半七捕物帳 広重と河獺7
関連タイピング
-
プレイ回数168かな142打
-
プレイ回数3831長文1069打
-
プレイ回数1134歌詞かな940打
-
プレイ回数3967歌詞かな1406打
-
プレイ回数562長文1666打
-
プレイ回数933長文1162打
-
プレイ回数236長文2056打
-
プレイ回数935長文2429打
問題文
(「おやぶん。うまくつきあたりましたね」)
「親分。うまく突き当たりましたね」
(「いぬもあるけばぼうにあたるとはこのことだ。もうこれでなにもかも)
「犬もあるけば棒に当るとは此の事だ。もうこれで何もかも
(すっかりけんとうがついた」と、はんしちはほほえんだ。)
すっかり見当が付いた」と、半七はほほえんだ。
(「けれども、まだわからねえことがありますぜ」と、しょうたは)
「けれども、まだ判らねえことがありますぜ」と、庄太は
(しさいらしくくびをひねっていた。「そのこどものみもとはそれでわかったが、)
仔細らしく首をひねっていた。「その子供の身許はそれで判ったが、
(どうしてそれがくろぬまのやしきのおおやねにおちていたんだろう。)
どうしてそれが黒沼の屋敷の大屋根に落ちていたんだろう。
(それがどうもふにおちねえ。いったい、おやぶんがいまじぶんこんなところへ)
それがどうも腑に落ちねえ。一体、親分が今時分こんなところへ
(でてくるのがおかしいとおもっていたんだが、じゅうまんつぼへいくの、)
出てくるのがおかしいと思っていたんだが、十万坪へ行くの、
(すなむらへおまいりするのといって、なにかさいしょからこころあたりがあったんですかえ」)
砂村へおまいりするのと云って、なにか最初から心あたりがあったんですかえ」
(「まんざらないこともなかったが、あんまりくもをつかむようなはなしで、)
「まんざらないこともなかったが、あんまり雲を摑むような話で、
(おめえにわらわれるのもごうはらだからじつはいままでだまっていたが、)
おめえに笑われるのも業腹(ごうはら)だから実は今まで黙っていたが、
(おめえをここまでひっぱりだしたのは、もしやというこころだのみが)
おめえをここまで引っ張り出したのは、もしやという心頼みが
(ちっとはあったんだ」)
ちっとはあったんだ」
(「それにしても、こっちのほうがくとはどうしてけんとうをつけなすった」)
「それにしても、こっちの方角とはどうして見当を付けなすった」
(「それがおかしい。まあ、きいてくれ」と、はんしちはまたほほえんだ。)
「それがおかしい。まあ、聞いてくれ」と、半七は又ほほえんだ。
(「くろぬまのやしきへいって、ようにんのへやでむすめのしがいをみせてもらうと、)
「黒沼の屋敷へ行って、用人の部屋で娘の死骸をみせて貰うと、
(からだにはべつにきずらしいあともねえから、びょうししたものをそっとはこんで)
からだには別に疵らしい痕もねえから、病死したものをそっと運んで
(きたのかともおもったが、よくみるとむすめのえりっくびにちいさいつめのあとのようなものが)
来たのかとも思ったが、よく見ると娘の襟っ首に小さい爪のあとのようなものが
(うすくのこっている。それもにんげんのつめじゃあねえ、どうもとりかけもののつめらしい。)
薄く残っている。それも人間の爪じゃあねえ、どうも鳥か獣の爪らしい。
(といって、まさかてんぐのしわざでもあるめえし、はてなにかしらんとかんがえながら)
と云って、まさか天狗の仕業でもあるめえし、はて何か知らんとかんがえながら
(やしきをでて、おめえのうちのほうがくへぶらぶらやってくると、)
屋敷を出て、おめえの家の方角へぶらぶらやってくると、
(えぞうしやのみせさきでふとおれのめについたいちまいえがある。)
絵草紙屋の店先でふとおれの眼についた一枚絵がある。
(それはひろしげがかいたえどめいしょで、じゅうまんつぼのゆきのけしきだ。おめえ、しっているか」)
それは広重が描いた江戸名所で、十万坪の雪の景色だ。おめえ、知っているか」
(「しりません。わっしはそんなものはきれえですから」と、)
「知りません。わっしはそんなものはきれえですから」と、
(しょうたはにがわらいした。)
庄太は苦笑いした。
(「そうだろう。おれもべつにすきというわけじゃあねえが、)
「そうだろう。おれも別に好きというわけじゃあねえが、
(しょうばいがらだからなんにでもめをつける。そこで、みるともなしにふとみると、)
商売柄だから何にでも眼をつける。そこで、見るともなしにふと見ると、
(いまいうとおり、そのえはじゅうまんつぼのゆきのけしきで、ゆきがまっしろにふっていると、)
今いう通り、その絵は十万坪の雪の景色で、雪が真っ白に降っていると、
(そのおおぞらにおおきいわしがはねをひろげてとんでいるんだ。なるほどよくかいた、)
その大空に大きい鷲が羽をひろげて飛んでいるんだ。なるほど能く描いた、
(じつにおもしろいずがらだとおもっているうちに、またおもいついたのが)
実に面白い図柄だと思っているうちに、また思いついたのが
(くろぬまのやしきのいっけんだ。まさかにてんぐがつかんだのでもねえとすれば、)
黒沼の屋敷の一件だ。まさかに天狗が摑んだのでものでもねえとすれば、
(むすめをひっつかんできたのはわしのしわざかもしれねえ。えりっくびにのこっている)
娘を引っ摑んできたのは来たのは鷲の仕業かもしれねえ。襟っ首に残っている
(つめのあともそうだろう。しかしそれはほんのいちじのできごころで、)
爪の痕もそうだろう。しかしそれはほんの一時の出来心で、
(じぶんながらあぶなっかしいとおもったから、ともかくもおまえにあって)
自分ながらあぶなっかしいと思ったから、ともかくもお前に逢って
(だんだんきいてみると、くろぬまのやしきにわるいひょうばんはきこえず、)
だんだん訊いてみると、黒沼の屋敷に悪い評判はきこえず、
(おまえもなんにもこころあたりがねえという。それじゃあねんのためにじゅうまんつぼの)
お前もなんにも心当りがねえという。それじゃあ念のために十万坪の
(ほうがくへふみだしてみようとおもいたって、わざわざおまえをひっぱりだしたんだ。)
方角へ踏み出して見ようと思い立って、わざわざお前を引っ張り出したんだ。
(もちろん、あいてはとりのことだからなにもじゅうまんつぼにかぎったこともねえ。)
勿論、相手は鳥のことだから何も十万坪に限ったこともねえ。
(おうじへでるか、おおくぼへでるか、とてもけんとうのつくわけのもんじゃねえが、)
王子へ出るか、大久保へ出るか、とても見当の付くわけのもんじゃねえが、
(なにしろじゅうまんつぼのえからかんがえだしたんだから、ともかくもそのほうがくへ)
なにしろ十万坪の絵から考え出したんだから、ともかくも其の方角へ
(いってみたうえで、またなんとかふんべつをつけようとおもって、とおいすなむらまで)
行って見た上で、又なんとか分別を付けようと思って、遠い砂村まで
(わざわざふみだしてみると、やっぱりむだあしにはならねえで、)
わざわざ踏み出してみると、やっぱり無駄足にはならねえで、
(なんのくもなしにつきあててしまったんだ。かんがえてみればひろいものよ。)
なんの苦もなしに突き当ててしまったんだ。考えてみれば拾い物よ。
(そのおちょうとかいうむすめが、どこかでおふくろにはぐれてしまって、)
そのお蝶とかいう娘が、どこかでおふくろにはぐれてしまって、
(うすぐらいところをうろうろしていると、おおきなわしがふいにおりてきて、)
うす暗い処をうろうろしていると、大きな鷲が不意に降りてきて、
(おびかえりっくびをひっつかんでちゅうへたかくまいあがったにそういねえ。)
帯か襟っ首を引っ摑んで宙へ高く舞い上がったに相違ねえ。
(はちろべえしんでんからじゅうまんつぼのあたりはじんかはすくなし、となりはほそかわのしもやしきと)
八郎兵衛新田から十万坪のあたりは人家は少なし、隣りは細川の下屋敷と
(きているんだから、だれもみつけたものがねえ。ことにうすぐらいじこくならば)
来ているんだから、誰も見つけた者がねえ。殊にうす暗い時刻ならば
(なおさらのことで、とりのはおともなんにもきいたものはあるめえ。)
猶更のことで、鳥の羽音もなんにも聞いた者はあるめえ。
(それからどうしたかもちろんわからねえが、むすめはおどろいてきをうしなってしまって、)
それからどうしたか勿論わからねえが、娘は驚いて気を失ってしまって、
(もうなきごえもたてなかったんだろう。わしのやつめもひっつかんではみたものの、)
もう泣き声も立てなかったんだろう。鷲の奴めも引っ摑んでは見たものの、
(どうにもしようがねえもんだから、そこらじゅうをとびあるいて、)
どうにもしようがねえもんだから、そこら中を飛びあるいて、
(しまいにはつかんだものをちゅうからほうりだすと、それがちょうどにくろぬまの)
しまいには摑んだものを宙からほうり出すと、それが丁度に黒沼の
(やしきのうえにおちたというわけだろう。はやくみつけててあてをしたらば、)
屋敷の上に落ちたというわけだろう。早く見付けて手当をしたらば、
(うんよくよみがえったかもしれなかったが、あくるあさまでそのまま)
運よく蘇生(よみがえ)ったかも知れなかったが、明くる朝までそのまま
(うっちゃっておいたもんだからもうたすからねえ。ほんとうにとんでもねえ)
打っちゃって置いたもんだからもう助からねえ。ほんとうに飛んでもねえ
(さいなんで、さきのなげえものをかわいそうなことをしたよ。しかしまあ、)
災難で、先の長げえ者を可哀そうなことをしたよ。しかしまあ、
(しんだものはしかたがねえから、はやくそのおやたちにしらしてやって、)
死んだ者は仕方がねえから、早くその親たちに知らしてやって、
(あきらめさせるのがかんじんだ。いまのはなしのようすじゃあ、それからまたいろいろな)
諦めさせるのが肝腎だ。今の話の様子じゃあ、それから又いろいろな
(めんどうがおこって、わかいおふくろまでがなんぞのまちがいでも)
面倒が起って、若いおふくろまでがなんぞの間違いでも
(しでかさねえともかぎらねえ。しんだものより、いきたものを)
仕出来(しでか)さねえともかぎらねえ。死んだ者より、生きたものを
(たすけるくふうがたいせつだから、これからすぐにきばへまわって、)
助ける工夫が大切だから、これからすぐに木場へまわって、
(このわけをよくいいきかせてやらなけりゃあならねえ」)
この訳をよく云い聞かせてやらなけりゃあならねえ」
(「そりゃあそうです」と、しょうたもすぐにどういした。「こどもはまだ)
「そりゃあそうです」と、庄太もすぐに同意した。「子供はまだ
(みっつやよっつじゃあどうにもならねえが、そのおふくろと)
三歳(みっつ)や四歳(よっつ)じゃあどうにもならねえが、そのおふくろと
(いうのはまだじゅうくだそうだから、まちがいがあっちゃあかわいそうだ」)
いうのはまだ十九だそうだから、間違いがあっちゃあ可哀そうだ」