芥川龍之介 杜子春②/⑥

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(にとししゅんはいちにちのうちに、らくようのみやこでもただひとりという)

【二】 杜子春は一日の内に、洛陽の都でも唯一人という

(おおがねもちになりました。あのろうじんのことばどおり、ゆうひにかげをうつしてみて、)

大金持になりました。あの老人の言葉通り、夕日に影を映して見て、

(そのあたまにあたるところを、よなかにそっとほってみたら、おおきなくるまにもあまるくらい、)

その頭に当る所を、夜中にそっと掘って見たら、大きな車にも余る位、

(おうごんがひとやまでてきたのです。)

黄金が一山出て来たのです。

(おおがねもちになったとししゅんは、すぐにりっぱないえをかって、)

大金持になった杜子春は、すぐに立派な家を買って、

(げんそうこうていにもまけないくらい、ぜいたくなくらしをしはじめました。)

玄宗皇帝にも負けない位、贅沢な暮しをし始めました。

(らんりょうのさけをかわせるやら、けいしゅうのりゅうがんにくをとりよせるやら、)

蘭陵の酒を買わせるやら、桂州の竜眼肉をとりよせるやら、

(ひによんどいろのかわるぼたんをにわにうえさせるやら、)

日に四度色の変る牡丹を庭に植えさせるやら、

(しろくじゃくをなんわもはなしがいにするやら、たまをあつめるやら、)

白孔雀を何羽も放し飼いにするやら、玉を集めるやら、

(にしきをぬわせるやら、こうぼくのくるまをつくらせるやら、)

錦を縫わせるやら、香木の車を造らせるやら、

(ぞうげのいすをあつらえるやら、そのぜいたくをいちいちかいていては、)

象牙の椅子を誂(あつら)えるやら、その贅沢を一々書いていては、

(いつになってもこのはなしがおしまいにならないくらいです。)

いつになってもこの話がおしまいにならない位です。

(するとこういううわさをきいて、いままではみちでいきあっても、)

するとこういう噂を聞いて、今までは路で行き合っても、

(あいさつさえしなかったともだちなどが、あさゆうあそびにやってきました。)

挨拶さえしなかった友だちなどが、朝夕遊びにやって来ました。

(それもいちにちごとにかずがまして、はんとしばかりたつうちには、)

それも一日毎に数が増して、半年ばかり経つ内には、

(らくようのみやこになをしられたさいしやびじんがおおいなかで、)

洛陽の都に名を知られた才子や美人が多い中で、

(とししゅんのいえへこないものは、ひとりもないくらいになってしまったのです。)

杜子春の家へ来ないものは、一人もない位になってしまったのです。

(とししゅんはこのおきゃくたちをあいてに、まいにちさかもりをひらきました。)

杜子春はこのお客たちを相手に、毎日酒盛りを開きました。

(そのさかもりのまたさかんなことは、なかなかくちにはつくされません。)

その酒盛りの又盛んなことは、中々口には尽されません。

(ごくかいつまんだだけをおはなししても、とししゅんがきんのさかずきに)

極かいつまんだだけをお話しても、杜子春が金の杯に

など

(せいようからきたぶどうしゅをくんで、てんじくうまれのまほうつかいが)

西洋から来た葡萄酒を汲んで、天竺生れの魔法使いが

(かたなをのんでみせるげいにみとれていると、そのまわりには)

刀を呑んで見せる芸に見とれていると、そのまわりには

(にじゅうにんのおんなたちが、じゅうにんはひすいのはすのはなを、)

二十人の女たちが、十人は翡翠の蓮の花を、

(じゅうにんはめのうのぼたんのはなを、いずれもかみにかざりながら、)

十人は瑪瑙(めのう)の牡丹の花を、いずれも髪に飾りながら、

(ふえやことをふしおもしろくそうしているというふうけいなのです。)

笛や琴を節面白く奏しているという風景なのです。

(しかしいくらおおがねもちでも、おかねにはさいげんがありますから、)

しかしいくら大金持でも、お金には際限がありますから、

(さすがにぜいたくやのとししゅんも、いちねんにねんとたつうちには、)

さすがに贅沢家の杜子春も、一年二年と経つ内には、

(だんだんびんぼうになりだしました。そうするとにんげんははくじょうなもので、)

だんだん貧乏になり出しました。そうすると人間は薄情なもので、

(きのうまではまいにちきたともだちも、きょうはもんのまえをとおってさえ、)

昨日までは毎日来た友だちも、今日は門の前を通ってさえ、

(あいさつひとつしていきません。ましてとうとうさんねんめのはる、)

挨拶一つして行きません。ましてとうとう三年目の春、

(またとししゅんがいぜんのとおり、いちもんなしになってみると、)

又杜子春が以前の通り、一文無しになって見ると、

(ひろいらくようのみやこのなかにも、かれにやどをかそうといういえは、)

広い洛陽の都の中にも、彼に宿を貸そうという家は、

(いっけんもなくなってしまいました。いや、やどをかすどころか、)

一軒もなくなってしまいました。いや、宿を貸すどころか、

(いまではわんにいっぱいのみずも、めぐんでくれるものはないのです。)

今では椀に一杯の水も、恵んでくれるものはないのです。

(そこでかれはあるひのゆうがた、もういちどあのらくようのにしのもんのしたへいって、)

そこで彼は或日の夕方、もう一度あの洛陽の西の門の下へ行って、

(ぼんやりそらをながめながら、とほうにくれてたっていました。)

ぼんやり空を眺めながら、途方に暮れて立っていました。

(するとやはりむかしのように、かためすがめのろうじんが、)

するとやはり昔のように、片目眇(すがめ)の老人が、

(どこからかすがたをあらわして、)

どこからか姿を現して、

(「おまえはなにをかんがえているのだ。」と、こえをかけるではありませんか。)

「お前は何を考えているのだ。」と、声をかけるではありませんか。

(とししゅんはろうじんのかおをみると、はずかしそうにしたをむいたまま、)

杜子春は老人の顔を見ると、恥しそうに下を向いたまま、

(しばらくはへんじもしませんでした。が、ろうじんはそのひもしんせつそうに、)

暫くは返事もしませんでした。が、老人はその日も親切そうに、

(おなじことばをくりかえしますから、こちらもまえとおなじように、)

同じ言葉を繰返しますから、こちらも前と同じように、

(「わたしはこんやねるところもないので、どうしたものかとかんがえているのです。」)

「私は今夜寝る所もないので、どうしたものかと考えているのです。」

(と、おそるおそるへんじをしました。)

と、恐る恐る返事をしました。

(「そうか。それはかわいそうだな、ではおれがよいことをひとつおしえてやろう。)

「そうか。それは可哀そうだな、ではおれが好いことを一つ教えてやろう。

(いまこのゆうひのなかへたって、おまえのかげがちにうつったら、)

今この夕日の中へ立って、お前の影が地に映ったら、

(そのむねにあたるところを、よなかにほってみるがよい。)

その胸に当る所を、夜中に掘って見るが好い。

(きっとくるまにいっぱいのおうごんがうまっているはずだから。」)

きっと車に一ぱいの黄金が埋まっている筈だから。」

(ろうじんはこういったとおもうと、こんどもまたひとごみのなかへ、)

老人はこういったと思うと、今度もまた人ごみの中へ、

(かきけすようにかくれてしまいました。)

掻き消すように隠れてしまいました。

(とししゅんはそのよくじつから、たちまちてんかだいいちのおおがねもちにかえりました。)

杜子春はその翌日から、たちまち天下第一の大金持に返りました。

(とどうじにあいかわらず、しほうだいなぜいたくをしはじめました。にわにさいている)

と同時に相変らず、仕放題な贅沢をし始めました。庭に咲いている

(ぼたんのはな、そのなかにねむっているしろくじゃく、それからかたなをのんでみせる、)

牡丹の花、その中に眠っている白孔雀、それから刀を呑んで見せる、

(てんじくからきたまほうつかいーーすべてがむかしのとおりなのです。)

天竺から来た魔法使いーーすべてが昔の通りなのです。

(ですからくるまにいっぱいあった、あのおびただしいおうごんも、)

ですから車に一ぱいあった、あのおびただしい黄金も、

(またさんねんばかりたつうちには、すっかりなくなってしまいました。)

又三年ばかり経つ内には、すっかりなくなってしまいました。

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