大阪圭吉 デパートの絞刑吏②
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問題文
(つぎにくびかざりにかんするきょうすけのしつもんにたいしてはなさきのあせをはんかちでぬぐいながら、)
次に首飾に関する喬介の質問に対して鼻先の汗をハンカチで拭いながら、
(ききんぞくぶのしゅにんがつぎのようにかたった。「ただいましらせをうけおどろいてしゅっきんしたばかり)
貴金属部の主任が次の様に語った。「只今知らせを受け驚いて出勤したばかり
(です。のぐちくんはいいひとでしたがざんねんなことをしました。けっしてひとから)
です。野口君はいい人でしたが残念な事をしました。決して他人(ひと)から
(うらみをうけるようなひとではありません。くびかざりのとうなんじけんですか?どうものぐちくんに)
恨みを受ける様な人ではありません。首飾の盗難事件ですか? どうも野口君に
(かぎってくびかざりとはかんけいないとおもいますね。とにかくくびかざりはいっさくばんのへいてんじにふんしつ)
限って首飾とは関係ないと思いますね。とにかく首飾は一昨晩の閉店時に紛失
(したのです。これこれにひんです。あわせてちょうどにまんえんのしろものです。でとうじの)
したのです。これこれ二品です。合わせてちょうど二万円の代物です。で当時の
(じょうきょうからおしてたしかにおきゃくさんのなかにはんにんがまじっていたとおもわれます。したがって)
状況から推して確かにお客さんの中に犯人が混じっていたと思われます。従って
(ききんぞくぶのてんいんはもうすにおよばず、ぜんてんいんのしんたいけんさをするやらたてもののうえから)
貴金属部の店員は申すに及ばず、全店員の身体検査をするやら建物の上から
(したまでさいみつなそうさくをするやら、いやまったくこのいちりょうじつはおおさわぎでした。それがこの)
下まで細密な捜索をするやら、いや全くこの一両日は大騒ぎでした。それがこの
(しまつです。まったくふしぎです」ちょうどしゅにんのきょうじゅつがおわったとき、したいのうんぱんしゃがきて、)
始末です。全く不思議です」丁度主任の供述が終った時、屍体の運搬車が来て、
(さんにんのざつえきがかりのしゅくちょくようむいんがしたいをおもそうにさげ、おくびょうそうによたよたした)
三人の雑役係の宿直用務員が屍体を重そうに提げ、臆病そうにヨタヨタした
(あしどりではこびだしていった。そのようすをしばらくなごりおしげにみつめていた)
足取りで運び出して行った。その様子を暫く名残り惜し気に見詰めていた
(きょうすけは、やがてふりかえるやわたしのかたをたたきながらげんきよくさけんだ。)
喬介は、やがて振り返るや私の肩を叩きながら元気よく叫んだ。
(「きみ、おくじょうへいこう」)
「君、屋上へ行こう」
(もうかいてんじかんにまもないとみえて、どのうりばでもいつのまにかしゅっきんしたおおぜいの)
もう開店時間に間もないと見えて、どの売場でも何時の間にか出勤した大勢の
(てんいんやしょっぷがーるたちが、しょうひんのうえにおおわれたしろさらさのしーとを)
店員や売子(ショップガール)達が、商品の上に覆われた白更紗のシートを
(たたんだり、あたらしいしょうひんをはこんだりしていそがしくたちはたらいているのを、えれべーたーの)
畳んだり、新しい商品を運んだりして忙しく立働いているのを、エレベーターの
(なかからみわたしつつまもなくわたしたちはおくじょうへでた。いままでのいんさんなきもちをふりすてて)
中から見渡しつつ間もなく私達は屋上へ出た。今までの陰惨な気持を振り捨てて
(はれわたったしょしゅうのそらのしたにとおくひろがるまちまちのいらかをみおろしながら、わたしはふかい)
晴れ渡った初秋の空の下に遠く拡がる街々の甍を見下ろしながら、私は深い
(こきゅうをはんぷくした。きょうすけは、ひがいしゃのぐちがおとされたとおもわれるとうほくがわのすみへ)
呼吸を反覆した。喬介は、被害者野口が墜されたと思われる東北側の隅へ
(あゆみより、こしをかがめてたいるばりのゆかをすかしてみたりそとろうをとりめぐるてっさくの)
歩み寄り、腰を屈めてタイル張りの床を透かして見たり外廊を取り繞ぐる鉄柵の
(うちがわにそうさんしゃくはばのうえこみへてをつっこんで、かんぼくのねもとのつちをかきまわすように)
内側に沿う三尺幅の植込みへ手を突込んで、灌木の根元の土を掻き回す様に
(しらべたりしていたが、まもなくふくざつなけしきをりょうのめにうかべながら、)
調べたりしていたが、間もなく複雑な気色を両の眼に浮かべながら、
(にしがわのすみでとらにえさをあたえているばんにんのすがたや、ひがしがわのろだいのうえでききゅうがかりの)
西側の隅で虎に餌を与えている番人の姿や、東側の露台の上で気球係の
(おとこがばるーんのしゅうぜんをしているけしきにみとれていたわたしにむかって、)
男が軽気球(バルーン)の修繕をしている景色に見惚れていた私に向って、
(しずかにこえをかけた。「きみ、とらをみているのかね。われわれもひとつえさにありつこうじゃ)
静かに声を掛けた。「君、虎を見ているのかね。我々も一つ餌にありつこうじゃ
(ないか。・・・こいつはなかなかおもしろいじけんだよ」もうきょうすけはあるきだした。)
ないか。・・・こいつはなかなか面白い事件だよ」もう喬介は歩き出した。
(とうとうきょうすけはこのじけんにのりだしてしまったな、とおもいながらも、そこふかい)
とうとう喬介はこの事件に乗り出してしまったな、と思いながらも、底深い
(こうきてきなみりょくにさそわれたわたしは、きょうすけにしたがってろっかいへおりた。そこでわたしはでんわしつに)
好奇的な魅力に誘われた私は、喬介に従って六階へ降りた。其処で私は電話室に
(はいり、しんぶんきしゃとしてわたしのしょくせきをはたすためにしゃへのひととおりのほうこくをすますと、)
這入り、新聞記者として私の職責を果すために社への一通りの報告を済ますと、
(きょうすけにつれだってしょくどうへでかけた。さすがにあさのうちとみえて、しょくどうのないぶは)
喬介に連れ立って食堂へ出掛けた。流石に朝の内と見えて、食堂の内部は
(ひっそりしていた。ただ、すみのまどによったてーぶるのひとつに、しほうしゅにんとかれの)
ひっそりしていた。ただ、隅の窓に寄ったテーブルの一つに、司法主任と彼の
(ぶかのひとりとが、ぶあつなさんどういっちにかじりついていた。かれはわたしたちを)
部下の一人とが、分厚なサンドウイッチに噛り附いていた。彼は私達を
(みつけるや、たちあがっておなじてーぶるへいすをとりもってくれた。わたしたちはこころよく)
見附けるや、立上って同じテーブルへ椅子を取り持ってくれた。私達は快く
(そのいすについた。きゅうじがわたしたちのちゅうもんをとりにくると、きゃしゃなてつごうしのはまった)
その椅子に着いた。給仕が私達の註文を取りに来ると、華奢な鉄格子の填った
(まどをみていたきょうすけは、そのしょうじょをとらえて、なんかいのまどにもいちようにてつごうしがはまって)
窓を見ていた喬介は、その少女を捕えて、何階の窓にも一様に鉄格子が填って
(いる、というじじつをたしかめていた。やがてわたしたちのしょくじがはじまると、あついこうちゃを)
いる、と言う事実を確かめていた。やがて私達の食事が始まると、熱い紅茶を
(すすりながらしほうしゅにんがしゃべりだした。「じけんはふくざつですがかいけつはよういですよ。わたしは)
啜りながら司法主任が喋り出した。「事件は複雑ですが解決は容易ですよ。私は
(じっちけんしょうしゅぎですからね。それでですなーーもちろん、さつじんはさくばんのじゅうじから)
実地検証主義ですからね。それでですなーー勿論、殺人は昨晩の十時から
(じゅういちじまでのあいだでおこなわれ、けさのれいじからさんじごろまでのあいだにおくじょうから)
十一時までの間で行われ、今朝の零時から三時頃までの間に屋上から
(なげおとされたものです。このじかんといい、とじまりがげんじゅうでがいぶからしんにゅうのよちが)
投げ墜されたものです。この時間と言い、戸締りが厳重で外部から侵入の余地が
(ないてんといい、はんにんはあきらかにてんないのものです。いいですか、いっそうはっきりいえば)
ない点と言い、犯人は明らかに店内の者です。いいですか、一層はっきり言えば
(ですね、さくやこのてんないにいたものというのです。もちろんこれはあなたがたにだけ)
ですね、昨夜この店内にいた者と言うのです。勿論これはあなた方にだけ
(もうしあげるのですが、これからさくばんのしゅくちょくいんをぜんぶてっていてきにちょうさします。ただ、)
申上げるのですが、これから昨晩の宿直員を全部徹底的に調査します。ただ、
(ここですこしこんなんをかんずるもんだいは、くびかざりのいっけんです。もしもくびかざりをとったはんにんが)
ここで少し困難を感ずる問題は、首飾の一件です。もしも首飾を盗った犯人が
(のぐちをさつがいしたものとすれば、なぜはんにんはくびかざりをいきしたか?もしまたくびかざりを)
野口を殺害したものとすれば、何故犯人は首飾を遺棄したか? もし又首飾を
(とったものをひがいしゃじしんとすれば、さつじんのどうきはどこにあるか?しかしこれらの)
盗った者を被害者自身とすれば、殺人の動機はどこにあるか? しかしこれらの
(もんだいをかいけつするためには、わたしはまずくびかざりのしもんをけんしゅつしてみますよ。)
問題を解決するためには、私は先ず首飾の指紋を検出して見ますよ。
(では、ごゆっくりーー」しほうしゅにんは、げんきなあいさつをのこし、ぶかのけいかんを)
では、ご緩(ゆっく)りーー」司法主任は、元気な挨拶を残し、部下の警官を
(したがえてしょくどうをでていった。いままでむごんでしょくじをしていたきょうすけは、そのくちもとに)
従えて食堂を出て行った。今まで無言で食事をしていた喬介は、その口元に
(かるいびしょうをうかべながらはじめてくちをきった。「あのひとはきみのいとこといったね。)
軽い微笑を浮べながら初めて口を切った。「あの人は君の従兄弟と言ったね。
(ま、いいや、いったいににほんのけいさつは、はんざいのどうきをまっさきにもちだしたがるよ。)
ま、いいや、一体に日本の警察は、犯罪の動機を真っ先に持ち出したがるよ。
(だからたとえそれがひそうてきなものにせよこんどのじけんのようにいっけんどうきのふかかいな)
だからたとえそれが皮相的なものにせよ今度の事件の様に一見動機の不可解な
(はんざいにほうちゃくすると、ただちにじけんそのものをふくざつかしてしまう。もちろん、どうきのたんきゅう)
犯罪に逢着すると、直ちに事件そのものを複雑化してしまう。勿論、動機の探求
(けっこうさ。ただ、どうきをもって、はんざいたんていのゆいいつのてがかりであるとかんがえたがるたんじゅんな)
結構さ。ただ、動機を以て、犯罪探偵の唯一の手掛であると考えたがる単純な
(こうしきてきなずのうにたいしてはんばくしたいのだ。はやいはなしが、このじけんにおいて、われわれは)
公式的な頭脳に対して反駁したいのだ。早い話が、この事件に於て、我々は
(あのしんじゅのいっけんよりも、したいそのものにみられるみっつのとくちょうのほうがだいじだ。)
あの真珠の一件よりも、死体そのものに見られる三つの特徴の方が大事だ。
(だいいちに、けいぶのこうさつちめいしょうならびにきょうぶのこうこんーーさいしょわたしはこのきずをむちざまの)
第一に、頸部の絞殺致命傷並びに胸部の絞痕ーー最初私はこの傷を鞭様の
(きょうきでなぐりつけたものとかんちがいしたーーにあたえられたぼうりょくが、ひじょうにきょうだいなもの)
兇器で殴り附けたものと感違いしたーーに与えられた暴力が、非常に強大なもの
(なること。だいににりょうてのてのなかにのこされたよこせんをなすむすうのあやしげなさっかしょう。)
なる事。第二に両手の掌中に残された横線をなす無数の怪し気な擦過傷。
(そのなかにはいくつかのたこもふくまれる。だいさんに、かた、かがくぶ、ひじなどの)
その中には幾つかの胼胝(たこ)も含まれる。第三に、肩、下顎部、肘等の
(ろしゅつかしょにあたえられたむすうのかるいさっかしょう。と、まあこのみっつだね。)
露出個所に与えられた無数の軽い擦過傷。と、まあこの三つだね。