一度おあいになったらあなたは
(きっとわたしなんぞみむきもなさらなくなりますわ」「どうしてです」「まあ)
きっとわたしなんぞ見向きもなさらなくなりますわ」「どうしてです」「まあ
(おあいなさってごらんなさいまし」「なにかあなたひなんをうけるようなことでも)
おあいなさってごらんなさいまし」「何かあなた批難を受けるような事でも
(したんですか」「ええええたくさんしましたとも」「たがわふじんに?あの)
したんですか」「ええええ たくさんしましたとも」「田川夫人に? あの
(けんぷじんのひなんをうけるとは、いったいどんなことをしたんです」ようこはあいそが)
賢夫人の批難を受けるとは、いったいどんな事をしたんです」葉子は愛想が
(つきたというふうに、「あのけんぷじん!」といいながらたかだかとわらった。ふたりの)
尽きたというふうに、「あの賢夫人!」といいながら高々と笑った。二人の
(かんじょうのいとはまたももつれてしまった。「そんなにあのおくさんにあなたのごしんようが)
感情の糸はまたももつれてしまった。「そんなにあの奥さんにあなたの御信用が
(あるのなら、わたしからもうしておくほうがはやてまわしですわね」とようこははんぶん)
あるのなら、わたしから申しておくほうが早手回しですわね」と葉子は半分
(ひにくなはんぶんまじめなたいどで、よこはましゅっこういらいふじんからようこがうけた)
皮肉な半分まじめな態度で、横浜出航以来夫人から葉子が受けた
(あんあんりのあっぱくにおびれをつけてかたってきて、じむちょうと)
暗々裡(あんあんり)の圧迫に尾鰭(おびれ)をつけて語って来て、事務長と
(じぶんとのあいだになにかあたりまえでないかんけいでもあるようなうたがいをもっているらしい)
自分との間に何かあたりまえでない関係でもあるような疑いを持っているらしい
(ということを、ひとごとでもはなすようにれいせいにのべていった。そのことばのうらには、)
という事を、他人事でも話すように冷静に述べて行った。その言葉の裏には、
(しかしようこにとくゆうなひのようなじょうねつがひらめいて、そのめはするどくかがやいたり)
しかし葉子に特有な火のような情熱がひらめいて、その目は鋭く輝いたり
(なみだぐんだりしていた。きむらはでんかにでもうたれたようにはんだんりょくをうしなって、)
涙ぐんだりしていた。木村は電火にでも打たれたように判断力を失って、
(いちぶしじゅうをぼんやりときいていた。ことばだけにもどこまでもれいせいなちょうしをもたせ)
一部始終をぼんやりと聞いていた。言葉だけにもどこまでも冷静な調子を持たせ
(つづけてようこはすべてをかたりおわってから、「おなじしんせつにもしんそこからのと、)
続けて葉子はすべてを語り終わってから、「同じ親切にも真底からのと、
(とおりいっぺんのとふたつありますわね。そのふたつがどうかしてぶつかりあうと、)
通り一ぺんのと二つありますわね。その二つがどうかしてぶつかり合うと、
(いつでもほんとうのしんせつのほうがわるものあつかいにされたり、じゃまものにみられるん)
いつでもほんとうの親切のほうが悪者扱いにされたり、邪魔者に見られるん
(だからおもしろうござんすわ。よこはまをでてからみっかばかりふねによってしまって、)
だからおもしろうござんすわ。横浜を出てから三日ばかり船に酔ってしまって、
(どうしましょうとおもったときにも、ごしんせつなおくさんは、わざとごえんりょなさってで)
どうしましょうと思った時にも、御親切な奥さんは、わざと御遠慮なさってで
(しょうね、さんどさんどしょくどうにはおいでになるのに、いちどもわたしのほうへは)
しょうね、三度三度食堂にはお出になるのに、一度もわたしのほうへは
(いらしってくださらないのに、じむちょうったらいくどもおいしゃさんをつれてくるん)
いらしってくださらないのに、事務長ったら幾度もお医者さんを連れて来るん
(ですもの、おくさんのおうたがいももっともといえばもっともですの。それにわたしが)
ですもの、奥さんのお疑いももっともといえばもっともですの。それにわたしが
(いびょうでねこむようになってからは、ふねじゅうのおきゃくさまがそれはどうじょうしてくださって、)
胃病で寝込むようになってからは、船中のお客様がそれは同情してくださって、
(いろいろとしてくださるのが、おくさんにはだいのおきにいらなかったんですの。)
いろいろとしてくださるのが、奥さんには大のお気に入らなかったんですの。
(おくさんだけがわたしをしんせつにしてくださって、ほかのかたはみんなよって)
奥さんだけがわたしを親切にしてくださって、ほかの方はみんな寄って
(たかって、おくさんをしんせつにしてあげてくださるだんどりにさえなれば、なにもかも)
たかって、奥さんを親切にして上げてくださる段取りにさえなれば、何もかも
(ぶじだったんですけれどもね、なかでもじむちょうのしんせつにしてあげかたがいちばん)
無事だったんですけれどもね、中でも事務長の親切にして上げかたがいちばん
(たりなかったんでしょうよ」とことばをむすんだ。きむらはくちびるをかむようにきいて)
足りなかったんでしょうよ」と言葉を結んだ。木村は口びるをかむように聞いて
(いたが、いまいましげに、「わかりましたわかりました」がてんしながら)
いたが、いまいましげに、「わかりましたわかりました」合点しながら
(つぶやいた。ようこはひたいのはえぎわのみじかいけをひっぱってはゆびにまいてうわめで)
つぶやいた。葉子は額の生えぎわの短い毛を引っぱっては指に巻いて上目で
(ながめながら、ひにくなびしょうをくちびるのあたりにうかばして、「おわかりに)
ながめながら、皮肉な微笑を口びるのあたりに浮かばして、「おわかりに
(なった?ふん、どうですかね」とそらうそぶいた。きむらはなにをおもったかひどく)
なった? ふん、どうですかね」と空うそぶいた。木村は何を思ったかひどく
(かんしょうてきなたいどになっていた。「わたしがわるかった。わたしはどこまでもあなたを)
感傷的な態度になっていた。「わたしが悪かった。わたしはどこまでもあなたを
(しんずるつもりでいながら、たにんのことばにたしょうともしんようをかけようとしていたのが)
信ずるつもりでいながら、他人の言葉に多少とも信用をかけようとしていたのが
(わるかったのです。・・・かんがえてください、わたしはしんるいやゆうじんのすべてのはんたいを)
悪かったのです。・・・考えてください、わたしは親類や友人のすべての反対を
(おかしてここまできているのです。もうあなたなしにはわたしのしょうがいは)
犯してここまで来ているのです。もうあなたなしにはわたしの生涯は
(むいみです。わたしをしんじてください。きっとじゅうねんをきしておとこになってみせます)
無意味です。わたしを信じてください。きっと十年を期して男になって見せます
(から・・・もしあなたのあいからわたしがはなれなければならんようなことが)
から・・・もしあなたの愛からわたしが離れなければならんような事が
(あったら・・・わたしはそんなことをおもうにたえない・・・ようこさん」きむらはこう)
あったら・・・わたしはそんな事を思うに堪えない・・・葉子さん」木村はこう
(いいながらめをかがやかしてすりよってきた。ようこはそのおもいつめたらしいたいどに)
いいながら目を輝かしてすり寄って来た。葉子はその思いつめたらしい態度に
(いっしゅのきょうふをかんずるほどだった。おとこのほこりもなにもわすれはて、すてはてて、ようこの)
一種の恐怖を感ずるほどだった。男の誇りも何も忘れ果て、捨て果てて、葉子の
(まえにちかいをたてているきむらを、うまうまいつわっているのだとおもうと、ようこは)
前に誓いを立てている木村を、うまうま偽っているのだと思うと、葉子は
(さすがにはりでつくようないたみをするどくふかくりょうしんのいちぐうにかんぜずにはいられ)
さすがに針で突くような痛みを鋭く深く良心の一隅に感ぜずにはいられ
(なかった。しかしそれよりもそのしゅんかんにようこのむねをおしひしぐようにせばめた)
なかった。しかしそれよりもその瞬間に葉子の胸を押しひしぐように狭めた
(ものは、そこのないものすごいふあんだった。きむらとはどうしてもつれそうこころはない。)
ものは、底のない物すごい不安だった。木村とはどうしても連れ添う心はない。
(そのきむらに・・・ようこはおぼれたひとがきしべをのぞむようにじむちょうをおもいうかべた。)
その木村に・・・葉子はおぼれた人が岸辺を望むように事務長を思い浮かべた。
(おとこというもののおんなにあたえるちからをいまさらにつよくかんじた。ここにじむちょうがいてくれ)
男というものの女に与える力を今さらに強く感じた。ここに事務長がいてくれ
(たらどんなにじぶんのゆうきはくわわったろう。しかし・・・どうにでもなれ。どうか)
たらどんなに自分の勇気は加わったろう。しかし・・・どうにでもなれ。どうか
(してこのだいじなせとをこぎぬけなければうかぶせはない。ようこはだいそれた)
してこの大事な瀬戸を漕ぎぬけなければ浮かぶ瀬はない。葉子は大それた
(むほんにんのこころできむらのcaressをうくべきみがまえこころがまえをあんじていた。)
謀反人の心で木村のcaressを受くべき身構え心構えを案じていた。