『或る精神異常者』ルヴェルモーリス2【完】

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プレイ回数746難易度(4.5) 5077打 長文
不慮の事故を見るのが生きがいだった男が、間接的に人を殺める話
※分かりやすくする為、表記等を一部改変しております

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問題文

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(かれはしょにちのばんからかんきゃくせきにじんどって、ねっしんにこのきょくのりを)

彼は初日の晩から観客席に陣取って、熱心にこの曲乗りを

(けんぶつすることになった。かれはちょうどきどうのおりぐちのまっしょうめんに)

見物することになった。彼はちょうど軌道の降り口の真っ正面に

(ざせきをひとつとって、そこをたったひとりでせんりょうした。)

座席をひとつ取って、そこをたった一人で占領した。

(たにんがまじるとちゅういりょくがさんまんになるのをおそれて、)

他人が混じると注意力が散漫になるのを恐れて、

(わざとひとりじめにしたのである。もっともきわどいきょくのりは、)

わざと独り占めにしたのである。最も際どい曲乗りは、

(たったごふんかんでおわった。はじめ、しろいきどうのうえにくろいてんが)

たった五分間で終った。はじめ、白い軌道の上に黒い点が

(ひとつひょっこりあらわれたとおもうと、それがおそろしいいきおいですすみ、せんかいし、)

ひとつヒョッコリ現れたと思うと、それが恐ろしい勢いで進み、旋回し、

(それからだいちょうやくをやった。それですべてがおわった。)

それから大跳躍をやった。それで全てが終わった。

(まるででんこうせっかともいうべきはやさで、そしていきいきとしたかんげきを)

まるで電光石火ともいうべき速さで、そしていきいきとした感激を

(かれにあたえた。だがかれはかえりぎわに、おおぜいのかんきゃくといっしょにこやをでながら)

彼に与えた。だが彼は帰り際に、大勢の観客と一緒に小屋を出ながら

(かんがえた。「こんなかんげきは、にかいさんかいはいいが、けっきょくしばいやみせものと)

考えた。「こんな感激は、二回三回はいいが、結局芝居や見世物と

(おなじようにあきがくるだろう」と。)

同じように飽きが来るだろう」と。

(かれはまだ、じぶんのほんとうにもとめているものがみつからなかったが、)

彼はまだ、自分の本当に求めているものが見つからなかったが、

(ふとこんなことをおもいついた。せいしんしゅうちゅうといっても、にんげんのきりょくには)

ふとこんなことを思いついた。精神集中といっても、人間の気力には

(かぎりがある。じてんしゃのちからだって、いわばひかくてきにはやいだけだし、)

限りがある。自転車の力だって、いわば比較的に速いだけだし、

(きどうにしても、いかにかんぜんにみえていたって、)

軌道にしても、いかに完全に見えていたって、

(いつかはだめになるはずだ、と。そこで、いちどはきっとじこがおこるに)

いつかはダメになるはずだ、と。そこで、一度はきっと事故が起こるに

(ちがいないというけつろんに、かれはとうたつした。)

違いないという結論に、彼は到達した。

(このけつろんから、そのおこるべきじこをみまもるというけっしんをするのは、)

この結論から、その起こるべき事故を見守るという決心をするのは、

(きわめてみぢかないっぽなのだ。「まいばんでかけよう」とかれはこころにきめた。)

極めて身近な一歩なのだ。「毎晩でかけよう」と彼は心に決めた。

など

(「あのきょくのりのおとこが、あたまをわるまでみにゆこう。)

「あの曲乗りの男が、頭を割るまで見にゆこう。

(そうだ、ぱりでこうぎょうちゅうのさんかげつかんにじこがおこらなければ、)

そうだ、パリで興行中の三カ月間に事故が起こらなければ、

(おれはそれがおこるまでどこまでもおっかけていくんだ」)

おれはそれが起こるまでどこまでも追っかけていくんだ」

(それからにかげつかんというものは、ひとばんもかかさずに、)

それから二カ月間というものは、一晩もかかさずに、

(おなじじこくにでかけていって、おなじがわのおなじざせきにすわった。)

同じ時刻にでかけていって、同じがわの同じ座席に座った。

(かれはけっして、このざせきをかえなかったので、きゃくのあんないにんもじきに)

彼は決して、この座席を変えなかったので、客の案内人もじきに

(かれをみしるようになった。が、きゃくのあんないにんたちは、)

彼を見知るようになった。が、客の案内人たちは、

(たかいりょうきんをだしてまいばんこんきよくおなじきょくのりをけんぶつにやってくる)

高い料金をだして毎晩根気よく同じ曲乗りを見物にやってくる

(かれのどうらくを、さっするものはいなかった。)

彼の道楽を、察する者はいなかった。

(ところがあるばん、きょくげいしがつうじょうよりもはやくそのきょくのりをおわったとき、)

ところがある晩、曲芸師が通常よりも早くその曲乗りを終わったとき、

(ふとろうかでかれにでくわした。ことばをかわすのに、しょうかいのひつようなどなかった。)

ふと廊下で彼にでくわした。言葉をかわすのに、紹介の必要などなかった。

(「おかおはいぜんからみおぼえています」きょくげいしがあいさつした。)

「お顔は以前から見覚えています」曲芸師が挨拶した。

(「あなたはいりびたりですね。まいばんいらっしゃいますね」)

「あなたは入りびたりですね。毎晩いらっしゃいますね」

(するとかれはびっくりして、)

すると彼はびっくりして、

(「ぼくはきみのきょくのりに、ひじょうなほどきょうみをもっているのだが、)

「僕はきみの曲乗りに、非常なほど興味を持っているのだが、

(まいばんくるっていうことをだれにきいたんだね」)

毎晩来るっていうことを誰に聞いたんだね」

(きょくげいしはにっこりわらって、「だれにきいたのでもありません。)

曲芸師はニッコリ笑って、「誰に聞いたのでもありません。

(じぶんのめでみているのです」)

自分の目で見ているのです」

(「それはふしぎだ。あんなにたかいところから。あんなきけんなげいを)

「それは不思議だ。あんなに高い所から。あんな危険な芸を

(やっていながら。きみはかんきゃくのかおをみわけるよゆうがあるかい」)

やっていながら。きみは観客の顔を見分ける余裕があるかい」

(「そんなよゆうがあるもんですか。わたしはしたのほうのかんきゃくせきなんか)

「そんな余裕があるもんですか。私は下のほうの観客席なんか

(てんでみやしません。しょっちゅううごいたりしゃべったりしているかんきゃくに)

てんで見やしません。しょっちゅう動いたりしゃべったりしている観客に

(すこしでもきをちらしたら、ひじょうにきけんですからね。)

少しでも気を散らしたら、非常に危険ですからね。

(だがわたしどものしょうばいでは、わざやりくつやじゅくれんのほかに、)

だが私どもの商売では、技や理屈や熟練のほかに、

(もっともっとたいせつなことがあります。いわばとりっくのようなものがね」)

もっともっと大切なことがあります。いわばトリックのようなものがね」

(「え、とりっくがあるのかね」かれはまたびっくりした。)

「え、トリックがあるのかね」彼はまたびっくりした。

(「ごかいしないでください。とりっくといっても、わたしのは)

「誤解しないでください。トリックといっても、私のは

(ごまかしじゃありません。わたしのとりっくは、)

誤魔化しじゃありません。私のトリックは、

(かんきゃくのまったくきづかないことで、しかもそれがとてもむずかしいところです。)

観客のまったく気づかないことで、しかもそれがとても難しいところです。

(いってみると、こうなんです。じっさい、わたしどもはあたまをからっぽにして)

言ってみると、こうなんです。実際、私どもは頭を空っぽにして

(ただひとつのかんがえしかもたないということは、なかなかむずかしいことで、)

ただひとつの考えしか持たないということは、なかなか難しいことで、

(つまりひとつのことにせいしんをしゅうちゅうするという、そのことがこんなんなのです。)

つまりひとつのことに精神を集中するという、そのことが困難なのです。

(しかし「はなれわざ」をやるときは、どのみちかんぜんなせいしんしゅうちゅうがひつようですから、)

しかし「はなれわざ」をやる時は、どのみち完全な精神集中が必要ですから、

(わたしはなにかしらかんきゃくせきにもくひょうをきめて、そればかりをじっとみつめて、)

私はなにかしら観客席に目標を決めて、そればかりをジッと見つめて、

(けっしてほかへきをちらさぬようにします。そしてそのもくひょうのうえに)

決してほかへ気を散らさぬようにします。そしてその目標の上に

(しせんをすえたしゅんかんから、ほかのあらゆるものをわすれてしまうのです。)

視線をすえた瞬間から、他のあらゆるものを忘れてしまうのです。

(じてんしゃにのって、りょうてをはんどるにかけると、もうなにもかんがえていません。)

自転車に乗って、両手をハンドルにかけると、もうなにも考えていません。

(ばらんすも、ほうこうもかんがえません。わたしは、じぶんのきんにくをしんらいします。)

バランスも、方向も考えません。私は、自分の筋肉を信頼します。

(それははがねのようにたしかです。たったひとつあぶないのはめですが、)

それは鋼のように確かです。たったひとつ危ないのは目ですが、

(いまもいったように、いったんなにかをみすえると、もうだいじょうぶです。)

今も言ったように、一旦なにかを見すえると、もう大丈夫です。

(ところで、わたしはしょにちのばんにきょくのりをはじめるとき、)

ところで、私は初日の晩に曲乗りを始めるとき、

(ぐうぜんにもあなたのざせきへしせんがおちたので、じっとあなたのおすがたを)

偶然にもあなたの座席へ視線が落ちたので、ジッとあなたのお姿を

(みつめていました。あなたはごじぶんできづかずに、わたしのめをとらえたのです。)

見つめていました。あなたはご自分で気づかずに、私の目をとらえたのです。

(こうしてあなたはわたしのもくひょうになりました。)

こうしてあなたは私の目標になりました。

(ふつかめのばんにも、やはりおなじざせきにいるあなたにめをつけました。)

二日目の晩にも、やはり同じ座席にいるあなたに目をつけました。

(それからというものは、きどうのてっぺんにたつと、めがほんのうてきに)

それからというものは、軌道のてっぺんに立つと、目が本能的に

(あなたのほうへむかいます。つまりあなたはわたしをたすけていらっしゃるので、)

あなたのほうへ向かいます。つまりあなたは私を助けていらっしゃるので、

(いまじゃ、あなたはわたしのきょくのりにかかせない、だいじなもくひょうになっています。)

今じゃ、あなたは私の曲乗りに欠かせない、だいじな目標になっています。

(これで、まいばんおみえになることをわたしがしっているわけが)

これで、毎晩お見えになることを私が知っているわけが

(おわかりになったでしょう」そのつぎのばんも、このせいしんいじょうしゃは)

お分かりになったでしょう」その次の晩も、この精神異常者は

(れいのざせきにすわっていた。かんきゃくはするどいきたいをもって、)

例の座席に座っていた。観客は鋭い期待を持って、

(れいのごとくざわざわとうごいたりしゃべったりしていた。)

例のごとくザワザワと動いたりしゃべったりしていた。

(とすると、とつぜんみずをうったようにしーんとしずまりかえった。)

とすると、突然水を打ったようにシーンと静まりかえった。

(かんきゃくがいきをころしている、ふかいちんもくなのである。)

観客が息を殺している、深い沈黙なのである。

(きょくげいしは、じてんしゃにのって、ふたりのじょしゅにたすけられながら、)

曲芸師は、自転車に乗って、二人の助手に助けられながら、

(しゅっぱつのあいずをまっているのだ。かれはやがてかんぜんにばらんすをとって)

出発の合図を待っているのだ。彼はやがて完全にバランスをとって

(りょうてにはんどるをにぎり、くびをしゃんとあげてしょうめんにしせんをつけた。)

両手にハンドルを握り、首をしゃんとあげて正面に視線をつけた。

(「ほお」ときょくげいしがいっせいさけぶと、ささえていたふたりのじょしゅが)

「ホオ」と曲芸師が一声叫ぶと、支えていた二人の助手が

(さっとさゆうにわかれた。そのしゅんかんにこのせいしんいじょうしゃは、)

サッと左右に別れた。その瞬間にこの精神異常者は、

(もっともしぜんなかたちでたちあがると、すこしあとずさりをして、)

もっとも自然な形で立ちあがると、少しあとずさりをして、

(ざせきのほかのはしへあるいていった。すると、はるかうえのきどうで、)

座席のほかの端へ歩いて行った。すると、はるか上の軌道で、

(おそろしいじけんがおこった。きょくげいしのからだが、とつぜんちゅうにはねとばされて)

恐ろしい事件が起こった。曲芸師の体が、突然宙に跳ね飛ばされて

(まっさかさまについらくし、どうじにからまわりしたじてんしゃがちゅうがえりをして、)

真っ逆さまに墜落し、同時に空回りした自転車が宙返りをして、

(かんきゃくせきのまっただなかへおちてきた。かんきゃくはあっとさけんでそうだちになった。)

観客席の真っただ中へ落ちてきた。観客はアッと叫んで総立ちになった。

(そのときせいしんいじょうしゃは、きそくただしいみぶりをひとつやって、うわぎをきて、)

そのとき精神異常者は、規則正しい身振りをひとつやって、上着を着て、

(そでぐちでしるくはっとのごみをはらいながら、さもまんぞくげにかえっていった。)

袖口でシルクハットのゴミを払いながら、さも満足げに帰っていった。

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