半七捕物帳 広重と河獺6
関連タイピング
-
プレイ回数179かな142打
-
プレイ回数3847長文1069打
-
プレイ回数1135歌詞かな940打
-
プレイ回数3971歌詞かな1406打
-
プレイ回数582長文5602打
-
プレイ回数1451長文797打
-
プレイ回数570長文1666打
-
プレイ回数239長文1792打
問題文
(「ごしんじんもいろいろございますが、なかにはずいぶんおきのどくなのもございます。)
「御信心もいろいろございますが、中には随分お気の毒なのもございます。
(けさもきばのほうからみえたわかいおかみさんなんぞはほんとうに)
けさも木場の方から見えた若いおかみさんなんぞはほんとうに
(いじらしいようでございました。このさむいのにゆかたいちまいで、)
惨(いじ)らしいようでございました。この寒いのに浴衣一枚で、
(これからまいあさはだしまいりをするんだそうですが、みるからやせぎすな、)
これから毎朝跣足(はだし)参りをするんだそうですが、見るから痩せぎすな、
(ひよわそうなひとですから、からだをいためなければいいがと)
孱弱(ひよわ)そうな人ですから、からだを痛めなければいいがと
(あんじています。そりゃあごしんじんでございますけれど、あんまりむりをすると)
案じています。そりゃあ御信心でございますけれど、あんまり無理をすると
(やっぱりながつづきがいたしませんからね」)
やっぱり長続きが致しませんからね」
(「そのわかいおかみさんというのはどこのひとで、どんながんを)
「その若いおかみさんというのはどこの人で、どんな願(がん)を
(かけているのかしら」と、はんしちもどうじょうするようにきいた。)
掛けているのかしら」と、半七も同情するように訊いた。
(「それがまったくおきのどくなのでございます」と、にょうぼうは)
「それがまったくお気の毒なのでございます」と、女房は
(どびんのゆをさしながらあいてのかおをのぞいた。「そのおんなのひとは)
土瓶の湯をさしながら相手の顔を覗いた。「その女の人は
(きばのざいもくどんやのかよいばんとうさんのおかみさんだそうで、まだようようじゅうくで、)
木場の材木問屋の通い番頭さんのおかみさんだそうで、まだようよう十九で、
(きょねんのあきごろにおよめにきたんだそうですが、そのひとはにどぞいで、)
去年の秋ごろにお嫁に来たんだそうですが、その人は二度添いで、
(ことしみっつになるせんさいのこどもがあるんです。きのうのゆうがた、)
今年三歳(みっつ)になる先妻の子供があるんです。きのうの夕方、
(そのこどもをつれてはちろべえしんでんにいるしんるいのうちへたずねていって、)
その子供をつれて八郎兵衛新田にいる親類の家へたずねて行って、
(うすぐらくなってかえってくるとちゅう、どうしたものかそのこどものすがたが)
薄暗くなって帰ってくる途中、どうしたものか其の子供の姿が
(みえなくなってしまったんです。おどろいてさがしまわったんですけれど、)
見えなくなってしまったんです。驚いて探し廻ったんですけれど、
(どうしてもしれない。まるまげにこそゆっていますけれども、まだじゅうくという)
どうしても知れない。丸髷にこそ結っていますけれども、まだ十九という
(わかいおかみさんですから、とほうにくれてなきながらじぶんのうちへ)
若いおかみさんですから、途方にくれて泣きながら自分の家へ
(かえっていくと、ごていしゅがしょうちしないんです。そりゃあもちろん、おかみさんにも)
帰っていくと、御亭主が承知しないんです。そりゃあ勿論、おかみさんにも
(おちどはあります。じぶんのつれているこどもをまいごにしたんですから)
落度はあります。自分の連れている子供を迷子にしたんですから
(ごていしゅにたいしてもうしわけないのはあたりまえです。おまけにめんどうなことは)
御亭主に対して申し訳ないのはあたり前です。おまけに面倒なことは
(そのひとがにどぞいで、まいごにしたのはせんさいのこども、じぶんにとっては)
其の人が二度添いで、迷子にしたのは先妻の子供、自分にとっては
(ままこですから、なおなおぎりがたちません。ぎりがたたない)
継子(ままこ)ですから、なおなお義理が立ちません。義理が立たない
(ばかりでなく、わるくうたがえばままははこんじょうでそのこどもをわざとどこへか)
ばかりでなく、悪く疑えば継母根性でその子供をわざと何処へか
(すててきたかともおもわれます。げんにごていしゅもそううたがっているらしく、)
捨てて来たかとも思われます。現に御亭主もそう疑っているらしく、
(なんでもおかみさんをきびしくしかって、おまえがそこらのかわへ)
なんでもおかみさんをきびしく叱って、おまえがそこらの川へ
(つきおとしてでもきたんだろう、というようなことをいったらしいんです。)
突き落としてでも来たんだろう、というようなことを云ったらしいんです。
(おかみさんはひどくそれをくやしがって、そのばんすぐにうちをとびだして、)
おかみさんはひどくそれを口惜しがって、その晩すぐに家を飛び出して、
(じぶんのけっぱくをみせるために、きんじょのほりかかわへでもみをなげようと)
自分の潔白を見せるために、近所の堀か川へでも身を投げようと
(おもったんですが、またきゅうにおもいなおして、そのままぶじにうちへかえって、)
思ったんですが、また急に思い直して、そのまま無事に家へ帰って、
(けさからこのおいなりさまへにっさんをはじめたんだそうです。)
けさからこのお稲荷様へ日参を始めたんだそうです。
(それにそのおかみさんのうんのわるいことは、こどもをそとへつれてでようとして、)
それにそのおかみさんの運の悪いことは、子供を外へ連れて出ようとして、
(きものをきかえさせるときに、よそゆきのおびにまいごふだをつけかえるのを)
着物を着換えさせる時に、よそゆきの帯に迷子札を着けかえるのを
(わすれてしまって、そのままででてしまったもんですから、)
忘れてしまって、そのままで出てしまったもんですから、
(なんにもしょうこがないんです。それをわるくうたがえば、わざとまいごふだを)
なんにも証拠が無いんです。それを悪く疑えば、わざと迷子札を
(つけずにおいたともいわれるんです。ひとのりょうけんはなかなかうわべから)
つけずに置いたとも云われるんです。人の料簡はなかなかうわべから
(みえませんけれど、あんなにまっさおなかおをして、めをなきはらして、)
見えませんけれど、あんなに真っ蒼な顔をして、眼を泣き腫らして、
(どうみてもうそやいつわりとはおもわれません。まったくあのおかみさんの)
どう見ても嘘やいつわりとは思われません。まったくあのお内儀(かみ)さんの
(さいなんにそういなかろうとおもうんですが、そのこどもがぶじにでてこないいじょうは、)
災難に相違なかろうと思うんですが、その子供が無事に出て来ない以上は、
(なんとうたがわれてもしかたのないわけです」)
なんと疑われても仕方のないわけです」
(このながいはなしをきかされて、はんしちとしょうたはめをみあわせた。)
この長い話を聴かされて、半七と庄太は眼を見合わせた。
(「おかみさん。そのこどもはおんなのこかえ」と、はんしちはまちかねてきいた。)
「おかみさん。その子供は女の児かえ」と、半七は待ち兼ねて訊いた。
(「はい。おんなのこだそうでございます。なはおちょうといって、)
「はい。女の児だそうでございます。名はお蝶といって、
(おとっつあんはじろはちというんだとかききました。こどものことですから、)
お父ッつあんは次郎八というんだとか聞きました。子供のことですから、
(そんなにとおいところへまよっていきもいたしますまいし、かわへでも)
そんなに遠いところへ迷って行きも致しますまいし、川へでも
(はまったのならしがいがもううきあがりそうなもんですが、)
陥(はま)ったのなら死骸がもう浮き上がりそうなもんですが、
(どうしたもんでしょうかねえ」と、にょうぼうはためいきをつきながらいった。)
どうしたもんでしょうかねえ」と、女房は溜息をつきながら云った。
(「おいなりさまのごりやくで、どうかまあ、ちっともはやくそのこどものあんぴが)
「お稲荷様の御利益で、どうかまあ、ちっとも早くその子供の安否が
(しれるようにしてあげたいと、わたくしどももかげながらおいのりもうしております」)
知れるようにして上げたいと、わたくし共も蔭ながらお祈り申しております」
(「そりゃあまったくだ。しかししんじんのとくで、いまになんとかわかるだろう」)
「そりゃあ全くだ。しかし信心の徳で、今になんとか判るだろう」
(はんしちはしょうたにめくばせして、いくらかのちゃだいをおいてしょうぎをたった。)
半七は庄太に眼くばせして、幾らかの茶代を置いて床几を起った。
(ちゃみせをでて、いっけんほどもいきすぎると、しょうたはうしろをみかえりながら)
茶店を出て、一間ほども行きすぎると、庄太はうしろを見かえりながら
(ささやいた。)
ささやいた。