半七捕物帳 広重と河獺11

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岡本綺堂 半七捕物帳シリーズ 第十話

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問題文

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(おもとのじょうふがじゅうえもんをきずつけてかねをとったのか、かわうそがじゅうえもんを)

四 お元の情夫が十右衛門を傷つけて金を取ったのか、河獺が十右衛門を

(きずつけて、さいふをべつにとりおとしたのか、しょせんはふたつにひとつでなければ)

傷つけて、財布を別に取り落としたのか、所詮は二つに一つでなければ

(ならない。はんしちはなかのごうへいって、きんじょのひょうばんをきいてみると、)

ならない。半七は中の郷へ行って、近所の評判を聞いてみると、

(おもとはじゅうえもんがいうようなわるいおんなではないらしかった。)

お元は十右衛門がいうような悪い女ではないらしかった。

(あにはせんねんしんだので、じぶんがしたやのいんきょのせわになってろうばをやしなっているが、)

兄は先年死んだので、自分が下谷の隠居の世話になって老婆を養っているが、

(こんなみぶんのわかいおんなにはにあわない、しごくじっていなおとなしい)

こんな身分の若い女には似合わない、至極実体(じってい)なおとなしい

(おんなであるといううわさであった。それをきいてはんしちもすこしまよった。)

女であるという噂であった。それを聞いて半七も少し迷った。

(それにしてもいちおうはほんにんにぶつかってみようとおもって、かれはかわらちょうの)

それにしても一応は本人にぶつかってみようと思って、かれは瓦町の

(おもとのうちへゆくと、こがらないろじろのむすめがでてきた。それがおもとであった。)

お元の家へゆくと、小柄な色白の娘が出て来た。それがお元であった。

(「したやのいんきょさんはゆうべきましたか」と、はんしちはなにげなくきいた。)

「下谷の隠居さんはゆうべ来ましたか」と、半七は何気なく訊いた。

(「はい」 「よっぽどながくいましたか」)

「はい」 「よっぽど長くいましたか」

(「いいえ、あのかどぐちで・・・・・・」と、おもとはかおをすこしあかくして)

「いいえ、あの門口(かどぐち)で……」と、お元は顔を少し紅くして

(あいまいにこたえた。)

あいまいに答えた。

(「うちへあがらずにかえりましたかえ。いつもそうですか」 「いいえ」)

「家へあがらずに帰りましたかえ。いつもそうですか」 「いいえ」

(「ゆうべはまさきちさんというひとがきていましたが、あのひとはおまえさんの)

「ゆうべは政吉さんという人が来ていましたが、あの人はおまえさんの

(いとこですか」)

従弟ですか」

(おもとはちゅうちょしてだまっていた。これはしょうめんからといおとしたほうがいいと)

お元は躊躇して黙っていた。これは正面から問い落とした方がいいと

(おもったので、はんしちはしょうじきになのった。)

思ったので、半七は正直に名乗った。

(「ごようでしらべるんだから、かくしちゃあいけねえ。いんきょのかえったあとで、)

「御用で調べるんだから、隠しちゃあいけねえ。隠居の帰ったあとで、

(まさきちはどこかへでていったろう」)

政吉はどこかへ出て行ったろう」

など

(おもとはやはりふあんらしくだまっていた。)

お元はやはり不安らしく黙っていた。

(「かくさずにいってくれ。こうなればはっきりいってきかせるが、)

「隠さずに云ってくれ。こうなれば判然(はっきり)云って聞かせるが、

(したやのいんきょはなかのごうのかわばたでだれかにきずをつけられて、くびにさげていた)

下谷の隠居は中の郷の川端で誰かに疵をつけられて、首にさげていた

(さいふをとられたので、おれはそれをしらべにきたんだ。おめえもかくしごとをして、)

財布を取られたので、おれはそれを調べに来たんだ。おめえも隠し事をして、

(とんだひきあいをくっちゃあならねえ。しっているだけのことは)

飛んだ引き合いを食っちゃあならねえ。知っているだけのことは

(みんなしょうじきにいってしまわねえと、おめえのためにもならねえぜ」)

みんな正直に云ってしまわねえと、おめえのためにもならねえぜ」

(おどすようににらまれて、おもとはまっさおになった。そうして、)

おどすように睨まれて、お元は真っ蒼になった。そうして、

(まさきちはゆうべどこへもいかないとふるえごえでもうしたてた。)

政吉は昨夜どこへも行かないと顫(ふる)え声で申し立てた。

(そのおどおどしているようすで、はんしちはそれがうそであることを)

そのおどおどしている様子で、半七はそれが嘘であることを

(すぐみやぶった。かれはたしかにそうかとねんをおすと、)

すぐ看破(みやぶ)った。彼は確かにそうかと念を押すと、

(おもとはそれにそういないといいきった。しかしかのじょのかおいろがだんだん)

お元はそれに相違ないと云い切った。しかし彼女の顔色がだんだん

(はいいろにかわって、もうしんだもののようになってしまったのがはんしちのちゅういをひいた。)

灰色に変って、もう死んだ者のようになってしまったのが半七の注意をひいた。

(かれはどうしてもこのおんなのもうしたてをしんようすることができなかった。)

彼はどうしても此の女の申し立てを信用することが出来なかった。

(「もういちどきくが、たしかになんにもしらねえか」 「ぞんじません」)

「もう一度きくが、たしかになんにも知らねえか」 「存じません」

(「よし、どこまでもかくしだてをするならしかたがねえ。)

「よし、どこまでも隠し立てをするなら仕方がねえ。

(ここでしらべられねえからいっしょにこい」)

ここで調べられねえから一緒に来い」

(かれはおもとのてをつかんでひったてていこうとすると、おくからごじゅうばかりのおんなが)

彼はお元の手をつかんで引っ立てて行こうとすると、奥から五十ばかりの女が

(あわててでてきてはんしちのそでにすがった。かのじょはおもとのははのおいしであった。)

あわてて出て来て半七の袖にすがった。彼女はお元の母のお石であった。

(「おやぶんさん。どうぞおまちくださいまし。わたくしからなにもかも)

「親分さん。どうぞお待ちくださいまし。わたくしから何もかも

(もうしあげますから、どうぞこれはおゆるしをねがいます」)

申し上げますから、どうぞ此女(これ)はお赦しをねがいます」

(「しょうじきにいえばかみにもおじひはある」と、はんしちはいった。)

「正直に云えば上(かみ)にもお慈悲はある」と、半七は云った。

(「じつはそのまさきちはわたくしのおいで、かわらしょくにんをいたしております。)

「実はその政吉はわたくしの甥で、瓦職人をいたして居ります。

(このむすめとゆくゆくはいっしょにするというやくそくもございましたが、)

この娘と行くゆくは一緒にするという約束もございましたが、

(いろいろのつごうがありまして、むすめもただいまではひとさまのおせわに)

いろいろの都合がありまして、娘も唯今では他人(ひと)さまのお世話に

(なっておりますようなわけでございます。そのまさきちがゆうべたずねてまいりまして、)

なって居りますような訳でございます。その政吉が昨晩たずねてまいりまして、

(むすめやわたくしとひばちのまえではなしておりまして・・・・・・。じつのところ、)

娘やわたくしと火鉢の前で話して居りまして……。実のところ、

(したやのだんなはなかなかしまっていらっしゃるかたで、つきづきのきめたものの)

下谷の旦那はなかなか吝(しま)っていらっしゃる方で、月々の極めた物の

(ほかにはいちもんもよけいにくださらないもんですから、このさむぞらにむかって)

ほかには一文も余計に下さらないもんですから、この寒空にむかって

(ほんとうにこまってしまうと、むすめやわたくしがぐちをこぼしておりますところへ、)

ほんとうに困ってしまうと、娘やわたくしが愚痴をこぼして居りますところへ、

(ちょうどにだんながおいでになりまして、そとでそのはなしをおききになったのですか、)

丁度に旦那がおいでになりまして、外で其の話をお聴きになったのですか、

(それともまさきちがいたのをみょうにおとりになったものですか、かどぐちですこしばかり)

それとも政吉がいたのを妙にお取りになったものですか、門口で少しばかり

(くちをきいてすぐにでていっておしまいなさいました。どのみち、ごきげんが)

口を利いてすぐに出て行っておしまいなさいました。どの道、御機嫌が

(わるかったようでございましたから、もしまんいちこれぎりになってはたいへんだと、)

悪かったようでございましたから、もし万一これぎりになっては大変だと、

(わたくしがあとでしんぱいしておりますと、まさきちもともどもにしんぱいいたしまして、)

わたくしがあとで心配して居りますと、政吉も共々に心配いたしまして、

(じぶんのことをおかしくおもってのおはらだちならばまことにめいわくだから、)

自分のことをおかしく思ってのお腹立ちならばまことに迷惑だから、

(むりにもだんなをよびもどしてきて、よくそのわけをおはなしもうすといって、)

無理にも旦那をよび戻して来て、よくその訳をお話申すと云って、

(わたくしがとめるのをきかずに、ちょうちんをもってでてまいりました」)

わたくしが止めるのを肯(き)かずに、提灯を持って出てまいりました」

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