魯迅 故郷その3

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(「いいえ、たびのひとがのどがかわいてひとつぐらいとってたべても、)

「いいえ、旅の人が喉が渇いて一つぐらい取って食べても、

(うちのほうではどろぼうのかずにはいれません。)

うちの方では泥棒の数に入れません。

(みはりがいるのはいのしし、やまあらし、もぐらのたぐいです。)

見張が要るのは猪、山荒、土竜の類です。

(つきあかりのしたでじっとみみをすましているとららとひびいてきます。)

月明りの下でじっと耳を澄ましているとララと響いて来ます。

(もぐらがうりをかんでるんですよ。)

土竜が瓜を噛んでるんですよ。

(そのときあなたはさすぼうをつかんでそっといってごらんなさい」)

その時あなたは叉棒を攫かんでそっと行って御覧なさい」

(わたしはそのいわゆるもぐらというものがどんなものか、)

わたしはそのいわゆる土竜というものがどんなものか、

(そのときちっともしらなかった。いまでもわからないが。)

その時ちっとも知らなかった。今でも解らないが。

(ただわけもなく、こいぬのようなかたちでひじょうにもうれつのようにかんじた。)

ただわけもなく、小犬のような形で非常に猛烈のように感じた。

(「かれはかみついてくるだろうね」)

「彼は咬みついて来るだろうね」

(「こちらにはさすぼうがありますからね。)

「こちらには叉棒がありますからね。

(あるいていってみつけしだい、あなたはそれをさせばいい。)

歩いて行って見つけ次第、あなたはそれを刺せばいい。

(こんちくしょうはばかにりこうなやつで、あべこべにあなたのほうへかけだしてきて、)

こん畜生は馬鹿に利口な奴で、あべこべにあなたの方へ駆け出して来て、

(またぐらのしたからにげてゆきます。あいつのけがわはあぶらのようにすべっこい」)

跨の下から逃げてゆきます。あいつの毛皮は油のように滑べッこい」

(わたしはいままでこれほどおおくのめずらしいことがよのなかにあろうとはしらなかった。)

わたしは今までこれほど多くの珍しいことが世の中にあろうとは知らなかった。

(うみべにこんなごしきのかいがらがあったり、すいかにこんなきけんせいがあったり)

海辺にこんな五色の貝殻があったり、西瓜にこんな危険性があったり

(わたしはついさっきまですいかは)

わたしはついさっきまで西瓜は

(みずがしやのみせにうっているものとばかしおもっていた。)

水菓子屋の店に売っているものとばかし思っていた。

(「わたしどものすなぢのなかにはおおしおのくるまえに、)

「わたしどもの沙地の中には大潮の来る前に、

(たくさんはねざかながあつまってきて、ただそれだけがはねまわっています。)

たくさん跳ね魚が集まって来て、ただそれだけが跳ね廻っています。

など

(あおがえるのようにふたつのあしがあって」)

青蛙のように二つの脚があって」

(ああじゅうどのむねのなかにはさいげんもなくふしぎなはなしがつながっていた。)

ああ閏土の胸の中には際限もなく不思議な話が繋がっていた。

(それはふだんわたしどものいききしているともだちのしらぬことばかりで、)

それはふだんわたしどもの行き来している友達の知らぬことばかりで、

(かれらはほんとうになにひとつしらなかった。)

彼等は本当に何一つ知らなかった。

(じゅうどがうみべにいるときかれらはわたしとおなじように、)

閏土が海辺にいる時彼等はわたしと同じように、

(たかべいにかこまれたやしきのうえのしかくなそらばかりながめていたのだから。)

高塀に囲まれた屋敷の上の四角な空ばかり眺めていたのだから。

(おしいかな、しょうがつはすぎさり、じゅうどはかれのきょうりにかえることになった。)

惜しいかな、正月は過ぎ去り、閏土は彼の郷里に帰ることになった。

(わたしはおおなきにないた。じゅうどもまたなきだし、)

わたしは大泣きに泣いた。閏土もまた泣き出し、

(だいどころにかくれてでていくまいとしたが、ついにかれのちちおやにひっぱりだされた。)

台所に隠れて出て行くまいとしたが、遂に彼の父親に引っ張り出された。

(かれはそのごちちおやにことづけてかいがらひとつつみとみごとなとりのけをなんぼんかおくってよこした。)

彼はその後父親に言付けて貝殻一包と見事な鳥の毛を何本か送って寄越した。

(わたしのほうでもいちにどしなものをとどけてやったこともあるが、)

わたしの方でも一二度品物を届けてやったこともあるが、

(それきりかおをみたことがない。)

それきり顔を見たことが無い。

(げんざいわたしのははがかれのことをもちだしたので、)

現在わたしの母が彼のことを持出したので、

(わたしのあのときのきおくがいなずまのごとくよみがえってきて、)

わたしのあの時の記憶が稲妻の如くよみがえって来て、

(ほんとうにじぶんのうつくしいこきょうをみきわめたようにおぼえた。)

本当に自分の美しい故郷を見きわめたように覚えた。

(わたしはこえにおうじてこたえた。)

わたしは声に応じて答えた。

(「そりゃおもしろい。かれはどんなふうです」)

「そりゃ面白い。彼はどんな風です」

(「あのひとかえ、あのひとのけいきもあんまりよくないようだよ」)

「あの人かえ、あの人の景気もあんまりよくないようだよ」

(はははそういいながらへやのそとをみた。)

母はそういいながら部屋の外を見た。

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