半七捕物帳 広重と河獺12

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岡本綺堂 半七捕物帳シリーズ 第十話

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問題文

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(「むむ、よくわかった。それからどうした」)

「むむ、よく判った。それからどうした」

(「やがてのことにかえってまいりまして・・・・・・」と、おいしはすこしいいよどんだが、)

「やがてのことに帰ってまいりまして……」と、お石は少し云いよどんだが、

(おもいきったようにはなしつづけた。)

思い切ったように話しつづけた。

(「あめはふるし、まっくらだもんだから、もうだんなのおすがたがみえなくなったと)

「雨は降るし、真っ暗だもんだから、もう旦那のお姿が見えなくなったと

(もうしました。それから・・・・・・とちゅうでこんなものをひろったといって、)

申しました。それから……途中でこんなものを拾ったと云って、

(こばんをにまい・・・・・・」)

小判を二枚……」

(おばとおもととのぐちばなしをせんこくからきのどくそうにきいていたまさきちは、)

叔母とお元との愚痴話を先刻から気の毒そうに聴いていた政吉は、

(そのこばんをふたりのまえにだして、これでうつりがえのしたくをしてくれといったが、)

その小判を二人のまえに出して、これで移りがえの支度をしてくれと云ったが、

(しょうじきなおいしおやこはふあんにおもって、どうしてもそれをうけとらなかった)

正直なお石母子(おやこ)は不安に思って、どうしてもそれを受け取らなかった

(ひろったものはさずかりものだといって、まさきちがくちをすっぱくしてすすめても、)

拾った物は授かりものだと云って、政吉が口を酸(すっぱ)くして勧めても、

(おやこはごうじょうにうけとろうとしなかったので、かれはしまいには)

母子は強情に受け取ろうとしなかったので、彼はしまいには

(かんしゃくをおこして、そのこばんをひっつかんでどこへかだまって)

疳癪(かんしゃく)を起して、その小判を引っ摑んでどこへか黙って

(でていってしまった。ひろったといえばそれまでであるが、こばんにまいの)

出て行ってしまった。拾ったと云えばそれまでであるが、小判二枚の

(でどころがなんだかきにかかるので、おやこがけさからそのうわさをしているところへ、)

出所がなんだか気にかかるので、母子がけさからその噂をしているところへ、

(はんしちがしらべにきたのであった。)

半七が調べに来たのであった。

(「そうか。よくもうしたてた。そんならむすめはおふくろにあずけておく。)

「そうか。よく申し立てた。そんなら娘はおふくろにあずけて置く。

(またどういうおしらべがないともかぎらないからしんみょうにしていろよ」と、)

又どういうお調べがないとも限らないから神妙にしていろよ」と、

(はんしちはふたりにいいきかせた。)

半七は二人に云い聞かせた。

(おもとがまさきちをかばっていたしさいもわかった。ふたりはいいなずけのやくそくの)

お元が政吉をかばっていた仔細も判った。二人は許嫁(いいなずけ)の約束の

(あるなかであった。くるしいくらしのつごうから、おもとはいいなずけの)

ある仲であった。苦しい生計(くらし)の都合から、お元は許嫁の

など

(おとこにそむいて、ひとのせわになっていた。それでもあくまでおとこを)

男にそむいて、他人(ひと)の世話になっていた。それでもあくまで男を

(かばって、じぶんがつみにおちいるのもいとわずになにもしらないといいはっている。)

かばって、自分が罪におちいるのも厭わずに何も知らないと云い張っている。

(それをおもうと、はんしちもなんだかいじらしくなってきた。ことにふたりながら)

それを思うと、半七もなんだかいじらしくなって来た。ことに二人ながら

(しょうじきそうなおんなであるから、このままはなしておいてもさしつかえはないと)

正直そうな女であるから、このまま放して置いても差し支えはないと

(おもったので、かれはちょうやくにんのところへいって、よそながら)

思ったので、かれは町(ちょう)役人のところへ行って、よそながら

(ふたりをちゅういするようにたのんでかえった。)

二人を注意するように頼んで帰った。

(あくるあさ、まさきちはあめにぬれてよしわらをでるところをおおもんぐちで)

あくる朝、政吉は雨にぬれて吉原を出るところを大門(おおもん)口で

(とらえられた。まえにもいったが、こばんのでどころについては、)

捕えられた。前にも云ったが、小判の出所については、

(きのうのおいしのはなしとおなじことをもうしたてた。)

きのうのお石の話と同じことを申し立てた。

(「おとといのばんにしたやのごいんきょのあとをおっかけて、げんもりばしのほうまで)

「おとといの晩に下谷の御隠居のあとを追っ掛けて、源森橋の方まで

(かしについていきますと、げたのさきにぴかりとひかるものがありましたから、)

河岸に付いて行きますと、下駄の先にぴかりと光る物がありましたから、

(ちょうちんのひですかしてみると、あめのふるなかにこばんがにまいおちていました。)

提灯の火で透かしてみると、雨のふる中に小判が二枚落ちていました。

(おとどけをすればよかったんですが、おばのところのくるしいつごうも)

お届けをすればよかったんですが、叔母のところの苦しい都合も

(しっていますので、なにかのたしにさせようとおもって、ちょうどひとどおりも)

知っていますので、何かの補足(たし)にさせようと思って、ちょうど人通りも

(ないもんですから、それをひろってもってかえりますと、おばもおもとも)

ないもんですから、それを拾って持って帰りますと、叔母もお元も

(ああいうにんげんですから、なんだかきみをわるがってどうしても)

ああいう人間ですから、なんだか気味を悪がってどうしても

(うけとらないんです。わたしもしまいにはやけになって、)

受け取らないんです。わたしもしまいには自棄(やけ)になって、

(そんならかってにしろとそのかねをつかんでとびだして、けさまでよしわらで)

そんなら勝手にしろとその金をつかんで飛び出して、けさまで吉原で

(あそんでいました。かねはまったくひろったので、けっしてものとりなんぞをした)

遊んでいました。金はまったく拾ったので、決して物取りなんぞをした

(おぼえはございません」)

覚えはございません」

(おいしのおいというだけに、このしょくにんもしょうじきそうなにんげんであった。そのもうしたてには)

お石の甥というだけに、この職人も正直そうな人間であった。その申し立てには

(うそはないらしくみえた。しかしこのじだいでもいしつぶつはひろいどくという)

嘘はないらしく見えた。しかしこの時代でも遺失物は拾いどくという

(わけではない。いちおうはじしんばんにとどけでるのがてんがのほうである。)

訳ではない。一応は自身番にとどけ出るのが天下(てんが)の法である。

(もうひとつには、かれじしんのもうしぐちだけをしんようするわけにもいかないので、)

もう一つには、彼自身の申し口だけを信用するわけにも行かないので、

(はんしちはかれをしたやへひいていって、そこでじしんばんでじゅうえもんとつきあわせの)

半七は彼を下谷へひいて行って、そこで自身番で十右衛門と突き合わせの

(ぎんみをすることになった。)

吟味をすることになった。

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