『怪人二十面相』江戸川乱歩30

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少年探偵団シリーズ第1作品『怪人二十面相』
※分かりやすくする為、表記等を一部改変しております

○少年探偵団シリーズ第1作品『怪人二十面相』
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問題文

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(「ああ、つじのさん、そうですか。おなまえはよくぞんじて)

「ああ、辻野さん、そうですか。お名前はよく存じて

(います。じつは、ぼくもいちどきたくして、きがえをして)

います。実は、ぼくも一度帰宅して、着替えをして

(から、すぐにがいむしょうのほうへまいるつもりだった)

から、すぐに外務省のほうへ参るつもりだった

(のですが、わざわざ、おでむかえをうけるとは、)

のですが、わざわざ、お出迎えを受けるとは、

(きょうしゅくです」「おつかれのところをなんですが、)

恐縮です」「お疲れのところをなんですが、

(もしさしつかえなければ、ここのてつどうほてるで、)

もし差し支えなければ、ここの鉄道ホテルで、

(おちゃをのみながらおはなししたいのですが、けっして)

お茶を飲みながらお話ししたいのですが、決して

(おてまはとらせません」「てつどうほてるですか。ほう、)

お手間はとらせません」「鉄道ホテルですか。ほう、

(てつどうほてるでね」あけちはつじのしのかおをじっと)

鉄道ホテルでね」 明智は辻野氏の顔をジッと

(みつめながら、なにかかんしんしたようにつぶやきました)

見つめながら、何か感心したようにつぶやきました

(が、「ええ、ぼくはちっともさしつかえありません。)

が、「ええ、ぼくはちっとも差し支えありません。

(では、おともしましょう」それから、すこしはなれたところで)

では、おともしましょう」 それから、少し離れた所で

(まっていたこばやししょうねんにちかづいて、なにかこごえで)

待っていた小林少年に近づいて、何か小声で

(ささやいてから、「こばやしくん、ちょっとこのかたと)

ささやいてから、「小林君、ちょっとこの方と

(ほてるへよることにしたからね。きみはにもつを)

ホテルへ寄ることにしたからね。きみは荷物を

(たくしーにのせて、ひとあしさきにかえってくれたまえ」と)

タクシーにのせて、一足先に帰ってくれたまえ」と

(めいじるのでした。「ええ、では、ぼくはさきに)

命じるのでした。「ええ、では、ぼくは先に

(かえります」こばやしくんがぎょうしゃのあとをおって、)

帰ります」 小林君が業者のあとを追って、

(かけだしていくのをみおくると、めいたんていと)

駆けだして行くのを見送ると、名探偵と

(つじのしはかたをならべ、したしげにはなしあいながら、)

辻野氏は肩を並べ、親し気に話し合いながら、

など

(ちかどうをぬけて、とうきょうえきのにかいにあるてつどうほてるへ)

地下道を抜けて、東京駅の二階にある鉄道ホテルへ

(のぼっていきました。あらかじめめいじてあった)

のぼっていきました。 あらかじめ命じてあった

(ものとみえ、ほてるのさいじょうきゅうのいっしつに、)

ものとみえ、ホテルの最上級の一室に、

(きゃくをむかえるよういができていて、かっぷくのよい)

客を迎える用意が出来ていて、かっぷくのよい

(ぼーいちょうが、うやうやしくひかえています。)

ボーイ長が、うやうやしくひかえています。

(ふたりがりっぱなおりものでおおわれたまるてーぶるを)

二人が立派な織り物でおおわれた丸テーブルを

(はさんで、あんらくいすにこしをおろすと、)

はさんで、安楽イスに腰をおろすと、

(まちかまえていたようにべつのぼーいが)

待ちかまえていたように別のボーイが

(ちゃがしをはこんできました。「きみ、すこしみつだんが)

茶菓子を運んできました。「きみ、少し密談が

(あるから、せきをはずしてくれたまえ。べるをおす)

あるから、席を外してくれたまえ。ベルを押す

(まで、だれもはいってこないように」つじのしが)

まで、だれも入ってこないように」 辻野氏が

(めいじると、ぼーいちょうはいちれいしてたちさりました。)

命じると、ボーイ長は一礼して立ち去りました。

(しめきったへやのなかに、ふたりがむかいあっています。)

閉めきった部屋の中に、二人が向かいあっています。

(「あけちさん、ぼくは、どんなにきみにあいたかった)

「明智さん、ぼくは、どんなにきみに会いたかった

(でしょう。いちにちせんしゅうのおもいでまちかねていた)

でしょう。一日千秋の思いで待ちかねていた

(のですよ」つじのしは、いかにもなつかしげに)

のですよ」 辻野氏は、いかにも懐かしげに

(ほほえみながら、しかしめだけはするどくあいてを)

微笑みながら、しかし目だけは鋭く相手を

(みつめて、こんなふうにはなしはじめました。あけちは、)

見つめて、こんな風に話し始めました。 明智は、

(あんらくいすのくっしょんにふかぶかとみをしずめ、)

安楽イスのクッションに深々と身をしずめ、

(つじのしにおとらない、にこやかなかおでこたえました。)

辻野氏に劣らない、にこやかな顔で答えました。

(「ぼくこそ、きみにあいたくてしかたがなかった)

「ぼくこそ、きみに会いたくて仕方がなかった

(のです。きしゃのなかで、ちょうどこんなことを)

のです。汽車の中で、ちょうどこんなことを

(かんがえていたところでしたよ。ひょっとしたら、)

考えていたところでしたよ。ひょっとしたら、

(きみがえきへむかえにきてくれるんじゃないかとね」)

きみが駅へ迎えに来てくれるんじゃないかとね」

(「さすがですねえ。すると、きみは、ぼくのほんとうの)

「さすがですねえ。すると、きみは、ぼくの本当の

(なまえもごぞんじでしょうねえ」つじのしのなにげないことば)

名前もご存知でしょうねえ」 辻野氏の何気ない言葉

(には、おそろしいちからがこもっていました。)

には、恐ろしい力がこもっていました。

(こうふんのために、いすのひじかけにのせたひだりてのさきが、)

興奮のために、イスのひじ掛けにのせた左手の先が、

(かすかにふるえていました。「すくなくとも、がいむしょうの)

かすかに震えていました。「少なくとも、外務省の

(つじのしでないことは、あの、ほんとうらしくみえるめいしを)

辻野氏でないことは、あの、本当らしく見える名刺を

(みたときから、わかっていましたよ。)

見た時から、分かっていましたよ。

(ほんみょうといわれると、ぼくもすこしこまるのですが、)

本名と言われると、ぼくも少し困るのですが、

(しんぶんなんかでは、きみのことをかいじんにじゅうめんそうとよんで)

新聞なんかでは、きみのことを怪人二十面相と呼んで

(いるようですね」あけちはへいぜんとして、このおどろくべき)

いるようですね」 明智は平然として、この驚くべき

(ことばをかたりました。ああ、どくしゃしょくん、これがいったい、)

言葉を語りました。ああ、読者諸君、これが一体、

(ほんとうのことでしょうか。とうぞくがたんていをでむかえる)

本当のことでしょうか。盗賊が探偵を出迎える

(なんて。たんていのほうでも、とっくにそれと)

なんて。探偵のほうでも、とっくにそれと

(しりながらぞくのさそいにのり、ぞくのおちゃをのむ)

知りながら賊の誘いにのり、賊のお茶を飲む

(なんて、そんなばかばかしいことがおこりうるもの)

なんて、そんなバカバカしいことが起こりうるもの

(でしょうか。「あけちくん、きみは、ぼくがそうぞうしていた)

でしょうか。「明智君、きみは、ぼくが想像していた

(とおりのかたでしたよ。さいしょぼくをみたときから)

通りの方でしたよ。最初ぼくを見た時から

(きづいていて、きづいていながらぼくのしょうたいに)

気づいていて、気づいていながらぼくの招待に

(おうじるなんて、しゃーろっくほーむずにだって)

応じるなんて、シャーロックホームズにだって

(できやしないげいとうです。ぼくはじつにゆかいですよ。)

出来やしない芸当です。ぼくは実に愉快ですよ。

(なんていきがいのあるじんせいでしょう。)

なんて生き甲斐のある人生でしょう。

(ああ、このこうふんのいっときのために、ぼくはいきていて)

ああ、この興奮の一時のために、ぼくは生きていて

(よかったとおもうくらいですよ」つじのしにばけた)

よかったと思うくらいですよ」 辻野氏に化けた

(にじゅうめんそうは、まるであけちたんていをすうはいしているかの)

二十面相は、まるで明智探偵を崇拝しているかの

(ようにいうのでした。しかし、ゆだんはできません。)

ように言うのでした。しかし、油断は出来ません。

(かれはくにじゅうをてきにまわしているだいとうぞくです。)

彼は国中を敵にまわしている大盗賊です。

(ほとんどしにものぐるいのぼうけんをくわだてている)

ほとんど死に物狂いの冒険をくわだてている

(のです。そこには、それだけのよういがなくては)

のです。そこには、それだけの用意がなくては

(なりません。ごらんなさい。つじのしのみぎては)

なりません。ご覧なさい。辻野氏の右手は

(ようふくのぽけっとにいれられたまま、いちどもそこから)

洋服のポケットに入れられたまま、一度もそこから

(でないではありませんか。いったい、ぽけっとのなかでなにを)

出ないではありませんか。一体、ポケットの中で何を

(にぎっているのでしょう。「ははは、きみはすこしこうふん)

握っているのでしょう。「ハハハ、きみは少し興奮

(しすぎているようですね。ぼくには、こんなこと)

しすぎているようですね。ぼくには、こんなこと

(いっこうにめずらしくもありませんよ。だが)

一向に珍しくもありませんよ。だが

(にじゅうめんそうくん、きみにはすこしおきのどくですね。)

二十面相君、きみには少しお気の毒ですね。

(ぼくがかえってきたので、せっかくのきみの)

ぼくが帰って来たので、せっかくのきみの

(だいけいかくもむだになってしまったのだから。)

大計画も無駄になってしまったのだから。

(ぼくがかえってきたからには、はくぶつかんのびじゅつひんには)

ぼくが帰って来たからには、博物館の美術品には

(ゆびいっぽんもそめさせませんよ。また、いずの)

指一本も染めさせませんよ。また、伊豆の

(くさかべけのたからも、きみのしょゆうひんには)

日下部家の宝も、きみの所有品には

(しておきませんよ。いいですか、これだけは)

しておきませんよ。いいですか、これだけは

(はっきりやくそくしておきます」そんなふうにいう)

ハッキリ約束しておきます」 そんな風に言う

(ものの、あけちもなかなかたのしそうでした。)

ものの、明智もなかなか楽しそうでした。

(ふかくすいこんだたばこのけむりを、ふーっとあいての)

深く吸い込んだタバコの煙を、フーッと相手の

(めんぜんにふきつけて、にこにこわらっています。)

面前に吹きつけて、ニコニコ笑っています。

(「それじゃ、ぼくもやくそくしましょう」にじゅうめんそうも)

「それじゃ、ぼくも約束しましょう」 二十面相も

(まけてはいませんでした。「はくぶつかんのしょぞうひんは、)

負けてはいませんでした。「博物館の所蔵品は、

(よこくのひには、かならずうばいとっておめにかけます。)

予告の日には、必ず奪い取ってお目にかけます。

(それからくさかべけのたから。ははは、あれがかえせるもの)

それから日下部家の宝。ハハハ、あれが返せるもの

(ですか。なぜってあけちくん、あのじけんでは、きみも)

ですか。なぜって明智君、あの事件では、きみも

(きょうはんしゃだったじゃありませんか」「きょうはんしゃだと。)

共犯者だったじゃありませんか」「共犯者だと。

(ああ、なるほどねえ。きみはなかなか、しゃれが)

ああ、なるほどねえ。きみはなかなか、シャレが

(うまいねえ。ははは」)

上手いねえ。ハハハ」

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