紫式部 源氏物語 末摘花 14 與謝野晶子訳(終

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問題文

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(がんざんにちがすぎてまたことしはおとことうかであちらこちらとわかいきんだちがかぶをしてまわる)

元三日が過ぎてまた今年は男踏歌であちらこちらと若い公達が歌舞をしてまわる

(さわぎのなかでも、さびしいひたちのみやをおもいやっていたげんじは、なぬかのあおうまのせちえが)

騒ぎの中でも、寂しい常陸の宮を思いやっていた源氏は、七日の白馬の節会が

(すんでから、おつねごてんをさがって、きりつぼでとまるふうをみせながら)

済んでから、お常御殿を下がって、桐壺で泊まるふうを見せながら

(よがふけてからすえつむはなのところへきた。これまでにかわってこのいえがふつうのいえらしく)

夜がふけてから末摘花の所へ来た。これまでに変わってこの家が普通の家らしく

(なっていた。にょおうのすがたもすこしおんならしいところができたようにおもわれた。すっかり)

なっていた。女王の姿も少し女らしいところができたように思われた。すっかり

(みちがえるほどのひとにできればどんなにぎせいのはらいがいがあるであろうなどとも)

見違えるほどの人にできればどんなに犠牲の払いがいがあるであろうなどとも

(げんじはおもっていた。ひのでるころまでもゆるりとよくあさはとどまって)

源氏は思っていた。日の出るころまでもゆるりと翌朝はとどまって

(いたのである。ひがしがわのつまどをあけると、そこからむこうへつづいたろうがこわれて)

いたのである。東側の妻戸をあけると、そこから向こうへ続いた廊がこわれて

(しまっているので、すぐとぐちからひがはいってきた。すこしばかりつもっていた)

しまっているので、すぐ戸口から日がはいってきた。少しばかり積もっていた

(ゆきのひかりもまじってしつないのものがみなよくみえた。げんじがのうしをきたりするのを)

雪の光も混じって室内の物が皆よく見えた。源氏が直衣を着たりするのを

(ながめながらよこむきにねたすえつむはなのあたまのかたちもそのへんのたたみにこぼれだしているかみも)

ながめながら横向きに寝た末摘花の頭の形もその辺の畳にこぼれ出している髪も

(うつくしかった。このひとのかおもうつくしくみうるときがいたったらと、こんなことをみらいに)

美しかった。この人の顔も美しく見うる時が至ったらと、こんなことを未来に

(のぞみながらこうしをげんじがあげた。かつてこのひとをのこらずみてしまったゆきの)

望みながら格子を源氏が上げた。かつてこの人を残らず見てしまった雪の

(よあけにこうかいされたこともおもいだして、ずっとうえへはこうしをおしあげずに、)

夜明けに後悔されたことも思い出して、ずっと上へは格子を押し上げずに、

(きょうそくをそこへよせてささえにした。げんじがかみのみだれたのをなおしていると、ひじょうに)

脇息をそこへ寄せて支えにした。源氏が髪の乱れたのを直していると、非常に

(ふるくなったきょうだいとか、しなできのくしばこ、かきあげのはこなどをにょうぼうがはこんできた。)

古くなった鏡台とか、支那出来の櫛箱、掻き上げの箱などを女房が運んで来た。

(さすがにふつうのところにはちょっとそろえてあるものでもないおとこせんようの)

さすがに普通の所にはちょっとそろえてあるものでもない男専用の

(かみどうぐもあるのをげんじはおもしろくおもった。すえつむはながげんだいじんふうになったと)

髪道具もあるのを源氏はおもしろく思った。末摘花が現代人風になったと

(みえるのはみそかにおくられたころもばこのなかのものがすべてそのまま)

見えるのは三十日に贈られた衣箱の中の物がすべてそのまま

(もちいられているからであるとはげんじのきづかないところであった。)

用いられているからであるとは源氏の気づかないところであった。

など

(よいもようであるとおもったうちぎにだけはみおぼえのあるきがした。)

よい模様であると思った袿にだけは見覚えのある気がした。

(「はるになったのですからね。きょうはこえもすこしおきかせなさいよ、うぐいすよりも)

「春になったのですからね。今日は声も少しお聞かせなさいよ、鶯よりも

(なによりもそれがまちどおしかったのですよ」 というと、「さえづるはるは」)

何よりもそれが待ち遠しかったのですよ」 と言うと、「さへづる春は」

((ももちどりさえづるはるはものごとにあらたまれどもわれぞふりゆく)とだけをやっと)

(百千鳥囀る春は物ごとに改まれどもわれぞ古り行く)とだけをやっと

(こごえでいった。 「ありがとう。にねんごしにやっとむくいられた」)

小声で言った。 「ありがとう。二年越しにやっと報いられた」

(とわらって、「わすれてはゆめかとぞおもう」というこかをくちにしながらかえっていく)

と笑って、「忘れては夢かとぞ思ふ」という古歌を口にしながら帰って行く

(げんじをみおくるが、くちをおおうたそでのかげかられいのすえつむはながあかくみえていた。)

源氏を見送るが、口を被うた袖の蔭から例の末摘花が赤く見えていた。

(みぐるしいことであるとあるきながらげんじはおもった。 にじょうのいんへかえって)

見苦しいことであると歩きながら源氏は思った。 二条の院へ帰って

(げんじのみた、はんぶんだけおとなのようなすがたのわかむらさきがかわいかった。あかいいろのかんじは)

源氏の見た、半分だけ大人のような姿の若紫がかわいかった。紅い色の感じは

(このひとからもうけとれるが、こんなになつかしいあかもあるのだったとみえた。)

この人からも受け取れるが、こんなになつかしい紅もあるのだったと見えた。

(むじのさくらいろのほそながをやわらかにきなしたひとのむじゃきなみのとりなしがうつくしく)

無地の桜色の細長を柔らかに着なした人の無邪気な身の取りなしが美しく

(かわいいのである。むかしふうのそぼのこのみでまだそめてなかったはを)

かわいいのである。昔風の祖母の好みでまだ染めてなかった歯を

(くろくさせたことによって、うつくしいまゆもひきたってみえた。じぶんの)

黒くさせたことによって、美しい眉も引き立って見えた。自分の

(することであるがなぜつまらぬいろいろなおんなをじょうじんにもつのだろう、こんなに)

することであるがなぜつまらぬいろいろな女を情人に持つのだろう、こんなに

(かれんなひととばかりいないでとげんじはおもいながらいつものようにひなあそびの)

可憐な人とばかりいないでと源氏は思いながらいつものように雛遊びの

(なかまになった。むらさきのきみはえをかいてさいしょくしたりもしていた。なにをしてもうつくしい)

仲間になった。紫の君は絵をかいて彩色したりもしていた。何をしても美しい

(せいしつがそれにあふれてみえるようである。げんじもいっしょにえをかいた。かみの)

性質がそれにあふれて見えるようである。源氏もいっしょに絵をかいた。髪の

(ながいおんなをかいて、はなにあかをつけてみた。えでもそんなのはみにくい。げんじはまた)

長い女をかいて、鼻に紅をつけて見た。絵でもそんなのは醜い。源氏はまた

(かがみにうつるうつくしいじしんのかおをみながら、ふでではなをあかくぬってみると、)

鏡に写る美しい自身の顔を見ながら、筆で鼻を赤く塗ってみると、

(どんなびぼうにもあかいはなのひとつまじっていることはみぐるしくおもわれた。)

どんな美貌にも赤い鼻の一つ混じっていることは見苦しく思われた。

(わかむらさきがみて、おかしがってわらった。 「わたくしがこんなふぐしゃになったら)

若紫が見て、おかしがって笑った。 「私がこんな不具者になったら

(どうだろう」 というと、)

どうだろう」 と言うと、

(「いやでしょうね」 といって、しみこんでしまわないかとむらさきのきみは)

「いやでしょうね」 と言って、しみ込んでしまわないかと紫の君は

(しんぱいしていた。げんじはふくまねだけをしてみせて、 「どうしてもしろく)

心配していた。源氏は拭く真似だけをして見せて、 「どうしても白く

(ならない。ばかなことをしましたね。へいかはどうおっしゃるだろう」)

ならない。ばかなことをしましたね。陛下はどうおっしゃるだろう」

(まじめなかおをしていうと、かわいそうでならないようにどうじょうして、そばへよって)

まじめな顔をして言うと、かわいそうでならないように同情して、そばへ寄って

(すずりのみずいれのみずをだんしにしませて、わかむらさきがはなのあかをふく。 「へいちゅうのはなしのように)

硯の水入れの水を檀紙にしませて、若紫が鼻の紅を拭く。 「平仲の話のように

(すみなんかをこのうえにぬってはいけませんよ。あかいほうはまだがまんができる」)

墨なんかをこの上に塗ってはいけませんよ。赤いほうはまだ我慢ができる」

(こんなことをしてふざけているふたりはわかわかしくうつくしい。 しょしゅんらしくかすみをおびた)

こんなことをしてふざけている二人は若々しく美しい。 初春らしく霞を帯びた

(そらのしたに、いつはなをさかせるのかとたよりなくおもわれるきのおおいなかに、うめだけが)

空の下に、いつ花を咲かせるのかとたよりなく思われる木の多い中に、梅だけが

(うつくしくはなをもっていてとくべつなすぐれたきのようにおもわれたが、みどりのはしかくしの)

美しく花を持っていて特別なすぐれた木のように思われたが、緑の階隠しの

(そばのこうばいはことにはやくさくきであったから、えだがもうまっかにみえた。 )

そばの紅梅はことに早く咲く木であったから、枝がもう真赤に見えた。

(くれないのはなぞあやなくうとまるるうめのたちえはなつかしけれど )

くれなゐの花ぞあやなく疎まるる梅の立枝はなつかしけれど

(そんなことをだれがよきしようぞとげんじはたんそくした。すえつむはな、わかむらさき、)

そんなことをだれが予期しようぞと源氏は歎息した。末摘花、若紫、

(こんなひとたちはそれからどうなったか。)

こんな人たちはそれからどうなったか。

((やくちゅう) このかんは「わかむらさき」のかんとどうねんのいちがつからはじまっている。)

(訳注) この巻は「若紫」の巻と同年の一月から始まっている。

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