海野十三 蠅男㉝

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※➀に同じくです。


関連タイピング

問題文

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(さめたるれいじん)

◇醒めたる麗人◇

(でんわがきれて、ぶきみなきかんじゅうのおともきこえなくなった。)

電話が切れて、不気味な機関銃の音も聞こえなくなった。

(しかしほむらのみみぞこには、かすかながらもたしかにきいたきかんじゅうのひびきが)

しかし帆村の耳底には、微かながらも確かに聞いた機関銃の響きが

(いつまでもはっきりのこっていた。)

いつまでもハッキリ残っていた。

(きかんじゅうのひびきをきいて、ほむらががくぜんとするのもむりではなかった。)

機関銃の響きを聞いて、帆村が愕然とするのも無理ではなかった。

(わすれもせぬじゅうにがつふつか、かもしたどくとるのるすていに、やけるはっこつしたいを)

忘れもせぬ十二月二日、鴨下ドクトルの留守邸に、焼ける白骨屍体を

(はっけんしたあのひ、なにものかのうつきかんじゅうのために、かれほむらはかたにかんつうじゅうそうを)

発見したあの日、何者かの撃つ機関銃のために、彼帆村は肩に貫通銃創を

(うけたではないか。だからきかんじゅうときけば、ためにぜんしんのちがにわかに)

受けたではないか。だから機関銃と聞けば、ために全身の血が俄かに

(ぎゃくりゅうするのもことわりだった。)

逆流するのも理だった。

(あのきかんじゅうは、いったいどっちがうったのであろうか。)

あの機関銃は、一体どっちが撃ったのであろうか。

(けいかんたいであろうはずがない。)

警官隊であろうはずがない。

(すると、きかんじゅうはたしかにはえおとことなのるでんわのじんぶつがぶっぱなしたものとなる。)

すると、機関銃は確かに蠅男と名乗る電話の人物がぶっ放したものとなる。

(きかんじゅうとはえおとこ!)

機関銃と蠅男!

(うむ、やっぱりそうだったかほむらはうなるようにいった。)

「うむ、やっぱりそうだったか」帆村は呻るように云った。

(かもしたどくとるていにおいて、かれをきかんじゅうでうったのは、まぎれもなくはえおとこだったに)

鴨下ドクトル邸に於て、彼を機関銃で撃ったのは、紛れもなく蠅男だったに

(ちがいない。はえおとこはあのひ、どくとるていのにかいにかくれていて、そこへ)

違いない。蠅男はあの日、ドクトル邸の二階に隠れていて、そこへ

(あがってきたかれをうったのにちがいない。)

上がってきた彼を撃ったのに違いない。

(そうか。ーーするとはえおとことぼくとは、すでにじけんのさいしょからちなまぐさいせんたんを)

「そうか。ーーすると蠅男と僕とは、すでに事件の最初から血腥い戦端を

(ひらいていたんだ。そういうこととはいまのいままでしらなかった。うぬはえおとこめ、)

ひらいていたんだ。そういうこととは今の今まで知らなかった。うぬ蠅男め、

(いまにふといてつのぼうをはめたおりのなかにいれてやるぞ)

今に太い鉄の棒をはめた檻の中に入れてやるぞ」

など

(ほむらはせっしやくわんしてくやしがった。)

帆村は切歯扼腕して口惜しがった。

(きょうぼうなきかんじゅうしゅがあのはえおとこだということにきまれば、かれはじけんをもういちど)

凶暴な機関銃手があの蠅男だということに決まれば、彼は事件をもう一度

(はじめからかんがえなおさねばならないとおもった。)

始めから考え直さねばならないと思った。

(それからいまのでんわによって、もうひとつあたらしくしったじじつがあった。それは)

それから今の電話によって、もう一つ新しく知った事実があった。それは

(はえおとこがいつもひとりでいるのかとおもったのに、いまのでんわで、はえおとこにはつれのじんぶつが)

蠅男がいつも一人で居るのかと思ったのに、今の電話で、蠅男には連れの人物が

(あることがわかった。それはわかいじょせいだった。)

あることが分かった。それは若い女性だった。

((し、しまったっ。おいおりゅう!))

(し、失敗(しま)ったッ。オイお竜!)

(たしかにおりゅうーーとはえおとこはよんだ。)

確かにお竜ーーと蠅男は呼んだ。

(そのおりゅうのことであるが、かのじょはなにかほむらにいいたがってでんわにかかったが、)

そのお竜のことであるが、彼女は何か帆村に云いたがって電話に掛かったが、

(わずかすうごしかしゃべらないうちに、はえおとこがけいかんたいのしゅうらいをしらせたので、)

僅か数語しか喋らないうちに、蠅男が警官隊の襲来を知らせたので、

(はなしはそのままにきれた。だがそのみじかいすうごによって、かのじょはなにものかということが)

話はそのままに切れた。だがその短い数語によって、彼女は何者かということが

(はっきりわかったようなきもする。)

ハッキリ分かったような気もする。

((けさから、たからづかであたしたちをつけて・・・))

(今朝から、宝塚であたしたちをつけて・・・)

(といったが、けさからたからづかでつけたおんなといえば、あのいけたにいしのつれのおんなのほか)

といったが、今朝から宝塚でつけた女といえば、あの池谷医師の連れの女の外

(ないのである。あれがおりゅうにちがいない。まるがおのせのすらりとしたびじんであった。)

ないのである。あれがお竜に違いない。丸顔の背のすらりとした美人であった。

(としのころは、みたところにじゅうしかごといったところだったが、)

年齢(とし)のころは、見たところ二十四か五といったところだったが、

(たいへんあだっぽいとろこから、あるいはもっととしまなのかもしれない。)

たいへん仇っぽいとろこから、或いはもっと年増なのかも知れない。

(そのあやしのびじんおりゅうは、いけたにいしとつれだって、しんおんせんのごらくしつのなかで)

その怪しの美人お竜は、池谷医師と連れだって、新温泉の娯楽室の中で

(いっせんかつどうしゃしんのふぃるむじんぞうけんのいっかんをあがない、それからまたかたをならべて)

一銭活動写真のフィルム「人造犬」の一巻を購い、それからまた肩をならべて

(はやしのむこうのいけたにていにはいっていったのである。それっきり、ふたりのすがたは)

林の向こうの池谷邸に入っていったのである。それっきり、二人の姿は

(ていないにもはっけんされなかった。いったいふたりはどこへいったのだろう。)

邸内にも発見されなかった。一体二人はどこへ行ったのだろう。

(ところがひとりおりゅうだけは、でんわのこえにすぎないとはいえ、ふたたびほむらのまえに)

ところがひとりお竜だけは、電話の声に過ぎないとはいえ、再び帆村の前に

(あらわれたのである。しかもはえおとこのつれとしてかれのまえにかんけいをあきらかに)

現われたのである。しかも蠅男の連れとして彼の前に関係を明らかに

(したのである。いっぽう、いけたにいしはどうしたであろうか。いまごろはかれのべっていか)

したのである。一方、池谷医師はどうしたであろうか。いまごろは彼の別邸か

(いいんにすがたをあらわしているであろうか。)

医院に姿を現わしているであろうか。

(いけたにいしは、あのおりゅうとどういうかんけいなのであろう。おりゅうがあのおそろしい)

池谷医師は、あのお竜とどういう関係なのであろう。お竜があの恐ろしい

(はえおとこのいちみだということをしっているのであろうか。もししっていれば、)

蠅男の一味だということを知っているのであろうか。もし知っていれば、

(あんなおんなとかたをならべてあるくはずがない。かんがえてゆくとまったくふしぎななぞであった。)

あんな女と肩を並べて歩くはずがない。考えてゆくと全く不思議な謎であった。

(とにかくいけたにいしのしょざいを、もういちどていねいにしらべるひつようがある。)

とにかく池谷医師の所在を、もう一度丁寧に調べる必要がある。

(おおかわしほうしゅにんとそうだんしてしらべることにしよう。そういえば、おおかわはしたへ)

大川司法主任と相談して調べることにしよう。そういえば、大川は下へ

(おりていったきり、なかなかかえってこないが、なにをしているのであろう。)

下りていったきり、なかなか帰って来ないが、何をしているのであろう。

(ほむらがふしんをおこしているところへ、とうのおおかわしゅにんははいけんをにぎって)

帆村が不審を起こしているところへ、当の大川主任は佩剣を握って

(とんとんととびこんできた。)

トントンと飛びこんできた。

(おおかわさん。どうです、わかった?)

「大川さん。どうです、分かった?」

(わかった。ーーしゅにんは、くるしそうにあえぎあえぎこたえた。)

「分かった。ーー」主任は、苦しそうにあえぎあえぎ応えた。

(どうわかったんです?)

「どう分かったんです?」

(てんのうじのしんせかいのわきだすえ、しんせかいのそば?)

「天王寺の新世界のわきだす」「え、新世界のそば?」

(はあ、そや。てんのうじこうえんみなみぐちのていりゅうじょうのまえに、ひとつこうしゅうでんわがおまんね。)

「はア、そや。天王寺公園南口の停留場の前に、一つ公衆電話がおまんね。

(そのなかに、はえおとこがはいりよったんや。あんさんのめいれいどおり、すぐでんわきょくへ)

その中に、蠅男が入りよったんや。あんさんの命令通り、すぐ電話局へ

(かけてみて、あんさんのはなしあいてがいまどこからでんわをかけているかしらべて)

掛けてみて、あんさんの話相手が今どこから電話を掛けているか調べて

(もろうてな、それからすぐしょのほうへれんらくしましたんや。はえおとこがいまこれこれの)

もろうてな、それから直ぐ署の方へ連絡しましたんや。蠅男が今これこれの

(ところからでんわをかけているねん、はよてはいたのみまっせいうたら、)

ところから電話を掛けているねン、はよ手配たのみまっせ云うたら、

(しょちょうさんがおどろいてしもうて、へえはえおとこいうやつはやっぱりにんげんのこえだして)

署長さんが愕いてしもうて、へえ蠅男いう奴はやっぱり人間の声出して

(はなしているかとといかえしよるんや。ーーしかしすぐてはいするいうとりました)

話しているかと問い返しよるんや。ーーしかし直ぐ手配する云うとりました」

(ほむらはうちうなずいて、しゅにんにいましがたでんわをつうじてけいかんたいがげんばに)

帆村はうちうなずいて、主任に今しがた電話を通じて警官隊が現場に

(とうちゃくしたらしいさわぎをみみにしたことや、はえおとこがおんなをつれていて、きかんじゅうを)

到着したらしい騒ぎを耳にしたことや、蠅男が女を連れていて、機関銃を

(もってていこうし、そのうちにどこかにいってしまったことをはなした。)

もって抵抗し、そのうちにどこかに行ってしまったことを話した。

(おおかわしゅにんは、なるほど、ほうほう、さよかいなをれんぱつしながら、)

大川主任は、なるほど、ほうほう、さよかいなを連発しながら、

(ほむらのきちによるこのはえおとこついせきだんにいともねっしんにみみをかたむけた。)

帆村の機智によるこの蠅男追跡談にいとも熱心に耳を傾けた。

(ちょうどそのとき、ぶちょうのつれてきたひとりのけいかんが、へやにはいってきた。)

丁度そのとき、部長の連れてきた一人の警官が、部屋に入って来た。

(ぶちょうさん、あのこがどうやらめがさめたらしゅうおまっせ)

「部長さん、あの娘(こ)がどうやら目が覚めたらしゅうおまっせ」

(そのけいかんは、はえおとこのてによってこのほてるのほむらのかりているへやに)

その警官は、蠅男の手によってこのホテルの帆村の借りている部屋に

(ねかされていたこたまやそういちろうのひとりむすめいとこをほごしていたのだった。)

寝かされていた故玉屋総一郎の一人娘糸子を保護していたのだった。

(いとこはすいみんやくらしいものをもられて、とらんくのなかからずっとねむりつづけて)

糸子は睡眠薬らしいものを盛られて、トランクの中からずっと睡り続けて

(いたのだが、いまやっとさめたものらしい。)

いたのだが、今やっと覚めたものらしい。

(ほむらはそれをきくと、すぐにいとこのところへかけつけた。)

帆村はそれを聞くと、すぐに糸子のところへ駈けつけた。

(どうしました、いとこさん)

「どうしました、糸子さん」

(いとこはべっどにねたまま、みだれたかみをすんなりとしたゆびさきでかきあげていたが、)

糸子はベッドに寝たまま、乱れた髪をすんなりとした指先で掻き上げていたが、

(おもいがけないほむらのすがたをみてはっとしたらしく、みるみるほおをまっかにそめて、)

思いがけない帆村の姿を見てハッとしたらしく、みるみる頬を真っ赤に染めて、

(まあほむらさん、うちどないして、こんなところへきましたんやろ。)

「まあ帆村さん、うちどないして、こんなところへ来ましたんやろ。

(ここ、どこですのと、とこのうえにおきあがろうとしたが、あっとちいさいこえを)

ここ、どこですの」と、床の上に起き上がろうとしたが、あッと小さい声を

(たてて、またとこのうえにたおれた。ーーめがまわって、かなわん)

立てて、また床の上にたおれた。「ーー目がまわって、かなわん」

(ほむらはつとよって、いとこのうでをとり、そしてみゃくをみた。みゃくはすこしはやかった。)

帆村はつと寄って、糸子の腕を取り、そして脈を診た。脈は少し早かった。

(しんぞうがよわっているようだ。)

心臓が弱っているようだ。

(いとこさん、しずかにしていらっしゃい。こんどはもうだいじょうぶ、じゅうぶんしんらいしていい)

「糸子さん、静かにしていらっしゃい。今度はもう大丈夫、十分信頼していい

(けいかんのかたがほごしてくださっていますから、なにもかんがえないで、こんやはここで)

警官の方が保護して下さっていますから、なにも考えないで、今夜はここで

(とまっていらっしゃい。ばあやさんかだれかよんであげましょうか)

泊まっていらっしゃい。ばあやさんか誰か呼んであげましょうか」

(そんなら、いえへでんわかけておまつをよんでちょうだい)

「そんなら、家へ電話掛けてお松を呼んで頂戴」

(いしゃもよんであげましょう)

「医者も呼んであげましょう」

(いいえ、おいしゃはんはもうけっこうだす。すぐなおりますさかい、おいしゃはんは)

「いいえ、お医者はんはもう結構だす。すぐ治りますさかい、お医者はんは

(いりまへん。いけたにさんにも、うちのことしらせたらあきまへんし)

いりまへん。池谷さんにも、うちのこと知らせたらあきまへんし」

(いとこはひどくいしゃをきょうふしていた。もちろんいけたにいしにたいするふしんのせいで)

糸子はひどく医者を恐怖していた。もちろん池谷医師に対する不信のせいで

(あろうとおもわれるが。)

あろうと思われるが。

(ほむらとおおかわしゅにんとは、いとこをいろいろとなぐさめてから、そのへやをでた。)

帆村と大川主任とは、糸子をいろいろと慰めてから、その部屋を出た。

(そしてろうかにでて、たがいにかおをみあわせた。)

そして廊下に出て、互いに顔を見合わせた。

(いとこはんのことは、くびにかけてひきうけまっさ。どうぞあんしんしとくなはれ)

「糸子はんのことは、首に懸けて引き受けまっさ。どうぞ安心しとくなはれ」

(とおおかわしゅにんはつよくじしんありげなことばでいった。)

と大川主任は強く自信ありげな言葉でいった。

(じゃ、きかんにくれぐれもおたのみしますよ)

「じゃ、貴官にくれぐれもお頼みしますよ」

(そういってほむらは、しゅにんのてをぎゅっとにぎった。ぶちょうはほむらのこころのなかの)

そういって帆村は、主任の手をギュッと握った。部長は帆村の心の中の

(ひめごともしらず、ただかんげきしてほむらのてをつよくにぎりかえした。)

秘めごとも知らず、ただ感激して帆村の手を強く握り返した。

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