紫式部 源氏物語 夕顔 16 與謝野晶子訳

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(げんじじしんがよげんをしたとおりに、それきりとこについてわずらったのである。)

源氏自身が予言をしたとおりに、それきり床について煩ったのである。

(おもいようだいがに、さんにちつづいたあとはまたはなはだしいすいじゃくがみえた。げんじのびょうきを)

重い容体が二、三日続いたあとはまた甚だしい衰弱が見えた。源氏の病気を

(きこしめしたみかどもひじょうにごしんつうあそばされてあちらでもこちらでもかんだんなく)

聞こし召した帝も非常に御心痛あそばされてあちらでもこちらでも間断なく

(きとうがおこなわれた。とくべつなかみのまつり、はらい、しゅほうなどである。なににもすぐれた)

祈祷が行なわれた。特別な神の祭り、祓い、修法などである。何にもすぐれた

(げんじのようなひとはあるいはたんめいでおわるのではないかといって、いってんかのひとが)

源氏のような人はあるいは短命で終わるのではないかといって、一天下の人が

(このびょうきにかんしんをもつようにさえなった。 びょうしょうにいながらげんじはうこんを)

この病気に関心を持つようにさえなった。 病床にいながら源氏は右近を

(にじょうのいんへともなわせて、へやなどもちかいところへあたえて、てもとでつかうにょうぼうの)

二条の院へ伴わせて、部屋なども近い所へ与えて、手もとで使う女房の

(ひとりにした。これみつはげんじのやまいのおもいことにてんとうするほどのしんぱいをしながら、)

一人にした。惟光は源氏の病の重いことに顛倒するほどの心配をしながら、

(じっとそのきもちをおさえて、なじみのないにょうぼうたちのなかへはいったうこんの)

じっとその気持ちをおさえて、馴染のない女房たちの中へ入った右近の

(たよりなさそうなのにどうじょうしてよくせわをしてやった。げんじのやまいのすこしらくに)

たよりなさそうなのに同情してよく世話をしてやった。源氏の病の少し楽に

(かんぜられるときなどには、うこんをよびだしていまのようなどをさせていたから、)

感ぜられる時などには、右近を呼び出して居間の用などをさせていたから、

(うこんはそのうちにじょうのいんのせいかつになれてきた。こいいろのもふくをきたうこんは、)

右近はそのうち二条の院の生活に馴れてきた。濃い色の喪服を着た右近は、

(ようぼうなどもよくはないが、みぐるしくもおもわれぬわかいにょうぼうのひとりとみられた。)

容貌などもよくはないが、見苦しくも思われぬ若い女房の一人と見られた。

(「うんめいがあのひとにさずけたみじかいめおとのえんから、そのかたわれのわたくしももうながくは)

「運命があの人に授けた短い夫婦の縁から、その片割れの私ももう長くは

(いきてはいないのだろう。ながいあいだたよりにしてきたあるじにわかれたおまえが、)

生きてはいないのだろう。長い間たよりにしてきた主人に別れたお前が、

(さぞこころぼそいだろうとおもうと、せめてわたくしにいのちがあれば、あのひとのかわりのせわを)

さぞ心細いだろうと思うと、せめて私に命があれば、あの人の代わりの世話を

(したいとおもったこともあったが、わたくしもあのひとのあとをおうらしいので、)

したいと思ったこともあったが、私もあの人のあとを追うらしいので、

(おまえにはきのどくだね」 と、ほかのものへはきかせぬこえでいって、)

お前には気の毒だね」 と、ほかの者へは聞かせぬ声で言って、

(よわよわしくなくげんじをみるうこんは、おんなあるじにわかれたかなしみはべつとして、)

弱々しく泣く源氏を見る右近は、女主人に別れた悲しみは別として、

(げんじにもしまたそんなことがあればかなしいことだろうとおもった。にじょうのいんの)

源氏にもしまたそんなことがあれば悲しいことだろうと思った。二条の院の

など

(だんじょはだれもしずかなこころをうしなってあるじのやまいをかなしんでいるのである。)

男女はだれも静かな心を失って主人の病を悲しんでいるのである。

(ごしょのおつかいはあめのあしよりもしげくさんにゅうした。みかどのごしんつうが)

御所のお使いは雨の脚よりもしげく参入した。帝の御心痛が

(ひじょうなものであることをきくげんじは、もったいなくて、そのことによってやまいから)

非常なものであることを聞く源氏は、もったいなくて、そのことによって病から

(だっしようとみずからはげむようになった。さだいじんもてっていてきにせわをした。)

脱しようとみずから励むようになった。左大臣も徹底的に世話をした。

(だいじんじしんがにじょうのいんをみまわないひもないのである。そしていろいろないりょうや)

大臣自身が二条の院を見舞わない日もないのである。そしていろいろな医療や

(きとうをしたせいでか、はつかほどじゅうたいだったあとによびょうもおこらないで、)

祈祷をしたせいでか、二十日ほど重態だったあとに余病も起こらないで、

(げんじのびょうきはしだいにかいふくしていくようにみえた。ゆきぶれのえんりょのせいきのにっすうも)

源氏の病気は次第に回復していくように見えた。行触れの遠慮の正規の日数も

(このひでおわるよるであったから、げんじはあいたくおぼしめすみかどのごしんちゅうをさっして、)

この日で終わる夜であったから、源氏は逢いたく思召す帝の御心中を察して、

(ごしょのとのいどころにまででかけた。たいしゅつのときはさだいじんがじしんのくるまへのせて)

御所の宿直所にまで出かけた。退出の時は左大臣が自身の車へ乗せて

(やしきへともなった。びょうごのひとのきんしんのしかたなどもだいじんがきびしくかんとくしたのである。)

邸へ伴った。病後の人の謹慎のしかたなども大臣がきびしく監督したのである。

(このせかいでないところへそせいしたにんげんのようにとうぶんげんじはおもった。)

この世界でない所へ蘇生した人間のように当分源氏は思った。

(くがつのはつかごろにげんじはまったくかいふくして、やせるにはやせたが)

九月の二十日ごろに源氏はまったく回復して、痩せるには痩せたが

(かえってえんなおもむきのそったげんじは、いまもおもいをよくして、またよくないた。)

かえって艶な趣の添った源氏は、今も思いをよくして、またよく泣いた。

(そのようすにふしんをいだくひともあって、もののけがついているのであろうとも)

その様子に不審を抱く人もあって、物怪が憑いているのであろうとも

(いっていた。げんじはうこんをよびだして、ひまなしずかなひのゆうがたにはなしをして、)

言っていた。源氏は右近を呼び出して、ひまな静かな日の夕方に話をして、

(「いまでもわたくしにはわからぬ。なぜだれのむすめであるということをどこまでも)

「今でも私にはわからぬ。なぜだれの娘であるということをどこまでも

(わたくしにかくしたのだろう。たとえどんなみぶんでも、わたくしがあれほどのねつじょうで)

私に隠したのだろう。たとえどんな身分でも、私があれほどの熱情で

(おもっていたのだから、うちあけてくれていいわけだとおもってうらめしかった」)

思っていたのだから、打ち明けてくれていいわけだと思って恨めしかった」

(ともいった。 「そんなにどこまでもかくそうなどとあそばすわけは)

とも言った。 「そんなにどこまでも隠そうなどとあそばすわけは

(ございません。そうしたおはなしをなさいますきかいがなかったのじゃ)

ございません。そうしたお話をなさいます機会がなかったのじゃ

(ございませんか。さいしょがあんなふうでございましたから、げんじつのかんけいのように)

ございませんか。最初があんなふうでございましたから、現実の関係のように

(おもわれないとおいいになって、それでもまじめなかたならいつまでもこのふうで)

思われないとお言いになって、それでもまじめな方ならいつまでもこのふうで

(すすんでいくものでもないから、じぶんはいちじてきなたいしょうにされているにすぎないのだ)

進んで行くものでもないから、自分は一時的な対象にされているにすぎないのだ

(とおいいになってはさびしがっていらっしゃいました」 うこんがこういう。)

とお言いになっては寂しがっていらっしゃいました」 右近がこう言う。

(「つまらないかくしあいをしたものだ。わたくしのほんしんではそんなにまでかくそうとは)

「つまらない隠し合いをしたものだ。私の本心ではそんなにまで隠そうとは

(おもっていなかった。ああいったかんけいはわたくしにけいけんのないことだったから、)

思っていなかった。ああいった関係は私に経験のないことだったから、

(ばかにせけんがこわかったのだ。ごしょのごちゅういもあるし、そのほかいろんなところに)

ばかに世間がこわかったのだ。御所の御注意もあるし、そのほかいろんな所に

(えんりょがあってね。ちょっとしたこいをしても、それをだいもんだいのようにあつかわれる)

遠慮があってね。ちょっとした恋をしても、それを大問題のように扱われる

(うるさいわたくしが、あのゆうがおのはなのしろかったひのゆうがたから、むやみにわたくしのこころは)

うるさい私が、あの夕顔の花の白かった日の夕方から、むやみに私の心は

(あのひとへひかれていくようになって、むりなかんけいをつくるようになったのも)

あの人へ惹かれていくようになって、無理な関係を作るようになったのも

(しばらくしかないふたりのえんだったからだとおもわれる。しかしまたうらめしくも)

しばらくしかない二人の縁だったからだと思われる。しかしまた恨めしくも

(おもうよ。こんなにみじかいえんよりないのなら、あれほどにもわたくしのこころを)

思うよ。こんなに短い縁よりないのなら、あれほどにも私の心を

(ひいてくれなければよかったとね。まあいまでもよいからくわしくはなしてくれ、)

惹いてくれなければよかったとね。まあ今でもよいから詳しく話してくれ、

(なにもかくすひつようはなかろう。なぬかなぬかにぶつぞうをかかせててらへおさめても、)

何も隠す必要はなかろう。七日七日に仏像を描かせて寺へ納めても、

(なをしらないではね。それをおもてにださないでも、せめてこころのなかで)

名を知らないではね。それを表に出さないでも、せめて心の中で

(だれのぼだいのためにとおもいたいじゃないか」 とげんじがいった。)

だれの菩提のためにと思いたいじゃないか」 と源氏が言った。

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