「こころ」1-23 夏目漱石

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(上)先生と私
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 ヌル 5696 A 6.1 92.6% 284.4 1760 140 32 2024/09/26
2 どんぐり 5333 B++ 6.1 88.4% 289.7 1777 232 32 2024/10/06
3 mame 5105 B+ 5.2 96.5% 335.1 1774 63 32 2024/11/03

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問題文

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(そのときいけがきのむこうできんぎょうりらしいこえがした。)

その時生垣の向うで金魚売りらしい声がした。

(そのほかにはなんのきこえるものもなかった。)

その外には何の聞こえるものもなかった。

(おおどおりからにちょうもふかくおれこんだこうじはぞんがいしずかであった。)

大通りから二丁も深く折れ込んだ小路は存外静かであった。

(うちのなかはいつものとおりひっそりしていた。)

家の中はいつもの通りひっそりしていた。

(わたくしはつぎのまにおくさんのいることをしっていた。)

私は次の間に奥さんのいる事を知っていた。

(だまってはりしごとかなにかしているおくさんのみみにわたくしのはなしごえがきこえるということも)

黙って針仕事か何かしている奥さんの耳に私の話し声が聞こえるという事も

(しっていた。しかしわたくしはまったくそれをわすれてしまった。)

知っていた。しかし私は全くそれを忘れてしまった。

(「じゃおくさんもしんようなさらないんですか」とせんせいにきいた。)

「じゃ奥さんも信用なさらないんですか」と先生に聞いた。

(せんせいはすこしふあんなかおをした。そうしてちょくせつのこたえをさけた。)

先生は少し不安な顔をした。そうして直接の答えを避けた。

(「わたしはわたしじしんさえしんようしていないのです。つまりじぶんでじぶんが)

「私は私自身さえ信用していないのです。つまり自分で自分が

(しんようできないから、ひともしんようできないようになっているのです。)

信用できないから、人も信用できないようになっているのです。

(じぶんをのろうよりほかにしかたがないのです」)

自分を呪うより外に仕方がないのです」

(「そうむずかしくかんがえれば、だれだってたしかなものはないでしょう」)

「そうむずかしく考えれば、誰だって確かなものはないでしょう」

(「いやかんがえたんじゃない。やったんです。やったあとでおどろいたんです。)

「いや考えたんじゃない。やったんです。やった後で驚いたんです。

(そうしてひじょうにこわくなったんです」)

そうして非常に怖くなったんです」

(わたくしはもうすこしさきまでおなじみちをたどっていきたかった。)

私はもう少し先まで同じ道を辿って行きたかった。

(するとふすまのかげで「あなた、あなた」というおくさんのこえがにどきこえた。)

すると襖の陰で「あなた、あなた」という奥さんの声が二度聞こえた。

(せんせいはにどめに「なんだい」といった。)

先生は二度目に「何だい」といった。

(おくさんは「ちょっと」とせんせいをつぎのまへよんだ。)

奥さんは「ちょっと」と先生を次の間へ呼んだ。

(ふたりのあいだにどんなようじがおこったのか、わたくしにはわからなかった。)

二人の間にどんな用事が起ったのか、私には解らなかった。

など

(それをそうぞうするよゆうをあたえないほどはやくせんせいはまたざしきへかえってきた。)

それを想像する余裕を与えないほど早く先生はまた座敷へ帰って来た。

(「とにかくあまりわたしをしんようしてはいけませんよ。いまにこうかいするから。)

「とにかくあまり私を信用してはいけませんよ。今に後悔するから。

(そうしてじぶんがあざむかれたへんぽうに、ざんこくなふくしゅうをするようになるものだから」)

そうして自分が欺かれた返報に、残酷な復讐をするようになるものだから」

(「そりゃどういういみですか」)

「そりゃどういう意味ですか」

(「かつてはそのひとのひざのまえにひざまずいたというきおくが、)

「かつてはその人の膝の前に跪いたという記憶が、

(こんどはそのひとのあたまのうえにあしをのせさせようとするのです。)

今度はその人の頭の上に足を載せさせようとするのです。

(わたしはみらいのぶじょくをうけないために、いまのそんけいをしりぞけたいとおもうのです。)

私は未来の侮辱を受けないために、今の尊敬を斥けたいと思うのです。

(わたしはいまよりいっそうさびしいみらいのわたしをがまんするかわりに、)

私は今より一層淋しい未来の私を我慢する代りに、

(さびしいいまのわたしをがまんしたいのです。)

淋しい今の私を我慢したいのです。

(じゆうとどくりつとおのれとにみちたげんだいにうまれたわれわれは、そのぎせいとして)

自由と独立と己とに充ちた現代に生れた我々は、その犠牲として

(みんなこのさびしみをあじわわなくてはならないでしょう」)

みんなこの淋しみを味わわなくてはならないでしょう」

(わたくしはこういうかくごをもっているせんせいにたいして、いうべきことばをしらなかった。)

私はこういう覚悟をもっている先生に対して、いうべき言葉を知らなかった。

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