『少年探偵団』江戸川乱歩17
○少年探偵団シリーズ第2作品『少年探偵団』
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問題文
(「だいにに、いんどじんがにんじゅつつかいのようにきえたという)
「第二に、インド人が忍術使いのように消えたという
(ふしぎだ。いちどはようげんじのぼちで、いちどはしのざきけの)
不思議だ。一度は養源寺の墓地で、一度は篠崎家の
(にわで、それからもういちどはせたがやのようかんで。)
庭で、それからもう一度は世田谷の洋館で。
(これはもう、きみもよくしっていることだね。)
これはもう、きみもよく知っていることだね。
(あのばん、ようかんのまわりには、ろくにんのしょうねんたんていだんの)
あの晩、洋館の周りには、六人の少年探偵団の
(こどもがみはっていたというが、そのみはりは、)
子どもが見張っていたというが、その見張りは、
(たしかだったのだろうね。うっかりみのがすようなことは)
確かだったのだろうね。うっかり見逃すようなことは
(なかっただろうね」「それはかつらくんが、けっして)
なかっただろうね」「それは桂君が、決して
(てぬかりはなかったといっています。みんなしょうがくせい)
手ぬかりはなかったと言っています。みんな小学生
(ですけれど、なかなかしっかりしたひとたちですから、)
ですけれど、なかなかしっかりした人たちですから、
(ぼくもしんようしていいとおもいます」「おもてもんのみはりを)
ぼくも信用していいと思います」「表門の見張りを
(したのは、なんというこどもだったのかい」)
したのは、なんという子どもだったのかい」
(「かつらくんと、もうひとり、おばらくんっていうこです」)
「桂君と、もう一人、小原君っていう子です」
(「ふたりもいたんだね。それで、そのふたりははるきという)
「二人もいたんだね。それで、その二人は春木という
(ようかんのしゅじんがかえってくるのをみたといっていたかね」)
洋館の主人が帰ってくるのを見たと言っていたかね」
(「せんせい、そうです。ぼく、ふしぎでたまらない)
「先生、そうです。ぼく、不思議でたまらない
(のです。ふたりは、はるきさんがかえってくるのを)
のです。二人は、春木さんが帰ってくるのを
(みなかったというのですよ。みんなは、)
見なかったと言うのですよ。みんなは、
(まだいんどじんがにかいにいるあいだに、それぞれ)
まだインド人が二階にいるあいだに、それぞれ
(みはりのいちについたのですから、はるきさんがかえって)
見張りの位置についたのですから、春木さんが帰って
(きたのは、それよりあとにちがいありません。)
きたのは、それよりあとに違いありません。
(だから、どうしてもかつらくんたちのめのまえをとおらなければ)
だから、どうしても桂君たちの目の前を通らなければ
(ならなかったのです。まさか、しゅじんがうらぐちからかえる)
ならなかったのです。まさか、主人が裏口から帰る
(はずはありませんからね。しかも、そのうらぐちを)
はずはありませんからね。しかも、その裏口を
(みはっていただんいんも、だれもとおらなかったといって)
見張っていた団員も、だれも通らなかったと言って
(いるのです」「ふーん、だんだんおもしろくなってくるね。)
いるのです」「ふーん、段々面白くなってくるね。
(きみは、そのふしぎをどうかいしゃくしているのかい。)
きみは、その不思議をどう解釈しているのかい。
(けいさつのひとにははなさなかったのかい」「それはかつらくんが)
警察の人には話さなかったのかい」「それは桂君が
(なかむらさんにはなしたのだそうです。でもなかむらさんは、)
中村さんに話したのだそうです。でも中村さんは、
(しんようしないのです。ふたりのいんどじんがにげだすのさえ)
信用しないのです。二人のインド人が逃げ出すのさえ
(みのがしたのだから、はるきさんがはいってきたのに)
見逃したのだから、春木さんが入って来たのに
(きづかなかったのはむりもないって。こどもたちの)
気づかなかったのは無理もないって。子どもたちの
(いうことなんか、あてにならないとおもっている)
言うことなんか、あてにならないと思っている
(のですよ」こばやしくんは、すこしふんがいのひょうじょうでいう)
のですよ」 小林君は、少し憤慨の表情で言う
(のでした。「ははは、それはおもしろいね。)
のでした。「ハハハ、それは面白いね。
(ふたりのいんどじんがでていったのにもきづかないほど)
二人のインド人が出て行ったのにも気づかないほど
(だから、はるきさんがはいってくるのもみのがしたん)
だから、春木さんが入って来るのも見逃したん
(だろうって。ははは」あけちたんていは、なぜか、ひどく)
だろうって。ハハハ」 明智探偵は、なぜか、ひどく
(おもしろそうにわらいました。「ところでね、きみは)
面白そうに笑いました。「ところでね、きみは
(はるきさんにちかしつからたすけだされたんだね。むろん、)
春木さんに地下室から助け出されたんだね。無論、
(はるきさんをよくみただろうね。まさかいんどじんが)
春木さんをよく見ただろうね。まさかインド人が
(へんそうしていたんじゃあるまいね」「ええ、むろん)
変装していたんじゃあるまいね」「ええ、無論
(そんなことはありません。しょうしんしょうめい、にほんじんのひふの)
そんなことはありません。正真正銘、日本人の皮膚の
(いろでした。おしろいやなんかで、あんなふうになる)
色でした。おしろいやなんかで、あんなふうになる
(ものじゃありません。ながいあいだいっしょのへやにいたん)
ものじゃありません。長いあいだ一緒の部屋に居たん
(ですから、ぼく、それはだんげんしてもいいんです」)
ですから、ぼく、それは断言してもいいんです」
(「けいさつでも、そのあと、はるきさんのみがらをしらべた)
「警察でも、そのあと、春木さんの身柄を調べた
(だろうね」「ええ、しらべたそうです。そして、べつに)
だろうね」「ええ、調べたそうです。そして、別に
(うたがいのないことがわかりました。はるきさんは、)
疑いのないことがわかりました。春木さんは、
(あのようかんにもうさんかげつもすんでいて、きんじょのこうばんの)
あの洋館にもう三カ月も住んでいて、近所の交番の
(おまわりさんともかおなじみなんですって」「ほう、)
おまわりさんとも顔馴染みなんですって」「ほう、
(おまわりさんともね。それはますますおもしろい」)
おまわりさんともね。それはますます面白い」
(あけちたんていは、なにかしらゆかいでたまらないという)
明智探偵は、なにかしら愉快でたまらないという
(かおつきです。「さあ、そのつぎはだいさんのぎもんだ。)
顔つきです。「さあ、その次は第三の疑問だ。
(それはね、きみがしのざきけのもんぜんで、みどりちゃんをつれて)
それはね、きみが篠崎家の門前で、緑ちゃんを連れて
(じどうしゃにのろうとしたとき、ひしょのいまいというのが)
自動車に乗ろうとしたとき、秘書の今井というのが
(どあをあけてくれたんだね。そのとき、きみは)
ドアをあけてくれたんだね。そのとき、きみは
(いまいくんのかおをはっきりみたのかね」「ああ、)
今井君の顔をハッキリ見たのかね」「ああ、
(そうだった。ぼく、せんせいにいわれるまで、うっかり)
そうだった。ぼく、先生に言われるまで、うっかり
(していましたよ。そうです、そうです。ぼく、)
していましたよ。そうです、そうです。ぼく、
(いまいさんのかおをはっきりみたんです。たしかにいまいさん)
今井さんの顔をハッキリ見たんです。確かに今井さん
(でした。それが、じどうしゃがうごきだすとまもなく、)
でした。それが、自動車が動きだすとまもなく、
(あんなくろいひとになってしまうなんてへんだなあ。)
あんな黒い人になってしまうなんて変だなあ。
(ぼく、なによりも、それがいちばんふしぎですよ」)
ぼく、なによりも、それが一番不思議ですよ」
(「ところがいっぽうでは、そのいまいくんがようげんじのぼちに)
「ところが一方では、その今井君が養源寺の墓地に
(しばられていたんだね。とすると、いまいくんがふたりに)
しばられていたんだね。とすると、今井君が二人に
(なったわけじゃないか。いや、さんにんといったほうが)
なったわけじゃないか。いや、三人と言ったほうが
(いいかもしれない。ぼちにころがっていたいまいくんと、)
いいかもしれない。墓地に転がっていた今井君と、
(じどうしゃのどあをあけて、それからじょしゅせきにのりこんだ)
自動車のドアをあけて、それから助手席に乗りこんだ
(いまいくんと、じどうしゃがはしっているあいだにくろいひとに)
今井君と、自動車が走っているあいだに黒い人に
(なったいまいくんの、あわせてさんにんだからね」「ええ、)
なった今井君の、合わせて三人だからね」「ええ、
(そうです。ぼく、さっぱりわけがわかりません。)
そうです。ぼく、さっぱり訳がわかりません。
(なんだかゆめをみているようです」こばやしくんには、)
なんだか夢をみているようです」 小林君には、
(そうしてあけちたんていとはなしているうちに、このじけんの)
そうして明智探偵と話しているうちに、この事件の
(ふしぎさが、だんだんはっきりわかってきました。)
不思議さが、段々ハッキリわかってきました。
(もうまほうをけなすげんきもありません。こばやしくんじしんが、)
もう魔法をけなす元気もありません。小林君自身が、
(えたいのしれないまほうにかかっているようなきもち)
得体の知れない魔法にかかっているような気持ち
(でした。「こばやしくん、おもいだしてごらん。そのじどうしゃの)
でした。「小林君、思い出してごらん。その自動車の
(なかでね、きみはふたりのいんどじんのくびすじをみなかった)
中でね、きみは二人のインド人の首筋を見なかった
(かい。まえをむいているうんてんしゅと、じょしゅのくびすじだよ」)
かい。前を向いている運転手と、助手の首筋だよ」
(たんていが、またみょうなことをたずねました。)
探偵が、またみょうなことをたずねました。
(「くびすじって、ここのところですか」こばやしくんは、じぶんのみみの)
「首筋って、ここの所ですか」 小林君は、自分の耳の
(うしろをおさえました。「そうだよ。そのへんのひふの)
うしろを押さえました。「そうだよ。その辺の皮膚の
(いろをみなかったかね」「さあ、ぼく、それはきがつき)
色を見なかったかね」「さあ、ぼく、それは気がつき
(ませんでした。ああ、そうそう、ふたりとも)
ませんでした。ああ、そうそう、二人とも
(はんちんぐぼうをひどくふかくかぶっていて、みみのうしろ)
ハンチング帽をひどく深くかぶっていて、耳のうしろ
(なんかちっともみえませんでした」「いいぞ、)
なんかちっとも見えませんでした」「いいぞ、
(いいぞ、きみはなかなかよくちゅういしていたね。)
いいぞ、きみはなかなかよく注意していたね。
(それでいいんだよ。さあ、つぎはだいよんのぎもんだ。)
それでいいんだよ。さあ、次は第四の疑問だ。
(それはね、はんにんはみどりちゃんをなぜころさなかったか、)
それはね、犯人は緑ちゃんをなぜ殺さなかったか、
(ということだよ」「え、なんですって。やつらはむろん)
ということだよ」「え、なんですって。やつらは無論
(ころすつもりだったのですよ。ぼくまでいっしょにおぼれ)
殺すつもりだったのですよ。ぼくまで一緒におぼれ
(させてしまうつもりだったのですよ」「ところが、)
させてしまうつもりだったのですよ」「ところが、
(そうじゃなかったのさ」たんていは、またいみありげに)
そうじゃなかったのさ」 探偵は、また意味ありげに
(にこにことわらってみせました。「よくかんがえてごらん。)
ニコニコと笑ってみせました。「よく考えてごらん。
(いんどじんたちはこっくをしばったけれど、しゅじんの)
インド人たちはコックをしばったけれど、主人の
(はるきさんにたいしてはなにもしなかったじゃないか。)
春木さんに対しては何もしなかったじゃないか。