耳なし芳一 2 /9

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赤間ヶ関に芳一という評判の琵琶法師がおりました。
小泉八雲/原作

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(いまからなんびゃくねんかまえに、あかまがせきにほういちというなのもうじんがおりました。)

今から何百年か前に、赤間ヶ関に芳一という名の盲人がおりました。

(このおとこ、びわのひきがたりにかけては、)

この男、琵琶の弾き語りにかけては、

(すこぶるじょうずとのひょうばんでありました。)

すこぶる上手との評判でありました。

(こどものころからかたりやびわをならいはじめ、まだわかもののうちに、)

子どもの頃から語りや琵琶を習いはじめ、まだ若者のうちに、

(すでにししょうらをしのぐほどのびわほうしになりました。)

すでに師匠らをしのぐほどの琵琶法師になりました。

(とりわけげんぺいのせんきものがとくいで、)

とりわけ源平の戦記物が得意で、

(なかんずくだんのうらのたたかいのだんをうたわせたら、)

なかんずく壇ノ浦の戦いの段を歌わせたら、

(「きしんもなみだをとめえず」といわれるほどでありました。)

「鬼神も涙を止めえず」といわれるほどでありました。

(びわほうしになりたてのころ、ほういちはひどくびんぼうでした。)

琵琶法師になりたてのころ、芳一はひどく貧乏でした。

(けれどもさいわいに、なにくれとなくちからをかしてくれるひとにめぐりあいました。)

けれども幸いに、何くれとなく力を貸してくれる人にめぐり会いました。

(あみだじのおしょうがおんぎょくずきで、よくほういちをてらへよんでは、)

阿弥陀寺の和尚が音曲好きで、よく芳一を寺へ呼んでは、

(びわをひかせて、かたりをきくのをたのしみにしていたのです。)

琵琶をひかせて、語りを聞くのを楽しみにしていたのです。

(そのうちおしょうはほういちのうでまえにかんしんして、)

そのうち和尚は芳一の腕前に感心して、

(てらにきてすんだらどうかとすすめました。)

寺に来て住んだらどうかと勧めました。

(ほういちはありがたくそのもうしでをうけました。)

芳一はありがたくその申し出を受けました。

(てらではへやをあてがわれ、まかないとげしゅくのれいはいらぬから、)

寺では部屋を宛てがわれ、賄いと下宿の礼は要らぬから、

(そのかわりおしょうのひまなばんに、びわをひいてなぐさめればいいということでした。)

その代り和尚の暇な晩に、琵琶を弾いて慰めればいいということでした。

(あるなつのよる、おしょうはだんかのものがなくなって、ほうじにでかけました。)

ある夏の夜、和尚は檀家の者が亡くなって、法事に出かけました。

(こぞうもつれていったので、ほういちはひとりきりてらにのこされました。)

小僧も連れていったので、芳一は一人きり寺に残されました。

(あついばんでした。)

暑い晩でした。

など

(もうじんはすずもうとして、ねまのえんさきにでました。)

盲人は涼もうとして、寝間の縁先に出ました。

(えんがわはあみだじのうらてのこにわにめんしています。)

縁側は阿弥陀寺の裏手の小庭に面しています。

(そこでほういちはおしょうのかえりをまちわびながら、)

そこで芳一は和尚の帰りを待ちわびながら、

(びわをひいておりました。)

琵琶を弾いておりました。

(やはんをすぎました。)

夜半を過ぎました。

(が、おしょうはまだもどってまいりません。)

が、和尚はまだ戻って参りません。

(かといって、しつないはまだあつくるしそうなので、)

かといって、室内はまだ暑くるしそうなので、

(ほういちはそのままえんさきにすわっておりました。)

芳一はそのまま縁先に座っておりました。

(するとようやく、うらもんからあしおとがちかづくのがきこえました。)

するとようやく、裏門から足音が近づくのが聞こえました。

(だれやらにわをよこぎって、えんがわにむかってきます。)

誰やら庭を横切って、縁側に向かって来ます。

(そして、ほういちのまんまえでぴたりととまりました。)

そして、芳一の真ん前でぴたりと止まりました。

(ーーが、それはおしょうではありません。)

ーーが、それは和尚ではありません。

(ふといこえがもうじんのなをよびました。)

太い声が盲人の名を呼びました。

(ーーさもだしぬけにぶしつけで、)

ーーさもだしぬけにぶしつけで、

(さむらいがめしたのものをよぶようなちょうしなのです。)

侍が目下の者を呼ぶような調子なのです。

(「ほういち!」)

「芳一!」

(ほういちはびくっとして、とっさにはへんじもできませんでした。)

芳一はびくっとして、とっさには返事もできませんでした。

(すると、そのこえはさいどあらあらしいめいれいくちょうでもうしました。)

すると、その声は再度荒々しい命令口調で申しました。

(「ほういち!」)

「芳一!」

(「はい」)

「はい」

(おどしつけるようなこえに、もうじんはおびえてこたえました。)

脅しつけるような声に、盲人はおびえて答えました。

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