紫式部 源氏物語 末摘花 10 與謝野晶子訳

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問題文

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(まだそらはほのぐらいのであるが、つもったゆきのひかりでつねよりもげんじのかおは)

まだ空はほの暗いのであるが、積もった雪の光で常よりも源氏の顔は

(わかわかしくうつくしくみえた。おいたにょうぼうたちはめのたのしみをあたえられて)

若々しく美しく見えた。老いた女房たちは目の楽しみを与えられて

(こうふくであった。 「さあはやくおでなさいまし、そんなにしていらっしゃるのは)

幸福であった。 「さあ早くお出なさいまし、そんなにしていらっしゃるのは

(いけません。すなおになさるのがいいのでございますよ」 などとちゅういをすると、)

いけません。素直になさるのがいいのでございますよ」 などと注意をすると、

(このきょくたんにうちきなひとにも、ひとのいうことはなんでもそむけないところがあって、)

この極端に内気な人にも、人の言うことは何でもそむけないところがあって、

(すがたをつくろいながらいざってでた。げんじはそのほうはみないようにして)

姿を繕いながら膝行って出た。源氏はその方は見ないようにして

(ゆきをながめるふうはしながらもよこめはつかわないのでもない。どうだろう、)

雪をながめるふうはしながらも横目は使わないのでもない。どうだろう、

(このひとからうつくしいところをはっけんすることができたらうれしかろうとげんじのおもうのは)

この人から美しい所を発見することができたらうれしかろうと源氏の思うのは

(むりなのぞみである。すわったせなかのせんのながくのびていることがだいいちに)

無理な望みである。すわった背中の線の長く伸びていることが第一に

(めへうつった。はっとした。そのつぎになみはずれなものははなだった。ちゅういがそれに)

目へ映った。はっとした。その次に並みはずれなものは鼻だった。注意がそれに

(ひかれる。ふげんぼさつののったぞうというけものがおもわれるのである。たかくながくて、)

引かれる。普賢菩薩の乗った象という獣が思われるのである。高く長くて、

(さきのほうがしたにたれたかたちのそこだけがあかかった。それがいちばんひどいきりょうの)

先のほうが下に垂れた形のそこだけが赤かった。それがいちばんひどい容貌の

(けっかんだとみえる。かおいろはゆきいじょうにしろくてあおみがあった。ひたいがはれたように)

欠陥だと見える。顔色は雪以上に白くて青みがあった。額が腫れたように

(たかいのであるが、それでいてかほうのながいかおにみえるというのは、ぜんたいがよくよく)

高いのであるが、それでいて下方の長い顔に見えるというのは、全体がよくよく

(ながいかおであることがおもわれる。やせぎすなことはかわいそうなくらいで、)

長い顔であることが思われる。痩せぎすなことはかわいそうなくらいで、

(かたのあたりなどはいたかろうとおもわれるほどほねがきものをもちあげていた。)

肩のあたりなどは痛かろうと思われるほど骨が着物を持ち上げていた。

(なぜすっかりみてしまったのであろうとこうかいをしながらもげんじは、あまりに)

なぜすっかり見てしまったのであろうと後悔をしながらも源氏は、あまりに

(ふつうでないかおにきをとられていた。あたまのかたちと、かみのかかりぐあいだけは、)

普通でない顔に気を取られていた。頭の形と、髪のかかりぐあいだけは、

(へいぜいびじんだとおもっているひとにもあまりおとっていないようで、すそがうちぎのすそを)

平生美人だと思っている人にもあまり劣っていないようで、裾が袿の裾を

(いっぱいにしたあまりがまだいっしゃくくらいもそとへはずれていた。そのにょおうの)

いっぱいにした余りがまだ一尺くらいも外へはずれていた。その女王の

など

(ふくそうまでもいうのはあまりにはしたないようではあるが、むかしのしょうせつにもおんなの)

服装までも言うのはあまりにはしたないようではあるが、昔の小説にも女の

(きているもののことはまっさきにかたられるものであるからかいてもよいかとおもう。)

着ている物のことは真先に語られるものであるから書いてもよいかと思う。

(ももいろのへんしょくしてしまったのをかさねたうえに、なにいろかのまっくろにみえるうちぎ、ふるきのけの)

桃色の変色してしまったのを重ねた上に、何色かの真黒に見える袿、黒貂の毛の

(こうのするかわごろもをきていた。けがわはこふうなきぞくらしいちゃくようひんではあるが、わかいおんなに)

香のする皮衣を着ていた。毛皮は古風な貴族らしい着用品ではあるが、若い女に

(にあうはずのものでなく、ただめだっていようだった。しかしながら)

似合うはずのものでなく、ただ目だって異様だった。しかしながら

(このふくそうでなければさむけがたえられぬとおもえるかおであるのをげんじは)

この服装でなければ寒気が堪えられぬと思える顔であるのを源氏は

(きのどくにおもってみた。なんともものがいえない。あいてとおなじようにむごんのひとに)

気の毒に思って見た。何ともものが言えない。相手と同じように無言の人に

(じしんまでがなったきがしたが、このひとがはじめからものをいわなかったわけも)

自身までがなった気がしたが、この人が初めからものを言わなかったわけも

(あきらかにしようとしてなにかとたずねかけた。そででふかくくちをおおうているのも)

明らかにしようとして何かと尋ねかけた。袖で深く口を被うているのも

(たまらなくやぼなかたちである。しぜんひじがはられてねってあるくぎしきかんのそでが)

たまらなく野暮な形である。自然肘が張られて練って歩く儀式官の袖が

(おもわれた。さすがにえがおになったおんなのかおはひんもなにもないみにくさをあらわしていた。)

思われた。さすがに笑顔になった女の顔は品も何もない醜さを現わしていた。

(げんじはながくみていることがかわいそうになって、おもったよりもはやく)

源氏は長く見ていることがかわいそうになって、思ったよりも早く

(かえっていこうとした。 「どなたもおせわをするひとのないあなたとしって)

帰って行こうとした。 「どなたもお世話をする人のないあなたと知って

(けっこんしたわたくしにはなにもごえんりょなんかなさらないで、ひつようなものがあったら)

結婚した私には何も御遠慮なんかなさらないで、必要なものがあったら

(いってくださるとわたくしはまんぞくしますよ。わたくしをしんじてくださらないから)

言ってくださると私は満足しますよ。私を信じてくださらないから

(うらめしいのですよ」 などと、はやくでていくこうじつをさえつくって、)

恨めしいのですよ」 などと、早く出て行く口実をさえ作って、

(あさひさすのきのたるひはとけながらなどかつららのむすぼおるらん )

朝日さす軒のたるひは解けながらなどかつららの結ぼほるらん

(といってみても、「むむ」とくちのなかでわらっただけで、へんかのでそうにないようすが)

と言ってみても、「むむ」と口の中で笑っただけで、返歌の出そうにない様子が

(きのどくなので、げんじはそこをでていってしまった。)

気の毒なので、源氏はそこを出て行ってしまった。

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