夜長姫と耳男7

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坂口安吾の小説です。青空文庫から引用
底本:「坂口安吾全集 12」筑摩書房
   1999(平成11)年1月20日初版第1刷発行
底本の親本:「新潮 第四九巻第六号」
   1952(昭和27)年6月1日発行
初出:「新潮 第四九巻第六号」
   1952(昭和27)年6月1日発行
入力:砂場清隆
校正:田中敬三
2006年2月21日作成
青空文庫作成ファイル
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 kkk 6695 S+ 6.9 96.7% 613.4 4251 144 87 2024/10/16
2 デコポン 6439 S 6.7 96.2% 633.4 4244 165 87 2024/10/20
3 だだんどん 6289 S 6.7 93.6% 627.2 4230 285 87 2024/09/28
4 ばぼじま 5129 B+ 5.3 96.1% 789.5 4221 171 87 2024/10/13
5 Par99 4334 C+ 4.4 97.7% 950.8 4217 96 87 2024/11/08

関連タイピング

問題文

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(それからむいかすぎた。)

それから六日すぎた。

(おれたちはていないのいちぶにめいめいのこやをたて、)

オレたちは邸内の一部に銘々の小屋をたて、

(そこにこもってしごとをすることになっていたから、)

そこに籠って仕事をすることになっていたから、

(おれもやまのきをきりだしてきて、こやがけにかかっていた。)

オレも山の木を伐りだしてきて、小屋がけにかかっていた。

(おれはくらのうらのひとのたちいらぬばしょをえらんでこやをつくることにした。)

オレは蔵の裏の人の立ち入らぬ場所を選んで小屋をつくることにした。

(そこはいちめんにざっそうがはえしげり、)

そこは一面に雑草が生え繁り、

(へびやくものすみかであるから、ひとびとはおそれてちかづかぬばしょであった。)

蛇やクモの棲み家であるから、人々は怖れて近づかぬ場所であった。

(「なるほど。うまごやをたてるとすれば、まずこのばしょだが、)

「なるほど。馬小屋をたてるとすれば、まずこの場所だが、

(ちとひあたりがわるくはないか」)

ちと陽当りがわるくはないか」

(あなまろがぶらりとすがたをあらわして、からかった。)

アナマロがブラリと姿を現して、からかった。

(「うまはかんがつよいから、ひとのすがたがちかづくとしごとにみがはいりません。)

「馬はカンが強いから、人の姿が近づくと仕事に身が入りません。

(こやがけがおわってしごとにかかってあとは、)

小屋がけが終って仕事にかかって後は、

(いっさいしごとばにたちいらぬようにねがいます」)

一切仕事場に立ち入らぬように願います」

(おれはたかまどをにじゅうつくりにしかけ、とぐちにもとくべつのしかけをほどこして、)

オレは高窓を二重造りに仕掛け、戸口にも特別の仕掛けを施して、

(しごとばをのぞくことができないようにくふうしなければならないのだ。)

仕事場をのぞくことができないように工夫しなければならないのだ。

(おれのしごとはできあがるまでひみつにしなければならなかった。)

オレの仕事はできあがるまで秘密にしなければならなかった。

(「ときにうまみみよ。ちょうじゃとひめがおめしであるから、)

「ときに馬耳よ。長者とヒメがお召しであるから、

(おのをもって、おれについてくるがよい」あなまろがこういった。)

斧を持って、おれについてくるがよい」アナマロがこう云った。

(「おのだけでいいんですか」「うん」)

「斧だけでいいんですか」「ウン」

(「にわきでもきろとおっしゃるのかね。)

「庭木でも伐ろと仰有るのかね。

など

(おのをつかうのもたくみのしごとのうちではあるが、きじやとたくみはちがうものだ。)

斧を使うのもタクミの仕事のうちではあるが、木地屋とタクミは違うものだ。

(きをたたっきるだけなら、ほかにてきやくがあらあ。)

木を叩ッ切るだけなら、他に適役があらア。

(つまらねえことでおれのきをちらさねえようにねがいますよ」)

つまらねえことでオレの気を散らさねえように願いますよ」

(ぶつぶついいながら、てにおのをとってくると、)

ブツブツ云いながら、手に斧をとってくると、

(あなまろはみょうなめつきでじょうげにおれをみさだめたあとで、)

アナマロは妙な目附で上下にオレを見定めたあとで、

(「まあ、すわれ」かれはこういって、)

「まア、坐れ」彼はこう云って、

(まずじぶんからざいもくのきれっぱしにこしをおろした。おれもさしむかいにこしをおろした。)

まず自分から材木の切れッ端に腰をおろした。オレも差向いに腰をおろした。

(「うまみみよ。よくきけ。おぬしがあおがさやちいさがまと)

「馬耳よ。よく聞け。お主が青ガサやチイサ釜と

(あくまでうでくらべをしたいきもちはしゅしょうであるが、)

あくまで腕くらべをしたい気持は殊勝であるが、

(こんなうちでしごとをしたいとはおもいうまい」「どういうわけで!」)

こんなウチで仕事をしたいとは思うまい」「どういうわけで!」

(「ふむ。よくかんがえてみよ。おぬし、みみをそがれて、いたかったろう」)

「フム。よく考えてみよ。お主、耳をそがれて、痛かったろう」

(「みみのあなにくらべると、みみのかさはよけいものとみえて、)

「耳の孔にくらべると、耳の笠はよけい物と見えて、

(ちどめにどくだみのはのきざんだやつをまつやににまぜてぬりたくっておいたら、)

血どめに毒ダミの葉のきざんだ奴を松ヤニにまぜて塗りたくッておいたら、

(こともなくいたみもとれたし、けっこう、みみのやくにもたつようですよ」)

事もなく痛みもとれたし、結構、耳の役にも立つようですよ」

(「このさき、ここにいたところで、おぬしのためにろくなことはありやしないぞ。)

「この先、ここに居たところで、お主のためにロクなことは有りやしないぞ。

(かたみみぐらいですめばよいが、いのちにかかわることがおこるかもしれぬ。)

片耳ぐらいで済めばよいが、命にかかわることが起るかも知れぬ。

(わるいことはいわぬ。このまま、ここからにげてかえれ。)

悪いことは云わぬ。このまま、ここから逃げて帰れ。

(ここにひとふくろのおうごんがある。おぬしがさんかねんはたらいて)

ここに一袋の黄金がある。お主が三ヵ年働いて

(りっぱなみろくぞうをしあげたところで、)

立派なミロク像を仕上げたところで、

(かほどばくだいなおうごんをいただくわけにはまいるまい。)

かほど莫大な黄金をいただくわけには参るまい。

(あとはおれがよいようにもうしあげておくから、いまのうちにはやくかえれ」)

あとはオレが良いように申上げておくから、今のうちに早く帰れ」

(あなまろのかおはいがいにしんけんだった。それほどおれがおいだしたいのか。)

アナマロの顔は意外に真剣だった。それほどオレが追いだしたいのか。

(さんかねんのてあてにまさるおうごんをあたえてまでおいだしたいほど、)

三ヵ年の手当にまさる黄金を与えてまで追いだしたいほど、

(おれがふようなたくみなのか。こうおもうと、いかりがこみあげた。)

オレが不要なタクミなのか。こう思うと、怒りがこみあげた。

(おれはさけんだ。「そうですかい。あなたがたのおかんがえじゃあ、)

オレは叫んだ。「そうですかい。あなた方のお考えじゃア、

(おれのてはのみやかんなをとるたくみのてじゃあなくて、)

オレの手はノミやカンナをとるタクミの手じゃアなくて、

(おのできをたたっきるきこりのうでだとおみたてですかい。よかろう。)

斧で木を叩ッきるキコリの腕だとお見立てですかい。よかろう。

(おれはきょうかぎりここのうちにやとわれたたくみじゃあありません。)

オレは今日かぎりここのウチに雇われたタクミじゃアありません。

(だが、このこやでしごとだけはさせていただきましょう。)

だが、この小屋で仕事だけはさせていただきましょう。

(くうぐらいはじぶんでやれるから、いっさいおせわにはなりませんし、)

食うぐらいは自分でやれるから、一切お世話にはなりませんし、

(いちもんもいただくひつようはありません。)

一文もいただく必要はありません。

(おれがかってにさんかねんしごとをするぶんにはさしつかえありますまい」)

オレが勝手に三ヵ年仕事をする分には差支えありますまい」

(「まて。まて。おぬしはかんちがいしているようだ。)

「待て。待て。お主はカン違いしているようだ。

(だれもおぬしがみじゅくだからおいだそうとはいっておらぬぞ」)

誰もお主が未熟だから追出そうとは言っておらぬぞ」

(「おのだけもってでてゆけといわれるからにゃあ、)

「斧だけ持って出て行けと云われるからにゃア、

(ほかにかんがえようがありますまい」「さ。そのことだ」)

ほかに考え様がありますまい」「さ。そのことだ」

(あなまろはおれのりょうかたにてをかけて、へんにしみじみとおれをみつめた。)

アナマロはオレの両肩に手をかけて、変にシミジミとオレを見つめた。

(そしていった。「おれのいいかたがまずかった。)

そして云った。「オレの言い方がまずかった。

(おのだけもっていっしょにまいれともうしたのはごしゅじんさまのいいつけだ。)

斧だけ持って一しょに参れと申したのは御主人様の言いつけだ。

(しかし、おのをもっていっしょにまいらずに、ただいますぐにここからにげよ)

しかし、斧をもって一しょに参らずに、ただ今すぐにここから逃げよ

(ともうすのは、おれだけのことばだ。いや、おれだけではなく、)

と申すのは、オレだけの言葉だ。イヤ、オレだけではなく、

(ちょうじゃもじつはないないそれをのぞんでおられる。)

長者も実は内々それを望んでおられる。

(じゃによって、このひとふくろのおうごんをおれにてわたして、おぬしをにがせ、)

じゃによって、この一袋の黄金をオレに手渡して、お主を逃がせ、

(とさとされているのだ。それともうすのが、もしもおぬしがおれといっしょに)

とさとされているのだ。それと申すのが、もしもお主がオレと一しょに

(おのをもってちょうじゃのまえへまかりでると、)

斧をもって長者の前へまかりでると、

(おぬしのためによからぬことがおこるからだ。)

お主のために良からぬことが起るからだ。

(ちょうじゃはおぬしのみのためをかんがえておられる」)

長者はお主の身のためを考えておられる」

(おもわせぶりなことばが、いっそうおれをいらだたせた。)

思わせぶりな言葉が、いっそうオレをいらだたせた。

(「おれのみのためをおもうなら、)

「オレの身のためを思うなら、

(そのわけをざっくばらんにいってもらおうじゃありませんか」)

そのワケをザックバランに言ってもらおうじゃありませんか」

(「それをいってやりたいが、)

「それを言ってやりたいが、

(いったがさいごただではすまぬことばというものもあるものだ。)

言ったが最後タダではすまぬ言葉というものもあるものだ。

(だが、さきほどからもうすとおり、おぬしのいちめいにかかわることがおこるかもしれぬ」)

だが、先程から申す通り、お主の一命にかかわることが起るかも知れぬ」

(おれはそくざにはらをきめた。おのをぶらさげてたちあがった。)

オレは即座に肚をきめた。斧をぶらさげて立上った。

(「おともしましょう」「これさ」)

「お供しましょう」「これさ」

(「はっはっは。ふざけちゃあいけませんや。)

「ハッハッハ。ふざけちゃアいけませんや。

(はばかりながら、ひだのたくみはがきのときからしごとにいのちをうちこむものと)

はばかりながら、ヒダのタクミはガキの時から仕事に命を打込むものと

(たたきこまれているのだ。しごとのほかにはいのちをすてるこころあたりもないが、)

叩きこまれているのだ。仕事のほかには命をすてる心当りもないが、

(うでくらべをおそれてにげだしたといわれるよりは、)

腕くらべを怖れて逃げだしたと云われるよりは、

(そっちのほうをえらぼうじゃありませんか」)

そッちの方を選ぼうじゃありませんか」

(「ながいきすれば、てんかのたくみと)

「長生きすれば、天下のタクミと

(よにうたわれるめいじんになるみこみのあるやつだが、まだわかいな。)

世にうたわれる名人になる見込みのある奴だが、まだ若いな。

(いっときのはじは、ながいきすればそそがれるぞ」)

一時の恥は、長生きすればそそがれるぞ」

(「よけいなことは、もう、よしてくれ。)

「よけいなことは、もう、よしてくれ。

(おれはここへきたときから、いきてかえることはわすれていたのさ」)

オレはここへ来たときから、生きて帰ることは忘れていたのさ」

(あなまろはあきらめた。すると、にわかにれいたんだった。)

アナマロはあきらめた。すると、にわかに冷淡だった。

(「おれにつづいてまいれ」かれはさきにたってずんずんあるいた。)

「オレにつづいて参れ」彼は先に立ってズンズン歩いた。

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