『怪人二十面相』江戸川乱歩22
○少年探偵団シリーズ第1作品『怪人二十面相』
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問題文
(「こばやしくんに、よろしくつたえてくれたまえ。)
「小林君に、よろしく伝えてくれたまえ。
(あれは、じつにえらいこどもだ。)
あれは、実に偉い子どもだ。
(ぼくは、かわいくてしかたがないほどにおもっている。)
ぼくは、可愛くて仕方がないほどに思っている。
(だが、いくらかわいいこばやしくんのためだって、)
だが、いくら可愛い小林君のためだって、
(ぼくのみをぎせいにすることはできない。しょうりによって)
ぼくの身を犠牲にすることは出来ない。勝利に酔って
(いるあのこどもにはきのどくだが、しょうしょうじつせけんのきょうくんを)
いるあの子どもには気の毒だが、少々実世間の教訓を
(あたえてやったわけだ。こどものやせうででこの)
与えてやった訳だ。子どものやせ腕でこの
(にじゅうめんそうにてきたいすることは、もうあきらめたらよいと)
二十面相に敵対することは、もう諦めたらよいと
(つたえてくれたまえ。これにこりないと、とんだことに)
伝えてくれたまえ。これにこりないと、とんだことに
(なるぞと、つたえてくれたまえ。ついでながら)
なるぞと、伝えてくれたまえ。ついでながら
(けいかんしょこうに、すこしばかりぼくのけいかくをもらしておく。)
警官諸公に、少しばかりぼくの計画を漏らしておく。
(はしばしはすこしきのどくになった。もうこれいじょう、なやます)
羽柴氏は少し気の毒になった。もうこれ以上、悩ます
(ことはしない。じつをいうと、ぼくはあんなひんじゃくな)
ことはしない。実を言うと、ぼくはあんな貧弱な
(びじゅつしつに、いつまでもしゅうちゃくしているわけにはいかない)
美術室に、いつまでも執着している訳にはいかない
(のだ。ぼくはいそがしい。じつはいま、もっとおおきなものに)
のだ。ぼくは忙しい。実は今、もっと大きなものに
(てをそめかけているのだ。それがどのようなだいじぎょう)
手を染めかけているのだ。それがどのような大事業
(であるかはきんじつ、しょくんのみみにもたっすることだろう。)
であるかは近日、諸君の耳にも達することだろう。
(では、そのうちまたゆっくりおめにかかろう。)
では、そのうちまたゆっくりお目にかかろう。
(にじゅうめんそうより。なかむらぜんしろうどの」どくしゃしょくん、かくして)
二十面相より。中村善四郎殿」読者諸君、かくして
(にじゅうめんそうとこばやししょうねんのたたかいはざんねんながら、)
二十面相と小林少年の戦いは残念ながら、
(けっきょく、かいとうのしょうりにおわりました。しかも)
結局、怪盗の勝利に終わりました。しかも
(にじゅうめんそうは、はしばけのほうこをひんじゃくとあざけり、)
二十面相は、羽柴家の宝庫を貧弱とあざけり、
(だいじぎょうにてをそめているといばっています。)
大事業に手を染めていると威張っています。
(かれのだいじぎょうとはいったい、なにをいみするのでしょうか。)
彼の大事業とは一体、何を意味するのでしょうか。
(こんどこそ、もうこばやししょうねんなどのてにおえないかも)
今度こそ、もう小林少年などの手に負えないかも
(しれません。またれるのは、あけちこごろうのきこくです。)
しれません。待たれるのは、明智小五郎の帰国です。
(それもあまりとおいことではないでしょう。ああ、)
それも余り遠いことではないでしょう。ああ、
(めいたんていあけちこごろうとかいじんにじゅうめんそうのたいりつ、)
名探偵明智小五郎と怪人二十面相の対立、
(ちえとちえとのいっきうち、そのひがまちどおしいでは)
知恵と知恵との一騎打ち、その日が待ち遠しいでは
(ありませんか。びじゅつじょういずはんとうのしゅうぜんじおんせんから)
ありませんか。美術城伊豆半島の修善寺温泉から
(よんきろほどみなみ、しもだかいどうにそったやまのなかに、)
四キロほど南、下田街道に沿った山の中に、
(たにぐちむらという、ごくさびしいむらがあります。)
谷口村という、ごく寂しい村があります。
(そのむらはずれのもりのなかに、みょうなおしろのような)
その村外れの森の中に、みょうなお城のような
(いかめしいやしきがたっているのです。まわりには)
いかめしい屋敷が建っているのです。周りには
(たかいどべいをきずき、どべいのうえには、ずっとさきが)
高い土塀を築き、土塀の上には、ずっと先が
(するどくとがったてつぼうをまるではりのやまみたいに)
鋭く尖った鉄棒をまるで針の山みたいに
(うえつけ、どべいのうちがわにはよんめーとるはばほどの)
植えつけ、土塀の内側には四メートル幅ほどの
(みぞがぐるっととりまいていて、あおあおとしたみずが)
溝がグルッと取り巻いていて、青々とした水が
(ながれています。ふかさもせがたたないほど、ふかいです。)
流れています。深さも背が立たないほど、深いです。
(これはみな、ひとをよせつけないためのようじんです。)
これはみな、人を寄せつけないための用心です。
(たとえはりのやまのどべいをのりこえても、そのなかに、)
たとえ針の山の土塀を乗り越えても、その中に、
(とてもとびこすことのできないおほりが)
とても跳び越すことの出来ないお堀が
(ほりめぐらしてあるというわけです。そして、)
堀りめぐらしてあるという訳です。 そして、
(そのまんなかには、てんしゅかくこそありませんが、ぜんたいに)
その真ん中には、天守閣こそありませんが、全体に
(あついしらかべづくりの、まどのちいさい、まるでくらをいくつも)
厚い白壁造りの、窓の小さい、まるで蔵をいくつも
(よせあつめたような、おおきなたてものがたっています。)
寄せ集めたような、大きな建物が建っています。
(そのふきんのひとたちは、このたてものを「くさかべのおしろ」と)
その付近の人たちは、この建物を「日下部のお城」と
(よんでいますが、むろんほんとうのおしろではありません。)
呼んでいますが、むろん本当のお城ではありません。
(こんなちいさなむらに、おしろなどあるはずがないのです。)
こんな小さな村に、お城などあるはずがないのです。
(では、このばかばかしくようじんけんごなたてものはいったい、)
では、このバカバカしく用心堅固な建物は一体、
(なにもののすまいでしょう。けいさつがなかったせんごくじだい)
何者の住まいでしょう。警察が無かった戦国時代
(ならばわかるがいまのよに、どんなおかねもちだって、)
ならば分かるが今の世に、どんなお金持ちだって、
(これほどようじんぶかいていたくにすんでいるものはいない)
これほど用心深い邸宅に住んでいる者は居ない
(でしょう。「あそこには、いったいどういうひとが)
でしょう。「あそこには、一体どういう人が
(すんでいるのですか」たびのものなどがたずねると、)
住んでいるのですか」 旅の者などがたずねると、
(むらびとはきまったように、こんなふうにこたえます。)
村人は決まったように、こんな風に答えます。
(「あれですかい。ありゃ、くさかべのきちがいだんなの)
「あれですかい。ありゃ、日下部のキチガイ旦那の
(おしろだよ。たからをぬすまれるのがこわいといってね。)
お城だよ。宝を盗まれるのが怖いと言ってね。
(むらともつきあいをしねえ、かわりものですよ」)
村とも付き合いをしねえ、変わり者ですよ」
(くさかべけはせんぞだいだい、このちほうのおおじぬしだった)
日下部家は先祖代々、この地方の大地主だった
(のですが、いまのさもんしのだいになって、こうだいなとちも)
のですが、今の左門氏の代になって、広大な土地も
(すっかりひとでにわたってしまって、のこるは)
すっかり人手に渡ってしまって、残るは
(おしろのようなていたくと、そのなかにしょぞうされている)
お城のような邸宅と、その中に所蔵されている
(おびただしいめいがのみになってしまいました。)
おびただしい名画のみになってしまいました。
(さもんろうじんは、きちがいのようなびじゅつしゅうしゅうかだった)
左門老人は、キチガイのような美術収集家だった
(のです。びじゅつといってもおもにこだいのめいがで、)
のです。美術といっても主に古代の名画で、
(せっしゅうやたんゆうとか、しょうがっこうのほんにさえなのでている、)
雪舟や探幽とか、小学校の本にさえ名の出ている、
(こらいのだいめいじんのさくは、ほとんどもれなくあつまって)
古来の大名人の作は、ほとんどもれなく集まって
(いるといってもいいほどでした。なんびゃくというえの)
いると言ってもいいほどでした。何百という絵の
(だいぶぶんがこくほうにもなるべきけっさくで、かかくに)
大部分が国宝にもなるべき傑作で、価格に
(したらすうじゅうおくえんにもなろうという、うわさでした。)
したら数十億円にもなろうという、ウワサでした。
(これでくさかべけのやしきが、おしろのように)
これで日下部家の屋敷が、お城のように
(ようじんけんごにできているわけがおわかりでしょう。)
用心堅固に出来ている訳がお分かりでしょう。
(さもんろうじんは、それらのめいがをいのちよりもだいじがって)
左門老人は、それらの名画を命よりも大事がって
(いたのです。もしやどろぼうにぬすまれはしないかと、)
いたのです。もしや泥棒に盗まれはしないかと、
(そればかりが、ねてもさめてもわすれられない)
そればかりが、寝ても覚めても忘れられない
(しんぱいでした。ほりをほっても、へいのうえにはりをうえても、)
心配でした。堀を掘っても、塀の上に針を植えても、
(まだあんしんができません。しまいには、ほうもんしゃのかおを)
まだ安心が出来ません。しまいには、訪問者の顔を
(みれば、えをぬすみにきたのではないかと)
見れば、絵を盗みに来たのではないかと
(うたがいだして、しょうじきなむらのひとたちともこうさいを)
疑いだして、正直な村の人たちとも交際を
(しないようになってしまいました。そして)
しないようになってしまいました。そして
(さもんろうじんは、ねんじゅうおしろのなかにとじこもって)
左門老人は、年中お城の中に閉じこもって
(あつめためいがをながめながら、ほとんどがいしゅつもしない)
集めた名画をながめながら、ほとんど外出もしない
(のです。びじゅつにねっちゅうするあまり、およめさんも)
のです。美術に熱中するあまり、お嫁さんも
(もらわず、したがってこどももなく、)
もらわず、したがって子どもも無く、
(ただめいがのばんにんにうまれてきたようなせいかつが)
ただ名画の番人に生まれてきたような生活が
(ずっとつづいて、いつしかろくじゅうのさかをこして)
ずっと続いて、いつしか六十の坂を越して
(しまったのでした。つまりろうじんは、びじゅつの)
しまったのでした。つまり老人は、美術の
(おしろのきみょうなじょうしゅというわけでした。きょうも)
お城の奇妙な城主という訳でした。今日も
(ろうじんは、しらかべのくらのようなたてもののおくまった)
老人は、白壁の蔵のような建物の奥まった
(いっしつで、ここんのめいがにとりかこまれて、じっと)
一室で、古今の名画に取り囲まれて、ジッと
(ゆめみるようにすわっていました。そとにはあたたかいにっこうが)
夢見るように座っていました。外には暖かい日光が
(うらうらとかがやいているのですが、ようじんのために)
ウラウラと輝いているのですが、用心のために
(てつごうしをはめたちいさいまどのみのしつないは、まるで)
鉄格子をはめた小さい窓のみの室内は、まるで
(ろうごくのようにつめたくて、うすぐらいのです。「だんなさま、)
牢獄のように冷たくて、薄暗いのです。「旦那さま、
(あけておくんなせえ。おてがみがまいりました」)
あけておくんなせえ。お手紙がまいりました」
(へやのそとから、としとったげなんのこえがしました。)
部屋の外から、歳とった下男の声がしました。
(ひろいやしきにめしつかいは、このじいやとそのにょうぼうの)
広い屋敷に召使いは、このじいやとその女房の
(ふたりきりなのです。)
二人きりなのです。