『少年探偵団』江戸川乱歩18
○少年探偵団シリーズ第2作品『少年探偵団』
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問題文
(はるきさんはがいしゅつしていて、いつかえるかわからない)
春木さんは外出していて、いつ帰るかわからない
(のだよ。そして、かえってくればこっくのほうこくを)
のだよ。そして、帰ってくればコックの報告を
(きいて、ちかしつのきみたちをたすけだすかもしれない)
聞いて、地下室のきみたちを助け出すかもしれない
(のだよ。もしたすけだされたら、せっかくのくろうが)
のだよ。もし助け出されたら、せっかくの苦労が
(みずのあわじゃないか。それをまるできにもしないで、)
水の泡じゃないか。それをまるで気にもしないで、
(みどりちゃんのさいごもみとどけないで、にげだしてしまう)
緑ちゃんの最期も見届けないで、逃げだしてしまう
(なんて、あのしゅうねんぶかさとくらべてかんがえてみると、)
なんて、あの執念深さと比べて考えてみると、
(おかしいほどおおきなけってんじゃないか。)
おかしいほど大きな欠点じゃないか。
(げんに、こうしてきみもみどりちゃんもたすかっているん)
現に、こうしてきみも緑ちゃんも助かっているん
(だからね。いんどじんたちはなんのために、あれだけの)
だからね。インド人たちは何のために、あれだけの
(くろうをしたのか、まるでわけがわからなくなるじゃ)
苦労をしたのか、まるで訳がわからなくなるじゃ
(ないか。こばやしくん、わかるかね、このいみが。)
ないか。 小林君、わかるかね、この意味が。
(はんにんはね、みどりちゃんをころすきなんて、すこしもありゃ)
犯人はね、緑ちゃんを殺す気なんて、少しもありゃ
(しなかったのだよ。ははは、おもしろいじゃないか。)
しなかったのだよ。ハハハ、面白いじゃないか。
(みんな、おしばいだったのだよ」たんていはまた、)
みんな、お芝居だったのだよ」 探偵はまた、
(さもゆかいらしくわらいだしましたが、こばやしくんには、)
さも愉快らしく笑いだしましたが、小林君には、
(そのいみがすこしもわからないのです。いったいぜんたい、)
その意味が少しもわからないのです。一体全体、
(せんせいはなにをかんがえていらっしゃるのだろう。それを)
先生は何を考えていらっしゃるのだろう。それを
(おもうと、なんだかこわくなるようでした。「さあ、)
思うと、なんだか怖くなるようでした。「さあ、
(こばやしくん、このよっつのぎもんをといてごらん。これを)
小林君、この四つの疑問をといてごらん。これを
(よっつともまちがいなくといてしまえば、こんかいのじけんの)
四つとも間違いなくといてしまえば、今回の事件の
(ひみつがわかるのだよ。ぼくもそれをかんぜんにといた)
秘密がわかるのだよ。ぼくもそれを完全にといた
(わけじゃない。これからたしかめてみなければならない)
訳じゃない。これから確かめてみなければならない
(ことがいろいろあるんだよ。しかし、ぼくにはいま、)
ことが色々あるんだよ。しかし、ぼくには今、
(このじけんのうらにかくれて、くすくすわらっているおばけの)
この事件の裏に隠れて、クスクス笑っているお化けの
(しょうたいが、ぼんやりみえているんだよ。ぼくは、)
正体が、ぼんやり見えているんだよ。 ぼくは、
(こんなににこにこしているけれど、ほんとうは)
こんなにニコニコしているけれど、本当は
(そのおばけのしょうたいに、ぎょっとしているんだ。)
そのお化けの正体に、ギョッとしているんだ。
(もし、ぼくのそうぞうがあたっていたらとおもうと、あぶらあせが)
もし、ぼくの想像が当たっていたらと思うと、油汗が
(にじみだすほどこわいのだよ」あけちたんていは、ひじょうに)
にじみだすほど怖いのだよ」 明智探偵は、非常に
(まじめなかおになって、こえさえひくくして、さも)
真面目な顔になって、声さえ低くして、さも
(おそろしそうにいうのでした。そのかおをみますと、)
おそろしそうに言うのでした。 その顔を見ますと、
(こばやしくんはぞーっとせすじがさむくなってきました。)
小林君はゾーッと背筋が寒くなってきました。
(なんだかそのおばけが、うしろからばあーといって、)
なんだかそのお化けが、うしろからバアーと言って、
(とびだしてくるようなきさえするのです。)
飛び出してくるような気さえするのです。
(「ところでね、こばやしくん、もうひとつおもいだして)
「ところでね、小林君、もう一つ思い出して
(もらいたいことがあるんだが、きみはさっき、)
もらいたいことがあるんだが、きみはさっき、
(はるきさんのかおをよくみたといったね。そのとき、)
春木さんの顔をよく見たと言ったね。そのとき、
(もしやきみは」たんていはそこまでいうと、いきなり)
もしやきみは」 探偵はそこまで言うと、いきなり
(こばやしくんのみみにくちをよせて、なにごとかひそひそとささやき)
小林君の耳に口を寄せて、何事かヒソヒソとささやき
(ました。「え、なんですって」それをきくと、)
ました。「え、なんですって」それを聞くと、
(こばやししょうねんのかおがまっさおになってしまいました。)
小林少年の顔が真っ青になってしまいました。
(「まさか、まさか、そんなことが」こばやしくんはほんとうに)
「まさか、まさか、そんなことが」 小林君は本当に
(おばけでもみたように、そのおばけがおそいかかって)
お化けでも見たように、そのお化けがおそいかかって
(くるのをふせぎでもするように、りょうてをまえにひろげて、)
くるのをふせぎでもするように、両手を前に広げて、
(あとずさりをしました。「いや、そんなに)
あとずさりをしました。「いや、そんなに
(こわがらなくってもいい。これは、ぼくのきのせいかも)
怖がらなくってもいい。これは、ぼくの気のせいかも
(しれないのだよ。ただね、いまあげたよっつのぎもんを)
しれないのだよ。ただね、いま挙げた四つの疑問を
(よくかんがえてみるとね、みんなそのいってんをゆびさしている)
よく考えてみるとね、みんなその一点を指さしている
(ようにおもえるのだよ。だが、たしかめてみるまでは、)
ように思えるのだよ。だが、確かめてみるまでは、
(なんともいえない。ぼくはきょうのうちに、いちど、)
なんともいえない。ぼくは今日のうちに、一度、
(はるきさんとあってみるつもりだよ。はるきさんのでんわは)
春木さんと会ってみるつもりだよ。春木さんの電話は
(なんばんだったかな」それから、あけちたんていはでんわちょうを)
何番だったかな」 それから、明智探偵は電話帳を
(しらべて、はるきしにでんわをかけるのでした。どくしゃしょくん、)
調べて、春木氏に電話をかけるのでした。 読者諸君、
(めいたんていがこばやしくんのみみにささやいたことばは、いったいどんな)
名探偵が小林君の耳にささやいた言葉は、一体どんな
(ことがらだったのでしょう。それをきいたこばやしくんは、なぜ)
事柄だったのでしょう。それを聞いた小林君は、なぜ
(あれほどのきょうふをしめしたのでしょう。あけちたんていは、)
あれほどの恐怖をしめしたのでしょう。 明智探偵は、
(よっつのぎもんをといていけば、しぜんにそのおそろしい)
四つの疑問をといていけば、自然にそのおそろしい
(けつろんにたっするのだといいました。しょくんは、ためしに)
結論に達するのだと言いました。諸君は、試しに
(そのなぞをといてみるのもいっきょうでしょう。しかし、)
そのナゾをといてみるのも一興でしょう。しかし、
(こんかいのなぞは、ずいぶんふくざつですし、そのこたえが)
今回のナゾは、ずいぶん複雑ですし、その答えが
(あまりにいがいなので、そんなにやすやすとはとけない)
あまりに意外なので、そんなにやすやすとはとけない
(だろうとおもいます。つぎのしょうは、そのなぞがとけていく)
だろうと思います。次の章は、そのナゾがとけていく
(ばめんです。そして、ぞっとするようなおばけが、)
場面です。そして、ゾッとするようなお化けが、
(しょうたいをあらわすばめんです。)
正体を現す場面です。
(「さかさのくび」)
「逆さの首」
(あけちたんていは、ふたりのいんどじんにへやをかしていた)
明智探偵は、二人のインド人に部屋を貸していた
(ようかんのしゅじんであるはるきしにいちどあって、いろいろきいて)
洋館の主人である春木氏に一度会って、色々聞いて
(みたいというので、さっそくでんわをかけて、)
みたいというので、さっそく電話をかけて、
(つごうをたずねますと、ひるまはすこしさしつかえがある)
都合をたずねますと、昼間は少し差し支えがある
(から、よるしちじごろにおいでくださいというへんじでした。)
から、夜七時頃においでくださいという返事でした。
(たんていはでんわでやくそくをすますと、すぐさまじむしょから)
探偵は電話で約束を済ますと、すぐさま事務所から
(でました。はるきしにあうまでに、ほかにいろいろしらべて)
出ました。春木氏に会うまでに、ほかに色々調べて
(おきたいことがあるから、ということでした。)
おきたいことがあるから、ということでした。
(こばやししょうねんは、ぜひいっしょにつれていってください、と)
小林少年は、ぜひ一緒に連れて行ってください、と
(たのみましたが、きみは、まだつかれがなおっていない)
頼みましたが、きみは、まだ疲れが治っていない
(だろうからと、るすばんをめいじられてしまいました。)
だろうからと、留守番を命じられてしまいました。
(それからあけちたんていが、どこへいって、なにをしたのか、)
それから明智探偵が、どこへ行って、何をしたのか、
(それはまもなくどくしゃしょくんにわかるときがきますから、)
それはまもなく読者諸君にわかる時がきますから、
(ここにはしるしません。そのよるのしちじに、たんていが)
ここには記しません。その夜の七時に、探偵が
(はるきしのようかんをたずねたところから、おはなしをつづけ)
春木氏の洋館をたずねたところから、お話を続け
(ましょう。せいねんしんしのはるきしは、じぶんでげんかんまで)
ましょう。 青年紳士の春木氏は、自分で玄関まで
(でむかえて、あけちたんていのかおをみますと、にこにこと、)
出迎えて、明智探偵の顔を見ますと、ニコニコと、
(さもうれしそうにしながら、「よくおいでください)
さも嬉しそうにしながら、「よくおいでください
(ました。おうわさは、かねてよりぞんじております。)
ました。お噂は、かねてより存じております。
(いつかいちどおめにかかって、おはなしをうかがいたい)
いつか一度お目にかかって、お話をうかがいたい
(ものだとぞんじておりましたが、わざわざおたずね)
ものだと存じておりましたが、わざわざおたずね
(くださるなんて、こんなにうれしいことはありません。)
くださるなんて、こんなに嬉しいことはありません。
(さあ、どうぞ」と、にかいのりっぱなおうせつしつにあんない)
さあ、どうぞ」 と、二階の立派な応接室に案内
(しました。ふたりはてーぶるをはさんで、いすに)
しました。 二人はテーブルをはさんで、イスに
(かけましたが、しょたいめんのあいさつをしている)
かけましたが、初対面のあいさつをしている
(ところへ、さんじゅっさいぐらいのしろいつめえりのうわぎを)
ところへ、三十歳ぐらいの白い詰めえりの上着を
(きためしつかいが、こうちゃをはこんできました。「わたしは、)
着た召し使いが、紅茶を運んできました。「私は、
(つまをなくしまして、ひとりぼっちなんです。)
妻を亡くしまして、一人ぼっちなんです。
(かぞくといっては、このこっくだけで、いえがひろすぎる)
家族といっては、このコックだけで、家が広すぎる
(ものですから、あんないんどじんなんかにへやを)
ものですから、あんなインド人なんかに部屋を
(かしたりして、とんだめにあいました。)
貸したりして、とんだ目にあいました。
(でも、たしかなしょうかいじょうをもってきたものですから、)
でも、確かな紹介状を持って来たものですから、
(ついしんようしてしまいましてね」)
つい信用してしまいましてね」