紫式部 源氏物語 葵 17 與謝野晶子訳

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(いんではげんじをごらんになって、 「たいへんやせた。)

院では源氏を御覧になって、 「たいへん痩せた。

(まいにちしょうじんをしていたせいかもしれない」 とごしんぱいをあそばして、)

毎日精進をしていたせいかもしれない」 と御心配をあそばして、

(おいまでしょくじをおさせになったりした。いろいろとおいたわりになるおんおやごころを)

お居間で食事をおさせになったりした。いろいろとおいたわりになる御親心を

(げんじはもったいなくおもった。ちゅうぐうのごてんへいくと、にょうぼうたちはひさしぶりのげんじの)

源氏はもったいなく思った。中宮の御殿へ行くと、女房たちは久しぶりの源氏の

(しこうをめずらしがって、みなあつまってきた。ちゅうぐうもみょうぶをとりつぎにして)

伺候を珍しがって、皆集まって来た。中宮も命婦を取り次ぎにして

(おことばがあった。 「おおきなだげきをおうけになったあなたですから、)

お言葉があった。 「大きな打撃をお受けになったあなたですから、

(ときがたちましてもなかなかおかなしみはゆるくなるようなこともないでしょう」)

時がたちましてもなかなかお悲しみはゆるくなるようなこともないでしょう」

(「じんせいのむじょうはもうこれまでにいろいろなことできょうくんされてまいったわたくしで)

「人生の無常はもうこれまでにいろいろなことで教訓されて参った私で

(ございますが、もくぜんにそれがしょうめいされてみますと、えんせいてきにならざるを)

ございますが、目前にそれが証明されてみますと、厭世的にならざるを

(えませんで、いろいろとはんもんをいたしましたが、たびたびかたじけないおことばを)

えませんで、いろいろと煩悶をいたしましたが、たびたびかたじけないお言葉を

(いただきましたことによりまして、きょうまでこうしていることができたので)

いただきましたことによりまして、今日までこうしていることができたので

(ございます」 とげんじはあいさつをした。こんなときでなくても)

ございます」 と源氏は挨拶をした。こんな時でなくても

(こころのしめったふうのよくみえるひとが、きょうはまたそのほかのさびしいかげもそって)

心の湿ったふうのよく見える人が、今日はまたそのほかの寂しい影も添って

(ひとびとのどうじょうをひいた。むもんのほうにはいいろのしたがさねで、かむりはもちゅうのひとのもちいる)

人々の同情を惹いた。無紋の袍に灰色の下襲で、冠は喪中の人の用いる

(けんえいであった。こうしたすがたはうつくしいひとにおちつきをくわえるもので)

巻纓であった。こうした姿は美しい人に落ち着きを加えるもので

(えんなおもむきがみえた。とうぐうへもひさしくごぶさたもうしあげていることが)

艶な趣が見えた。東宮へも久しく御無沙汰申し上げていることが

(こころぐるしくてならぬというようなはなしをげんじはみょうぶにしてよふけになってから)

心苦しくてならぬというような話を源氏は命婦にして夜ふけになってから

(たいしゅつした。 にじょうのいんはどのごてんもきれいにそうじができていて、だんじょがしゅじんの)

退出した。 二条の院はどの御殿もきれいに掃除ができていて、男女が主人の

(かえりをまちうけていた。みぶんのあるにょうぼうもきょうはみなそろってでていた。)

帰りを待ちうけていた。身分のある女房も今日は皆そろって出ていた。

(はなやかなふくそうをしてきれいによそおっているこのにょうぼうたちをみたしゅんかんにげんじは、)

はなやかな服装をしてきれいに粧っているこの女房たちを見た瞬間に源氏は、

など

(きをめいらせはてたにょうぼうがかたをつらねていた、さだいじんけをでたときのこうけいが)

気をめいらせはてた女房が肩を連ねていた、左大臣家を出た時の光景が

(めにうかんで、あのひとたちがあわれにおもわれてならなかった。)

目に浮かんで、あの人たちが哀れに思われてならなかった。

(げんじはきがえをしてからにしのたいへいった。のこらずとうきのそうしょくにかえたざしきのなかが)

源氏は着がえをしてから西の対へ行った。残らず冬期の装飾に変えた座敷の中が

(はなやかにみわたされた。わかいにょうぼうやどうじょたちのふくそうもみなきれいにさせてあって、)

はなやかに見渡された。若い女房や童女たちの服装も皆きれいにさせてあって、

(しょうなごんのはからいにけいいがひょうされるのであった。むらさきのにょおうはうつくしいふうをして)

少納言の計らいに敬意が表されるのであった。紫の女王は美しいふうをして

(すわっていた。 「ながくおあいしなかったうちに、とてもおとなになりましたね」)

すわっていた。 「長くお逢いしなかったうちに、とても大人になりましたね」

(きちょうのたれぎぬをひきあげてかおをみようとすると、すこしからだをちいさくして)

几帳の垂れ絹を引き上げて顔をみようとすると、少しからだを小さくして

(はずかしそうにするようすにいってんのひもうたれぬうつくしさがそなわっていた。)

恥ずかしそうにする様子に一点の非も打たれぬ美しさが備わっていた。

(ひにてらされたそくめん、あたまのかたちなどははつこいのひからいままでむねのなかへ)

灯に照らされた側面、頭の形などは初恋の日から今まで胸の中へ

(もっともたいせつなものとしてしまってあるひとのおもかげと、これとはすこしの)

最もたいせつなものとしてしまってある人の面影と、これとは少しの

(ちがったものでもなくなったとしるとげんじはうれしかった。)

違ったものでもなくなったと知ると源氏はうれしかった。

(そばへよってあえなかったあいだのはなしなどすこししてから、)

そばへ寄って逢えなかった間の話など少ししてから、

(「たくさんはなしはたまっていますから、ゆっくりときかせてあげたいのだけれど、)

「たくさん話はたまっていますから、ゆっくりと聞かせてあげたいのだけれど、

(わたくしはきょうまでいみにこもっていたひとなのだから、きみがわるいでしょう。)

私は今日まで忌にこもっていた人なのだから、気味が悪いでしょう。

(あちらできゅうそくすることにしてまたきましょう。もうこれからはあなたとばかり)

あちらで休息することにしてまた来ましょう。もうこれからはあなたとばかり

(いることになるのだから、しまいにはあなたから)

いることになるのだから、しまいにはあなたから

(うるさがられるかもしれませんよ」 たちぎわにこんなことを)

うるさがられるかもしれませんよ」 立ちぎわにこんなことを

(げんじがいっていたのを、しょうなごんはきいてうれしくおもったが、)

源氏が言っていたのを、少納言は聞いてうれしく思ったが、

(ぜんぜんあんしんしたのではない、りっぱなあいじんのおおいげんじであるから、)

全然安心したのではない、りっぱな愛人の多い源氏であるから、

(またひめぎみにとってはめんどうなふじんがかわりにしゅつげんするのではないかと)

また姫君にとっては面倒な夫人が代わりに出現するのではないかと

(うたがっていたのである。)

疑っていたのである。

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