半七捕物帳 奥女中2

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岡本綺堂 半七捕物帳シリーズ 第七話

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問題文

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(「いいえ、おまえさん。なかなかそんなわけじゃございませんので・・・・・・。)

「いいえ、おまえさん。なかなかそんな訳じゃございませんので……。

(なに。おとこでもこしらえたとかいうようなうわついたおはなしなら、)

なに。情夫(おとこ)でもこしらえたとかいうような浮ついたお話しなら、

(おっしゃるとおり、わたくしもたいていのことはおおめにみておりますけれども、)

おっしゃる通り、わたくしも大抵のことは大目に見て居りますけれども、

(どうもそれがまことにこまりますので・・・・・・。とうにんもふるえて)

どうもそれがまことに困りますので……。当人もふるえて

(ないておりますようなわけで・・・・・・」)

泣いて居りますような訳で……」

(「おかしなはなしだな。いったいそりゃあどうしたというんだね」)

「おかしな話だな。一体そりゃあどうしたというんだね」

(「むすめがときどきかげをかくしますので・・・・・・」)

「娘がときどき影を隠しますので……」

(はんしちはやはりわらってきいていた。わかいちゃやむすめがときどきにかげをかくすーー)

半七はやはり笑って聴いていた。若い茶屋娘が時々に影をかくすーー

(そんなことはほとんどもんだいにならないというようなかおをしているので、)

そんなことは殆ど問題にならないというような顔をしているので、

(おかめもすこしせきこんだ。)

お亀も少し急き込んだ。

(「いいえ、それがおとこやなにかのこととはまるでわけがちがいますので・・・・・・。)

「いいえ、それが情夫や何かのこととはまるで訳が違いますので……。

(まあおききくださいまし。ちょうどこのごがつのかわびらきのすこしまえでございました。)

まあお聴きくださいまし。丁度この五月の川開きの少し前でございました。

(ひとりのおともをつれたりっぱなおぶけがわたくしのみせのまえをとおりかかりまして、)

一人のお供を連れた立派なお武家がわたくしの店のまえを通りかかりまして、

(ふとみせにいるむすめをみましてふらふらとみせへはいってきたんでございます。)

ふと店にいる娘を見ましてふらふらと店へはいって来たんでございます。

(それからおちゃをのんでしばらくやすんで、おちゃだいをいっしゅおいていきました。)

それからお茶を飲んでしばらく休んで、お茶代を一朱置いて行きました。

(まことにいいおきゃくさまでございます。それからみっかほどたつと、)

まことに好いお客様でございます。それから三日ほど経つと、

(そのおぶけがまたおいでになりましたが、こんどはさんじゅうごろくぐらいの)

そのお武家がまたお出でになりましたが、今度は三十五六ぐらいの

(ひんのいいごてんふうのおんなのかたといっしょでございました。どうもごふうふでは)

品の好い御殿風の女の方と一緒でございました。どうも御夫婦では

(ないようでした。そうして、そのおんなのかたがおちょうのなをきいたり、)

ないようでした。そうして、その女の方がお蝶の名を訊いたり、

(としをきいたりして、やっぱりいっしゅのおちゃだいをおいていきました。)

年をきいたりして、やっぱり一朱のお茶代を置いて行きました。

など

(それからまたみっかばかりたちますと、おちょうのすがたがみえなくなったんでございます」)

それから又三日ばかり経ちますと、お蝶の姿が見えなくなったんでございます」

(「むむ」と、はんしちはうなずいた。)

「むむ」と、半七はうなずいた。

(かれらはいっしゅのかどわかしで、みぶんのありそうなぶしやおんなにばけてきて、)

かれらは一種のかどわかしで、身分のありそうな武士や女に化けて来て、

(きりょうのいいむすめをさらっていったにそういない。とはんしちはかんていした。)

容貌(きりょう)のいい娘をさらって行ったに相違ない。と半七は鑑定した。

(「むすめはそれぎりかえらねえのかえ」)

「娘はそれぎり帰らねえのかえ」

(「いいえ。それからとおかほどたつと、ゆうがたのうすぐらいじぶんにまっさおなかおをして)

「いいえ。それから十日ほど経つと、夕方のうす暗い時分に真っ蒼な顔をして

(かえってきました。わたくしもまあほっとしてそのしさいをききますと、)

帰って来ました。わたくしもまあほっとして其の仔細を訊きますと、

(むすめがさいしょにすがたをかくしましたのも、やっぱりゆうがたのうすぐらいじぶんで、)

娘が最初に姿を隠しましたのも、やっぱり夕方のうす暗い時分で、

(わたくしがあとにのこってみせをかたづけておりまして、むすめはひとあしさきへかえりますと、)

わたくしが後に残って店を片付けておりまして、娘は一と足先へ帰りますと、

(はまちょうがしのいしおきばのかげから、に、さんにんのおとこがでてきまして、)

浜町河岸の石置き場のかげから、二、三人の男が出て来まして、

(いきなりおちょうをつかまえて、さるぐつわをはめて、りょうてをしばって、)

いきなりお蝶をつかまえて、猿轡(さるぐつわ)をはめて、両手をしばって、

(めかくしをして、そこにあったのりもののなかへむりにおしこんで、)

眼隠しをして、そこにあった乗物のなかへ無理に押し込んで、

(どこへかかついでいってしまったんだそうでございます。)

どこへか担いで行ってしまったんだそうでございます。

(むすめもむちゅうでゆられていきますと、それからどこをどういったのか)

娘も夢中で揺られて行きますと、それから何処をどう行ったのか

(わかりませんが、なんでもおおきなおやしきのようなところへ)

判りませんが、なんでも大きな御屋敷のようなところへ

(つれこまれたんだそうで・・・・・・。それもとおいかちかいか、ちっとも)

連れ込まれたんだそうで……。それも遠いか近いか、ちっとも

(おぼえていなかったそうでございます」)

覚えていなかったそうでございます」

(おちょうはそれからおくまったざしきへつれていかれた。さん、よにんのおんながでてきて、)

お蝶はそれから奥まった座敷へつれて行かれた。三、四人の女が出て来て、

(かれのめかくしやさるぐつわをはずして、りょうてのいましめをもといてくれた。)

かれの眼隠しや猿轡をはずして、両手の縛(いまし)めをも解いてくれた。

(やがてこのあいだのおんながでてきて、さぞびっくりしたろうが、)

やがてこの間の女が出て来て、さぞびっくりしたろうが、

(けっしてあんじることもない、こわがることもない、ただおとなしくして、)

決して案じることもない、怖がることもない、唯おとなしくして、

(わたしたちのいうとおりになっていればいいと、やさしくいたわってくれた。)

わたし達の云う通りになっていれば好いと、優しくいたわってくれた。

(としのわかいおちょうはただおびえているばかりではかばかしいへんじも)

年の若いお蝶はただおびえているばかりで捗々(はかばか)しい返事も

(できないのを、おんなはなおいろいろなぐさめて、まずしばらくきゅうそくするがいいと)

できないのを、女はなおいろいろ慰めて、まずしばらく休息するがいいと

(いって、ちゃやかしをもってきてくれた。それからふろへはいれといって、)

云って、茶や菓子を持って来てくれた。それから風呂へはいれと云って、

(ほかのおんなたちにあんないさせた。おちょうはやはりむちゅうでゆどのへいった。)

ほかの女たちに案内させた。お蝶はやはり夢中で湯殿へ行った。

(ふろがすむと、またべつのひろいざしきへあんないされた。そこにはあついうつくしい)

風呂が済むと、また別の広い座敷へ案内された。そこには厚い美しい

(ざぶとんがしいてあった。とこのまのかびんにはなでしこがしおらしくいけてあって、)

座蒲団が敷いてあった。床の間の花瓶には撫子がしおらしく生けてあって、

(かべにはいちめんのことがたててあったが、もうめがくらんでいるおちょうには)

壁には一面の琴が立ててあったが、もう眼が眩んでいるお蝶には

(なにがなにやらよくもわからなかった。)

何がなにやら能くもわからなかった。

(このあいだのおんながふたたびでてきて、おちょうにかみをあげろといった。ほかのおんなたちが)

この間の女が再び出て来て、お蝶に髪をあげろと云った。ほかの女たちが

(よってかのじょのかみをゆいなおすと、こんどはきものをきかえろといった。)

寄って彼女の髪をゆい直すと、今度は着物を着かえろと云った。

(おんなたちがまたてつだって、いこうにかけてあるあでやかなおふりそでをとって、)

女たちがまた手伝って、衣桁(いこう)にかけてある艶やかなお振袖を取って、

(おちょうのすくんでいるかたにきせかけた。にしきのようにあついおびをしめさせた。)

お蝶のすくんでいる肩に着せかけた。錦のように厚い帯をしめさせた。

(まるでうまれかわったようなすがたになって、おちょうはじぶんのからだのしまつに)

まるで生まれ変わったような姿になって、お蝶は自分のからだの始末に

(こまってただうっとりとつったっていると、おんなたちはかのじょのてをひいて)

困って唯うっとりと突っ立っていると、女たちは彼女の手をひいて

(ざぶとんのうえにおしすえた。それからけいきゃくのようになっている)

座蒲団のうえに押し据えた。それから経脚(けいきゃく)のようになっている

(ちいさいつくえをもちだしてきてかのじょのまえにおいた。つくえのうえにはに、さんさつの)

小さい机を持ち出して来て彼女のまえに置いた。机のうえには二、三冊の

(りっぱなほんがのせてあった。おんなたちはさらにこうろをもってきてつくえのそばへおくと、)

立派な本がのせてあった。女たちは更に香炉を持って来て机のそばへ置くと、

(うすむらさきのけむりがゆらゆらとかるくながれて、みにしみるようなにおいに)

うす紫の煙がゆらゆらと軽く流れて、身にしみるような匂いに

(おちょうはいよいよよわされた。あきくさをかいたきぬあんどんがおぼろにとぼされて、)

お蝶はいよいよ酔わされた。秋草を画(か)いた絹行燈がおぼろにとぼされて、

(そのゆめのようなあかりのもとにかのじょもゆめのようなこころもちでかしこまっていた。)

その夢のような灯の下に彼女も夢のような心持でかしこまっていた。

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