紫式部 源氏物語 紅葉賀 10 與謝野晶子訳
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問題文
(こんなふうにひきとめられることもおおいのを、さむらいなどのなかにはさだいじんけへ)
こんなふうに引き止められることも多いのを、侍などの中には左大臣家へ
(つたえるものもあってあちらでは、 「どんなみぶんのひとでしょう。)
伝える者もあってあちらでは、 「どんな身分の人でしょう。
(しつれいなかたですわね。にじょうのいんへどこのおじょうさんがおかたづきになったというはなしも)
失礼な方ですわね。二条の院へどこのお嬢さんがお嫁きになったという話も
(ないことだし、そんなふうにこちらへのおでかけをひきとめたり、)
ないことだし、そんなふうにこちらへのお出かけを引き止めたり、
(またよくふざけたりしていらっしゃるというのでは、りっぱなごみぶんのひととは)
またよくふざけたりしていらっしゃるというのでは、りっぱな御身分の人とは
(おもえないじゃありませんか。ごしょなどではじまったかんけいのにょうぼうきゅうのひとをおくさまらしく)
思えないじゃありませんか。御所などで始まった関係の女房級の人を奥様らしく
(にじょうのいんへおいれになって、それをひなんさすまいとおおもいになって、)
二条の院へお入れになって、それを批難さすまいとお思いになって、
(だれということをひみつにしていらっしゃるのですよ。)
だれということを秘密にしていらっしゃるのですよ。
(ようちなしょさがおおいのですって」 などとにょうぼうがいっていた。)
幼稚な所作が多いのですって」 などと女房が言っていた。
(ごしょにまでにじょうのいんのしんぷのもんだいがきこえていった。 「きのどくじゃないか。)
御所にまで二条の院の新婦の問題が聞こえていった。 「気の毒じゃないか。
(さだいじんがしんぱいしているそうだ。ちいさいおまえをむこにしてくれて、じゅうにぶんに)
左大臣が心配しているそうだ。小さいおまえを婿にしてくれて、十二分に
(つくしたこんにちまでのこういがわからないとしでもないのに、)
尽くした今日までの好意がわからない年でもないのに、
(なぜそのむすめをれいたんにあつかうのだ」 とへいかがおっしゃっても、)
なぜその娘を冷淡に扱うのだ」 と陛下がおっしゃっても、
(げんじはただきょうしゅくしたふうをみせているだけで、なんともごへんとうをしなかった。)
源氏はただ恐縮したふうを見せているだけで、何とも御返答をしなかった。
(みかどはつまがきにいらないのであろうとかわいそうにおぼしめした。)
帝は妻が気に入らないのであろうとかわいそうに思召した。
(「かくべつおまえはほうしょうなおとこではなし、にょかんやにょごたちのにょうぼうをじょうじんにしている)
「格別おまえは放縦な男ではなし、女官や女御たちの女房を情人にしている
(うわさなどもないのに、どうしてそんなかくしごとをしてしゅうとやつまにうらまれるけっかを)
噂などもないのに、どうしてそんな隠し事をして舅や妻に恨まれる結果を
(つくるのだろう」 とおおせられた。みかどはもうよいごねんぱいであったが)
作るのだろう」 と仰せられた。帝はもうよい御年配であったが
(びじょがおすきであった。うねめやにょくろうどなどもようしょくのあるものがきゅうていにかんげいされる)
美女がお好きであった。采女や女蔵人なども容色のある者が宮廷に歓迎される
(じだいであった。したがってびじんもきゅうていにはおおかったが、そんなひとたちはげんじさえ)
時代であった。したがって美人も宮廷には多かったが、そんな人たちは源氏さえ
(そのきになればじょうじんかんけいをなりたたせることがよういであったであろうが、)
その気になれば情人関係を成り立たせることが容易であったであろうが、
(げんじはみなれているせいかにょかんたちへはそのいみのこういをみせることは)
源氏は見馴れているせいか女官たちへはその意味の好意を見せることは
(かいむであったから、あやしがってわざわざそのひとたちがじょうだんを)
皆無であったから、怪しがってわざわざその人たちが戯談を
(いいかけることがあっても、げんじはただれいたんでないていどにあしらっていて、)
言いかけることがあっても、源氏はただ冷淡でない程度にあしらっていて、
(それいじょうのこうさいをしようとしないのをものたらずおもうものさえあった。)
それ以上の交際をしようとしないのを物足らず思う者さえあった。
(よほどとしのいったないしのすけで、いいいえのででもあり、さいじょでもあって、せけんからは)
よほど年のいった典侍で、いい家の出でもあり、才女でもあって、世間からは
(そうとうにえらくおもわれていながら、たじょうなせいしつであってそのてんではひとを)
相当にえらく思われていながら、多情な性質であってその点では人を
(ひんしゅくさせているおんながあった。げんじはなぜこうとしがいってもうわきが)
顰蹙させている女があった。源氏はなぜこう年がいっても浮気が
(やめられないのであろうとふしぎなきがして、こいのじょうだんをいいかけてみると、)
やめられないのであろうと不思議な気がして、恋の戯談を言いかけてみると、
(ふにあいにもおもわずあいてになってきた。あさましくおもいながらも、さすがに)
不似合いにも思わず相手になってきた。あさましく思いながらも、さすがに
(ふうがわりなしょうどうをうけてついげんじはかんけいをつくってしまった。うわさされても)
風変わりな衝動を受けてつい源氏は関係を作ってしまった。噂されても
(きまりのわるいふつりあいなおいたじょうじんであったから、げんじはひとに)
きまりの悪い不つりあいな老いた情人であったから、源氏は人に
(しらせまいとして、ことさらひょうめんはれいたんにしているのを、おんなはつねにうらんでいた。)
知らせまいとして、ことさら表面は冷淡にしているのを、女は常に恨んでいた。
(ないしのすけはみかどのおぐしあげのやくをつとめて、それがおわったので、みかどはおめしかえを)
典侍は帝のお髪上げの役を勤めて、それが終わったので、帝はお召かえを
(ほうしするひとをおよびになってでておいきになったへやには、ほかのものが)
奉仕する人をお呼びになって出てお行きになった部屋には、ほかの者が
(いないで、ないしのすけがつねよりもうつくしいかんじのうけとれるふうで、あたまのかたちなどに)
いないで、典侍が常よりも美しい感じの受け取れるふうで、頭の形などに
(えんなところもみえ、ふくそうもはでにきれいなものをきているのをみて、いつまでも)
艶な所も見え、服装も派手にきれいな物を着ているのを見て、いつまでも
(わかづくりをするものだとげんじはおもいながらも、どうおもっているだろうと)
若作りをするものだと源氏は思いながらも、どう思っているだろうと
(しりたいこころもうごいて、うしろからものすそをひいてみた。はなやかなえをかいた)
知りたい心も動いて、後ろから裳の裾を引いてみた。はなやかな絵をかいた
(かみのおうぎでかおをかくすようにしながらみかえったないしのすけのめは、まぶたをはりきらせようと)
紙の扇で顔を隠すようにしながら見返った典侍の目は、瞼を張り切らせようと
(こいにひきのばしているが、くろくなって、ふかいすじのはいったものであった。)
故意に引き伸ばしているが、黒くなって、深い筋のはいったものであった。
(みょうににあわないおうぎだとおもって、じしんのにかえてげんてんじのをみると、)
妙に似合わない扇だと思って、自身のに替えて源典侍のを見ると、
(それはまっかなじに、あおであつくもりのいろがぬられたものである。)
それは真赤な地に、青で厚く森の色が塗られたものである。
(よこのほうにわかわかしくないじであるがじょうずに「もりのしたくさおいぬればこまもすさめず)
横のほうに若々しくない字であるが上手に「森の下草老いぬれば駒もすさめず
(かるひともなし」といううたがかかれてある。いやみなこいうたなどはかかずとも)
刈る人もなし」という歌が書かれてある。厭味な恋歌などは書かずとも
(よいのにとげんじはくしょうしながらも、 「そうじゃありませんよ、)
よいのにと源氏は苦笑しながらも、 「そうじゃありませんよ、
(「おおあらきのもりこそなつのかげはしるけれ」でさかんななつですよ」)
『大荒木の森こそ夏のかげはしるけれ』で盛んな夏ですよ」
(こんなことをいうこいのゆうぎにもふにあいなあいてだとおもうと、げんじはひとがみねば)
こんなことを言う恋の遊戯にも不似合いな相手だと思うと、源氏は人が見ねば
(よいがとばかりねがわれた。おんなはそんなことをおもっていない。 )
よいがとばかり願われた。女はそんなことを思っていない。
(きみしこばてなれのこまにかりかわんさかりすぎたるしたばなりとも )
君し来ば手馴れの駒に刈り飼はん盛り過ぎたる下葉なりとも
(とてもいろけたっぷりなひょうじょうをしていう。 )
とても色気たっぷりな表情をして言う。
(「ささわけばひとやとがめんいつとなくこまならすめるもりのこがくれ )
「笹分けば人や咎めんいつとなく駒馴らすめる森の木隠れ
(あなたのところはさしさわりがおおいからうっかりいけない」 こういって、)
あなたの所はさしさわりが多いからうっかり行けない」 こう言って、
(たっていこうとするげんじを、ないしのすけはてでとめて、 「わたくしはこんなにまで)
立って行こうとする源氏を、典侍は手で留めて、 「私はこんなにまで
(はんもんをしたことはありませんよ。すぐすてられてしまうようなこいをして)
煩悶をしたことはありませんよ。すぐ捨てられてしまうような恋をして
(いっしょうのはじをここでかくのです」 ひじょうにかなしそうになく。)
一生の恥をここでかくのです」 非常に悲しそうに泣く。