「こころ」1-19 夏目漱石
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問題文
(おくさんはとうきょうのひとであった。それはかつてせんせいからもおくさんじしんからも)
奥さんは東京の人であった。それはかつて先生からも奥さん自身からも
(きいてしっていた。)
聞いて知っていた。
(おくさんは「ほんとういうとあいのこなんですよ」といった。)
奥さんは「本当いうと合の子なんですよ」といった。
(おくさんのちちおやはたしかとっとりかどこかのでであるのに、)
奥さんの父親はたしか鳥取かどこかの出であるのに、
(おかあさんのほうはまだえどといったじぶんのいちがやでうまれたおんななので、)
お母さんの方はまだ江戸といった時分の市ヶ谷で生れた女なので、
(おくさんはじょうだんはんぶんそういったのである。)
奥さんは冗談半分そういったのである。
(ところがせんせいはまったくほうがくちがいのにいがたけんじんであった。)
ところが先生は全く方角違いの新潟県人であった。
(だからおくさんがもしせんせいのしょせいじだいをしっているとすれば、)
だから奥さんがもし先生の書生時代を知っているとすれば、
(きょうりのかんけいからでないことはあきらかであった。)
郷里の関係からでない事は明らかであった。
(しかしうすあかいかおをしたおくさんはそれよりいじょうのはなしをしたくないようだったので、)
しかし薄赤い顔をした奥さんはそれより以上の話をしたくないようだったので、
(わたくしのほうでもふかくはきかずにおいた。)
私の方でも深くは聞かずにおいた。
(せんせいとしりあいになってからせんせいのなくなるまでに、わたくしはずいぶんいろいろのもんだいで)
先生と知り合いになってから先生の亡くなるまでに、私はずいぶん色々の問題で
(せんせいのしそうやじょうそうにふれてみたが、けっこんとうじのじょうきょうについては、)
先生の思想や情操に触れてみたが、結婚当時の状況については、
(ほとんどなにものもききえなかった。)
ほとんど何ものも聞き得なかった。
(わたくしはときによると、それをぜんいにかいしゃくしてもみた。)
私は時によると、それを善意に解釈してもみた。
(ねんぱいのせんせいのことだから、なまめかしいかいそうなどをわかいものにきかせるのは)
年輩の先生の事だから、艶めかしい回想などを若いものに聞かせるのは
(わざとつつしんでいるのだろうとおもった。)
わざと慎んでいるのだろうと思った。
(ときによると、またそれをわるくもとった。)
時によると、またそれを悪くも取った。
(せんせいにかぎらず、おくさんにかぎらず、ふたりともわたくしにくらべると、)
先生に限らず、奥さんに限らず、二人とも私に比べると、
(ひとじだいまえのいんしゅうのうちにせいじんしたために、そういうつやっぽいもんだいになると、)
一時代前の因襲のうちに成人したために、そういう艶っぽい問題になると、
(しょうじきにじぶんをかいほうするだけのゆうきがないのだろうとかんがえた。)
正直に自分を解放するだけの勇気がないのだろうと考えた。
(もっともどちらもすいそくにすぎなかった。)
もっともどちらも推測に過ぎなかった。
(そうしてどちらのすいそくのうらにも、ふたりのけっこんのおくによこたわる)
そうしてどちらの推測の裏にも、二人の結婚の奥に横たわる
(はなやかなろまんすのそんざいをかていしていた。)
花やかなロマンスの存在を仮定していた。
(わたくしのかていははたしてあやまらなかった。けれどもわたくしはただこいのはんめんだけを)
私の仮定ははたして誤らなかった。けれども私はただ恋の半面だけを
(そうぞうにえがきえたにすぎなかった。)
想像に描き得たに過ぎなかった。
(せんせいはうつくしいれんあいのうらに、おそろしいひげきをもっていた。)
先生は美しい恋愛の裏に、恐ろしい悲劇を持っていた。
(そうしてそのひげきのどんなにせんせいにとってみじめなものであるかは)
そうしてその悲劇のどんなに先生にとって見惨なものであるかは
(あいてのおくさんにまるでしれていなかった。)
相手の奥さんにまるで知れていなかった。
(おくさんはいまでもそれをしらずにいる。)
奥さんは今でもそれを知らずにいる。
(せんせいはそれをおくさんにかくしてしんだ。)
先生はそれを奥さんに隠して死んだ。
(せんせいはおくさんのこうふくをはかいするまえに、まずじぶんのせいめいをはかいしてしまった。)
先生は奥さんの幸福を破壊する前に、まず自分の生命を破壊してしまった。