紫式部 源氏物語 葵 18 與謝野晶子訳

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問題文

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(げんじはひがしのたいへいって、ちゅうじょうというにょうぼうにあしなどをなでさせながら)

源氏は東の対へ行って、中将という女房に足などを撫でさせながら

(ねたのである。よくあさはすぐにまただいじんけにいるこどものめのとへてがみをかいた。)

寝たのである。翌朝はすぐにまた大臣家にいる子供の乳母へ手紙を書いた。

(あちらからはあわれなへんじがきて、しばらくげんじをかなしませた。)

あちらからは哀れな返事が来て、しばらく源氏を悲しませた。

(つれづれなどっきょせいかつであるがげんじはこいびとたちのところへかよっていくことも)

つれづれな独居生活であるが源氏は恋人たちの所へ通って行くことも

(きがすすまなかった。にょおうがもうりっぱないちにんまえのきじょに)

気が進まなかった。女王がもうりっぱな一人前の貴女に

(かんせいされているのをみると、もうじっしつてきにけっこんをしてもよいじきに)

完成されているのを見ると、もう実質的に結婚をしてもよい時期に

(たっしているようにおもえた。おりおりかこのふたりのあいだでかわしたことのないような)

達しているように思えた。おりおり過去の二人の間でかわしたことのないような

(じょうだんをいいかけてもむらさきのきみにはそのいがつうじなかった。つれづれなげんじは)

戯談を言いかけても紫の君にはその意が通じなかった。つれづれな源氏は

(にしのたいにばかりいて、ひめぎみとへんかくしのあそびなどをしてひをくらした。)

西の対にばかりいて、姫君と扁隠しの遊びなどをして日を暮らした。

(あいてのひめぎみのすぐれたげいじゅつてきなそしつと、あたまのよさはげんじをおおくよろこばせた。)

相手の姫君のすぐれた芸術的な素質と、頭のよさは源氏を多く喜ばせた。

(ただにくしんのようにあいぶしてまんぞくができたかことはちがって、あいすればあいするほど)

ただ肉親のように愛撫して満足ができた過去とは違って、愛すれば愛するほど

(くわわってくるなやましさはたえられないものになって、こころぐるしいしょちを)

加わってくる悩ましさは堪えられないものになって、心苦しい処置を

(げんじはとった。そうしたことのまえもあともにょうぼうたちのめにはちがってみえることも)

源氏は取った。そうしたことの前もあとも女房たちの目には違って見えることも

(なかったのであるが、げんじだけははやくおきて、ひめぎみがとこをはなれないあさがあった。)

なかったのであるが、源氏だけは早く起きて、姫君が床を離れない朝があった。

(にょうぼうたちは、 「どうしておやすみになったままなのでしょう。)

女房たちは、 「どうしてお寝みになったままなのでしょう。

(ごきぶんがおわるいのじゃないかしら」 ともいってしんぱいしていた。)

御気分がお悪いのじゃないかしら」 とも言って心配していた。

(げんじはひがしのたいへいくときにすずりのはこをちょうだいのなかへそっといれていったのである。)

源氏は東の対へ行く時に硯の箱を帳台の中へそっと入れて行ったのである。

(だれもそばへでてきそうでないときにわかむらさきはあたまをあげてみると、)

だれもそばへ出て来そうでない時に若紫は頭を上げて見ると、

(むすんだてがみがひとつまくらのよこにあった。なにげなしにあけてみると、 )

結んだ手紙が一つ枕の横にあった。なにげなしにあけて見ると、

(あやなくもへだてけるかなよをかさねさすがになれしなかのころもを )

あやなくも隔てけるかな夜を重ねさすがに馴れし中の衣を

など

(とかいてあるようであった。げんじにそんなこころのあることをむらさきのきみは)

と書いてあるようであった。源氏にそんな心のあることを紫の君は

(そうぞうもしてみなかったのである。なぜじぶんはあのむほうなひとを)

想像もして見なかったのである。なぜ自分はあの無法な人を

(しんらいしてきたのであろうとおもうとなさけなくてならなかった。)

信頼してきたのであろうと思うと情けなくてならなかった。

(ひるごろにげんじがきて、 「きぶんがおわるいって、どんなふうなのですか。)

昼ごろに源氏が聞て、 「気分がお悪いって、どんなふうなのですか。

(きょうはごもいっしょにうたないでさびしいじゃありませんか」)

今日は碁もいっしょに打たないで寂しいじゃありませんか」

(のぞきながらいうとますますひめぎみはよぎをふかくかずいてしまうのである。)

のぞきながら言うとますます姫君は夜着を深く被いてしまうのである。

(にょうぼうがすこしえんりょをしてとおくへのいていったときに、げんじはよりそっていった。)

女房が少し遠慮をして遠くへ退いて行った時に、源氏は寄り添って言った。

(「なぜわたくしにしんぱいをおさせになる。あなたはわたくしをあいしていてくれるのだと)

「なぜ私に心配をおさせになる。あなたは私を愛していてくれるのだと

(しんじていたのにそうじゃなかったのですね。さあきげんをおなおしなさい、)

信じていたのにそうじゃなかったのですね。さあ機嫌をお直しなさい、

(みながふしんがりますよ」 よぎをめくると、にょおうはあせをかいて、)

皆が不審がりますよ」 夜着をめくると、女王は汗をかいて、

(ひたいがみもぐっしょりとぬれていた。 「どうしたのですか、これは。たいへんだ」)

額髪もぐっしょりと濡れていた。 「どうしたのですか、これは。たいへんだ」

(いろいろときげんをとっても、むらさきのきみはこころからげんじをうらめしくなっているふうで、)

いろいろと機嫌をとっても、紫の君は心から源氏を恨めしくなっているふうで、

(ひとこともものをいわない。 「わたくしはもうあなたのところへはこない。)

一言もものを言わない。 「私はもうあなたの所へは来ない。

(こんなにはずかしいめにあわせるのだから」)

こんなに恥ずかしい目にあわせるのだから」

(げんじはうらみをいいながらすずりばこをあけてみたがうたははいっていなかった。)

源氏は恨みを言いながら硯箱をあけて見たが歌ははいっていなかった。

(あまりにおとめらしいひとだとかれんにおもって、いちにちじゅうそばについていて)

あまりに少女らしい人だと可憐に思って、一日じゅうそばについていて

(なぐさめたが、うちとけようともしないようすがいっそうこのひとをかわゆくおもわせた。)

慰めたが、打ち解けようともしない様子がいっそうこの人をかわゆく思わせた。

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