半七捕物帳 お化け師匠11(終)

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岡本綺堂 半七捕物帳シリーズ 第五話

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問題文

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(「いまとちがって、むかしのばんやのしらべはみんなこんなちょうしでしたよ」と、)

「今と違って、むかしの番屋の調べはみんなこんな調子でしたよ」と、

(はんしちろうじんはいった。)

半七老人は云った。

(「まちぶぎょうはかくべつ、ばんやでしらべるときには、おかっぴきやてさきばかりでなく、)

「町奉行は格別、番屋で調べるときには、岡っ引や手先ばかりでなく、

(はっちょうぼりのおやくにんしゅうもみんなこのいきであたまからぽんぽんやっつけるんです。)

八丁堀のお役人衆もみんなこの息で頭からぽんぽん退治(やっ)つけるんです。

(しばいやこうしゃくのようなもんじゃあありませんよ。ぐずぐずしていると、)

芝居や講釈のようなもんじゃあありませんよ。ぐずぐずしていると、

(まったくひっぱたくんですよ」)

まったく引っぱたくんですよ」

(「それでそのおとこははくじょうしたんですか」と、わたしはきいた。)

「それで其の男は白状したんですか」と、わたしは訊いた。

(「けむにまかれて、みんなべらべらもうしたてましたよ。そいつはもとは)

「煙(けむ)にまかれて、みんなべらべら申し立てましたよ。そいつは元は

(うえののさんないのぼうずで、かめじゅよりもとししたなんですけれども、)

上野の山内の坊主で、歌女寿(かめじゅ)よりも年下なんですけれども、

(おんなにうまくまるめこまれて、とうとうてらをひらいてしまって、じゅうねんほどまえから)

女に巧くまるめ込まれて、とうとう寺を開いてしまって、十年ほど前から

(こうしゅうのほうへいってげんぞくしていたんですが、こきょうわすれじかたしで)

甲州の方へ行って還俗(げんぞく)していたんですが、故郷忘れじ難しで

(えどがこいしくなって、こんどひさしぶりででてきて、さっそくかめじゅのところへ)

江戸が恋しくなって、今度久し振りで出て来て、早速歌女寿のところへ

(たずねていくと、おんなははくじょうだからみむきもしない。おまけできょうじやの)

訪ねて行くと、女は薄情だから見向きもしない。おまけで経師職の

(なまわけえせがれなんぞをひっぱってきたのをみたもんだから、ぼうずはむやみに)

生若え伜なんぞを引っ張って来たのを見たもんだから、坊主はむやみに

(くやしくなって、なんとかしていしゅがえしをしてやろうと、そこらのやすやどを)

口惜しくなって、なんとかして意趣返しをしてやろうと、そこらの安宿を

(ころげあるきながら、あしかけにかげつごしもつけねらっているうちに、)

転げあるきながら、足かけ二ヵ月越しも付け狙っているうちに、

(かめじゅのむすめがきょねんしんで、それからおばけししょうのひょうばんがたっているのを)

歌女寿の娘が去年死んで、それからお化け師匠の評判が立っているのを

(ききこんで、ねがぼうずだけに、しりょうのたたりなんていうことをかんがえついて、)

聞き込んで、根が坊主だけに、死霊の祟りなんていうことを考え付いて、

(とうとうししょうをしめころしてしまったんですよ。へびをたねにつかったところは)

とうとう師匠を絞め殺してしまったんですよ。蛇を種に遣ったところは

(うまくかんがえましたね」)

巧くかんがえましたね」

など

(「そのへびはおふだうりのをぬすんだんですか」)

「その蛇は御符(おふだ)売りのを盗んだんですか」

(「ほんじょのやすやどにころがっていると、ちょうどそこへちりゅうのおふだうりが)

「本所の安宿に転がっていると、丁度そこへ池鯉鮒の御符売りが

(とまりあわせたもんだから、それをふとおもいついて、そのへびをいっぴき)

泊まり合わせたもんだから、それをふと思い付いて、その蛇を一匹

(ぬすんだんです。そこでへびをみなかったら、そんなちえもでなかったかも)

盗んだんです。そこで蛇を見なかったら、そんな知恵も出なかったかも

(しれませんが、ししょうもぼうずも、つまりおたがいのふうんですね。)

知れませんが、師匠も坊主も、つまりおたがいの不運ですね。

(じこうはぼんまえ、むすめのいっしゅうきと、うまくどうぐがそろっているもんだから、)

時候は盆前、娘の一周忌と、うまく道具が揃っているもんだから、

(よふけにみずくちからそっとしのびこんで、ししょうをころす、へびをまきつける。)

夜ふけに水口からそっと忍び込んで、師匠を殺す、蛇をまき付ける。

(すべておあつらえのとおりのかいだんができあがったんです。わたくしはさいしょに)

すべておあつらえの通りの怪談が出来あがったんです。わたくしは最初に

(じょちゅうのおむらというのにめをつけていたんですが、これはよくねこんでいて)

女中のお村というのに眼をつけていたんですが、これはよく寝込んでいて

(まったくなんにもしらなかったということがあとでわかりました」)

全くなんにも知らなかったということが後で判りました」

(「それにしても、あなたはどうしてちりゅうのおふだうりにてをつけようと)

「それにしても、あなたはどうして池鯉鮒の御符売りに手を着けようと

(かんがえついたのです」)

考え付いたのです」

(それがわたしにはわからなかった。はんしちろうじんはまたにやにやわらっていた。)

それが私には判らなかった。半七老人は又にやにや笑っていた。

(「なるほど、いまどきのひとにゃあわからないかもしれませんね。)

「なるほど、今どきの人にゃあ判らないかも知れませんね。

(むかしはまいとしなつになると、まむしよけへびのけのおふだうりというものが)

むかしは毎年夏になると、蝮よけ蛇除けの御符売りというものが

(どこからかでてくるんです。ゆうめいなちりゅうさまのほかにいろいろの)

何処からか出て来るんです。有名な池鯉鮒様のほかにいろいろの

(まがいものがあって、そのおふだうりはへびをいれたはこをくびにかけて、)

贋(まが)いものがあって、その御符売りは蛇を入れた箱を頸にかけて、

(ひとのみるまえでそのおふだでへびのあたまをなでると、へびはちいさくなってくびを)

人の見る前でその御符で蛇の頭を撫でると、蛇は小さくなって首を

(ちぢめてしまうんです。ほんとうのちりゅうさまはそんなことはありませんが、)

縮めてしまうんです。ほんとうの池鯉鮒様はそんな事はありませんが、

(まがいものになるとふだんからへびをならしておく。なんでもおふだにはりを)

贋い者になるとふだんから蛇を馴らして置く。なんでも御符に針を

(さしておいて、へびのあたまをちょいちょいとつくと、へびはいたいからくびをちぢめる。)

さして置いて、蛇の頭をちょいちょいと突くと、蛇は痛いから首を縮める。

(それがしぜんのくせになって、かみでなでられるとすぐにくびをひっこめるようになる。)

それが自然の癖になって、紙で撫でられるとすぐに首を引っ込めるようになる。

(そのへびをはこにいれてもちあるいて、さあごらんなさい、おふだのきどくは)

その蛇を箱に入れて持ち歩いて、さあ御覧なさい、御符の奇特は

(このとおりでございますと、いきたへびをしょうこにしておふだをうって)

この通りでございますと、生きた蛇を証拠にして御符を売って

(あるくんだということです。わたくしがおばけししょうのくびにまきついている)

あるくんだということです。わたくしがお化け師匠の頸に巻きついている

(へびをみたときに、なんだかひどくよわっているようすがどうもふつうのへびらしく)

蛇を見たときに、なんだかひどく弱っている様子がどうも普通の蛇らしく

(ないので、ふっとそのへびよけのまがいものをおもいだして、ためしにかいしで)

ないので、ふっとその蛇除けの贋いものを思い出して、試しに懐紙で

(ちょいとおさえると、へびはすぐにくびをちぢめてしまいましたから、)

ちょいと押さえると、蛇はすぐに頸を縮めてしまいましたから、

(さてはいよいよおふだうりのもっているへびにそういないとみきわめをつけて、)

さてはいよいよ御符売りの持っている蛇に相違ないと見きわめを付けて、

(それからだんだんにたぐっていくうちにあいてにうまくぶつかったんです。)

それからだんだんに手繰って行くうちに相手にうまくぶつかったんです。

(え、そのぼうずですか。それはむろんしざいになりました」)

え、その坊主ですか。それは無論死罪になりました」

(「おふだうりはどうなりました」)

「御符売りはどうなりました」

(「ちりゅうさまのなまえをかたって、そんないかものをうっているんですから、)

「池鯉鮒様の名前を騙って、そんな贋物(いかもの)を売っているんですから、

(いまならそうとうのばつをうけるでしょうが、むかしはべつにどうということも)

今なら相当の罰を受けるでしょうが、昔は別にどうということも

(ありませんでした。つまりだまされるほうがわるいというようなりくつなんですね。)

ありませんでした。つまり欺される方が悪いというような理窟なんですね。

(それでもやっぱりきがとがめるとみえて、おふだうりはわたくしにかさのうちを)

それでもやっぱり気が咎めると見えて、御符売りはわたくしに笠の内を

(のぞかれて、なんだかおちつかないふうでとおのいていたんでしょう。)

覗かれて、なんだか落ち着かないふうで遠退(とおの)いていたんでしょう。

(ちりゅうさまばかりでなく、むかしはこんなまがいものがたくさんありましたよ」)

池鯉鮒様ばかりでなく、昔はこんな贋いものがたくさんありましたよ」

(「いったいそのちりゅうさまというのはどこにあるんです」)

「一体その池鯉鮒様というのは何処にあるんです」

(「とうかいどうのさんしゅうです。いまでもごしんじんのひとがありましょう。おや、あめが)

「東海道の三州です。今でも御信心の人がありましょう。おや、雨が

(やんだとみえて、おもてがきゅうににぎやかになってきました。どうです、)

止(や)んだと見えて、表が急に賑やかになって来ました。どうです、

(せっかくおいでなすったもんですから、ともかくもひとまわりして、のきぢょうちんに)

折角お出でなすったもんですから、ともかくも一と廻りして、軒提灯に

(ひのはいったところをみてこようじゃありませんか。)

火のはいったところを見て来ようじゃありませんか。

(おまつりはどうしてもよるのものですよ」)

お祭りはどうしても夜のものですよ」

(ろうじんにあんないされて、わたしはちょうないのかざりものなどをみてあるいた。)

老人に案内されて、わたしは町内の飾り物などを観てあるいた。

(そのばん、うちへかえってとうかいどうめいしょずえをくってみると、さんしゅうちりゅうのしゅくのくだりに)

その晩、家へ帰って東海道名所図会を繰ってみると、三州池鯉鮒の宿のくだりに

(ちりゅうのじんじゃのことがくわしくしるされて「まむしよけのまもりは)

知立(ちりゅう)の神社のことが詳しく記されて「蝮蛇除の神札(まもり)は

(べっとうしょうちいんしゃにんよりこれをいだす。えんきんこれをしんじてさずかるものおおし。)

別当松智院社人よりこれを出だす。遠近これを信じて授かる者多し。

(なつあきのころさんちゅうそうりんにこれをかいちゅうすればまむしにげさるという、うんぬん」)

夏秋の頃山中叢林にこれを懐中すれば蝮蛇逃げ去るという、云々」

(と、かいてあった。)

と、書いてあった。

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