半七捕物帳 弁天娘15

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岡本綺堂 半七捕物帳シリーズ 第13話

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問題文

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(めのさめたのはいつつごろ(ごぜんはちじ)で、あさひはうららかにまどからのぞいていた。)

眼のさめたのは五ツ頃(午前八時)で、あさ日はうららかに窓から覗いていた。

(まぶしいめをこすりながら、まくらもとのたばこぼんをひきよせていっぷくすっていると、)

まぶしい眼をこすりながら、枕もとの煙草盆を引きよせて一服すっていると、

(そのねこみをおそってきたのはこぶんのぜんぱちであった。)

その寝込みを襲って来たのは子分の善八であった。

(「おやぶん、しっていますかえ。いや、このていたらくじゃあ、まだ)

「親分、知っていますかえ。いや、この体たらくじゃあ、まだ

(しんなさるめえ。ゆうべほんじょでひとごろしがありました」)

知んなさるめえ。ゆうべ本所で人殺しがありました」

(「ほんじょはどこだ。きらのやしきじゃあるめえ」)

「本所はどこだ。吉良の屋敷じゃあるめえ」

(「わるくしゃれちゃあいけねえ。あいおいちょうにちょうめのさかなやだ」)

「わるく洒落(しゃれ)ちゃあいけねえ。相生町二丁目の魚屋だ」

(「あいおいちょうのさかなや・・・・・・。とくぞうか」)

「相生町の魚屋……。徳蔵か」

(「よくしっていなさるね」と、ぜんぱちはめをまるくした。「ゆめでもみなすったかえ」)

「よく知っていなさるね」と、善八は眼を丸くした。「夢でも見なすったかえ」

(「むむ。きのうあさくさのおまつりへいって、よくおがんできたので、)

「むむ。きのう浅草のお祭りへ行って、よく拝んで来たので、

(さんじゃさまがゆめまくらにたっておつげがあった。げしゅにんはまだわからねえか。)

三社様が夢枕に立ってお告げがあった。下手人はまだ判らねえか。

(かかあはどうしている」)

嬶(かかあ)はどうしている」

(「かかあはぶじです。きのうのゆうがた、おとうとのとむれえをだして、)

「かかあは無事です。きのうの夕方、弟のとむれえを出して、

(うちじゅうががっかりしてねこんでいるところへはいってきて、)

家じゅうががっかりして寝込んでいるところへはいって来て、

(あつまっているこうでんをひっさらっていこうとしたやつを、とくぞうがめをさまして)

あつまっている香奠を引っさらって行こうとした奴を、徳蔵が眼をさまして

(とっつかまえようとすると、そいつがみせにあるあじきりでとくぞうのひたいと)

取っ捉まえようとすると、そいつが店にある鰺切りで徳蔵の額と

(むねとをついてにげてしまったんだそうです。かかあがなきごえをあげて)

胸とを突いて逃げてしまったんだそうです。嬶が泣き声をあげて

(きんじょのものをよんだんですが、もうまにあわねえ。あいてはにげる、)

近所の者を呼んだんですが、もう間にあわねえ。相手は逃げる、

(とくぞうはしぬというしまつでおおさわぎだから、ともかくもおやぶんのみみに)

徳蔵は死ぬという始末で大騒ぎだから、ともかくも親分の耳に

(いれておこうとおもってね」)

入れて置こうと思ってね」

など

(「そうか。もうけんしはすんだろうな。そこで、げしゅにんのあたりはあるのか」)

「そうか。もう検視は済んだろうな。そこで、下手人の当りはあるのか」

(「どうもわからねえようです」と、ぜんぱちはいった。「なにしろかかあは)

「どうも判らねえようです」と、善八は云った。「なにしろ嬶は

(とりみだして、きちがいのようにないているばかりだから、)

とりみだして、気ちがいのように泣いているばかりだから、

(なにがなんだかちっともわからねえようですよ」)

何がなんだかちっとも判らねえようですよ」

(「なくのはじょうずだろうよ。じょろうあがりだからな」と、はんしちはあざわらった。)

「泣くのは上手だろうよ。女郎上がりだからな」と、半七はあざ笑った。

(「ところでぜんぱ。おめえはこれからとりごえへいって、)

「ところで善ぱ。おめえはこれから鳥越(とりごえ)へ行って、

(たばこやのでんすけはどうしているか、みてきてくれ」)

煙草屋の伝介はどうしているか、見て来てくれ」

(「あいつをなにかしらべるんですかえ」)

「あいつを何か調べるんですかえ」

(「ただそのようすをなにげなしにみてくりゃあいいんだ。)

「ただその様子を何げなしに見て来りゃあいいんだ。

(まごついてけどられるなよ」)

まご付いて気取(けど)られるなよ」

(「ようがす。すぐにいってきます」)

「ようがす。すぐに行って来ます」

(「しっかりたのむぜ」)

「しっかり頼むぜ」

(ぜんぱちをだしてやって、はんしちはすぐにほんじょへいった。きのうはおとうとのとむらいをだして、)

善八を出してやって、半七はすぐに本所へ行った。きのうは弟の葬式を出して、

(きょうはまたあにきのしがいがよこたわっているのであるから、きんじょのひとたちは)

きょうはまた兄貴の死骸が横たわっているのであるから、近所の人たちは

(あきれたかおをしてさわいでいた。おもてにもおおぜいのひとがたってみせをのぞいていた。)

呆れた顔をして騒いでいた。表にも大勢の人が立って店をのぞいていた。

(そのこんざつをかきわけてみせへはいると、にょうぼうのおとめはちょうないのじしんばんへ)

その混雑をかき分けて店へはいると、女房のお留は町内の自身番へ

(よびだされたままで、まだかえされてこなかった。きのうのとむらいできんじょのひととも)

呼び出されたままで、まだ帰されて来なかった。きのうの葬式で近所の人とも

(かおなじみになっているので、はんしちはそこらにいるひとたちからとくぞうのしについて)

顔なじみになっているので、半七はそこらにいる人達から徳蔵の死について

(なにかてがかりをききだそうとしたが、どのひともただあっけにとられて)

何か手がかりを聞き出そうとしたが、どの人もただ呆気(あっけ)にとられて

(いるばかりで、なにがなにやらよくわからなかった。)

いるばかりで、何がなにやらよく判らなかった。

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