魯迅 故郷その1
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問題文
(わたしはげんかんをおかして、)
わたしは厳寒を冒して、
(にせんよりをへだてにじゅうよねんもわかれていたこきょうにかえってきた。)
二千余里を隔て二十余年も別れていた故郷に帰って来た。
(ときはもうふゆのさなかでこきょうにちかづくにしたがっててんきはおぐらくなり、)
時はもう冬のさなかで故郷に近づくに従って天気は小闇くなり、
(みをきるようなかぜがせんしつにふきこんでびゅうびゅうとなる。)
身を切るような風が船室に吹き込んでびゅうびゅうと鳴る。
(とまのすきまからそとをみると、あおぎいろいそらのしたにしめやかなあれむらが)
苫の隙間から外を見ると、蒼黄いろい空の下にしめやかな荒村が
(あちこちによこたわっていささかのかっきもない。)
あちこちに横たわっていささかの活気もない。
(わたしはうらがなしきこころのうごきがおさえきれなくなった。)
わたしはうら悲しき心の動きが抑え切れなくなった。
(おお!これこそにじゅうねんらいときどきおもいだすわがこきょうではないか。)
おお!これこそ二十年来ときどき想い出す我が故郷ではないか。
(わたしのおもいだすこきょうはまるきり、こんなものではない。)
わたしの想い出す故郷はまるきり、こんなものではない。
(わたしのこきょうはもっとよいところがおおいのだ。)
わたしの故郷はもっと良いところが多いのだ。
(しかしそのよいところをしるすにはすがたもなくことばもないので、)
しかしその良いところを記すには姿もなく言葉もないので、
(どうやらまずこんなものだとしておこう。)
どうやらまずこんなものだとしておこう。
(そうしてわたしじしんかいしゃくして、こきょうはもともとこんなものだといっておく。)
そうしてわたし自身解釈して、故郷はもともとこんなものだと言っておく。
(しんぽはしないがわたしのかんずるほどうらがなしいものでもなかろう。)
進歩はしないがわたしの感ずるほどうら悲しいものでもなかろう。
(これはただわたしじしんのしんきょうのへんかだ。)
これはただわたし自身の心境の変化だ。
(こんどのきせいはもともとなんのたのしみもないからだ。)
今度の帰省はもともと何のたのしみもないからだ。
(わたしどもがながいあいだみうちといっしょにすんでいたろうおくがすでにこうばいされ、)
わたしどもが永い間身内と一緒に住んでいた老屋がすでに公売され、
(いえをあけわたすきげんがほんねんいっぱいになっていたから、)
家を明け渡す期限が本年一ぱいになっていたから、
(ぜひともしょうがつがんじつまえにいかなければならない。)
ぜひとも正月元日前に行かなければならない。
(それがこんどのきせいのぜんぶのもくてきであった。)
それが今度の帰省の全部の目的であった。
(すみなれたろうおくとえいべつして、そのうえまたすみなれたこきょうにとおくはなれて、)
住み慣れた老屋と永別して、その上また住み慣れた故郷に遠く離れて、
(いまくいつなぎをしているたこくにひっこしするのである。)
今食い繋ぎをしている他国に引っ越しするのである。
(わたしはふつかめのあさはやくわがやのかどぐちについた。)
わたしは二日目の朝早く我が家の門口に着いた。
(やねがわらのうえにくきばかりのかれくさがかぜにむかってふるえているのは、)
屋根瓦のうえに茎ばかりの枯草が風に向って震えているのは、
(ちょうどこのろうおくがあるじをかえなければならないげんいんをせつめいするようである。)
ちょうどこの老屋が主を変えなければならない原因を説明するようである。
(おなじやしきないにすむほんけのかぞくはたいがいもういてんしたあとで、)
同じ屋敷内に住む本家の家族は大概もう移転したあとで、
(あたりはひっそりしていた。)
あたりはひっそりしていた。
(わたしがへやのそとがわまできたとき、はははむかえにでてきた。)
わたしが部屋の外側まで来た時、母は迎えに出て来た。
(はっさいになるおいのこうじもとびだしてきた。)
八歳になる甥の宏兒も飛び出して来た。
(はははひじょうによろこんだ。なんともいわれぬさびしさをおしつつみながら、)
母は非常に喜んだ。何とも言われぬ淋しさを押包みながら、
(おちゃをいれて、はなしをよそごとにまぎらしていた。)
お茶を入れて、話をよそ事に紛らしていた。
(こうじはこんどはじめてあうのでとおくのほうへつったってましょうめんからわたしをみていた。)
宏兒は今度初めて会うので遠くの方へ突立って真正面からわたしを見ていた。
(わたしどもはとうとうひっこしのことをはなした。)
わたしどもはとうとう引っ越しのことを話した。
(「あちらのいえもかりることにきめて、かぐもあらかたととのえましたが、)
「あちらの家も借りることに決めて、家具もあらかた整えましたが、
(まだすこしたらないものもありますから、)
まだ少し足らないものもありますから、
(ここにあるかさばりものをうりはらってむこうでかうことにしましょう」)
ここにある嵩張物を売払って向うで買うことにしましょう」
(「それがいいよ。わたしもそうおもってね。にごしらえをしたとき、)
「それがいいよ。わたしもそう思ってね。荷拵えをした時、
(かさばりものはもちはこびにふべんだからはんぶんばかりうってみたが)
嵩張物は持運びに不便だから半分ばかり売ってみたが
(なかなかおあしにならないよ」)
なかなかお銭にならないよ」
(こんなはなしをしたあとではははごをついだ。)
こんな話をしたあとで母は語を継いだ。
(「おまえさんはひさしぶりできたんだから、)
「お前さんは久しぶりで来たんだから、
(ほんけやしんるいにいとまごいをすまして、それからでていくことにしましょう」)
本家や親類に暇乞いを済まして、それから出て行くことにしましょう」
(「ええそうしましょう」)
「ええそうしましょう」
(「あのじゅんどがね、いえへくるたんびにおまえのことをきいて、)
「あの閏土がね、家へ来るたんびにお前のことをきいて、
(ぜひいちどあいたいといっているんだよ」とはははにこにこして)
ぜひ一度会いたいと言っているんだよ」と母はにこにこして
(「こんどとうちゃくのひどりをしらせてやったから、たぶんくるかもしれないよ」)
「今度到着の日取を知らせてやったから、たぶん来るかもしれないよ」
(「おお、じゅんど!ずいぶんむかしのことですね」)
「おお、閏土!ずいぶん昔のことですね」