人間失格【太宰治】37
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問題文
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(むだなおいのりなんかよせったら
なみだをさそうものなんかかなぐりすてろ)
無駄な御祈りなんか止せったら
涙を誘うものなんか かなぐりすてろ
(まぁいっぱいいこうよいことばかりおもいだして)
まァ一杯いこう 好いことばかり思出して
(よけいなこころづかいなんかわすれっちまいな)
よけいな心づかいなんか忘れっちまいな
(ふあんやきょうふもてひとをおびやかすやからは
みずからのつくりしだいそれたつみにおびえ)
不安や恐怖もて人を脅やかす奴輩は
自の作りし大それた罪に怯え
(しにしもののふくしゅうにそなえんと
みずからのあたまにたえずはからいをなす)
死にしものの復讐に備えんと
自の頭にたえず計いを為す
(よべさけみちてわがはーとはよろこびにみち
けささめてただにこうりょう)
よべ 酒充ちて我ハートは喜びに充ち
けさ さめて只に荒涼
(いぶかしひとよさのなか
さまがわりたるこのきぶんよ)
いぶかし 一夜さの中
様変わりたる此気分よ
(たたりなんておもうこととめてくれ
とおくからひびくたいこのように)
祟りなんて思うこと止めてくれ
遠くから響く太鼓のように
(なにがしそいつはふあんだ
へひったことまでいちいちつみにかんじょうされたらたすからんわい)
何がしそいつは不安だ
屁ひったこと迄一々罪に勘定されたら助からんわい
(せいぎはじんせいのししんたりとや
さらばちにぬられたるせんじょうに)
正義は人生の指針たりとや?
さらば血に塗られたる戦場に
(あんさつしゃのきっさきに
なんのせいぎかやどれるや)
暗殺者の切尖に
何の正義か宿れるや?
(いずこにしどうげんりありや
いかなるえいちのひかりありや)
いずこに指導原理ありや?
いかなる叡智の光ありや?
(うるわしくもおそろしきはうきよなれ
かよわきひとのこはせおいきれぬにをばおわされ)
美わしくも怖ろしきは浮世なれ
かよわき人の子は背負い切れぬ荷をば負わされ
(どうにもできないじょうよくのしゅしをうえつけられたばかりに)
どうにもできない情慾の種子を植えつけられた許りに
(ぜんだあくだつみだばつだとのろわるるばかり
どうにもできないただまごつくばかり)
善だ悪だ罪だ罰だと呪わるるばかり
どうにもできない只まごつくばかり
(おさえくだくちからもいしもさずけられぬばかりに)
抑え墔く力も意志も授けられぬ許りに
(どこをどううろつきまわってたんだい
なにひはんけんとうさいにんしき)
どこをどう彷徨まわってたんだい
ナニ批判 検討 再認識?
(へっむなしきゆめをありもしないまぼろしを)
へッ 空しき夢を ありもしない幻を
(えへっさけをわすれたんでみんなこけのしあんさ)
エヘッ 酒を忘れたんで みんな虚仮の思案さ
(どうだこのはてもないおおぞらをごらんよ
このなかにぽっちりうかんだてんじゃい)
どうだ 此涯もない大空を御覧よ
此中にポッチリ浮かんだ点じゃい
など
(このちきゅうがなんでじてんするのかわかるもんか
じてんこうてんはんてんもかってですわい)
此地球が何で自転するのか分るもんか
自転 公転 反転も勝手ですわい
(いたるところにしこうのちからをかんじ
あらゆるくににあらゆるみんぞくに)
至る処に 至高の力を感じ
あらゆる国にあらゆる民族に
(どういつのにんげんせいをはっけんする
われはいたんしゃなりとかや)
同一の人間性を発見する
われは異端者なりとかや
(みんなせいきょうをよみちがえてんのよ
でなきゃじょうしきもちえもないのよ)
みんな聖経をよみ違えてんのよ
でなきゃ常識も智慧もないのよ
(いきみのよろこびをきんじたりさけをやめたり)
生身の喜びを禁じたり 酒を止めたり
(いいわむすたっふぁわたしそんなのだいきらい)
いいわ ムスタッファ わたしそんなの 大嫌い
(けれどもそのころじぶんにさけをやめよとすすめるしょじょがいました)
けれども、その頃、自分に酒を止めよ、とすすめる処女がいました。
(いけないわまいにちおひるからよっていらっしゃるばあのむかいの)
「いけないわ、毎日、お昼から、酔っていらっしゃる。」バアの向いの、
(ちいさいたばこやのじゅうしちはちのむすめでしたよしちゃんといいいろのしろい)
小さい煙草屋の十七、八の娘でした。ヨシちゃんと言い、色の白い、
(やえばのあるこでしたじぶんがたばこをかいにいくたびに)
八重歯のある子でした。自分が、煙草を買いに行くたびに、
(わらってちゅうこくするのでしたなぜいけないんだどうしてわるいんだ)
笑って忠告するのでした。「なぜ、いけないんだ。どうして悪いんだ。
(あるだけのさけをのんでひとのこよぞうおをけせけせけせってね)
あるだけの酒を飲んで、人の子よ、憎悪を消せ消せ消せ、ってね、
(むかしぺるしゃのねまあよそうかなしみつかれたるはーとにきぼうをもちきたすは)
むかしペルシャのね、まあよそう、悲しみ疲れたるハートに希望を持ち来すは、
(ただびくんをもたらすぎょくはいなれってねわかるかいわからない)
ただ微醺をもたらす玉杯なれ、ってね。わかるかい。」「わからない。」
(このやろうきすしてやるぞしてよ)
「この野郎。キスしてやるぞ。」「してよ。」
(ちっともわるびれずしたくちびるをつきだすのですばかやろうていそうかんねん)
ちっとも悪びれず下唇を突き出すのです。「馬鹿野郎。貞操観念、……」
(しかしよしちゃんのひょうじょうには)
しかし、ヨシちゃんの表情には、
(あきらかにだれにもよごされていないしょじょのにおいがしていました)
あきらかに誰にも汚されていない処女のにおいがしていました。
(としがあけてげんかんのよるじぶんはよってたばこをかいにでて)
としが明けて厳寒の夜、自分は酔って煙草を買いに出て、
(そのたばこやのまえのまんほーるにおちてよしちゃんたすけてくれえとさけび)
その煙草屋の前のマンホールに落ちて、ヨシちゃん、たすけてくれえ、と叫び、
(よしちゃんにひきあげられみぎうでのきずのてあてをよしちゃんにしてもらい)
ヨシちゃんに引き上げられ、右腕の傷の手当を、ヨシちゃんにしてもらい、
(そのときよしちゃんはしみじみのみすぎますわよとわらわずにいいました)
その時ヨシちゃんは、しみじみ、「飲みすぎますわよ。」と笑わずに言いました
(じぶんはしぬのはへいきなんだけど)
自分は死ぬのは平気なんだけど、
(けがをしてしゅっけつしてそうしてふぐしゃなどになるのは)
怪我をして出血してそうして不具者などになるのは、
(まっぴらごめんのほうですのでよしちゃんにうでのきずのてあてをしてもらいながら)
まっぴらごめんのほうですので、ヨシちゃんに腕の傷の手当をしてもらいながら
(さけももういいかげんによそうかしらとおもったのですやめるあしたから)
酒も、もういい加減によそうかしら、と思ったのです。「やめる。あしたから、
(いってきものまないほんとうきっとやめるやめたらよしちゃん)
一滴も飲まない。」「ほんとう?」「きっと、やめる。やめたら、ヨシちゃん、
(ぼくのおよめになってくれるかいしかしおよめのけんはじょうだんでしたもちよ)
僕のお嫁になってくれるかい?」しかし、お嫁の件は冗談でした。「モチよ。」
(もちとはもちろんのりゃくごでしたもぼだのもがだの)
モチとは、「勿論」の略語でした。モボだの、モガだの、
(そのころいろんなりゃくごがはやっていましたようしげんまんしよう)
その頃いろんな略語がはやっていました。「ようし。ゲンマンしよう。
(きっとやめるそうしてあくるひじぶんはやはりひるからのみました)
きっとやめる。」そうして翌る日、自分は、やはり昼から飲みました。