半七捕物帳 石燈籠8

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岡本綺堂 半七捕物帳シリーズ 第二話

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問題文

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(こまとめばしのももんじいやにちかいろじのなかに、きんじのうちのあることを)

駒止橋の獣肉店(ももんじいや)に近い路地のなかに、金次の家のあることを

(さがしあてて、はんしちはこうしのそとからに、さんどこえをかけたが、なかでは)

探し当てて、半七は格子の外から二、三度声をかけたが、中では

(へんじをするものもなかった。よんどころなしにとなりのうちへいってきくと、)

返事をする者もなかった。よんどころなしに隣りの家へ行って訊くと、

(きんじはうちをあけっぱなしにしてきんじょのせんとうへいったらしいとのことであった。)

金次は家を明けっ放しにして近所の銭湯へ行ったらしいとのことであった。

(「わたしはやまのてからわざわざたずねてきたものですが、そんならかえるまで)

「わたしは山の手からわざわざ訪ねて来た者ですが、そんなら帰るまで

(いりぐちにまっています」)

入口に待っています」

(となりのおかみさんにいちおうことわって、はんしちはこうしのなかへはいった。)

隣りのおかみさんに一応ことわって、半七は格子の中へはいった。

(あがりかまちにこしをかけてたばこをいっぷくすっているうちに、かれは)

上がり框(かまち)に腰をかけて煙草を一服すっているうちに、かれは

(ふとおもいついて、そっといりぐちのしょうじをほそめにあけた。うちはろくじょうとよじょうはんの)

ふと思い付いて、そっと入口の障子を細目にあけた。内は六畳と四畳半の

(ふたまで、いりぐちのろくじょうにはながひばちがすえてあった。つぎのよじょうはんには)

二間で、入口の六畳には長火鉢が据えてあった。次の四畳半には

(こたつがきってあるらしく、かけぶとんのあかいすそがぞんざいにしめた)

炬燵(こたつ)が切ってあるらしく、掛け蒲団の紅い裾がぞんざいに閉めた

(ふすまのあいだからこぼれだしていた。)

襖の間からこぼれ出していた。

(はんしちはあがりかまちからすこしのびあがってうかがうと、よじょうはんのかべにはきはちじょうの)

半七は上がり框から少し伸びあがって窺うと、四畳半の壁には黄八丈の

(おんなものがかかっているらしかった。かれはぞうりをぬいでそっとうちへはいこんだ。)

女物が掛っているらしかった。彼は草履をぬいでそっと内へ這い込んだ。

(よじょうはんのふすまのあいだからよくみると、かべにかかっているおんなのきものはたしかにきはちじょうで、)

四畳半の襖の間からよく視ると、壁にかかっている女の着物は確かに黄八丈で、

(そでのあたりがまだぬれているらしいのは、おそらくちのあとをあらって)

袖のあたりがまだ湿(ぬ)れているらしいのは、おそらく血の痕を洗って

(ここにほしてあるものとそうぞうされた。はんしちはうなずいてもとのいりぐちにかえった。)

此処にほしてあるものと想像された。半七はうなずいて元の入口に返った。

(そのとたんにどぶいたをふむあしおとがちかづいて、となりのおかみさんに)

その途端に溝板(どぶいた)を踏むあしおとが近づいて、隣りのおかみさんに

(あいさつするおとこのこえがきこえた。)

挨拶する男の声がきこえた。

(「るすにだれかきている。ああ、そうですか」)

「留守に誰か来ている。ああ、そうですか」

など

(きんじがかえってきたなとおもううちに、こうしががらりとあいて、はんしちとおなじとしごろの)

金次が帰って来たなと思ううちに、格子ががらりとあいて、半七と同じ年頃の

(わかいこいきなおとこがぬれてぬぐいをさげてはいってきた。きんじはこのごろこばくちなどを)

若い小粋な男がぬれ手拭をさげてはいって来た。金次はこのごろ小博奕などを

(うちおぼえて、ぶらぶらあそんでいるおとこで、はんしちとはまんざらしらないかおでも)

打ち覚えて、ぶらぶら遊んでいる男で、半七とはまんざら識らない顔でも

(なかった。)

なかった。

(「やあ、かんだのあにいですか。おめずらしゅうございますね。)

「やあ、神田の大哥(あにい)ですか。お珍しゅうございますね。

(まあ、おあがんなさい」)

まあ、お上がんなさい」

(あいてがただのひととちがうので、きんじはあいそよくはんしちをしょうじいれてながひばちのまえに)

相手がただの人と違うので、金次は愛想よく半七を招じ入れて長火鉢の前に

(すわらせた。そうして、じこうのあいさつなどをしているあいだにも、なんとなく)

坐らせた。そうして、時候の挨拶などをしている間にも、なんとなく

(おちつかないかれのそぶりがはんしちのめにはありありとよまれた。)

落ち着かない彼の素振りが半七の眼にはありありと読まれた。

(「おい、きんじ。おれあはじめにおめえにあやまっておくことがあるんだ」)

「おい、金次。俺あ初めにおめえにあやまって置くことがあるんだ」

(「なんですね、あにい。あらたまってそんなことを・・・・・・」)

「なんですね、大哥。改まってそんなことを……」

(「いや、そうでねえ。いくらおれがごようをつとめるみのうえでも、ひとのうちへ)

「いや、そうでねえ。いくら俺が御用を勤める身の上でも、ひとの家へ

(るすにあがりこんで、おくをのぞいたのはわるかった。どうかまあ、)

留守に上がり込んで、奥を覗いたのは悪かった。どうかまあ、

(かんにんしてくんねえ」)

堪忍してくんねえ」

(ひばちにすみをついでいたきんじはたちまちかおいろをかえて、おしのように)

火鉢に炭をついでいた金次はたちまち顔色を変えて、啞(おし)のように

(だまってしまった。かれのてにもっているひばしは、かちかちとなるほどにふるえた。)

黙ってしまった。彼の手に持っている火箸は、かちかちと鳴るほどにふるえた。

(「あのきはちじょうはこりゅうのかい。いくらげいにんでもひどくはでながらを)

「あの黄八丈は小柳のかい。いくら芸人でもひどく派手な柄を

(きるじゃあねえか。もっともおめえのようなわかいていしゅをもっていちゃあ、)

着るじゃあねえか。尤もおめえのような若い亭主をもっていちゃあ、

(おんなはよっぽどわかづくりにしにゃあなるめえが・・・・・・。ははははは。おい、きんじ、)

女はよっぽど若作りにしにゃあなるめえが……。ははははは。おい、金次、

(なぜだまっているんだ。あいきょうのねえやろうだな。うけちんになにかおごって、)

なぜ黙っているんだ。愛嬌のねえ野郎だな。受け賃に何かおごって、

(こりゅうののろけでもきかせねえか。おい、おい、なんとかへんじをしろ。)

小柳の惚気でも聞かせねえか。おい、おい、なんとか返事をしろ。

(おめえもとしうえのおんなにかわいがられて、なにからなにまでせわになっているいじょうは、)

おめえも年上の女に可愛がられて、なにから何まで世話になっている以上は、

(たといじぶんのきにすまねえことでも、おんながこうといやあ、よんどころなしに)

たとい自分の気に済まねえことでも、女がこうと云やあ、よんどころなしに

(かたぼうかつぐというようなくるしいはめがねえともかぎらねえ。そりゃあおれも)

片棒かつぐというような苦しい破目がねえとも限らねえ。そりゃあ俺も

(まんまんさっしているから、できるだけのおじひはねがってやる。どうだ、)

万々察しているから、出来るだけのお慈悲は願ってやる。どうだ、

(なにもかもしょうじきにいってしまえ」)

何もかも正直に云ってしまえ」

(くちびるまでまっさおになってふるえていたきんじは、おしつぶされたように)

くちびるまで真っ蒼になってふるえていた金次は、圧し潰されたように

(たたみにてをついた。)

畳に手を突いた。

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