山本周五郎 赤ひげ診療譚 狂女の話 11
順位 | 名前 | スコア | 称号 | 打鍵/秒 | 正誤率 | 時間(秒) | 打鍵数 | ミス | 問題 | 日付 |
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1 | zero | 6285 | S | 6.4 | 96.9% | 445.0 | 2888 | 91 | 59 | 2024/11/10 |
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問題文
(おゆみはここのつのとき、さんじゅういくつかになるてだいにいたずらをされ、)
おゆみは九つのとき、三十幾つかになる手代に悪戯をされ、
(もしこのことをひとにいったらころしてしまう、とおどされた。)
もしこのことを人に云ったら殺してしまう、と威(おど)された。
(じぶんのからだのかんじたいようなかんかくも、)
自分のからだの感じた異様な感覚も、
(おさないながらつみなことのようにおもわれたし、ひとにいうと「ころしてしまう」)
幼ないながら罪なことのように思われたし、人に云うと「殺してしまう」
(ということばが、おゆみをかなしばりにした。)
という言葉が、おゆみをかなしばりにした。
(そのてだいははんとしばかりしてみせをだされたが、)
その手代は半年ばかりして店を出されたが、
(だされるまでいくたびもおなじようなことをし、)
出されるまで幾たびも同じようなことをし、
(そのたびにおなじおどしのことばをささやいた。)
そのたびに同じ威しの言葉をささやいた。
(それがおゆみのあたまにふかいきずのようにのこったらしい、)
それがおゆみの頭に深い傷のように残ったらしい、
(ーーてだいがだされてからにねんほどたって、となりのいえのにじゅうしごのわかものに、)
ーー手代が出されてから二年ほどたって、隣りの家の二十四五の若者に、
(てだいとはかわったしかたでいたずらをされた。)
手代とは変った仕方で悪戯をされた。
(となりもおおきなしょうか(なにしょうともおすぎはいわなかった)で、どぞうがみとまえもあった。)
隣りも大きな商家(何商ともお杉は云わなかった)で、土蔵が三戸前もあった。
(わかものはそこのさいじょのおじだといい、じじょうがあってそのいえのやっかいになっていた。)
若者はそこの妻女の叔父だといい、事情があってその家の厄介になっていた。
(そのいえにはおゆみとおなじとしのむすめがあり、)
その家にはおゆみと同じ年の娘があり、
(よくあそびにいったりきたりしていたのだが、あるとき、)
よく遊びに往(い)ったり来たりしていたのだが、或るとき、
(そのいえでかくれんぼをしていて、おゆみがどぞうのなかへかくれた。)
その家で隠れんぼをしていて、おゆみが土蔵の中へ隠れた。
(そこはふだんつかわないものをしまっておくところで、)
そこはふだん使わない物をしまっておくところで、
(ふるびたたんすやながもちや、つづらなどが、)
古びた箪笥(たんす)や長持や、葛籠(つづら)などが、
(ならべたりつまれたりしてあり、まんなかにたたみがしじょうしいてあった。)
並べたり積まれたりしてあり、まん中に畳が四畳敷いてあった。
(ーーおゆみがそこの、つづらとながもちのすきまにかくれるとまもなく、)
ーーおゆみがそこの、葛籠と長持の隙間に隠れるとまもなく、
(かなあみをはったぼんぼりをもって、そのわかものがはいってきた。)
金網を張った雪洞(ぼんぼり)を持って、その若者がはいって来た。
(おゆみはおにかとおもったが、そうではなかったのであんしんし、そっとこえをかけた。)
おゆみは鬼かと思ったが、そうではなかったので安心し、そっと声をかけた。
(わかものはとびあがるほどびっくりした。)
若者はとびあがるほど吃驚(びっくり)した。
(ーーあたしよ、とおゆみはささやいた。いまかくれんぼをしているの、)
ーーあたしよ、とおゆみはささやいた。いま隠れんぼをしているの、
(おにがきてもだまっててね。わかものはしょうちした。)
鬼が来ても黙っててね。若者は承知した。
(かれはふるいたんすからなにかをだし、たたみのうえへねころび、)
彼は古い箪笥からなにかを出し、畳の上へ寝ころび、
(ぼんぼりをひきよせて、なにかのほんをよみはじめた。)
雪洞をひきよせて、なにかの本を読みはじめた。
(おにはいちどのぞきにきたが、すぐにさってしまい、)
鬼はいちど覗(のぞ)きに来たが、すぐに去ってしまい、
(やがてわかものがおゆみをよんだ。)
やがて若者がおゆみを呼んだ。
(ーーもうおにはこない、おもしろいものをみせてやるからおいで。)
ーーもう鬼は来ない、面白いものを見せてやるからおいで。
(おゆみはそっちへいった。わかものはおゆみをそばにすわらせ、)
おゆみはそっちへいった。若者はおゆみをそばに坐らせ、
(ひらいていたほんをおゆみにみせた。)
ひらいていた本をおゆみに見せた。
(それはえのところであったが、どういういみのえであるのか、)
それは絵のところであったが、どういう意味の絵であるのか、
(おゆみにはわけがわからなかった。)
おゆみにはわけがわからなかった。
(こんなものがわからないのか、とわかものがいった。)
こんなものがわからないのか、と若者が云った。
(よくみてごらん、もっとこっちへよるんだ。)
よく見てごらん、もっとこっちへよるんだ。
(わかものがさりげなくおゆみをひきよせた。おゆみはそのえにちゅういをうばわれていて、)
若者がさりげなくおゆみをひきよせた。おゆみはその絵に注意を奪われていて、
(わかもののすることにはきがつかなかった。)
若者のすることには気がつかなかった。
(そうしてやがて、いつかてだいにされたのとにたようなことをされているのだ、)
そうしてやがて、いつか手代にされたのと似たようなことをされているのだ、
(とかんじたおゆみは、おどろきよりもきょうふのためにいきがとまりそうになった。)
と感じたおゆみは、おどろきよりも恐怖のために息が止まりそうになった。
(ーーひとにいうところしてしまうぞ。そういうこえがはっきりきこえたのである。)
ーー人に云うと殺してしまうぞ。そういう声がはっきり聞えたのである。
(てだいのこえのようでもあり、わかもののこえのようでもあった。)
手代の声のようでもあり、若者の声のようでもあった。
(どぞうのあみのひきどはしまっており、)
土蔵の網の引戸は閉まっており、
(おゆみはそのひきどにはってあるかなあみをみていた。)
おゆみはその引戸に張ってある金網を見ていた。
(ひきどのそのかなあみは、おゆみをそこにとじこめ、)
引戸のその金網は、おゆみをそこに閉じこめ、
(おゆみのにげみちをふさぐようにおもえた。)
おゆみの逃げ道をふさぐようにおもえた。
(そうして、そのかなあみのめがぼうとかすんで、てあしがちぢむようにかんじたとき、)
そうして、その金網の目がぼうとかすんで、手足がちぢむように感じたとき、
(おゆみはほとんどむちゅうでいった。)
おゆみは殆んど夢中で云った。
(ーーあたしをころすの。わかものはわらった。それはころすといわれるよりも、)
ーーあたしを殺すの。若者は笑った。それは殺すと云われるよりも、
(はるかにおそろしく、わすれることのできないこくはくなわらいであった。)
はるかに怖ろしく、忘れることのできない酷薄な笑いであった。
(あしたもおいで、とわかものはいった。おゆみはいわれたとおりにした。)
明日もおいで、と若者は云った。おゆみは云われたとおりにした。
(さもなければころされる、とおもったからだ。)
さもなければ殺される、と思ったからだ。
(わかものがいなくなったあと、むこのえんだんがあるまでに、)
若者がいなくなったあと、婿の縁談があるまでに、
(さんにんのおとこからそういういたずらをされた。)
三人の男からそういう悪戯をされた。
(そのたびにおゆみは、かなあみのめがぼうとかすむのをかんじ、)
そのたびにおゆみは、金網の目がぼうとかすむのを感じ、
(ころしてしまうというこえをきくようにおもった。)
殺してしまうという声を聞くように思った。
(きりょうよしでおきゃんで、おもいやりがふかく、)
縹緻(きりょう)よしでお侠(きゃん)で、思いやりがふかく、
(だれにもかわいがられだいじにされていながら、)
誰にも可愛がられ大事にされていながら、
(そのうらがわではそういうおそろしいけいけんをしていたのである。)
その裏側ではそういうおそろしい経験をしていたのである。